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上手くやってくれると期待してた、馬だけに


「つまり」

 フロードリはブラダマンテに、今思いついた考えを説明した。

「狙うはグラダッソ王、ただ一人!」

「たしかに、指揮官を失えば封建時代の軍隊は瓦解するけど……多くの兵に守られてるから、そこまで行くのも困難だわ」

「混戦なら難しいかもですが、一騎打ちの決闘なら困難はありません」

「一騎打ち……?」


 一騎打ちの決闘なら一対一。護衛がいようと大兵力があろうと、他人が手を出したらマナー違反で名誉を失うのだから、たしかに関係ない。


「けれど、グラダッソ王がそんな挑発に乗るかしら?」

「乗らざるを得なくします」

「?」

「まず……グラダッソ王の目的は宝剣デュランダルと名馬バヤール。そこで、この決闘に負けたらバヤールを譲渡するという条件にするんです」

「! たしかに攻城戦より犠牲が少なくて済むし、心は動くかもしれないけど……」

「さらに、一騎打ちをアストール殿下の名前で申し込みます。それなりに名高い騎士でもある英国王子からの挑戦ですよ、ここで逃げたら剛勇で鳴るグラダッソ王の名誉は地に落ちます」

「でも、アストール殿下は連日酔っぱらってて、明日もきっと午後まで寝てるわ。あんなアル中状態のまま決闘に出られても……」

「そこで」

 フロードリは一回息を吸ってから続けた。

「アストール殿下のふりをして、わたくしが戦うのです」

「フロードリ殿!」

 ブラダマンテは彼女の肩を掴む。

「たしかにあなたは訓練を重ね、武芸や戦術の実力も上がっている。でもバヤールは落馬しないというだけで、槍先が当たれば怪我はするのよ!? ……そういう作戦なら、私が行きます。相手が名だたる剛勇だろうと私なら素でも充分に戦えるわ。そのうえバヤールの力を借りられるなら、さらに勝算が……」

「それはいけません。もしもこの作戦に失敗した場合、守備隊や市民を整然と撤退させることは今のアストール殿下には無理、ブラダマンテ様にしかできません。万が一にもブラダマンテ様が出て敗れたら総崩れで敗走する事態になり、フランク王国は滅亡、そしてヨーロッパ全土がセリカン国の領地となってしまいます」


 ついに……あの向こう見ずお嬢様のフロードリが、「失敗した場合」の対策まで考えるようになりました。苦しい戦いとは人を成長させるものなのか……しみじみ。


 こうしてブラダマンテにも反論の余地がなくなり、フロードリの一騎打ち作戦を実行することになった。

 だがブラダマンテは心配のあまり、決闘の介添え役にはどうあっても自分が着く、と強硬に主張して譲らず、フロードリもついに承諾するしかなかったという。


 翌日。まだ酔っぱらって寝ていたアストールの鎧を二人は盗み出し、フロードリがそれを身に着けた。さすが王族の鎧だけあって、父上のとは段違いに高価な品。それだけに防御力も高いだろう。

 騎槍も数多く用意した。強豪との決闘ともなれば何度でも折れてしまうから、たくさん必要になる。諺にも「スペアあれば憂いなし、転ばぬ先のデータセーブ」と言う。

 修理した父上の槍も用意した。だが、「絶対折れない隕鉄の槍」は盗まれないよう厳重に管理されているのか、探しても見つからなかった。もう時間もないからこれは諦めるしかない。


 すでに昨日のうちにアストール王子の名でグラダッソ王に書状で一騎打ちの決闘を申し込んで、受諾の返事も受け取っている。

 条件は、グラダッソが勝った場合は名馬バヤールを譲渡しパリを無血開城する。アストール勝利の場合には捕虜を無償で解放してセリカン軍は国外へ退去。そういう内容で合意した。


 ブラダマンテが予備の槍を抱え、誰が吹くのかあんまり上手ではない角笛と、練習不足でやや不揃いな太鼓隊の音を合図に城門が開いて、二騎はパリの外へ出た。

 城壁の外へ出ると、前方ではセリカン軍の将兵が遠巻きに囲んで気勢を上げていた。後方にはパリの守備隊や市民が城壁の上から心配そうに見つめている。

 城門の前はアリーナのような雰囲気になっていた。


 ふと見れば、セリカンの軍勢の中から黄金色に輝く鎧の騎士が黒い駒を進めてくる。実戦の鎧が黄金でできているわけはないからたぶんメッキなんだろうけど。


 フロードリの目論見通り、この決闘には代理の騎士を使わずグラダッソ王自らが応じるという返答が来ていた。ひと任せでなく自分の力で名馬を勝ち取りたいのだろうし、世に知られた剛勇王としてのプライドもあったろう。

 剛勇で知られるセリカン国王vs武名の高いイングランド王子……表向きはなかなか集客力ありそうなカードだ。


 でも……。

 グラダッソ王はいままでに何人もの古強者の騎士たちと槍を交え、落馬させて捕虜にしてきた実力者。一方でこちらは、実は新米のお嬢様騎士……ブラダマンテほか事情を知っている一部の者の心痛のひどさは想像もできない。どう考えたって騎士としての実力は剛勇・グラダッソ王の足元にも及ばないのだから。


 ところで一つ疑問も生じるだろう。西洋人ではない、中国から来た王様がなんで騎士なんだ? 考証おかしいだろ、と。

 その質問の答えは、シャルルマーニュロマンスの中にないか探しているのだけどまだ見つかっていない。そして、参考文献として見たイタリア語のサイトでも、グラダッソ王はどう見てもフルプレートの騎士という、唐末時代の中国人にはまずありえない姿で挿絵に描かれていたんだ。『シャルルマーニュ大百科』にだって「赤い鎧のファンタジー風戦士」という姿で女体化されていたしね。

 ちゅうわけで、「そういう設定らしい」と納得していただくことにして、話を続けましょう。


 名馬バヤールに打ちまたがり、アストール王子に扮したフロードリが広場に立つ。左手にはドラゴンの紋章の楯、右手には新品の槍。

 その後ろには馬も鎧も外套も白ずくめのブラダマンテが、何本もの騎槍を抱えて控えている。


 距離が離れているので声は届かないが、グラダッソ王らしき騎士と、アストール王子もどきのフロードリがお互いを認め、会釈して槍を構えた。


 再び、あの下手な角笛が聞こえてきた。フロードリは大きく息を吸い込み、角笛がやむ瞬間を合図に、

「……モン・ジョワーーーーッ!!」

 と絶叫して馬腹を蹴った。


 フランス騎士の叫びだ。直訳すると「わが喜び」、語源は「歓喜の山」というイタリアの聖地にあるらしいが、意訳すればバンザイ突撃に他ならない。

 名馬バヤールが驚いて駆け出す。並の馬とは全く違う加速力で、風圧がものすごい。が、この馬、落馬だけは絶対にさせない。

 向こうからもグラダッソが突進してくる。本気で殺意のある槍先は、アストールとの決闘の時よりも数倍と思える恐怖を湧き起こした。

 だが、今回は王国の命運がかかってる。フロードリは、ブラダマンテやアストール、そしてフロリマーの教えを走馬灯のように反芻しつつ槍を構える。

 当たるのは楯。だが狙うのは胸。体の中心を力押ししても敵いそうにない強い相手なら、インパクトの瞬間に梃子の原理で相手の左側へ身体が捻られるように狙う……etc、etc。


 とはいうものの、一瞬の激突に小手先の技は通用しなかった。不快な金属音が響き渡り、二本の槍が折れ飛ぶ。

 これだけの衝撃、普段のフロードリなら間違いなく落馬してる。だがバヤールなので落ちない。ただ、その分の衝撃を吸収できなくて、槍のかすった横腹部に激痛が走っていた。

 こんな状況でなければ泣き叫んで痛い痛いと大騒ぎしただろう。けれど今はそんなことできない。いや、しようという発想さえ起らない。

 アドレナリンはじめ脳内麻薬がバリバリに分泌され、命を守るために体も心も全てが戦うモードに入っている。身を護る戦いに男も女もない。


 槍は折れたが落馬せずにすれ違った二騎は、互いに敵陣へ向かって駆け込んでいった。

 そこで馬首を巡らせる。敵側の介添えの騎士が槍を持って寄ってくる。交換だ。正規の決闘においては敵側の士であっても槍が折れたら代わりを提供する礼儀があった。

 セリカンの槍を受け取って謝意の言葉を返すと、フロードリはパリの城門の方へバヤールを向ける。角笛の合図が聞こえて、そしてふたたび疾走した。


 前方からは、フランスの槍を構えたグラダッソがみるみる近づいてくる。

「モンジョワーーーッ!!」

 甲高く金属の衝撃音が響いて、ドラゴンの楯が宙を舞った。

 グラダッソの槍がフロードリの胸を突く刹那、楯がズレて斜めに当たり、槍の軌道がわずかに逸れて、胸プレートに当たらず楯だけを吹っ飛ばしたのだった。


 しかし衝撃で腕が痺れ、膝もがくがくと震える。アストールの時よりもさらに恐いから、また盛大に漏らしてるかもしれない……が、確かめてる余裕なんかない。


 アストール殿下、鎧を汚して申し訳ありません。あとバヤールにも、背中を濡らしてたらごめんなさい。


 ともあれ、折れたセリカンの槍を投げ捨て、命からがらといった心持ちでブラダマンテのところへ駆け込んだ。いや、馬を操る余裕なんかもうなくなってて、勝手にバヤールに駆け込んでもらった。


 兜の中で息が苦しい。

 ブラダマンテが革袋を投げてきた。水筒だ。

 フロードリは水を含み、乾いた口の中を適度に湿らせると地面に向かって吐き出した。

 こういう場合はすごく喉が渇くし興奮してるからつい飲みすぎてしまう。すると戦ってる時に胃の中で水が暴れて集中力を損ない、また余計な腹痛を生じることもある。水を飲むなら戦う30分くらい前がよく、戦いの最中はやめた方がいい。フロリマーからそう教わったことを思い出していた。


 次の槍を掴む。今度は父上の槍だ。修理された継ぎ目が見えて不安を誘う。けれど考えてる暇はない。新しい楯も受け取った。キリスト教徒のフランス人を象徴するような百合十字の紋だ。誰の物かはわからないけども感謝して受け取った。


 角笛とともに、また走り出す。グラダッソの姿がみるみる大きくなってくる。さっきの激突でも折れなかったようで再使用されてるフランスの槍の先がこちらを向いている。

 が、フロードリは一種の違和感を覚えた。あれ? 槍の左側が見えるような……。

 反射的に百合十字の楯を引き寄せた。


 ガァァァァン!


 また轟音が響いて、槍が折れ、楯が吹き飛んだ。だが外側にではない、内側にだ。

 グラダッソは戦術を変え、こっちの右脇を狙ってきた。右は槍を持つ側で楯はない。

 つまり、落馬させて捕虜にするのではなく一撃で刺し殺すことを狙っていた。

 とっさに楯を横向きにして右側を守ったことと、乗り手の危機を察したのかバヤールが一瞬だけ身体を傾けてくれたことでなんとか助かったが、気が付かなければ……。

 ゾゾゾッ、とフロードリの背筋に悪寒が走る。


 「お前は戦争の恐さをまったくわかっておらん!」


 父上の言葉が脳裏に蘇る。ああ、たしかに……これは恐い。ものすごく恐い。ちびる物ももう残ってないくらいに恐いわ!

 これが終わったら、もう二度と戦うもんですか!

 

 兜の中で盛大に泣きながら、セリカンの陣に駆け込む。息を整えて槍を受け取るとやっと少し余裕ができたので、兜の覗き穴のわずかな視界から周囲を見回してみた。

 完全武装の東洋の戦士たち。その中に、かなり離れたところにだが見慣れた平服の一団がいる。フランク貴族たちだ……。


 冠を被り豊かなひげを蓄えた初老の男性が王錫を振り回して声援している。あれはきっとシャルル王だろう。すると、その横で口を一文字に結んで指で顎を撫でて注視している中年の男は、王の参謀を務めるバイエルンの騎士ナモ公かもしれない。十字の染め抜かれた短衣を着て拳を振って何か叫んでる大柄な騎士には見覚えがある、たしか十二勇士末席のドードン卿。

 フロリマーは? いちばんイケメンなフロリマー様は?

 だが彼を見つける前に無情にも角笛が聞こえてきた。フロードリは再び突撃しなければならない。

 涙が止まらない。


 数回の激突で、ブラダマンテの持ってきた槍はすべて折れてしまった。フランク軍は使者を立ててグラダッソ王にしばしの休戦を申し入れる。そうして呼吸を整えるための休憩と槍の補充を行うことにした。


 まともに勝負していたら最初の一撃で落馬して終わっていたろう。もし持ちこたえたとしても三撃目で命を失っていたはずだ。

 名馬バヤールの働きでなんとか負けずにいるけれど、もう体力の限界に近い。喉が焼けるように傷み、眼は涙で霞み、涎に鼻汁に下の方のちょっと言いにくいものにと、およそ貴族のお嬢様にふさわしくないものが噴出しまくっている。もちろん、まだ軽傷だけとはいえ傷口からの血液も……。

 何人かの市民や兵士たちが槍の束を抱えて城門を出てきた。中には高価そうな槍も混ざっている。

 城壁で観戦している中級貴族の騎士が、国の命運をかけた戦いに自分の槍を提供してくれたのかもしれない。槍を貸すことで「自分も一緒に戦ってますぞ」という自己満足……そして、万一にもグラダッソがその槍で倒れたなら「それがしの槍が、かの剛勇グラダッソ王を討ち取ったのです!」と自慢したい下心もあるのかもしれない。


 ……それくらいならてめーが出てきて戦いなさいよ!


 フロードリは心の中で罵った。

 が、よく考えればこの作戦は自分の案。この苦痛と恐怖の責任は自分にある。

 革袋の水で口を漱ぎ、市民の一人の背の高い男から、貴族のものだろう新しい槍のひとつを受け取った。

 ブーン、と据えたワインのにおいが鼻先をかすめる。


 この市民、朝から飲んでやがったのね!


 腹が立った。自分が街を守るために命懸けで戦ってる時に、この男は……。


 だが、

「フロードリ、ちょっと聞け!」

 小汚い市民のその男に小声でいきなり名前を呼び捨てにされ、フロードリは我に返った。


 つづく -


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