第九十五話:死の恐怖
投稿時間遅れの恐怖。
世界蛇とは大層な名前を付けたもんだ。確か、アルヴィンの目的は世界を魔物の脅威から救う事だったが……本気なのか?
「世界蛇は今どこに?」
「南門通りの方に拠点を構えているわ。主だったメンバーは魔窟の探索に出ているようだけれど……明日には帰って来るような話を聞いた覚えがあるわ」
主だったということは、当然アルヴィンも出ているのだろう。今日鉢合わせする可能性がなくなったことに少しだけ安心した。けど、明日帰って来るというなら、魔界での出来事を報告しなくてはならない。依頼主であるアルヴィンより先にギルドへ報告してしまったが、それで何か問題にならないよな? 依頼を受ける時にそんな誓約は交わしていないのだし。
「明日、メンバーを見かけたらレイホが戻ったこと伝えておいた方がいいかしら?」
「そうですね。お願いします」
いつ頃帰って来るか分からないし、明日ギルドでの用事を済ませたら拠点とやらを探しに行くつもりだったが、俺が帰って来たことを知らせておいてもらって悪い事にはならないだろう。
「それにしても、ソラクロが幻獣だったとはね……。よく懐かれていたのに、残念だったでしょ」
残念……? どういう意味合いなのか分からないけど、そうは思わないな。
「あいつには重要な役目がありますから。元の居場所に帰せて良かったですよ」
「ふーん、そうなんだ」
どうして怪しまれなくちゃいけないんだ? 話しが逸れたけど、アルヴィンたちについてもう少し聞いてもいいだろうか。
「ユニオンってパーティよりも規模が大きいくらいの認識なんですけど、他にどんな違いがありますか?」
「冒険者として基本的にやることは変わらないわ。難度が高かったり、新しい魔窟への長期的な調査だったり、領地を跨いでの増援だったり、レイホが言った通り規模の大きい仕事を任せることが多いわ。あと、パーティと違ってユニオンランクっていうのがあるわ」
ユニオンランク……文字通りユニオンとしての格を示すものなんだろうな。
「その顔は、もう予想できていると判断して良さそうね。ユニオンとしての実績や、加入している冒険者の数や等級、世間からの評判、様々な条件を元にギルドが決めるユニオンの格よ。こっちは冒険者の等級と違って、銅とか銀は無くて、星ゼロから五の六段階で表されるわ」
「なんでパーティランクはないの?」
暇そうにしていたアクトが急に質問してきたが、エリンさんは驚くことなく、寧ろ歓迎するように答える。
「パーティには即席で組んだり加入することができるでしょう? 受けた依頼に合わせて戦力を補強するのは良いことなんだけど、これだと基本となっているパーティの実力が測り辛いの」
「ユニオンには即席で入れないってこと?」
「その通りよ。ユニオンに加入しているメンバーと組むには、自分も同じユニオンに加入する必要があるわ。そして、ユニオンに加入した場合、最低でもひと月……正確には次回のユニオンランクの査定まで脱退ができない決まりよ」
ふーん。色々と決まりがあるんだなぁ。
アクトとエリンさんのやり取りを聞いていると、後ろからシオンが耳打ちをしてくる。
「同じユニオンに入らなくても、偶然を装って協力することはできるんじゃないのかな?」
あぁ、言われてみれば……。でも、やる必要あるのか? ユニオンランクは冒険者の人数も査定に入るのだから、ユニオン側としてはその場限りの協力よりも加入してもらいたいだろうし……協力者側でユニオンに加入したくない理由は……っていうか、シオンはなんで俺に聞いてきたんだ? エリンさんに直接聞いたらどうだ?
「そっちの二人は何か気になった?」
エリンさんと目が合う。シオンへ視線を向けると見返される。俺が聞くの? べつにいいけど……。
「ユニオンに入らなくても、現地で居合わせた冒険者と協力し合うことは可能ですよね? もしそれを意図的に行っているユニオンがあった場合はどうするんですか?」
「むむっ、鋭い質問ね。その対策として、ユニオン側には依頼達成時に報告書の提出を義務付けしているわ。そして、報告書の提出時にはエクスペリエンス・オーブの戦闘記録も参照して、齟齬がないか確認するようになっているの。もしユニオン外の冒険者の協力を得た場合は、意図的であろうとなかろうと評価点が差し引かれるわ」
対策されているのは分かったけど、ユニオン側が不利になるだけだよな。やっぱり、意図的にユニオン以外の協力者を用意する利点が分からない。
「実例ってあるんですか? ユニオンが未加入の協力者を用意するのは?」
「今はさっきの対策とか誓約が追加されて殆ど聞かないわ。昔、ユニオンランクの査定が曖昧だった頃は、ユニオン間で結託して実力者の貸し借りが行われていたそうよ。今、そんなことしてバレたら罰金が発生するし、最悪ユニオンの強制解体になるわ」
過去の悪行の上に今があるってことね。大方、能力が無いのに肩書きやら名誉やらにプライドを持った、人付き合いの良い連中がやったことだろう。どこの世界も似たようなもんだけど、真面目に活動していた側にとってはいい迷惑だな。偶然でも協力者が居合わせてしまった場合、評価点が差し引かれるのだから。
「あと、パーティとの違いとして、ユニオンは毎年開催されている武闘大会に参加することができるわ!」
良くない話をして空気が淀んだのを察したのか、エリンさんは普段よりも明るい声音で言い放った。
「武闘大会……」
「冒険者同士でドンパチやってるあれか……へぇ、参加に制限なんてあったんだ」
「アクトは見たことあるのか?」
「ん。小さい頃に首都で何回か見に行ったことあるよ」
首都……そういえば首都出身って初めの頃に聞いたっけか。
「武闘大会は年に一回、無月に開催されるの。各町で予選を行って、勝ち残ったチームは首都の本選に参加できるのよ! 予選はいつも上旬だから……あと三か月を切ったってところね。凄い盛り上がるし、他の冒険者の戦いを見れる貴重な機会だから、予定を合わせて見に行くか、今からユニオンを結成して参加するのもいいかもね」
エリンさんの言う通り、他の冒険者の戦いを見れる機会はそうそう無い。魔物の活動状況にもよるだろうが、可能ならば時間を取って見ておきたいな。今からユニオンの結成? 現実的じゃない。
「あ、一応言っておくけど、武闘大会の参加資格はユニオンに所属していることだけど、大会で戦うのはパーティ規模の人数だから、大規模な集団戦は期待しないでね」
当然と言えば当然か。ユニオンによって人数はバラバラだし、総力戦をやって疲弊したところに魔物の襲撃があったら取り返しのつかない事態になる。
「ユニオンについては……これくらいかな。後は実際に結成して活動していく場合に必要になることだし、質問が無ければ以上にするわ」
アクトとシオンに視線を向け、聞きたいことが無いか確認する。
「……大丈夫です。説明ありがとうございました」
「いーえ、どういたしまして」
想像以上に長い説明となってしまったが、エリンさんは疲れた様子は微塵も見せず、気持ちの良い返答をしてくれた。
それから、不在だった三週間の間のクロッスの様子やプリムラについて聞いてみたが、特別情報が得られなかったので、シオンのパーティ加入と能力値の更新手続きを行った。
「まだパーティ名前付けないの? このまま後伸ばしにするようなら、あたしが勝手に……!」
シオン、アクトと更新が終わり、小言を言われながら俺の更新が行われた時だった。装置から出て来た冒険者手帳を見たエリンさんの表情が固まった。
うわ……なんだろ? 相変わらず酷い能力値なのか? 次元の境穴で、少しは鍛えられたのかと思っていたけど、期待しない方が良さそうだ。
能天気に構えている俺に、エリンさんは固まったままの表情を向ける。どうも様子がおかしいと思ったのと、エリンさんが口をこじ開けたのは同時だった。
「レイホ……あなた、このアビリティ……どうしたの?」
アビリティ? 何か追加されたのか? 心当たりがあるとしたら…………あっ……。
自身の体の変化について考え、そして思い出した。
見せられる冒険者手帳。能力値よりも先にアビリティの欄へ視線を向けると、そこには……
【死の恐怖】
書体や印字の濃さは他の文字と変わらない筈なのに、その四文字だけが意識を塗りつぶすかの如き暗黒に見えた。
「いつから付いたのかは分からないけど、戦闘になった時……いえ、戦闘以外でもいいわ。体に異変が起きた覚えがあるでしょう」
「……魔界から帰って来てから、魔物を前にすると震えが出るようになりました」
「震え……」
エリンさんは口を開けたまま茫然としていたが、やがて苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「レイホ……冒険者は、もう辞めなさい」
冗談で言っているわけじゃないのは分かっている。魔物と戦えないのは自分自身が一番よく分かっている。けれど、受け入れたくない。折角……折角、何度も死んで、それでも折れずに地上へ戻って来たのに……能力値だって、久しぶりに測ったから以前より見違えるくらい上がっているんだ。貧弱な俺でも、何の取り柄が無くても、続けていれば少しずつでも強くなれると……分かってきたのに……っ!
現実を受け入れたくない反抗心も、訳も分からず付いたアビリティにたいする怒りも噛み潰し、何か改善する手立ては無いかと、エリンさんに質問しようと顔を上げた。そして、そこで理解した……理解させられた。
俺と顔を合わせるエリンさんは無表情だった。それも、ただの無表情じゃない。真っ直ぐに見据えて来る目からも、これから言葉を発そうとする口からも、一切何も感じない。ギルドの職員として、元冒険者として、機械的に伝えるべきことを伝えようとしていた。
「アビリティの効果としては、主に戦闘時、筋力、敏捷、器用、技巧、精神力が大幅に低下して、更にスキル・魔法が使用不可になる。これだけでも致命的だけれど、複数の能力値が低下することに体が対応できず、思い通りに体を動かすことができなくなるの」
アビリティを消す方法は? 聞こうとしても舌が張り付いてしまい、喉も震えない。
「このアビリティを習得する冒険者は少なくないわ。あたしの仲間にもいたしね。……だけど、だからこそ言える。死の恐怖を消す方法は無いわ」
沈黙。
……沈黙だ。何か、言わないと……。エリンさんだって、言い難いことを感情を殺してまで言ってくれたんだ。でも、何を言う? 決まってる。冒険者を辞めますと、そう言えば良いんだ。迷う必要なんてない。躊躇う権利なんてない。正しい答えが見えている。それはとても楽なことじゃないか。
俺が冒険者を辞めても、アクトとシオンなら二人でも大丈夫だろ。エリンさんは人種なんて気にしない性格だろうし、上手く二人をサポートしてくれる。俺はどうしようかな……ネルソンさんに頼んでジャンク屋になるか? タバサさんに頼んだら薬屋で働かせてもらえないかな? それとも、タツマと一緒に鍛冶職人を目指すか?
「それ、べつに冒険者を辞める理由にならなくない?」
アクト? 余計なこと言うなよ。俺はもう次の就職先を考えているんだよ。
「理由にならないって、あたしの話聞いてたの?」
「長いから途中で飽きたけど、要は戦わなきゃいいんでしょ?」
エリンさんの握った拳が震えたのが見えた時、既に俺は立ち上がっていた。
「アクト、やめろ」
「それは冒険者を続けるって意味だよね」
「……無茶言うな」
「無茶じゃないよ。おれとシオンがいる」
こいつはどんな思考回路持ってんだ?
「それに、プリムラって女はどうするの?」
そうだったな、俺が助けなくちゃならねぇ……なんてなると思ってんのか? それに、プリムラを助けるのは冒険者じゃなくてもできるだろ。
………………落ち着け、否定ばっかしてても駄目だ。
「エリンさん、すみません。一日、考える時間をください」
「それは構わないわよ」
どうせ報酬の件で明日ギルドに来なくちゃいけないんだ。今この場で決める必要なんてない。言ってしまえば冒険者を辞めると宣言しなくても戦いに出なければいいのだけど、そこはケジメのようなものだろう。
「考える必要なんてあるの?」
「アクト、やめなって。レイホならちゃんと考えて答えを出すからさ。信じて待つのだって、あたいらの役目だよ」
シオン、ありがとう。……俺に信じて待ってもらうほどの価値は無いけどな。
睨み合うアクトとエリンさんの視線を体で遮って、非常に気まずい思いをしながらギルドを出る事になった。
……ワイバーンとかの魔石、買い取りお願いできなかったな。
重い筈のバッグだが、ギルドの扉を越えた解放感の前では心地良く感じられた。
次回投稿予定は12月9日0時です。
参考までに。
現在のレイホの能力値。()内は銅等級星二の推奨値。
体力:319(280)
魔力:0(40)
技力:18(35)
筋力:13(24)
敏捷:15(24)
技巧:1(16)
器用:22(26)
知力:0(16)
精神力:130(70)
アビリティ
言語能力、逃走者の心得、単独行動、死の恐怖




