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暗黒時代的トンデモ伝説への序章

 じゃあ、実在した……かもしれない姫騎士のお話をしましょうか。


 しかし、十二年くらい前にたまたま機会があって聞きかじった記憶ってだけだし、舞台は中世暗黒時代のヨーロッパときてる……読み書きできるのは神職くらいしかいなかった時代だから、信頼できる一次資料があまりなく、詳細な検証がけっこう困難でして。

 内容には記憶違いや後世の脚色がいろいろあるという前提で、どうかご勘弁を。

(訳:この物語は、史実に忠実な歴史小説ではなく、伝説と記憶違いと創作のごちゃまぜで構成されております。シャルルマーニュ・ロマンスとはほとんどがそういうものだそうですから、この分野に詳しい方もどうかご了承ください。)


 さて……フランスには「故国の危機に1人の処女(おとめ)が現れて国を救う」という有名な伝説がある。

 “聖処女”ジャンヌ=ダルクとか、“民衆を導く自由の女神”マリアンヌなんて方々が有名だけど……この伝説っていったい、いつどうして始まったのか? その辺の由来がよくわからない。

 この伝説の成立には、実は表にされていない隠された逸話があるんじゃなかろうか。


 聞いたところによると、時はカロリング朝フランク王国の全盛期。日本では奈良時代の終わりから平安時代の初めくらい。ヨーロッパではいわゆる「中世封建時代」が始まってからまだ六十年かそこらくらいのお話なんだけど。


 この時代のフランク王国は、メロヴィング朝の世襲宰相家出身でいろいろ功績を挙げて王位を受け継いだ(奪い取った?)リトル=ピピン王(小ピピン)の治世が終わって、シャルル一世の代となっていた。


 小ピピンはカロリング家で三人目の重要なピピンということで、オールド=ピピン(老ピピン/古ピピン)やミドル=ピピン(中ピピン)に対してそう呼ばれてるのであって、けして体格が小さかったわけではなく、「短躯王」というのは誤訳だろう……たぶん。彼は名将であり名外交官で、対抗勢力……つーかローマ教皇にまで「悪魔」と呼ばれ恐れられたほどの実力を発揮した王様だった。


 その後を継いだシャルル一世も、後にシャルル=マーニュ(偉大なるシャルル)とかカール大帝とか呼ばれたほど、内政充実に征服戦争に文化発展にと大活躍し、フランク王国に全盛期をもたらした名君だった。

 現代でいうフランス・ドイツ周辺の全土に加え、イタリアの北半分も獲得し、デンマークやイングランドは婚姻したり人質を取ったりして従属させ、東ヨーロッパ諸勢力を属国化して、スペインや南イタリアにも攻め込んで、ローマ教皇からローマ皇帝の称号を受け戴冠……と、ヨーロッパの統一にリーチかけるとこまで行った王様だった。

 「ナポレオンの千年先輩」とか「中世ヨーロッパの織田信長」とでも言ったらイメージ近いかもしれない。


 シャルル王には十二人の甥がいて「十二勇士」と呼ばれ、それぞれ騎兵歩兵あわせて三千の兵力を有してたとか、有能な武将や政治家や宗教家や賢者だったとか伝わる。


 日本でも、平安時代末期ごろの武家は男の兄弟だけでも七~八人いるのが普通で、詳しい系図を調べると平均四人が分家したみたいだから、甥が三十人くらい生まれる計算。姉妹の子も含めれば六十人……西部劇に出てくる騎兵隊なら一個中隊弱の人数だ。

 そのくらいの数のなかで、数千の兵力を指揮できる能力のある人材が十二人もいた、ということなんだろう。


 十二人の中でも東西の……いや、このばあい西と南だが、横綱と言える最強の騎士が、大西洋側ブルターニュ辺境伯ローラン(オルランド)と、現在のスペイン領に食い込んだモンタルバン辺境伯ルノー(リナルド)。

 血気盛んで勇猛果敢、悪く言えば乱暴でヤバンな若き西方の猛将ローラン伯に対し、剛強ながらもしばしば冷静な判断力を発揮することもある、悪く言えば考えすぎでちょっとやりすぎな南の智将ルノー伯……この従兄弟どうし、あんまり気は合わなかったようだが息は絶妙に合ってて、ケンカしたり協力したりとさまざまな逸話がある。

 しかしここでは詳しく紹介する余裕がないので、興味ある人は原典『シャルルマーニュ伝説』あたりを紐解くか、かつて編集者として参加させてもらった『萌える大百科シリーズ・シャルルマーニュ大百科』でも参照してほしい。


 さて、ある年の祝祭の季節……東洋の国からはるばるシャルル王の宮廷を訪ねてきた美貌の姫君がいた。

 この二人はその姫君をめぐって恋のさや当てを演じてしまい、あろうことか帰国した姫君を追って、二人とも国を離れ東への旅に向かってしまったのだった。

 行った先で、騎馬民族の大軍に攻められてた彼女の国に助太刀し、敵の大カーンとすさまじい一騎打ちをやったりとか何とかいろんな話があるんだけれど、この物語とはあんまり関係ないから、興味ある人は(中略)を参照してもらうことにして省略しよう。


 ……いや、ちょっとだけ関係あった。

 姫君を追っていったのはこの二人だけでなく、他にも何人かの騎士が東洋に向かっていたんだ。その中に、英国の王族にしてシャルル王の妹の子・アストール(アストルフォ)王子もいた。

 ローランやルノーは忘れてもいいけどアストール王子はこの物語のけっこう重要な脇役だから、できれば憶えといてください。

 アストールは英国から人質としてシャルル王の宮廷に来ていたのだが、やや軽薄な性格ながら騎士や武将としてはそこそこに有能だったようで、十二人の甥の一人として武勲詩にしばしば登場し、いくつか武勇伝もある。

 しかしこの王子様はイケメンのスケコマシでもあったらしく、何人もの女性が彼に口説き落とされたり一目ぼれしたりして献身的に助力したお話も残っている。なにしろ、彼を独占したくて催眠術をかけ監禁した魔女までいたとかいう騒ぎだ……昔からメンヘラはいたのね、恐っ。


 ところが、かの東洋の姫君はルノー様の方が好みだったようで……しかしこのときルノー伯はすでに姫君を大っ嫌いになってて逃亡中だったと言うからややこしい。

 そのへん、いろんな事情や展開があったのだけど省略して、結論から言うとアストールは珍しくもフラれてしまった。

 それでも一軍を率いて姫君の国の首都の危機に駆け付け、騎馬民族軍と奮戦するというカッコいいところを見せるんだが、調子に乗って突入しすぎ、最後は負傷して後送されてしまう。


 というわけで、他の騎士たちに先んじて、怪我の癒えたイケメン王子アストールが故国へたどり着いたそのころ……フランスではとんでもない一大事が起きていた。


 東洋にセリカンという国があったという。伝説のセリカン国が具体的に歴史上のどの国のことなのかはよくわからないのだけど、イメージとしては絹を産出する国で、中国のどこかにあった政権と思われる。ちょうど唐末の乱が始まる頃でその後は五代十国時代となるから、そのへんの国のハシリのひとつだったかもしれない。

 セリカン国には勇猛で知られたグラダッソという国王がいた。、およそ中国人ぽくない名前だがこのグラダッソ王、実はとんでもない武具コレクターでもあった。他国にある伝説の鎧や有名な刀剣、俊足の名馬などの話を聞くと、即座に脅迫や戦争を仕掛けて強奪するという困った性癖を持っていたのだ。

 このグラダッソ王がなんと、大軍勢を率いてユーラシアを横断し、北アフリカ経由でスペインを蹂躙、各地で名だたる武具を奪い取りながら、とうとうピレネー山脈を越えて南からフランスに侵寇してきたのだった。

 ありえねえ……どう考えても、ありえねえ。けど、伝説にはそういうふうに語られていたから、そうなったという前提で話を続けるしかない。


 さて、ローラン&ルノーという二大主力武将が留守の時に、名だたる剛勇グラダッソ王陛下に率いられた強力な東洋の大軍が、フランク王国の中心地であるフランスに大襲来……この危機にシャルル一世王は兵を集めて迎え撃つべく、王国中の領主たちに出兵の檄を飛ばした。


 そのころ、フランスの片隅にカッペル侯爵という老貴族がいた。彼の領地の屋敷にも出陣命令の使者がやってきた。もちろん、何月何日までに何人以上の部隊を率いてどこそこへ来るように、という内容だ。

 シャルル王の勅令だし国の危機であるから、領地をもらった封建領主である以上これを断ることは許されない。

 が、カッペル侯爵は寄る年波で病を得ており、足腰が弱って馬に乗るのも難渋する状態だった。

 侯爵が自室で粗末な椅子に座り込んで、どうしたもんかと頭を抱えていたとき、

「父上?」

 と、十代の少女の声がした。


 カッペル侯爵には一人娘がいた。名はフロードリ(フロルドリ)。ティーンエイジで、体格は普通、特別に目立つほどの姫君ではないが、数いるフランク貴族の姫たちの中でも、容姿は美しい方とは言える。しかし性格は極端に積極的……悪く言えば向こう見ずでおっちょこちょいだった。


 カッペル侯爵が嫌な予感とともに顔をあげると、やや地味な色合いのドレスに身を包んだその一人娘が部屋に入って来て微笑んでいた。

「事情は聞きましたわ、父上」

 フロードリは笑顔だが力強い目を見せている。侯爵は嫌な予感が降り切れそうになった。そしてこういうとき、嫌な予感はだいたい当たる。


「当主が無理であれば、子息が代理に参陣するのが貴族のならわし。ここはわたくしがひと槍、父上に代わってシャルル陛下の馬前にて……」

「ぜーーーーったいに、イカン!!!!!!!!」


 カッペル侯爵は大音量で怒鳴った。

 老いたりとはいえさすがはかつての歴戦の騎士。一喝で窓がビリビリ揺れ、古いタペストリーは糸が切れて、ぼたっと床に落ちた。

 フロードリはあわててタペストリーを拾い、糸を結んで壁にかけなおす。石やレンガで壁が作られていたこのころの建物は、布の壁掛けがないととっても寒いのだ。

 その後ろ姿にカッペル侯爵が畳みかける。

「お前は戦争の恐さをまったくわかっておらん! 物見遊山とはわけがちがうのじゃぞ!」

「戦争の話は聞いています。フロリマー様からもいろいろと」

「フロリマー殿か……まだ若いとはいえ、あの方はそれなりには経験のある騎士じゃ、今回も出陣することになるじゃろ」


 フロリマー(フロリマール)は、カッペル侯領と境界を接するシルヴァンタワー領の領主で、亡き父親の跡を継いで数年経つが、まだ二十歳前という青年領主だ。家臣たちの助けもあるとはいえ、領地経営にも武芸にもそこそこの手腕を見せてきた。血筋も悪くなく、特に母親はシャルル王の姉妹だった。つまり、シャルル王の十二人の甥の一人だった……ということは十二勇士のメンバーなのだ、かなり末席ではあったけれど。

 去年の騎士競技会において、騎兵槍のワザで二連勝した好戦績も語り草となっている。三試合目はかのアストール王子との従兄弟対決で、これには負けた。だが相手は英国の王位継承権二番目か三番目くらいの王族、花を持たせたのかもしれないという噂が近隣で流れている。そのくらいには領民からの信頼や人気があった。


 フロードリは子供のころに彼と会ったことはあったが、再会したのは親が決めた婚約披露の席でだった。

 近隣の平和安定のための縁組ということでシルヴァンタワー側から申し込みがあったようだけど、貴族としての席次は向こうがやや上で良縁だし、断る理由は特にない。

 フロリマー本人もなかなか頼りがいありそうな落ち着いた文武両道のイケメン美青年へと育ちつつあり、お婿さんとしてはかなりの優良物件だった。

 先方もフロードリの、必要以上には飾らない素直な性格を気に入ったようで、以降、許嫁者として親しく行き来している。次第に、恋人としての意識もしあうようになってきていた。


「槍も馬も、お願いしてフロリマー様に手ほどきしていただきました。だいぶ筋が良いって……」

 ドヤ顔でフロードリが胸を張る。

 その一方でカッペル侯爵はため息まじり。

「そりゃ、趣味で習ってるだけの生徒はおだてて楽しませるじゃろ。本格的に弟子を育てようってわけじゃないから厳しくは言わんわな」

 むう、とフロードリが頬を膨らます

「フロードリ。武芸を好むことには文句を言わん(見てて面白いし(心の声))。だがお前の武芸はしょせん趣味レベル……戦場や競技会で本物の騎士に通用するようなシロモノではないぞよ?」

「…………」

「お前は、女としてのたしなみも一通りはできるし、中級貴族の姫としておそらく上の部類には入る。武芸も、まあ、何があるかわからない世の中じゃ、女であろうと多少の心得はあった方がいい。そのうえ国王陛下の親戚である将来有望なイケメン貴族が婚約者で、こんな恵まれた境遇は神に感謝してしかるべきだ。あとは、考えなしに動いてしまうところだけ治せば、もう幸せな一生が約束されているのだ」

「…………」

「ワシもそう長くはない。元気に育った子供はお前だけだから、ワシの没後、領地はお前とフロリマー殿にゆだねるしかないじゃろ。どうだ、向こう見ずな性格を直して、ワシを安心させてくれんか?」

「……はい、父上」

「うん、わかってくれたならよい。では……そうそう、使いを出さねばならんな。誰か呼んできなさい」

「使い?」

「病気で出陣できない旨の、国王様への手紙をフロリマー殿に託さねばならん。手紙を書くためには、代筆のできる司祭か学生を教会から呼ぶ必要がある。わかったら、呼んできなさい。」

「はあい。」


 不満げに部屋を出ていく娘を、コッペル侯爵はため息とともに心配げに見つめた。


 フランスには「故国の危機に1人の処女(おとめ)が現れて国を救う」という有名な伝説がある。

 この頼りないお嬢様がもうすぐその第一号となってしまうことを、まだ誰も知らない。



 つづく -

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