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ボロ負けの初陣を直撃した白いイナヅマ


 ガァァァァン!


 耳をつんざく金属音が響き渡った。槍が楯を、そして衝突の衝撃が鞍上の騎士も吹き飛ばす……謎の騎士の槍が、フロードリを。

 勝負はたった一合で決まった。受け身の練習は嫌になるほどやらされてたから大きなけがもなく草地に転がれたのは、もう不幸中の幸い。

 しかし父上の槍は地面にたたきつけられて、真っ二つに折れ、空しく転がっていた。


 まったく敵わない。一撃で吹き飛ばされ、相手の楯に触れた槍は簡単に折られてしまった……。

 フロリマー様の言ってた「筋がいい」とは何だったの……父上の言うように、遊びだからおだてられただけ?

 無念の涙が溢れてくる。


 草地にひざまずいたままですすり泣いているフロードリのところへ、親切にも、走り去ろうとした彼女の栗毛馬を追いかけて捕まえてくれた謎の騎士が近づいてきた。


「さて、と……約束通り、鎧はもらうよ。返してほしければ、買い戻すんだね」

「は、はい……」

 悲しくて口惜しくて、フロードリは鎧を自分で脱ぐことがなかなかできない。謎の騎士は焦れて、手を出してきた。


 フロリマー様以外の男に脱がされる! そんな屈辱が彼女の胸の奥を焦がす。

 だが誰が悪いわけでもない。自分を過信して一人で出てきた自分が悪いのだ。あの従士が言っていた「少なくとも十人の護衛を」という言葉が思い出された。

 そこらの従士や並の騎士が十人くらいいたところでこの謎の騎士には敵わないだろうけど、単独で挑むよりはマシな結果になったんじゃないかと思う。


 兜を外し、手甲や脛当を外され、胸当ても脱がされた。

 鎖鎧の下に、年齢相応の人並みではあるが豊かに膨らんだ胸が現れる。

「エ……」

 謎の騎士が驚いて声を上げた。そして落ちついた感じの、今までより低い声で

「これは失礼。少年の新米騎士かと思ってたら、マドモアゼルの姫騎士殿にござったか。しかも若くてこんなにもチャーミングとは」

「あっ、いえ……」

 突然ほめられてフロードリは顔を赤らめる。

 とたんに、謎の騎士も面貌を開いた。


 え……イケメン。。。


 思わずぽおっとするフロードリ。

 美人や巨っきいお胸を見れば男が気持ちよくなってしまうのと同じように、女はイケメンや長いおみ脚を見ると思わず気持ちよくなるもの。本能だからしかたない……


 ダメダメッ、いくらイケメンだろうと、わたくしにはフロリマー様が!!!


 思わずぶんぶんっと頭を振る。

「いかがなされました、マドモアゼル?」

「いえ、なんでも」

 騎士の声のさわやかさが増した気がして、聞くだけでドキドキしてくる。その気持ちを必死に抑えた。

「では名乗らせていただきます。それがしは、国王シャルル陛下に仕える騎士にして、国王陛下の甥である十二勇士の一人。そして聖ジョージに祝福された国イングランドの王子、アストールと申します。どうぞお見知りおきを、美しいお嬢さん」


 ああ、英国人だから「ドラゴンの紋章」と「聖ジョージ」……。


 しかし見れば見るほどイケメンで、いきなりケンカ売ってきた乱暴者のくせに物腰は上品な王子様だった。

 そのさわやかな話しぶりと騎士道に則った仕草にゾクゾク感が生まれてくる。

 その一方で心はブザーを鳴り響かせる。どう考えてもかなり女慣れしている王子様だった。対してこっちは田舎から出て来たばかりの箱入り娘……まさにオオカミの前の子ウサギ、ヘビに睨まれたカエル、クモに捕まったチョウチョ! 危険よ、早く離れないと……!


 身をよじって離れようとするけれど、鎧の重さで自由が利かない。

「この敗北を恥じることはない。お嬢さんは負けるべくして負けただけ。勝てる可能性なんて最初から無かったんだ、だから仕方がない」

「それは……実力が圧倒的に違うということですか?」

 アストールはふふん、と笑みを漏らす。けれどそれは嫌味でなく、むしろ、ちっとした悪戯が成功したとき子供の笑みのような、可愛さを感じさせる表情だった。


「本当は秘密なんだけど……お嬢さんにだけは教えてあげよっか。それがしの槍はね」

 草地に置いてあるアストールの槍は、普通の鉄と違って黒っぽく光っている。

「あの槍は競技会の戦利品でね。東洋の王子が競技会に持ち込んで連勝かました特別な槍なんだ。芯に隕鉄を使っていて、絶対に折れない」

「折れ……ない?」

「だから正面からぶつかり合えば、必ず相手の槍が先に折れる」

「ちょっ……何それ……いわゆるチートアイテムなのですか!?」

「まっ、そういうことになるかな☆」

 ウィンクするイケメンのアストールから、フロードリは目を離せなかった。


 ああ、悲しきは男のマウント欲。女性を口説こうと思うと、優位性を認めさせられる気がしてペラペラと秘密を喋ってしまう……だからハニートラップなんていう恐ろしいものが有効なのであります。世の男性諸君、気をつけて。

 一方、フロードリは


 こんな槍を使えば、あるいはわたくしでも……。


 そんな考えが頭をよぎったけれど、身体のほうはもうそれどこじゃない。

 周りは見通しの良い草地で、視界の中にはイケメンのアストール以外に誰もいない。それが、後ろからイケメンに抱かれるようにして鎧を脱がされていっている。

 ハッと気が付いて、慌ててそのイケメン手をイケメン抑えようとした。

「あっ、あのっ……ここからは自分で脱げますからっ!」

「いや。見ればあまり慣れてない様子。手伝うよ、お嬢さん。任せてくれ」

 いつの間にかしゃべり方が砕けた親しみのあるものになっている。下心は感じるのだが、表面はあくまでさわやかなイケメン……ズルい、こんなの勝てる女いない!


 また涙が出てきた。

「あれ……美しい顔が台無しじゃないか。さ、涙を拭いて」

 アストールのイケメン指が頬をぬぐう。思わずイケメンに身を任せたくなる衝動を、フロードリはイケメン必死に抑えようとした。

 イケメンな笑顔がイケメン近づいてくる。フロードリは顔をそむけた。

 だがアストールのイケメン手が優しく顎を掴み、無理やりでも乱暴でもない程度のイケメンな力で彼女の顔をイケメンの自分へ向けさせた。

 ああ、もう拒み切れない。このイケメンに自分はは逆らえない。逆らう力がない。

 さっきの隕鉄の槍と同じように、イケメン近づいてくるイケメン唇からイケメン逃れるすべはイケメンない。


 フロリマー様、ごめんなさい……もうイケメンに逆らえない。

 わたくし、この王子様で汚れますっ!


 だがその瞬間。突進してくる馬蹄の音が響き渡り、一本の矢がアストールの外套の端を貫いた。

 いかにスケコマシとはいえ歴戦の騎士、殺気を察知したアストールはとっさに飛び避けたから外套の穴だけで済んだのだが、敵の姿も確かめないうちに馬へと飛び乗らねばならなかった。

 フロードリはと言えばそのまま動くこともできず、鎧を脱ぎかけのまま呆然と固まっているだけだ。

 ただ、白い塊が土煙を立ててイナヅマのように通り過ぎたことは解った。


 ……それは真っ白い馬、白色に塗られた輝く鎧、そして白い外套の騎士だった。

 「白い騎士」という以外に表現のしようのない人馬が、疾走しながら弓を鞍つぼに押し込んで、素早く腰の剣を引き抜く。

 ふと見れば、隕鉄の槍がまだフロードリの目の前に転がっている。アストール王子は騎乗するだけでも精一杯で、必殺の槍を回収する余裕はなく、剣を手にしていた。


「白い鎧の騎士、何者だ!」

 英国訛りのあるアストールの喉声が響く。

 もっと高いアルト声の、南部訛りっぽいフランス語で端的な返答があった。

「誇り高きフランクの騎士ならば、名乗る前にまず決闘!」

 抜剣した白い騎士が馬を巡らしてアストールに近づく。アストールも馬首を巡らし、二頭は複雑な円運動を描きながら交差する。


 剣と、そして楯の音が響いた。二合、三合……。

 十二勇士の一人だけあってアストールの馬術も剣技もかなり鮮やかなものだった。

 けれど白い騎士はさらに輪をかけてものすごい。特に速度が速い。やや細身の剣が目にとまらぬ速さで突き出され、振りぬかれ、避けても反転して視界の外から襲い掛かる。

 アストールは次第に防戦一方となり、動きに焦りが見えてきた。

 白い騎士の剣がさらに舞う速度を増してゆく。アストールの剣か兜が吹っ飛ばされるのも、もはや時間の問題と見え……た、その時。


「参った!!」

 アストールの叫びが草地に響き渡る。敗北の醜態をさらすよりは早めの降伏……さすが、カッコ悪い姿をできるだけ見せないようにする判断力には舌を巻くしかない。


 白い騎士に名誉ある降伏を受け入れてもらえたアストールは、剣を納めて胸を張った。

「では名乗らせていただこう。それがしは、国王シャルル陛下に仕える騎士にして、国王陛下の甥である十二勇士の一人。そして聖ジョージに祝福された国イングランドの王子、アストールと申す。ただ今、東洋から帰還してその足で陛下の軍に参じる道中にある。……で、貴公は!?」


 白い騎士はどう、どう、と馬をしずめ、アストールと同様に鮮やかに下馬した。白い外套が陽光にきらめき、幻想的に見えた。

 騎士が兜を脱ぐと、サッと豊かな金髪が風になびく。まつ毛の美しい、女神のような女性がそこに立っていた。


「モンタルパンの城主である辺境伯ルノーの妹、ブラダマンテです。遠方にいる兄に代わり、取り急ぎシャルル陛下の軍に馳せ参じる旅の途上にあります。」


「こちらも美しいお嬢さんでしたか! しかも、キリスト教徒の中で二番目に強い騎士とまで言われたルノーのやつの妹御!! そりゃ強いわけだ、これは参った、心から降参仕ります。しかし我々は味方同士だ、これほどの剣士が友軍とは心強いぞ!」

 アストールはたちまち態度を変える。もちろん美しい女性と解っての下心もあるが、納得できる敗北には相手へのリスペクトが生じるというのも、男性の闘争本能の働きだ。だからスポーツやゲームでは、勝負がついたときに敗者が納得できるようにルールを守らなければならない。


 だがブラダマンテの態度は変わらなかった。

「アストール殿下、宮廷における殿下のご評判は兄上たちよりいろいろと聞き及んでおります(とくに女性関係)……しかしそちらのご婦人は、殿下の恋人様のようには見えませんでしたが?」

「いや、何。行きずりの恋というやつで……」

「助かりましたぁぁぁっ!」

 フロードリの哭き声がアストールの言葉を遮った。

「わたくし、婚約者の生死を確かめたくてシャルル陛下の軍を目指していたところ、決闘を挑まれまして、この体たらく……もう何もかも失ってすべて終わりかと思ってました、ブラダマンテ様は命の恩人ですうっ!」


 女心と秋の空……さっきはもうイケメンに身を任せちゃおうという気になってたくせに、その男が敗れると今度は被害者となって泣きわめく。まあ生き残るための本能が女性にそうさせてるわけで責めてもしかたない、とくに男性諸君は理解してあげてください。

 しかしこれを聞いてブラダマンテは「女の敵!」とばかりに横目でアストールを睨みつけた。アストールは目をそらしてあらぬ方を見ている。

 まあ、そうでもするしかないよね。


「さて……」

 ブラダマンテが息をついて話を続けた。

「決闘に勝ったのだから、アストール殿下の武具は私のものになります」

「ああ……そういう習慣だし」

「しかし殿下も同じ軍に参加するというお話……武具がなくては存分に戦うことは叶いません」

「ええ、その通り」

「ですので、殿下の武具はそのままで結構。ただしこちらのご婦人から奪った武具だけは返してあげていただきたく。この条件でいかがでしょうか?」

「妥当な条件だ。承知した、武具を返しましょう。ただ、折れてしまった槍だけは勘弁してくれ。ここでは直せないし、それがしの由緒ある槍と交換するわけにもいかない」

 そう言ってアストールは、外された鎧をフロードリの前に丁寧に並べだした。


「ええと、ところであなた様は……」

「あっ、失礼しました!」

 ブラダマンテの問いに、泣き顔のままだったフロードリはあわてて涙を拭く。

「カッペル侯爵の一人娘で、勿体なくもシルヴァンタワー領主フロリマー様の婚約者とならせていただきました、フロードリと申します。なにぶん、旅に出たのは初めてなもので、どうかお引き立てくださいませ」

 フロリマーの名を聞いて二人は驚いた。

「なんと、あのフロリマー卿の婚約者……」

「あっっっぷねえ……いくら美少女とはいえ、従弟殿にして、戦場で背中を任せてもいい信頼できる騎士のお嫁さんを、知らずに寝取ってしまうところだった! 実に、まったく、セェーーーフ。神よ……感謝します!」

「アストール殿下……」

 ブラダマンテがまた嫌悪の視線を向ける。

「あっ、……自分で言うのもなんだけど、悪気はないんだ。美しい花には賞賛の言葉を送りたいし、できれば直接に愛でたいというだけで」


「ときに、フロードリ殿」

 ブラダマンテが話題を変えた。

「さっきたしか、『婚約者の生死を確かめたい』とおっしゃったような?」

「あ、は、はい」

「まさか……フロリマーのやつに何か?」

 アストールの表情が初めて曇った。本気で従弟を心配してる顔だった


 フロリマーの生死については、この二人も何も知らなかった。

 そしてさすがのアストールも「いくら美女でも従妹や、従弟の婚約者に手を出すようなマネはしない」と己の剣と楯にに誓って見せ、むしろ戦友の嫁となるフロードリにお詫びの意味で助力させて欲しいと、真摯な様子で申し出た。

 こうして二人の強力な美形騎士を護衛に得たフロードリは、その後、天候以外に大きな問題もなく、指定日より二日遅れてではあるけど、パリの街にたどりつくことになる。

 その道中、二人の騎士に武芸や戦術の極意を教えてもらい、時間があれば練習したりもしてフロードリの騎兵槍の腕前は次第に上がっていた。


けれど三人がパリに到着したとき……予想より早く北上してきたグラダッソ軍を迎撃するためシャルル王は全軍をあげて急いで出陣してしまった後で、パリの街には形ばかりの守備兵が残っていただけなのだった。

 なんとまあ……。



  つづく -

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