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木波五郎がおしゃれをする理由

木波五郎きなみ ごろうほど、身だしなみに命をかけている男はいない。


木波五郎は、給料の4割を外見のために使っている。洋服は毎月新作をチェックし、季節に合わせたコーディネイトを整えている。特に力を入れているのは、清潔感だ。50才の中年おじさんは、何もしなければ汚くなる。頑張って努力してやっと、普通レベル。めちゃくちゃ気を使ったツワモノだけが、


『あの人、清潔感あるね』


という称号を手に入れられる。もちろん木波五郎のランクはツワモノだ。毎週末ユニクロやGUに通い、土日のセール品の中で、自分をきれいに見せてくれる洋服を厳選し、購入する。これらの商品は、洗濯も気軽にできるから、清潔感にはうってつけだ。けして値段で選んでいるわけではない。


木波五郎は、整髪料や化粧水と乳液などなどにも気を使っている。そう。服装だけでなく、お肌やヘアのコンディションにも抜かりはない。めちゃくちゃ気を使っている彼でも、最近は乾燥が悩みの種だ。50も過ぎれば、冬は皮膚に粉がふく。至極当たり前のことだ。だけども、木波五郎は必死の抵抗をみせる。ドラッグストアで、徳用サイズの格安保湿クリームを買い込み、風呂上りに肌に刷り込んでいる。保湿剤が肌に浸透するのは、お湯で毛穴が広がっている、風呂上りがベストタイミングだということくらいは、一般知識として世間に広まっていると思うが、浸透するのは風呂から上がって15分以内で、それを過ぎたら意味がない、ということはあまり知られていない。しかし木波五郎は、きちんと把握し、実行している。15分以内説を知らなかったというそこの女子、木波五郎を見習ってほしい。

とはいえ、毎日ここまで頑張っても、ツヤツヤにならないのが50過ぎの人間の肌の限界だ。特に木波五郎は、仕事でほぼ野外にいる。工事現場の表の道路に立ち、交通誘導をしている。雨の日も風の日も、カンカン照りでも極寒でも、人が安全に通行できるように、光る棒を振っている。外気は木波五郎の肌をいじめる。だからモデル並みに頑張っても、肌はすぐガサガサになってしまう。それでもつや肌を目指して、木波五郎は今日も保湿クリームを塗りこむ。おかげで粉がふかない程度にはなっている。努力の結果だ。


散髪は、月に2回。行きつけの美容院は、カット1500円。いつも満員の人気店だ。待っている間に雑誌を読むのが、木波五郎の楽しみの一つ。ここで美容やファッションの情報を得る。15分以内説もここで手に入れた。たまにページをちぎって持ち帰ることもある。一度隣の客ににらまれたが、口笛を吹いてごまかした。口笛はへたくそだった。


仕事がオフの日は、街を闊歩する。それが木波五郎のここ数年の休日の過ごし方だ。街は街でも、渋谷や銀座など人が賑わう場所ばかりに行く。それには理由があるのだが、後で述べる。

この日の木波五郎のファッションは、紺色のPコートと茶色のコーデュロイのパンツ、本皮に見える黒いシューズ。精一杯のベーシックなおしゃれスタイルだ。髪も、カット仕立てのすっきりショートカット。そんな、努力してできあがった年相応の清潔感のあるおじさんが、若者の街を歩く。

ショウウインドウの前を通りすぎる時、全身をチェックする。服に変なシワが入ってないか、コートにフケが落ちてないか、靴は光っているか、などなど。入念に確認して、よし、とOKを出してまた歩き出す。そんな姿を通行人に半笑いされても、気にしない。なぜか。木波五郎にはちゃんとした目的があるからだ。

街を歩く時、木波五郎の視線はきょろきょろと忙しい。おしゃれな人たちのファッションをチェックしている・・・のではない。その視線の先にあるは、顔だ。女の顔。しかも20代半ばの女の顔に限られている。それ以外は眼中にない。


数時間歩いて、ようやく一人、これは! という女を見つけてハッとする。彼女の後をつけ、観察を続ける。そしておもむろに木波五郎は財布を取り出し、中から出したものを凝視する。それは、赤ん坊の写真。ずっと財布に入れていたから、擦り切れてボロボロだが、赤ん坊の顔は確認できる。木波五郎は、女の顔と写真の顔を見比べる。あの女の人は、この赤ん坊が成長した姿だろうか、と思案する。あの女の人と写真の赤ん坊が同一人物だろうかと、木波五郎の脳がフル回転で分析する。でも、1才くらいの赤ん坊の顔と20代半ばの女が同一人物かなんて、わかるはずがない。目利きの刑事にだって無理だろう。木波五郎は頑張って考えたが、判断がつかない。そのうちに、女は歩き去る。木波五郎がしていたことなど全く知らないまま、彼の視界から消えていく。木波五郎は小さなため息をついて、写真を仕舞い、財布も仕舞い、また歩き始める。

また大きなショウウインドウがあったので、立ち止まり、全身をチェックする。カラーコーディネイトはばっちりだ。地元の図書館にあるカラーコーディネイトの本を網羅し、百均ショップで買ってきた折り紙を使って自分に合う色を見つ出した。茶色と紺だ。だから、大丈夫。似合っている。変じゃない。街で偶然会った娘にも、嫌われない清潔感のあるちょっとおしゃれな父親だ。シラフで真っ当な恥ずかしくない父親だ。だから、大丈夫。


木波五郎は、25年前に離婚した。当時の彼は最悪だった。酒を飲んでは暴れていた。写真の赤ん坊は、25年前に1才で生き別れた、木波五郎の娘だった。別れてから一度も会っていない。東京に住んでいるかもわからない。写真もあれ一枚。唯一の手掛かりだ。会える確率なんて、限りなくゼロに近いだろう。それは彼もわかっている。でも、可能性がゼロでない限り、行動しよう。それが木波五郎が生きているたった一つの理由なのだ。そんな彼を笑えるだろうか?


木波五郎は、今日も身だしなみに気をつかっている。清潔感を心がけて、毎日を暮らしている。奇跡は起こると、信じて生きている。


おわり


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


2020年、最初の投稿です。

去年は月2本の短編小説を投稿してきましたが、今年は月1本を目標に投稿していこうと思っています。

(毎月15日頃の投稿予定)

ペースは落ちますが、また次も読んでいただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。

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