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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第九十六話:ツメのお化け

 冒険者ギルドを出た後、重い空気を引き摺って下流区へと下り、ジャンク屋へ向かっている時だった。


「おにーちゃん、犬のおねーちゃんはー?」


 空き地で遊んでいた小さい子供の内の一人に話しかけられた。

 そういえば、俺が素振りとかしている間、あいつはよく子供たちと遊んでいたっけか。嘘を言っても仕方ないし、この子たちには悪いけど正直に伝えよう。

 いつの間にか数人集まって来ていた子供と視線を合わせるようにしゃがむ。


「犬のおねーちゃんは故郷に帰ったから、もうここには来ません」


 不満の声が一斉に溢れ出る。

 あいつ、相当懐かれてたんだな……。


「おにーちゃんにカイショーがないから、帰っちゃったの?」


 カイショー? 解消……甲斐性か? 難しい言葉を知っているな。


「おかーさんが、カイショーない男の人はダメだって、いつも言ってるよ」


「にーちゃんフラれたー!」


「こーゆーときって、ドゲザしに行くんでしょ?」


 やいのやいのと、容赦ない子供の群れに圧されてしまう。あいつが魔界に帰った理由は別にあるとしても、俺に甲斐性が無いのは事実だから反論もし辛い。

 関係ないけど、何でこっちの世界に土下座の文化があるんだ?


「あー……ごめんなさい」


「ねー、うち、そろそろ帰らないとだから、じゃあね!」


「あ、ホントだ!」


「おまえんちウラにあるから、ツメのお化けでるかもよ」


「えー、こわいからやめてよー!」


 子供たちの圧が弱まったところで謝ってみたが、既に俺に対する興味は薄れてしまっているようで、薄暗くなった空を見上げては慌てた様子で散って行く。


「はぁ……」


 嵐が過ぎ去った空き地には、しゃがんだ俺と溜め息だけが取り残されていた。


「大丈夫?」


 苦笑いを浮かべながら話しかけて来たシオンに返事をして立ち上がり、改めてジャンク屋を目指して歩き出した。




 陽当たりが悪い事もあり、早く訪れた夜の中で、人々は灯りをともして生活を続ける。このジャンク屋も例外ではなく、店内の隅に点けられた灯りに照らされながら、俺はネルソンさんに帰還の挨拶と、ここに来るまでに起きた出来事を説明した。


「いやはや、君は本当に……このネルソンさんでも筆舌に尽くし難い男だよ」


 クセのある髪を指で巻きながら盛大に肩を竦められてしまった。だが、その直後、瞳の奥がキラリと輝いた。


「しかし、だ。このネルソンさんの期待を裏切らなかったことに関しては誇ると良い。いや、積極的に誇りたまえ」


「はぁ……?」


 相変わらず独特な雰囲気の人だ。


「獣人だと思った少女が幻獣で、魔界に送り返したと思ったら今度はダークエルフか……で?どうするんだ?」


 どうするって言われてもな……。シオンが自分の出自に負い目を感じることなく生きていける場所を探すくらいしか、俺には思い浮かばない。世間のダークエルフに対する認識を変えさせるなんて、権力と時間がいくらあっても足りない。


「シオンが安心して生きていける場所を探します」


「探す、か。自分で作ろうとは思わないのかね?」


「作る? 俺がですか?」


みんな仲良し村でも作れって言うのか? 冗談じゃない。何の学もないのに、村興しや経営がやれるか。そもそも……


「そんな面倒なこと絶対に……そう、絶対に! やりたくないと言いたそうな顔だな」


 口元を歪めて見せるネルソンさんに対し、目を細めさせる。

 絶対に、の所だけやけに強調するな……。当たってるけど、そんなに表情に出てたか?


「はっは……! そんな顔をするもんじゃあないよ。けれど、当てはあるのかい?」


 当てなんてない。そうハッキリ言えたらいいんだけど、自分のことを行き当たりばったり無計画野郎だって自覚があると、なんていうか……口に出しづらいな。自分が分かっている間違いを、わざわざ他人に指摘されたくないというか……。それなら初めから計画的に動けよって話なんだけどさ。


「おやおや、こんな問いに困られたら、こっちが困ってしまうよ。けれど、そうだね……ソラクロの件がある。一つ、いいことを教えてあげよう」


 立てた人差し指を俺たちに見せつけ、次の言葉を十分にもったいぶった後、ネルソンさんは再び口を開いた。


「独立市街ランドユーズ。ここは出自も思想も関係なく、誰もが平和に暮らせる場所らしい。場所? それを言ったら面白くないだろう?」


 聞いてもいないのに断られてしまった。


「だが、レイホには是非一度行ってみてほしい。何故かは言えないが、互いのことを知らずとも馴染み深い存在が、そこにはあるからね。おぉっと、口が滑ってしまったよ」


 一人でどんどん盛り上がっていくな。……独立市街ランドユーズか。名前が分かれば探すのはそんなに苦労しなさそうだな。市街って言うくらいだから、勝手に移動なんかしないだろうし。


「ねぇ、まるであたいをどこかに置き去りにしようとしている感じに聞こえるけど、あたい、レイホのパーティから抜ける気はないからね」


 そりゃどうも。今は組んだばっかだし、直ぐにさよならする訳にはいかないってことぐらい、俺にも分かる。けど時間が経てば、人というかエルフの気だって変わる筈だ。……その時間が、俺が老衰するぐらい必要だったら嫌だけどな。


「心配しなくても、勝手に捨てて行く気はないよ。けど、ランドユーズって所には少し興味がある」


 ネルソンさんが口を滑らせた、馴染み深い存在とやらが何なのか。本心で言うならべつに知らなくてもいいけど、興味があるってことにしておいた方が動きやすいだろ。


「うん。それならよし!」


 フードを脱いで露わになっている顔は満足そうだ。


「さて、ここまで後回しにしたが、そこでむくれている少年剣士。憂さ晴らしと言って、その辺で暴れるのはお勧めしないよ。近頃、幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローが活発になっているからね」


「なにそいつ?」


「伝説、英雄、空想、概念、暗殺者、殺人鬼、幽霊……人によって捉え方は様々で、いつから存在しているのかも不明だ。しかし、確実なことは二つある。一つ目、幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローの姿を見た者はいない。二つ目、爪痕残されし者に善の心無し」


 なんか突然物騒な存在が出て来たと思ったけど、爪痕残されし者に善の心無しってことは悪人を懲らしめる存在ってことか? それとも悪意に満ちた人間に変えて操るとか?


「最近、上流区で殺人事件が何件か発生していることは知っているかな?」


「はい。昨日聞きました」


「それらは全て幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローによるものだと推察されつつあるようだ。今のところ、狙われた一家は皆、鋭い爪に引き裂かれて全員死亡している」


 胸の辺りがざわつく。人を殺しているってことは、洗脳とかじゃなくて悪人を裁いているってことなんだろうけど……まさかそんな奴が……


「始まりはパストン家。ちょうど、レイホが魔界に出かけた日の前日かな。いったいどんな悪行を重ねたら、幽明界を異にする襲爪ゴースト・クローなんて危険が及ぶのかねぇ」


 プリムラを狙っているわけないよな……っ!?

 右の拳が震え出す。それを左手で包むようにして強く押さえる。


「どんな奴だろうと、おれたちの邪魔になるなら倒すだけだよ。倒さないと殺されるっていうなら尚更」


「……ふっ。若くて結構! だが、平凡に生きていれば狙われることはないから安心したまえ!」


「そんなことよりさ、あんた、レイホのことどうにかできない?」


「ああ、【死の恐怖】だったか……」


 話題が急カーブしたのに、よく付いて行けるな。

 ……話題が逸れて忘れかけていたのに、あんまり思い出したくないな。でも明日には冒険者を続けるか辞めるか決めないとなんだよな。

 鬱屈する俺と裏腹に、ネルソンさんは自信満々に胸を張った。


「名医ネルソンに掛かれば簡単なことだよ!」


「ほんと? じゃあ直ぐに治してよ」


「そう急くな少年剣士よ。そして心配するな皆の衆!」


 背中を反らせて両手を広げるといった、雑多なジャンク屋の中でも極めて騒がしいポーズを取ったかと思うと、何事も無く姿勢を直した。


「そんなもの気にしてる暇があるなら、住む場所を探したらどうかね?」


 ………………。


「死の恐怖なんて、誰だって持っているだろう。どんな戦闘狂であっても死の恐怖からは逃れられない。いや、寧ろ死の恐怖を誰よりも理解しているからこそ戦いに酔えるのかもしれんが、今はどうでもいいことだ」


 誰でも持っているって言われても、アクトやシオンは手足が震えることなんてないぞ。


「ギルドの人には、このアビリティを消す方法は無いと言われましたが……」


「だから、今言った通りだ。誰も死の恐怖からは逃れられないんだから、消すことだってできやしないさ。死を超越した……その辺の石ころにでもなるつもりか?」


「アクトやシオンにはアビリティがついていないんですが……」


「そんなものは個人差だろう。レイホの場合は怖い、で止まっているのが、二人の場合は怖いけど・・、とかそんな感じなんじゃないか? 言ってしまえば、人の心を掌握して治療できる人間なんて、この世に存在しないよ」


 この医者、急に投げやりになってきたぞ……でも、そうだよな。俺の精神的な問題だ。精神力高い筈なのに、なんの役にも立たないな……。


「ギルドの人が治せない? それは治った事例を見ていないからなのか、この世界の常識なのか、無茶をして死なせないための脅しなのかは分からないが、レイホはそもそもブランクドの人間ではないだろう。こっちの世界の常識や決めつけなんて、ワタマロの養分にでもしたまえ」


 言っていることは理解できるが、だからといって死の恐怖から解放されるような単純な人間じゃない。どっちかっていうと面倒臭い人間だ。


「色々言ったし、まだまだ言えることはあるが、結局のところ最後に行き着く言葉は同じだから割愛するよ」


 行き着く言葉は分かっている。俺が常日頃思っていること……いや、ブランクドに来てからは忘れがちだったか。


「はい。ありがとうございます」


「礼には及ば……そうだ。今は病室のベッドが空いているから、休みたければ慈悲深いネルソンさんに感謝して休んでくれて構わないよ」


「はい。助かります」


 自分のことは自分でどうにかするしかない。どんな言葉を並べられたって、自分の心を決められるのは自分しかいないのだから。

 無感情な言葉だと思っていたが、今は微かに心の奥が熱くなった気がした。



次回投稿予定は12月11日0時です。


補足(覚えている方が少ないと思われたので……)

ワタマロ

 外はふわふわ、中はぷにぷに、赤い丸い双眸を持った謎の魔物。風が吹くと飛んで行く。

 対象に纏わりついて体力を奪うが、討伐推奨等級が設定されていない程に弱い。

 刃物で突いたり斬ったりすると簡単に倒せる。

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