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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第九十一話:動き出したら止まれない

 次元の境穴を抜け、魔界を抜け、魔窟を抜けた俺たちは久しぶりに陽の光を浴びる……と思っていた。


「雨……か」


「雨だね」


「そういう季節なんだろうね」


 魔窟を抜けた途端に冷たい雫に頭を叩かれた時は驚いたが、そういや魔界に行く前の地上は溟海の月とかいう雨季だったか。魔界にいる間、季節が変わるほどの時間が経っていないのならば少しは安心できる。まさか、一年も二年も経っていたっていうオチはないよな? 魔界を歩くのに一年も時間をかけていられないから、次元の境穴なんていう危険な道を選んだわけだし。


 雨量は雨具がないと直ぐにずぶ濡れになってしまうくらいだったので、魔窟の入口である洞窟の部分に三人で固まって様子を見ることにした。奥行きも高さもないのでとてつもなく窮屈だが、文句は言えない。

 まだ陽が高いお陰だろう、今のところ寒さは感じられないが、陽が落ちた後も雨が続いたらどうなるか分からない。食料は軽食くらいしかないし、いつまでもじっとしていられる状況ではない。


「この季節って、夜は寒いのか?」


「ん~、こんな感じに雨が降ってたら結構厳しいかなぁ」


「ここで夜を過ごすくらいなら、魔窟の中の方がいいよ」


 アクトに言われて思い出す。魔窟の中って魔物が出るから気にしている余裕はあんまりないけど、気温とか湿度とか、過ごす分には結構快適なんだよな。って言っても、いつ魔物が襲って来るかも分からない場所で夜を明かすのはな……森の中でも一緒か。


 魔窟を出た先に広がっている景色は、魔窟の周囲だけ不自然に枯れてしまっているが、少し先では豊かに生い茂った草花と樹木だけで人のいる気配は全くない。クロッスに戻れないとしても、近隣の村や町がどの方角にあるかぐらい検討は付けられないものか。

 コンパスを取り出してみるが、魔窟の入口が東を向いていることしか分からない。もし、ここがアルヴィンに連れられて来た、クロッスの西の魔窟であるならば、東に進んだ所でクロッスが見つかるだろうけど……博打だよなぁ。せめて雨をしのげる何かがないと…………手持ちの物には使えそうなのはないな。

 大きな葉っぱを傘代わりに使えまいかと、魔窟の入口から顔を出してみる。それらしい葉っぱは見当たらないが……


「少し、弱まったか?」


 出歩いていれば濡れてしまうのは相変わらずだが、頭に落ちて来る雨粒というか、雨の勢いが弱まっている気がした。

 どうするか……もう少し待てばもっと弱まるか? 逆にまた強まるかもしれない。


「あー、本当だ。少し弱まってるね。これなら動けないこともないかも」


 葛藤する俺を他所に、手を出して雨の勢いを調べていたシオンだったが、その言葉に決定を後押しされた。


「ここで待っていても仕方ない。今のうちに動こう」


 ろくに戦えない奴から完全に戦えない奴に落ちたというのに、二人は俺の意見に反対することもなく頷きを返してくれた。

 進む方角は東。ここがどこだか分からないけど、西の魔窟だと仮定して進む。いつ雨脚が強まるかも分からない以上、悩んでいる時間は無い。


 冷たい雨に身を晒しながら森の中を進む。枝から生えた葉っぱのお陰で、気休め程度に雨が遮られていると思いきや、葉っぱの上に溜まった雨に頭を打たれたり背中に入ったりと奇襲を受ける。頭上だけでなく、生い茂っている草花も雨で濡れており、ズボンや靴の中に水滴が入って不快だ。


「シオン、体は冷えてないか?」


 俺やアクトに比べて薄着なシオンに声を掛けたが、丸くしている目を見た途端に不要な心配であったと理解した。


「全然平気! これでも一時期野生児だったから、体は頑丈だよ!」


 全く笑えない話しだが、今は過酷な環境で鍛えられたことに感謝しよう。


「アクトは……いけるな!」


 雨で濡れた髪を鬱陶しそうにしているが足取りに変化はない。それに、これくらいで音を上げるような奴じゃないことは分かっている。その証拠に、俺の声には力強い頷きが返って来た。


 天気が悪いからか、単に運の問題か、魔物に遭遇することなく森を進むことはできた。しかし、雨を凌げるところは一切見当たらず、落ち着いて休む間もなく進み続けた。

 走るのを止め、早歩きで進む俺は勿論、後ろを付いてくる二人も息を切らし始めてきている。

 くそっ、やっぱり当てずっぽうじゃ無理があったか。

 疲労や濡れた体だけでなく、周囲に闇が落ちつつあることも俺に自責の念を感じさせる要因であった。


 出発してから、雨は微かに弱まり続けていた。完全に止みはしないものの、今はもう小雨になっているのだが、既に全身が濡れている俺たちには関係のないことだった。

 様子見が正解だったか? いや、でも、陽が傾くまで待っている訳にもいかなかったろ。

 町まであとどれくらいかよりも、自分が正しいか間違っていたかどうかを気にし始めた瞬間、久しく聞こえてこなかった声が聞こえる。


「アクト! 大丈夫!?」


 止まりたくは無かったが、止まらない訳にはいかない。疲労と水分で重くなった足で振り返ると、両膝に手を付いて激しく息を切らしているアクトの姿があった。


「アクト!?」


 意外な方が音を上げた。能力値上じゃアクトが一番体力は多い筈だ。次元の境穴の時も、ハデスの城から平城まで休憩無しで走って来れるだけの体力があった。魔物と戦った訳でもないのに何故、と考える俺の疑問は、次に放たれたアクトの言葉で晴れることになる。


「大丈夫……腹減ってふらついただけ。まだ動ける」


 一瞬、疲労も雨の冷たさも全て忘れた。そうだ、アクトはアビリティ、健啖家の影響で体力の消費が多いんだった。次元の境穴じゃ空腹とか生理現象が発生しなかったから、頭から抜け落ちていた。バッグの中に軽食はあるが、これだけ濡れた後だ。食べられた物じゃないだろう。

 考え無しの代償が、まさかこんな形で返ってくるとはな……。


「武器は俺が持つ。シオン、周囲の警戒は頼む」


「うん、わかった」


 後悔も反省もする暇はないし、三人しかいないんだ。俺が落胆したらシオンに全てを押し付けることになる。もう後戻りはできないなら、進むことだけ考えろ。


「大丈夫だって……」


「少しでも体力の消耗は抑えないとだろ。……俺は戦えないんだ」


 能力値が低いとか、頭が悪いとか、そういう理由ではなく、体が戦うことを拒絶しているかのような状態。どうしてそうなったのかは分からない。原因の分からない自分の落ち度を口にすることに、少なからず腹は立ったけど、それを表に出したって何にもならない。

 アクトから太刀と大太刀を半ば奪い取るようにし、大太刀は背負って太刀は右手に持つ。体が疲労していることもあり、正直言ってかなり重い。


「ごめん」


「謝ると気持ちが沈むぞ。気持ちまでは持ってやれないから、自分で強く持っててくれ」


 頭が回らなくて意味わからんことを言った気がするけど、ここまで来たら気合いの勝負だ。俺だってそんなに心が強いわけじゃないけど、自分で進むと決めたんだ。二人より先に折れるわけにはいかない。


「シオンも辛いと思うけど……」


 言葉が続かない。あと少しで着く保証なんてないし、頑張れっていうのもなんか違う気がする。そんな俺の様子を見かねたのか、シオンは笑った。


「にゃはは! あたいは大丈夫! そんなふうに気遣ってもらえるだけで、体力回復しちゃうよ!」


「ありがとう、助かる」


 心の底から出た言葉だった。あまりに自然過ぎて、お礼を言った記憶がないけど……言った……よな? うん、言ったことにして先に進もう。






 止まない雨、土地勘のない場所で行き先も分からない、陽も落ちかけている。アクトの体力の消耗に、俺は戦闘時に体が震える。不安要素しかない状況でも、俺たちは前に進み続けた。

 戦えもせず、アクトの武器を持ったことで速度が落ちているにも関わらず先頭を走り続けるのは、一種の意地だ。誰かの背中を見ていたら、自分の選択が間違いだったと思い知らされそうな気がした。後ろから付いてくる足音を耳に入れることで、止まるわけにはいかないと自分に言い聞かせ、一歩、また一歩と進む事ができた。


「はぁ……はぁ……あれは……」


 木々の間から松明の灯りが見えた。見間違いかと思ったが違う。高い防壁に、四角に刳り貫かれた窓が見え、その奥で火が揺らめいていた。

 周囲は暗く、特徴なんてない防壁だが、俺はクロッスに着いたのだと直感的に理解した。逸る気持ちを抑え、後ろの二人に声をかける。


「町に……クロッスに着いたぞ」


 二人とも疲れ果ててはいたが、表情に明るみが戻った。それを見て俺は胸を撫で下ろし、最後のもうひと踏ん張りと足に力を入れた時だった。


「あ、あのさ……ちょっといい?」


 シオンに呼び止められて視線を向けると、先ほど見せた明るみは消え去り、暗闇の中に溶け込むように赤い瞳を伏せていた。


「どうした?」


 雰囲気からして良い話じゃないのは予想できた。が、ついさっきまで不安要素に押しつぶされそうだったのだ。生半可なことじゃ動じないぞ。むしろ、俺は戦えない、アクトは腹ペコなのだから、シオンにも何かあった方がバランスが良い。


「本当にあたいが一緒にいていいの? 町の中で迷惑かけるかもしれないし……二人が困るなら、ここで別れるよ」


 何言ってんだ?


「何言ってんだ?」


 あ、しまった。思ったことがそのまま口に出てしまった。この後の言葉考えてない……どうしよう。シオンはもう俺たちの仲間だから、迷惑をかけ合うことはあっても別れるなんて選択肢はない。なんて言えるわけないし……。っていうか、なんで真っ先に絶対言えないことを思いつくんだよ。


「あー……えー……」


 なんかもう考えるの面倒くさくなってきたな。

 俺はシオンに歩み寄り、強引に右手を握った。驚かれても構うもんか。


「忘れたのか? 俺は忘れてないぞ」


 ハデスの城で約束したことだし、いくら俺が一人でいることが好きな人間であっても、この状況下で別れろなんて言うのは良心が痛む。


「腹減った……」


 俺とシオンが固い握手を交わしている傍らでアクトが呟いた。本心を口にしたことに間違いはないだろうが、アクトなりにシオンの同行を承認してくれたんだと思う……多分。


「飯行く前に体拭かないと、店に入れてもらえないだろうな」


「マジ?」


 アクトの絶望した表情は暗がりで見えなかったことにして、シオンとの握手を解いた俺はクロッスに向けて歩き出した。

 腹が減っていようと、気負いしていようと、付いて来たければ付いて来ればいい。付いて来れなかったらもう知らん。俺の目指す自由気ままな一人冒険者生活が近付くだけだ。

 すっかり小さくなった雨音の中で、二人分の足音は確かに俺の背中を追い掛けて来ていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] レイホの無能、愚鈍、無気力、向上心の無さがリアリティがあります。
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