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恐怖の剛勇・コレクター魔王、パリに迫る


 シャルル王の軍はすでに出発してしまった後で、パリの街にはわずかな守備兵が残っているだけだった。

 後を追おうにも、軍は分進合撃戦略で複数のルートに、さらに敵の目を欺くように進撃したため、どの部隊にシャルル王本人がいるのか、味方にさえもわからない。

 戦場で合流する案はフロードリにとって危険だから、三人は話し合った結果、シャルル王の帰還をパリで待つことにした。その間、パリの守備隊を再編成して後衛部隊を組織しておこうという結論になった。

 補給線の守備や退路の確保も戦略上で重要な役目。いま、パリでそれのできる武将はアストールとブラダマンテしかいなかった。


 三人は民兵を募り、また日限に遅刻して到着した諸侯の小規模な兵員を編入したり、それぞれの領地に援軍を要請したりして、臨時のパリ守備隊を編成していった。ようやく百人あまりを確保できたけれど、急増の部隊ゆえ連携がまったく取れておらず、連日の訓練が必要だった。


 そんな日々の夜。

 パリの民家に間借りして、ブラダマンテとフロードリは女同士、いつも寝起きしている同じ部屋に戻ってくる。

 二人とも疲れてヘトヘト。でも粗末な寝台での夜の楽しい女子トークは翌日のエネルギーにもなるんだ。

 女の子のトークはコイバナになりがちだけど、熱烈恋愛中の相手が行方不明なフロードリと、恋など要らぬとばかりに武芸や戦術に打ち込んでるブラダマンテとでは、どうしてもぎくしゃくしてしまう話題だった。


「だって私が恋に落ちるなんて、想像できないでしょう?」

 ブラダマンテが自嘲的に言うと、フロードリは

「そんなことありません。ブラダマンテ様はお美しいし、心を寄せる男性はかならずいるはずですよ~」

「仮に、いたとしても」

 ブラダマンテは寝返りを打って天井を見つめる。

「私より弱い男性では話にならないし」

「え……」

「そう……私を叩きはのめせるか、最低でも剣で引き分けられるような方でないと、恋なんかできないわ。もちろんそれだけじゃダメで、騎士らしい義侠心とかも欲しいけどね」

「それ、ものすごく限られてきますよね……」

 すでに降伏したアストールは失格。いとしのフロリマー様であってもブラダマンテほどの剣技に勝てる見込みは薄い。国内の男性で勝算があるのは、彼女の長兄であるルノー伯と、フランス最強の騎士と言われた野生児ローランの、フランク王国二大猛将くらいしか思いつかなかった。


「ふふふ……私は剣に生きられればそれでいいのよ」

「でも……いえ、たしかに私も槍に生きられたらとは思いますが」

「それはお奨めしないわ」

 ブラダマンテの口調が真剣味を負う。

「戦いには勝ち負けがある……そして勝ち負けは、心・技・体の三要素で自分と敵のどちらが優れているかをそれぞれ三割の確率として合計九割、あとの一割は運で判定される。どんなにがっぱってどんなに巧みでどんなに強くたって、絶対に負けないという保証はないのよ。」

「…………」

「ゲームや試合、名誉ある降伏が許されるような場合ならまだいいけれど、殲滅戦で負けた場合は悲惨……大切なものがすべて蹂躙されてしまうるのだから。とくに女が負けたときの悲惨さは男の比ではないわ。想像できるでしょ?」

「…………」

「だから女は戦場に出てはいけない、戦うのは男の仕事、と昔からされてきたわけ。家や子供を守るために女性は中にいて守り、男性には悪いけど外で死んでもらう……そういうものよ。父親には替えが利くけれど、母親に替えは効かないからね」

「いや、それは……」

 父親だって替えは利きませんよ、と言いかけてフロードリはやめた。それは、父親の愛情を充分に受けてきた自分個人の感想に過ぎず、ブラダマンテはそうじゃないかもしれないから。もし前提が違うなら、話し合っても平行線でおたがいに不愉快な気持ちをぶつけ合うことになってしまう。


 フロードリは納得できない気持ちを飲み込みながら、質問を変えた。

「じゃあ、ブラダマンテ様は、女性なのになぜ戦うのです?」

「決まってるじゃない」

 意外な質問、という表でブラダマンテはフロードリを見るる。

「私を守れるような男性がいないから。ルノー兄上にしたって、私よりもまず国を守る使命がある。だから自分で自分を守り、できれば弱い者や弱っている人をも助けられるようにと鍛えたのよ」

「……お兄上はともかく、ローラン伯とかはどうですか?」

「た、たしかに強いし義侠心もなくはないけど……ヤバン人はちょっと」


 フランク王国最強の猛将として武勲詩に歌われ、現代にも銅像が観光地になるなど人気のある騎士ローランだが、幼いころに剥落して貧しい育ちをしたせいか、宴会に乱入して行儀悪く食い散らかしたり、失恋確定したときはショックで脱衣してフル〇ンで暴れだし、とめようとした十二勇士のメンバーたちを素手でぶちのめしたり、たまたま通り道にいて騎士千人斬りまであと一人だった豪傑を川に投げ込んだり、などなど、ヤバンな逸話も実に多い。

 最終的にローランを正気に返らせるためにアストール王子の奇想天外な冒険が必要だったということは、また別のお話。詳しくは基礎文献の『シャルルマーニュ伝説』とか、私も製作に参加した『シャルルマーニュ大百科』をご参照ください。ただし後者には、いま見ると勘違いや確認不足の記述もいくつかあるけど……。


 ついでに、このとばっちりをうけた豪傑の紹介もすると、元はアルジェリア国王でロドモンという乱暴者。千人を超える騎士を生け捕りにし、ブラダマンテやルノーでも倒せなかったという剛勇の異教徒だ!

 ローランが暴れたころには、彼の強引な求愛を拒絶して亡き恋人への操を守ったスペインのイザベラ姫の墓塔に、その忠節を称えて千体の甲冑を供えるという騎士千人斬りの誓いを実行していた。

 そんな乱暴者でありながらフロードリが出くわした時には、彼女による涙のお願いを聞き入れてくれたりなんていうイケメンな場面も……もしかすると美女に弱い男だったのかもしれないね。

 ま、これもまだずっと先のお話、詳しくは『シャルルマーニュ大百科』とかを以下略。


「ほんとに、誰もいませんね……」

「いないわね。でもフロードリ、あなたにはフロリマー殿がいる。その縁を大切にしなきゃね」

「……ぜひにも、無事でいてほしいです」

「無事でいるわ、きっと。それをあなたが信じないでどうするの? 信じてないことまで神様は実現させてくれないわよ?」

「そ、そうですね。たしかに。信じないと」

 しばらく沈黙が流れる。フロードリがつぶやくように言った。

「けれど……ブラダマンテ様にもいずれは、ルノー様やローラン様にも負けない強さで、お互いに守り合えるような男性がきっと現れますよ。国内にいないなら、今は外国にいるんでしょう。いつかはわかりませんけどその人と出会った時、きっと恋に落ちると思います」

「だから、私はいいってば……」

「わたくし、そう信じてます。信じなきゃ、神様は実現させてくれないんですから」

「…………」

「…………」

「ぷっ」

「くすくす」

 楽しい女子トークも次第に声が低くなり、やがて二人は眠りに落ちてゆく。先の見えない明日の戦いに希望のあることを信じて。


 ……そのころ、その男性・ロジェロは北アフリカにあった養い親の隠れ家で双子の妹マルフィサと武芸の修行をしていた。

 が、残念ながら彼とブラダマンテの、ついでに乱暴王ロドモンも参加した三つ巴の大決闘による出会いは次の戦争での逸話なため、この物語には間に合わない。

 また、敵の大軍の中に女戦士として参加していた妹ちゃんをロジェロの浮気相手と誤認したブラダマンテが、逆上して単騎突撃し大殺戮をやらかしてしまう騒動や、妹ちゃんが将来の義姉に横恋慕してきた男性(ただしイケメン)を排除しようとお節介したら愛し合いたい騎士カップルに逆に殺し合いの場が用意されてしまった悲劇も、さらに遠い将来の話なのでここでは語らない。

 詳しくは『シャルルマーニュ大百科』以下略。


 さて翌日。パリには残念ながら希望ではなく絶望が訪れた。

 なんと、シャルル王の主力軍が野戦でグラダッソ軍に敗北……王自身も捕虜になってしまったという知らせが飛び込んできたのであーる!


 パリは大騒ぎになりかけたが、アストールとブラダマンテが守備隊の将兵を走らせて市民を落ち着かせた。

 シャルル王の家族はアーヘンの宮殿に健在だし、イヤガラセ好きな性格は問題あるけどいちおう王太子のシャルロ王子、また伝説ではぜんぜん活躍してなくてあまり目立たないが史実では兄より重要人物な弟のルイ王子もいるから、万一の場合でも王国の存続は可能だ。

 そして何より、シャルル王は捕虜になっただけで殺されてはおらず、それどころか毎日のように宴会に呼ばれ上座にグラダッソ王と並んでお酌しあい酒を楽しんでるとまでいう。

 これなら交渉の余地はある。


「騎士の誇りに賭けて、和平の交渉はするけど降伏は絶対にしない」

 強気に交渉する目的か、アストールがそう宣言した。

 実質的にパリの守備隊司令は彼と言うことになる。

 とりあえず市内に彼より強い騎士はブラダマンテしかいないし、といっても辺境領主の妹・ブラダマンテより、王国の家臣ではあっても隣国の王子でもあるという肩書を持つアストールの方が人心を保ちやすい。統率には身分の要素も関係してくるのだ。


 敵は数万の大軍……本気で攻められたら、平地の街を守る百人あまりの守備隊などひとたまりもない。

 だがアストールにはわずかに勝算があった。

 パリに残されていた名馬バヤールだ。

 バヤールは絶対に乗り手を落馬させない名馬……この馬に、絶対に折れない隕鉄の槍を持って乗れば、その騎士が最後の一兵となるにしても負けることだけはないから最終的には勝利をつかめる、という計算だ。

 一人で数万人を突き倒してゆくのだから、精神的にも体力的にも想像を絶するつらい戦いになっちゃうだろう。けれど……なんやかやで少なくとも敗北だけはしないのである……理論的には!

 ブラダマンテもフロードリも、その他の中小諸侯に名もなき騎士たちに民兵たちも、その作戦を最大限に生かす悲壮な都市防衛戦を戦い抜くべく、訓練に余念がなかった。


 グラダッソ王は侵攻前に、パリへと使者を送ってきた。曰く、

「余の目的はフランスの占領にあらず、ただ宝剣デュランダルと名馬バヤール、この両者を欲するのみアル。譲渡するならパリ攻撃はせず、望むなら和平交渉にも応じるアルヨ。しかし拒むなら徹底的に攻撃するアルネ。それ、兵を用いて国土が破壊されることを誰が望もうかアル。よく考えるヨロシ。」


 ……恫喝の使い方は難しい。それで委縮して要求に従う相手もいるが、死よりもプライドを取るようなヤツや、こちらを舐めてかかってる者だと、逆に命がけになって反抗してくるからだ。

 さらに言えば、普通に事実を指摘しただけでも、猜疑心や敵対心があると皮肉や恫喝と受け取られることもよくある。

 イングランドの王族にしてフランク国王の甥である誇り高きアストール王子はこのとき、命がけになってしまう反応を示した。返信に曰く、

「欲しければ奪い取られよ。我らは戦場でお目にかかる用意あり」


 交渉は感情的理由で決裂した。

 もっとも、宝剣デュランダルは騎士ローランが東洋へ行くときに持って行ってしまい、彼はまだ方々へ寄り道しながらの帰路の途中でフランスに到着してないから、渡したくても渡せない。王国の危機になにやってんだ、まくったく……。

 そして名馬バヤールは唯一の敗北を回避できる最終兵器だから、これも渡せない。だから、こんな返事になるのはやむを得なかった。


 しかし……パリの周辺にグラダッソ率いるセリカン軍本隊が現れたとき。

 パリ守備隊の戦意は絶望となり、絶望はヤケクソに変わっていった。

 なにせ百倍以上の大軍だ。いくら名馬バヤールにまたがったとしても、これだけの兵士を全員突き殺すには想像を絶する時間と気力と体力を要する。


「……あ~、ダメだこりゃ!」

 司令官のアストールはヤケになってしまい、作戦会議中もワインを呑んで酔っぱらってたり、夜は複数の女性を連れ込んでエッチ三昧など、乱行を始めた。

 グラダッソからの次の使者が来ても、ろくに話も聞いてないし書状を開きもしない。まあ、字が読めなかった可能性も高いんだけど。


「このままじゃ全員討ち死にになってしまうわ」

 フロードリは、酔って眠ってるアストールを横目に、グラダッソ王からの書状を盗み出した。

 そして市内で学者を見つけて読んでもらうと……。


「これは……人質の名簿ですね。身代金を渡せば開放してもいいと書いてあります」

「誰が人質になってるんですか!!?」

「まず、偉大なるシャルル(シャルルマーニュ)王陛下。そして宮廷のご意見番、バイエルン公のナモ様。藩国の王にして陛下の宿老、サロモン閣下。ローラン様の副将、オリヴィエ様。宮廷の騎士、ドードン様……」

 次々と名前が読まれていく。そして

「……、シルヴァンタワーの領主、フロリマー様」

「!!」

 疲れ切っていたフロードリの表情が突然に明るくなった。

「いま、なんて言いました!!?」

「え……、シルヴァンタワーの領主、フロリマー様?」

「も、もう一度! もう一度、そこを読んでください!」

「シルヴァンタワーの領主、フロリマー様」

「~~~~~~~~~~~~っ o(>▽<)v」


 嬉しさのあまり、半狂乱となるフロードリ。


「生きてるんですね……生きてるんですね、フロリマー様は!」

「はあ、捕虜の名簿には名前があります」

「それだけでもいいっ! あっ、ありがとう! ありがとうございます!」


 フロードリは書状を持ってすぐにブラダマンテのもとへ走った。

「なんと……それだけ大勢が捕虜になっていると。でもまあ、多くの方々が生きていてくださって、とりあえずよかった」

 落ち着いた反応のブラダマンテに比べ、フロードリは興奮しきり。

「す、すぐ身代金を持ってって、開放してもらいましょう!」

「待って待って。これだけの人数の身代金を払うなんてパリ守備隊の予算では無理よ?」

「え……」

「王陛下お一人でさえ用意するのは難しい。まさか臣下から先に解放と言うわけにもいかないし」

「う……」

 冷水で浴びせられたようにフロードリが黙り込む。

「そもそも、開放されたって戦争が終わらなければまた捕まってしまう」

「どうすれば戦争が終わるんです?」

「どちらかが目的を果たして満足するか、双方が『もう目的は諦めてこの辺でやめよう』と思うかしなければ、戦争ってものは終わらない」

「目的……」

「私たちフランク王国軍の目的は、人質を解放してセリカン軍とグラダッソ王に国外へ出てってもらうこと。セリカン軍の目的は、宝剣デュランダルと名馬バヤール」

「どっちも無理ゲーっぽく思います」

「でもどちらも諦めそうな様子はない……となれば、どちらかが全滅するまで戦いが延々と続くことになるでしょうね。しかし今、セリカンの大軍よりも小人数のフランク軍の方がずっと全滅に近い……」

 フロードリは下を向いてしまう。

「せめて、フロリマー様だけでも救出したいです」

「それはあなたの個人的な欲求だから」

「もうこうなったら、私が単騎で突撃をかけて人質を救出……」

「できるわけないでしょ、無駄死によ」


 ここで、フロードリは考えた。

 旅に出る前の自分だったら何も考えずに突っ込んでしまった状況……かもしれない。けれど、このわずかな期間に彼女は様々な経験を重ね、一隊の将、一領の領主、そして一人の騎士としての自覚と素質が芽生え始めていたのだ。

 考えて考えて考え込んで、そして出た結論は……


「…………いえ、無駄死にはしません」

「?」

「わたくしであろうとも、名馬バヤールに乗れば、少なくとも突き落されたりはしません」

「だから、それでも無理だってば。相手は何万人もいるのよ?」

「何万人もとなんかやり合いませんよ。そんなに槍も持ちませんし。……一人。戦う相手は一人だけです。」

「…………!!?」


 つづく -


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