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エピローグと思ったら、果てしない戦いへの序章だった

 


 国王シャルル一世は王都アーヘンへと帰還し、正式に戦争終結が宣言された。

 幾多の祝宴が開かれる中、フロリマーとフロードリの結婚式も行われることになった。


 カッペル侯爵領から駆けつけてきた父上にフロードリは、あやうく体罰百連発を喰らう所だったけれど、フロリマーにブラダマンテまでがあわてて止めに入ってくれたおかげで、拳骨三発だけで済んだ。


 臣下の貴族の結婚には国王の承認が必要ではあるにしても、まさか証人(仲人)まで引き受けてもらえるという話に、中級貴族の父上はぶったまげて腰を抜かした。

 逆にいえば、たとえば離婚騒ぎなんか起これば国王陛下のメンツを潰すことになるから、絶対に仲良く添い遂げなければならない。

(注 カトリックだから普通は離婚しないけどね)


 十二勇士の一人にしてレームの大司教であるテュルパン閣下が神父様役となって、戦争のために集まっていたはずの貴族たちのほとんどがお祝いのために列席する、盛大な結婚式になってしまった。


 この時代は専用の結婚式場なんてないから、祝宴は時間制限なしで、全員酔っぱらって最後の一人が降参するまで続く。

 午後の陽が傾く中、王宮で行われていた宴の音をききながら、夫婦になったばかりの花嫁と花婿が、宴を抜け出し庭園の片隅で肩を寄せ合っていた。


「疲れてないか、フロードリ」

「……いいえ。もしも疲れていても、幸せすぎてわかりません」

 これ以上はないほどキラキラした笑顔で答えるフロードリを、フロリマーは愛おしげに抱き寄せた。


 そよ風が通り過ぎてゆく。

 庭園に流れる水の音。

 夕陽が二人を温め、これから始まる寒い時間帯までのわずかな間でもせめてもの祝福をくれているように感じた。


 が。足音が聞こえた。

 フロリマーは花嫁から身を離して立ち上がり、騎士の反射で腰の剣に手を置く。


「おっと、それがしだ」

 盃を手にしたまま、派手な色の正装を着込んだ英国王子が上機嫌で現れた。

「アストール殿下……」

 目上へのマナーゆえフロードリも立ち上がったが、二人のイケメンに挟まれる位置でちょっと居心地が悪い。

「フロリマー殿、おめでとう。うまくやったな。少々若すぎるかもしれないがなかなかの美人、気立てもよくて、心から貴公のことを心配し、深く愛している。実に、理想のお嫁さんだ!」

「有難く存じます、それがしも同感です。ところで、パリへの道中をブラダマンテ殿とお二人で護衛していただいたと聞きました。それがしからもお礼を申し……」

「不要。自分がそうしたくてやっただけのことだ」

 フロリマーがいぶかし気にアストールを見る。

「さて……奥方様にあらためて挨拶をさせてくれないか?」

「どうぞ」

 ためらいがちなフロリマーに促され、フロードリが一歩前に出る。

 ちょっと酒臭いがイケメンの笑顔……フロードリはすぐに目をそらしてしまい、視線を合わせることができなかった。


 少し相対してから、おもむろにアストールは片膝をつき、右手を差し出す。

 驚いたフロードリが無意識にフロリマーを見ると、彼は眼を閉じてうなずいてみせた・


 フロードリも片手を差し出す。

 アストール王子はその手を押し頂くと、作法通りに手の甲に唇を触れさせた。


 うっ……!?


 イケメンの唇の感触が手の甲から全身へと走り抜ける。血液が逆流したような感覚ともに、痺れるような陶酔が足先から頭までを支配してしまった。


 ダメ! この王子様はやっぱり危険……!


 肌の上を走り抜け内臓を貫き骨までしみこみそうな心地よさに、フロードリは負けまいと必死に心の中でフロリマーの名を連呼した。


 ううっ……早く、早く終わって!

 槍試合でも恥ずかしかったのに、挨拶のキスでウェディングドレスに漏らしたら一生の恥っ!!!


 永遠と思えたような快楽の責め苦がようやく終わり、アストールが立ち上がると、フロードリは大きく息をついて、脚をもつれさせてしまった。


「おっと」

 両側からイケメン手が出て、フロードリの肩を支える。

「…………」

 三者が沈黙し、しばし固まった。


 あわててフロードリは

「わたくし、少し疲れてしまったようです」

 と誤魔化した。

 アストールが口を開く。

「無理もない……もう寒くなるから、戻った方がいい。それがしも宴に戻って、もう少し飲ませてもらうよ」

 そう言って、先に手を放す。

 フロリマーは逆にフロードリを抱き寄せ、目に警戒の色を見せた。

 そのまま立ち去ろうとしたアストールだが、ふと立ち止まって振り返る。


「フリロリマー殿」

「何か?」

「それがしは王族の育ちなもので、ちょっとワガママかもしれない」

「いや、それは……多少なら許されるでしょう、御身分も高く、また今や救国の英雄でもあるのですから」

「英雄ね……」

 アストールが鼻で笑う。自嘲までさわやかなイケメン風だ。

「英雄でも手に入らないものはあるさ。でもね、ワガママなもんで、欲しいものが二度続けて手からすり抜けていくってのは、どうにも我慢できないらしい」


 陽はどんどん傾き、日没の夕焼けが三人の顔を照らす。けれど光量は充分でなく、微妙な表情までは読み取れない。


「フロリマー殿。今日はめでたい日だからこのままとするけど、次に会った時は……挨拶の前にまず決闘だ」

「はい?」

「あ、欲しいのは別に貴公の武具じゃないからな?」

 そう言って視線を動かす

 

 その先に、フロードリがいた。

 彼女を抱くフロリマーの手に力が入る。


「……ではフロリマー殿、それからフロリマー夫人フロードリ殿。ごきげんよう、『再会の日』まで、ね」

 腕を大仰に降って腹の前に持ってきて会釈する。ふざけていてさえいても、女性の琴線に触れるような品位を漂わせるからイケメンはズルい。


 アストールの姿が見えなくなるころ、陽は完全に沈んでいた。


「フロリマー様……わたくしたちも戻りましょう」

「そうだね、宴の席へ……」

「いえ、寝室へです」

 フロードリの手がフロリマーの短衣の袖を強く握った。

「いますぐ……いますぐフロリマー様のものにして欲しいんです、わたくしを」

「もうなってるよ?」

「形式上じゃなくて、身も心もすべて」

 泣きそうな目でフロードリはフロリマーを見つめる。

「いますぐ、もう貴方のものになったという一生消えない証を、わたくしの心と体に刻み付けて欲しいんです!」

 そう言ってすがり付いた。

 すすり泣きしてるらしい。

 フロリマーは何かを察したようだが、そこはイケメン、気づいてないふりをして、

「じゃあ、行こうか」

 と肩を抱き彼女を促した。


 こうして一応、フロードリの野望は現実で叶い、後世で腐った薄い本になることはできなかった……と思われる。だがこのお話は全年齢作品なのたので、このあと寝室でふたりが何やってたかなぞ関知しないのだ……残念!


 さて……と。

 人生も恋愛も、その結末はすべて「別離」。心が離れるか神に召されるか、いずれにしても幸せにはいつか終わりとなる。だから延々と物語を続けていけば、最後はだいたい死ぬか別れるかという終わり方になってしまう。

 フロリマーとフロードリにもこの後、平穏どころか実に大変な人生が待っていた。戦い、別れ、彷徨い、大怪我、そして悲劇的な結末が『シャルルマーニュ伝説』でも語られている。

 とりあえず最初から既婚者として文献に登場するフロードリが、その後に槍を取って戦った話はまったくない。乱暴王ロドモンが重傷のフロリマーを殺そうとしたときだって、戦うんじゃなく泣いてお願いして許してもらった。このように彼女は、最後まで約束を守ったのであった!

 けれど、フロリマーは約束を守りきれなかった。必ず一緒に、と騎士の修行旅に彼女を同行させたところまではよかったのものの、いきなりアストール王子にケンカ売られ、魔女に捕まって捕虜となり、いろいろあってようやくフロードリと再会できても、親友ローランに助太刀を頼まれると彼女を置いて、あの剛勇グラダッソ王との戦いに行ってしまうのだ。


 そんなところまでお話を書き続けたら悲しい展開になるから、この物語はふたりが身も心も結ばれたいちばん幸せなこの夜で終わりとさせてください。



 おっと、こんなお話はどこの文献にも載ってないから資料を探しても無駄だよ? フランスの田舎で昔から一部の詩人にだけに言い伝えられた秘密の伝承なのか、それともどこかの酔っぱらいが勢いで口から出まかせを言ったのか、それさえもわからないんだ。

 ただどう考えても、治安の整ってない暗黒時代のヨーロッパで若い女性のフロードリが、新婚の夫と共に遍歴騎士の旅に出たり、行方不明となった彼を探して一人で各地を彷徨ったり、フランク王国の騎士たちとだいたい対等に付き合ってたというお話は、彼女が「実はみんなから一目置かれる姫騎士だった」という以外に説明がつかないと思う。


 ともあれ、フランスには「故国の危機に1人の処女(おとめ)が現れて国を救う」という、いつどうして始まったのかわからない伝説がある。そしてその伝説は、実際に何度か成就している。

 古代からガリアという地名だった地域がフランスと呼ばれるようになったのはフランク王国の時代以降だから、「フランスを危機から救った一人目の処女おとめ」はこの時代にいたんだろうと考えたい。


 それはきっと結婚前の、フランク王国の姫騎士・フロードリ!

 「伝説」としてはもう、そう決めつけちゃっていいんじゃないでしょーか。



  ちゃん、ちゃん(おしまい)。

 

あとがき


しつこいようですが、このお話はフィクションです。

フランスの「救国の処女(おとめ)」の話にはもっと古い例(フン族侵攻の時代)もあるということを、これ書いた後で知りました;


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