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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第八十七話:戦いたくない

 ハデスの城でシオンと合流した俺は、いつまで経っても生き返ってこないアクトと合流すべく次元の境穴を駆け抜けた。

 洞窟を抜け、城下町を抜け、本丸内の屋敷で小休憩を挟んでから城の四階まで駆け上がる。広い座敷の一部は酷く荒れており、散らばっている藺草の中に使用者のいなくなった鎧が積まれていた。


「あ、おかえり」


 アクトの姿が見えないと思ったが、直ぐ隣りから声を掛けられた。階段の直ぐ隣りに座っていて気付かなかった。


「アクト、無事か?」


「怪我は大したことないけど、技力切れ。二人が来るまで休んでたから少しだけ回復したけど」


「そうか。あいつはやってくれたんだな」


 回復薬を取り出して、血が固まりつつあった右腕の傷を治療する。


「ん、なんとか。でも上に行く階段が見当たらない」


「確かに……どこかに隠し通路とかあるかもしれないし、探してみるか。アクトは休んでいろ」


 回復薬を掛け終えて座敷内を見渡すが、板張りの壁が四方を囲んでいて、部屋の隅には行灯が置かれているのみで階段らしき物は見当たらない。鎧武者が座していた床几の奥に床の間が設けられている他には装飾すらない。

 シオンに声を掛けて室内を探すことにすると、案外あっさりと、予想通りの所に隠し扉があった。床の間の壁に近づくと空気が漏れ出ていたので、思い切って蹴り倒すと上階へと続く細い階段を発見した。


「階段は見つけたけど、アクトはどうだ? もう少し休むか?」


「ん……まぁ、いける」


 大した怪我は負っていないから体力的には問題ないだろうが、技力がまだ万全ではないのだろう。スキルに頼らずともある程度は戦えるだろうが、今回のような強敵が現れたら厄介だ。休憩の延長がてら、少し話しをするか。


「その刀、持って行くのか?」


 アクトの両手には鎧武者が帯刀していた太刀と小太刀が握られていた。長さの異なる三刀流剣士でも目指すつもりなのだろうか。


「こっちは持って行こうと思ってる。短い方はレイホが使うかなって」


 差し出された小太刀を受け取って品定めをしてみる。日本刀に詳しい訳じゃないから見ても分からないけど……。刃渡りは五十センチくらいで、重量は左手でも振り回せなくはないか。翔剣とつるぎが折れたらスローイングダガーと毒薬投げくらいしか戦えそうな物を持っていないし。翔剣とつるぎは耐久性に難があると聞いているし、予備の武器として持っておくのはアリか。


「貰っておくよ。ありがとう」


 翔剣とつるぎと一緒に小太刀を腰に差す俺に、アクトは頷きを返した。


「先に進む前に、二人に覚えておいてというか、気にかけてほしいことがあるんだけど」


 俺の言葉に二人は無言で先を促してくる。実力で劣っている奴が戦い方に注文をつけるのはどうかと思うが、言っておかないとだよな。


「えっと……敵が現れた時、無闇に突撃しないでほしい。二人とも、これまで面識は無いし自分なりの戦い方があるんだろうけど、今は俺たち三人で動いているわけだからさ」


 だから俺の指示に従えって?冗談じゃない。戦闘の指揮なんて誰がやりたがる。能力値的にも戦闘経験的にも二人の方が圧倒的に上なんだから、上手いこと立ち回ってくれ。


「にゃはは……ごめんなさい」


「おれは目の前の敵を倒すことしかできないよ」


 あぁ……うん、はい。それじゃあシオンに合わせてもらいましょう。


「シオン、悪いけど前に出るのはアクトに任せて魔法を狙うことを優先してくれるか?」


「りょーかい。でも、状況によっては前に出てもいいよね?」


「そうだな」


 状況による……すごく曖昧な言葉だからあまり好きじゃないけど、こればっかりは仕方ないか。敵が何体いる時はこうだとか、種類がアレの時はどうだとか、そんな詳細に決められることでもない。一先ずアクトが前衛、シオンが後衛で動いて、戦況を見れる人が動かしていく……それって前も後ろもできない俺じゃん。

 グールとかキラーアントとかスケルトン相手だったらある程度の余裕を持って戦えるようにはなったけど、鎧武者みたいなのが相手だと時間稼ぎも出来ずに殺される。そんな簡単に人は強くなれないってか。


「あれ? どうかした?」


 自分の無力さに肩を落とすと、シオンが心配そうに声を掛けてきてくれたので、俺は首を振ってなんでもないことを伝える。


「そういえば、お互いの意思を共有っていうか、声が届かない距離でも会話ができるような魔法ってないのか?」


「あるよ。コネクトって魔法」


 お、やっぱり便利魔法はあるんだな。魔力を開放したら最初に覚えておきたい。


「一回の発動で一人しか対象にできないし、効果時間があるから掛け直しも必要になる。それに魔力消費も低くないからあんまり使う人いないけど」


 むむ……それは相当燃費が悪いな。


「効果時間と魔力消費量は分からないか?」


「知らない」


「あたいも必要ないと思って調べてないや」


 そうか……そうだろうな。アクトはずっとソロで魔物狩りしてたみたいだし、シオンも基本ソロで活動して、即席パーティを組んでもダークエルフだからってことで肩身の狭い思いをしていたようだしな。【コネクト】についても地上に戻ったら調べたいけど……調べたいこと、やりたいことが多くて覚えてられるかな?


「ねぇ、そろそろ行かないの?」


 階段を前にして喋っていることに痺れを切らしたアクトから催促されてしまった。お前の技力が心配なんだけど、言っても多分「大丈夫」って返されるだけだろうからな。この先で魔獣と戦うと決まっているわけでもないし、戦闘になってもシオンの魔法でどうにかできるだろう。逆にシオンの魔法で倒せないような魔獣が出てきたら、アクトの技力が多かろうと少なかろうと厳しい戦いになることに変わりはない。それでも状態を万全にできるならしておくに越したことはないんだけど。


「レイホ?」


「あぁ、悪い。先に行こう」


 一人分の幅しかない階段を、アクト、俺、シオンの順で上って行く。次第に行灯の灯りが届かなくなり視界が真っ暗になっていく。


「うっ!?」


 前を歩くアクトが驚愕の声を漏らしたことで一気に緊張が走る。こんな暗闇で魔獣に襲われたらどうしようもないぞ。


「どうした?」


「段差が……なくなった。足元気をつけて」


 段差が? 階段を上り終えたってことは最上階に辿り着いたということなのだろうが、真っ暗で何も見えないな。ランタンを点けたくてもこの暗闇じゃ手元すら見えない。階段を上る前に用意しておくべきだったんだろうけど、色々考えてたから忘れてた……。


「わかった。慎重に先に進もう」


 他人の戦い方に文句言っておきながら自分は準備不足。どうしようもねぇな……。

 両側の壁に手を当てながら慎重に歩を進めていくと、加工された木の感触は無骨な硬いものに変わった。


「雰囲気変わったな」


「ん、それに少し……空気が熱い」


 最上階には部屋があるわけじゃなくて、別のところに繋がっていたのか。城を上ることが先に進むための正解だったということでとりあえずは安心した。ここまで来て行き止まりでした、となったら座敷で不貞寝していたことだろう。

 次第に空気から感じる熱が勢いを増し、触れられない程ではないが壁からも熱を感じ始めると、奥から赤い光が差し込んできた。


「出口か。アクト、走らなくていいからな」


「ん、わかってる」


 余計な一言でも言っておかないと突っ走りそうで怖いんだよな。明らかに様子がおかしいし、ここは今まで以上に慎重に動こう。

 足元が見えるようになったので壁から手を離すと、どうやら岩盤に囲まれた狭い洞窟を歩いていたようだ。とてもじゃないが戦えるスペースはない。とはいってもそれは人間ベースで考えたことであって、小型の魔獣であれば話は別になる。背後が気になって振り向いてみると、薄暗い空間に赤色の双眸だけが浮かんでいた。


「っ!」


「ん、なに?」


 驚いて息を飲んだ直後、シオンの声が耳に届いた。

 ああ驚いた……。ダークエルフが暗がりにいると、皮膚が保護色になって目だけ浮かんでるように見えるのか。よく見れば服とか髪とかもあるし、そんな驚くようなことでもないか。


「いや、なんでもない」


 空気が熱くなってきたこともあり、一人で嫌な汗が引くように心を落ち着けていると、前を歩くアクトが歩調を緩めた。


「もうそろそろ出口だけど、このまま進んでいい?」


 気付けば赤い光はすぐそこまで来ており、その先は赤い岩盤に覆われて微かに湯気立っている広い空間と……


「ギシャァァァァァァァァァァ!!」


 甲高い咆哮が耳を劈いた。明らかに狂暴で機嫌も悪そうな咆哮に思わずたじろぎしそうになるが、後ろにはシオンがいるので気合いで耐える。


「な、なんだ……?」


 出口から顔を出して咆哮の主を確認したいが、顔を出した瞬間に潰されそうで怖い。


「あの声、ワイバーン……」


 落ち着いた、と言うのは適切ではない。絶望したとも少し違う、気落ちした声が背後から聞こえた。

 ワイバーンという名前に、小型の飛竜を思い浮かべる。小型と言っても人間の倍以上の体長を持ち、翼は更に倍もあるだろう。強固な鱗と長い尻尾と鋭い爪を持ち、口からは火炎を吐き出す、そんなイメージだ。創作物では竜の下位として扱われていたり、調教して人が乗っていたりするが、先ほどの咆哮を聞く限り生易しい雰囲気は皆無だと考えるべきだ。


「ワイバーンって、どれくらいの強さだ?」


 心当たりのあるシオンへ聞くと、少しだけ言い難そうに口をもごもごとさせてから答えてくれた。


「討伐推奨等級は銀星一。この先にいるのは魔獣化しているから、もっと上だろうけど」


 ……おっと、熱気で頭がぼーっとしていた。自分から聞いておいて申し訳ないけど、もう一回聞こう。


「討伐推奨が銀だろうとなんだろうと、倒さなきゃいけないなら倒すだけでしょ」


 あぁ、やっぱり俺の頭は正常だったようだ。銀星一以上って、どうやって倒すんだよ。小太刀ゲットして翔剣とつるぎが壊れても安心とか言ってる場合じゃないぞ。

 どうにか見つからずにやり過ごせないかと、洞窟からギリギリ顔を出さない程度に広間を確認するが……遮蔽物は無さそうだ。ただし、洞窟から真っ直ぐ進んだ所に別の洞窟がある。目測じゃ距離は分からないけど、全力疾走が続くかどうかといった程度だ。


「ここ、一気に駆け抜けないか?」


 ワイバーンの姿は洞窟からは見えないが、何かを叩いているような、崩しているような音が左方向から聞こえてくる。こっちを見ていなければ気付かれずに、気付かれても逃げきれないだろうか?


「あたいは賛成」


「おれもレイホに従うよ」


 快い賛同に胸を撫で下ろした後、俺たちは広間を抜ける為に足に力を込めた。




次回投稿予定は11月21日0時です

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