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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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番外編:いつか、ありえたかもしれない話

章の途中で本編を進めずに番外編を書く人間がいるようですね……。


本編の進行状況や今後の展開には関わりのない話となります。

キャラが若干緩くなっているかもしれないのはご愛敬。

「自由市場、ですか?」


 ある日、俺とソラクロが依頼を受けに冒険者ギルドに行くと、エリンさんから教えられた。


「そう! すぐ近くにある広場で、誰でも自由にお店を出すことができるの。開催が明後日だから、今から出店の申請はできないけど、見て回るだけでも十分楽しいわよ」


 日々を過ごすことに精一杯で、そんなイベント事に興味を持つ暇なんてなかった。それに、売れるほどの物を持っていないので事前に知っていても出店する気はなかったが、普段とは違う雰囲気の中で買い物をするのも悪くはない。人混みは嫌いだけど、折角なら見てみるか。

 明後日開催のイベントにも予定を気にすることなく参加できる冒険者って、やっぱり気楽でいいな。実力があったり、名前が売れたりで前もって依頼を頼まれるようなら話は別だけど、俺のように何の芸もないと先の予定は綺麗な白紙だ。


「明後日、適当な時間に見に行ってみます」


「ええ、楽しんでいらっしゃい。……あたしは仕事だけど」


 言葉の最後に闇が見えたが、あえて危険に挑むことはしない。「楽しみですー」と笑うソラクロと一緒に、今日受ける依頼を探した。


 それから二日間は普段より多めに依頼を熟して、少しだけ金銭的余裕を持つことができた。

 何か欲しい物があるわけではないが、備えあればなんとやらだ。


「明日、自由市場は日中一時から開場するようだけど、いつごろ行こうか?」


 自由市場の前夜、食事や風呂を済ませて後は寝るだけになってからソラクロに聞く。


「いつでも大丈夫ですよ! レイホさんと一緒なら!」


 耳マッサージをしながら出てきた答えは、ほとんど予想通りのものだった。

 娯楽の少ない世界で行われるイベントだし、最初から人は多そうなんだよな。冒険者ギルドとか会場になる広場の前に、案内図が設置されていたけど、どこがどんな物を出品するかは分からない。朝一から並んで、開場と共に雪崩れ込むようなことにはならないと思うが、遅く行って品薄の広場を歩くのも侘しい。

 こういう場合、俺一人なら適当に起きて準備ができたら適当に向かうんだが、ソラクロ相手とはいえ、流石に他人には言えないな。


「それじゃあ、開場に合わせて行くか」


 俺もソラクロも初めてのことだし、早めに行ってゆっくり見て回ろう。屋台も多く出ると聞いているし、朝飯も自由市場で済ませるとしよう。


「はい!」


 耳の付け根を揉みながら尻尾をパタパタとさせて喜んでいる姿を見たからか、明日は依頼を受けなくていいといった気の緩みからかは分からない。自分でも不思議なくらい自然に、俺の手はソラクロの頭へと伸びていた。


「ん、ん~……」


 手を退けてくれたソラクロに代わって耳の付け根を揉んでみると、気持ち良さそうに顔を緩めた。


「痛くないか?」


「気持ちいいです~」


「そうか……ふっ」


 おっと、ソラクロの緩い笑みが伝染しそうになった。


「手が大きくて……その……良い感じです」


 手はそんなに大きい方じゃないけどな。細いし。そう思ってソラクロの手に視線を移すと、なるほど、ソラクロの手から比べれば確かに大きい。身長も結構差があるから当たり前なんだけどさ。

 こんな小さい体でも、戦えばその辺の冒険者よりも強いんだから不思議なもんだ。


「こんなもんで……終わり」


 整体師でもなければ他人にマッサージをした経験もほとんど無いので、凝りが解れたのかよく分からない。頭だし、あんまり揉みすぎると良くなさそうだと思ったので、適当に切り上げる。


「あ……」


 そんな物悲しそうな顔をするなよ。


「おしまいだ」


「はい……また、お願いしてもいいですか?」


「……気が向いたらな」


 今回だって気まぐれだったし。今度がいつになるかは分からない。それでもソラクロは「次もある」という事が分かっただけでも嬉しそうにしていた。


「レイホさんはどこか揉んでほしいところはありませんか?」


 両手を顔の前まで上げ、揉む仕草を見せてくる。考えるまでもなく、俺の答えは決まっていた。


「いや」


「そうですか……」


 力なく手を下げるソラクロ。本当に感情表現が豊かな奴だな。


「もう休もうか。明日も明日で歩き回ることになるから」


「はい。おやすみなさい」


 落ち込んだ仕草はするものの、本当に気を病んでいるわけではなく、普段と変わらぬ語気で挨拶してくれる。

 ソラクロと出会って短くないので、ある程度の性格は分かってきているつもりだ。それでも常日頃、何か気に障ったことをしていないか不安にはなる。だから、こんな風に感情を素直に表してくれると、俺は安心できる。……恥ずかしいから口には出さないけど。


 眠りの挨拶も交わし終えた俺たちは、遅くならない内に各々のタイミングで体を休めることにした。






 翌日、寝坊することなく起床できた俺たちは、張り切り過ぎず、けれどだらけない程度に支度を済ませて広場に向かった。


「うわぁ! とっても賑やかです!」


 天候にも恵まれ、絶好の買い物日和で、広場に着く前から賑やかな商いの声が聞こえていたが、実際に開催されている市場の様子を見ると圧巻の一言だった。

 申請した際に、あらかじめ場所は決められているのだろう。規則正しく並べられた出店スペースでは、敷物の上に直接商品を並べていたり、簡素な商品棚を設けていたり、しっかりした屋台であったり、構え方は様々だが誰も彼も声高に自分の商品を謳っている。

 当然、活気があるのは店側だけではない。開催して間もないというのに人の往来は凄まじく、掘り出し物がないか目を光らせている者もいれば、特に目当ての物も無さそうにぶらついて雰囲気を楽しんでいる者までいる。

 店側の中では明らかに商売慣れしていない人物もいて、厄介な客に目を付けられてしまい、早くも値切り交渉が始まっているところも見受けられる。


 ある程度の覚悟はしていたけど、想像以上の人混みだな。

 人混みを目にしただけで既に疲れた俺は、尻尾をはしゃがせているソラクロを横目に入口付近の土手に腰を下ろし掛けて、寸でのところで踏み止まった。

 自分から行こうと言い出したのに、いきなり休憩はないよな……。


「適当に一通り見て回るか……腹減ってるなら先に何か食べていくか?」


 メインとなっている市場とは別に、入口付近では飲食店の屋台が並んでいて、それぞれが香しい匂いを漂わせている。横長のベンチが併設されていて、座って何か食べながら談笑している光景も見られる。


「お腹は……あれ? さっきまでは空いていた気がするんですけど、今は大丈夫ですね」


 活気ある雰囲気に興奮して空腹を忘れたのか。


「それなら先に見て回るか。夢中になって逸れるなよ」


「はい!」


 人の往来は多いが、一歩足を踏み入れれば流れに飲まれてしまう程ではない。一人で勝手にフラフラ歩かなければ逸れることはない……と思う。仮に逸れたとしてもソラクロだって小さい子供じゃないから、大泣きはしないだろうし、人攫いに遭うこともないだろう。


「もし逸れたら、ここに戻って来て合流するまで待つようにしよう」


「はい!」


 視界に映る人の多さにもう一度げんなりとしてから、ソラクロと共に出店を見て回ることにした。


「レイホさん、あそこに売ってる壺、金運が上がるそうですよ!」


「そうか、買わないぞ」


 ハニワだかサボテンだか、何とも形容しがたい壺を怪しい笑みで撫でている店主と目を合わせないようにして立ち去る。


「レイホさん、あの武器があればドラゴンも倒せるらしいですよ!」


「そうか、頑張ってほしいな」


 ソラクロより高さも厚さもある、剣だか石塊だかわからない武器について大言壮語を吹き散らしている筋肉ダルマと目を合わせないようにして立ち去る。


「レイホさん、あの水筒で水を飲むと交友関係が深まるみたいです!」


「そうか、友達は大切にな」


 何の変哲もない水筒を、焦点の合っていない瞳と限界まで吊り上げた口角を駆使して流暢に紹介している不審者と目を合わせないようにして立ち去……


「……であるからして、貴女と相手がこの水筒に入った水を一緒に飲むと、互いの心が分かるようになるのです。ああ、分かるといっても考えが読めるといった、そういう凡庸なものではありませんよ。もっと深い、その人の本質、根源的なところと真に心を、魂を交接することが可能となり……」


「……ワフ?」


 おーい! そんな怪しい話しに耳を傾けるな! いや、傾けているのは首だから聞く耳を持つなって言うのが正しいのか? ええい、どっちでもいい!

 ソラクロの腕を掴んで足早に人混みの中へ逃げる。

 それからも一々怪しい商品に興味を示すソラクロに振り回されながら市場を回ることになった。


「レイホさん、お腹空きました!」


「そろそろ何か食べるか」


 適当にぶらついたというか、怪しい物を売っている店を避けていたら広場の入口が随分と遠くなっていて、時間が経って人も増えている。戻るだけでも数十分はかかるな。

 溜め息を吐きそうになって息を吸うと、どこかで嗅いだことのある香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、盛況の中でもハッキリと聞き覚えのある声が耳に入り込んで来た。


「へいへい、いらっしゃい! 異世界名物お好み焼きが食べられるのは今日だけ! 買わないと損するよ!」


 声のした方を見ると、煙と香ばしい焼き物の匂いを立ち込めさせている屋台に、白いバンダナを額に巻き、赤茶色の髪をはみ出させている活発な男の姿が目に入った。

 タツマだよな。何やってんだ……。

 屋台の下で鉄板に向かう姿が妙に似合っているので思わず苦笑した。


「あの辺りも食べ物屋さんが並んでますね」


「ん? そういえばそうみたいだな」


 入口に戻って来たわけじゃなさそうだし、別の飲食スペースに来たようだ。並んでいる店の奥には空きスペースが見えたので、そこで休憩することにした。


「あ~、疲れた」


 成長した木の周りは出店スペースにはなっておらず、休憩している人は少なくない。店がなく、人の動きが少ないからか、目の前の市場が随分と遠くに感じる。


「俺はここで場所取りしてるから、ソラクロは好きなの買って来ていいぞ」


 人混みから逃げたいが為に体の良い言い訳をするが、ソラクロは特に気にする素振りを見せなかった。


「わかりました! レイホさんは何か食べたい物ありますか?」


 何かって聞かれても、何があるかよく見てないんだよな。


「ソラクロと一緒でいいよ」


「わたしと一緒ですか?」


 なんで不満そうというか、残念そうにするんだよ。俺に同じ物を食べられるのが嫌なのか? ……それなら仕方ないな。


「さっきタツマが屋台にいたのが見えたから、あいつの所で買ってきてくれ」


「はい! 行ってきます!」


 元気を取り戻した……よく分からない奴だな。

 屋台に向かうソラクロの背中を見送ってから木陰で一息吐く。

 やっぱり人混みは苦手だ。人にぶつからないように歩きつつ、移動の流れを阻害しないように商品を見て回るなんて難易度の高い事、誰が好き好んでやるものか。っていうか、他の奴らぶつかり上等で歩いてんじゃないのか? こっちが避けてなかったら何回ぶつかったか分からないし、避けたら避けたでソラクロとはぐれそうになるし……楽しむのはいいけど周りのことも気にかけてくれ。……俺も周りから同じこと思われてんだろうけどさ。


 擦れ違っただけの人間たちに苛立ちを覚えているが、深呼吸して心を落ち着かせる。

 ……ソラクロ遅いな。迷子になってないよな? 変な連中に絡まれてないよな? 財布落としてたり、スリに遭ってたりしないよな?

 落ち着かせた筈の心がざわつく。迎えに行こうか、勝手に動いて行き違いになったら大変だから待とうか、そわそわしながら人混みに視線を向けてソラクロの姿を探す。


 獣耳や尻尾を生やした少女が全部ソラクロに見え始めるが、本物が視界に入った時は一瞬で分かった。ソラクロの方も俺を見つけた途端に小走りで駆けて来る。


「お待たせしました!」


 ソラクロの両手には、現代で言うところのクレープの包みに包まれたお好み焼きが握られていた。

 見た目からすっげぇ違和感満載なんだけど、プラスチックなんてないから仕方ないよな。

 片方の包みを渡したソラクロは俺の直ぐ隣りに座る。近いからさり気なくずれると、ソラクロもさり気なくずれて来たので何も無かったことにする。


「これ、レイホさんがいた世界の食べ物なんですよね?」


「そうだな」


 材料は違うだろうけど、見た目はそのまんまだな。これならこっちの世界特有の名前で同じ料理がありそうなもんだけど、タツマのことだから「これはお好み焼きだ!」とか言って譲らないだろうな。

 お好み焼きに視線を向けながら、横目ではソラクロがこっちをじっと見ていることに気付いていた。

 食べてるの見られるの嫌いなんだけど、これ俺が食べないとソラクロも食べない感じのアレだよな。

 ソラクロの視線を気にしないように、だけど控えめにお好み焼きを口にする。

 

 記憶の中にある食感よりも弾力があり、野菜の確かな歯応えもあるので、食べ応えはこちらの方がありそうだと思った。少し粉っぽいが噛む毎に素材の味が混ざっていくのは、まるで食べる事が最後の調理であるかのようだ。狙って作っているのか、自然とこうなったのかは定かではないが、食を進めるには困らない。

 ただし、このお好み焼きには一つ、絶対的に足りないものがある。

 包みを少し開いて中を確認すると、黒いソースが掛けられているのは確認できるが、それは見てくれだけで、味は現代のソースとかけ離れていた。香辛料も果物も野菜も、味が違う物しかないので仕方ないと言えば仕方ない。俺の舌がまだあの味を覚えている。それが仇となり、タツマ渾身のお好み焼きの味を鈍らせていた。


「んん!? 不思議な味です」


 驚いているソラクロだが、その表情に嫌悪の色は微塵もない。寧ろ気に入った様子だ。


「美味いか?」


「美味しい……です? けど……えへへ」


 首を傾げているのはまだ味に慣れていないからだろうが、表情が嬉しそうなのはなんでだ?


「何か楽しいことでもあったか?」


「はい! レイホさんの世界の食べ物を、レイホさんと一緒に食べられて嬉しいです!」


 至近距離で笑顔を向けながら、恥ずかし気もなくそんなこと言うなよ!


「そうか」


 腕が触れて、バクバクと鳴っている心音が伝わってしまわないか不安になりながらも、お好み焼きを一口、二口と早く口に入れて平静を装う。

 幸い、ソラクロは俺の様子を不思議に思うこともなく、満足気にお好み焼きを食べている。その姿を見て、俺の表情は自然と緩んだ。だけど、ソラクロに気付かれたら少し恥ずかしい気がしたから、空を見上げて誤魔化そうとする。


 高く上った太陽はまだまだ落ちる気配を見せない。どこまでも広がる青空。平和に見える同じ空の下でも、どこかで誰かが戦い、傷を負い、命を落としているかもしれない。けれど、それは俺には分からない。視界を別の所に飛ばすことも、人の命の流れを感じ取ることもできない。今、目にして感じたことをそのまま感じることしかできない。

 穏やかな天候の下、人々が賑わう傍らでソラクロと平穏な時を過ごしている。それだけは間違いないし、それだけ分かれば十分だ。

 俺は確かにこの世界で生きている。




本編更新は12月1日頃予定です。

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