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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第八十五話:ブジン

 城内の魔獣が復活することはなかったので、翔剣とつるぎを素振りしたり一階のスケルトンが持っていた短槍を振ってみたりして時間を潰していると、アクトが息を切らしながら走って来る。


「はぁ……はぁ……。レイホ、無事だったんだ」


「ああ。よく分からないけど、気付いたら二人もゴーストもいなくなっていた」


「はぁっ……そう。すごいね」


 シオンはどうしたのか、ゴーストとはどういう魔獣なのか、聞きたいことはあるが、息を整えている最中のアクトを質問攻めにするのは忍びない。


「ふぅ……。シオンは少し遅れてから来るよ」


「そうか」


 どうして一緒じゃないのか気になったが、アクトの息が整うまでもう少しかかりそうだ。ここまで疲れてるの珍しいな……もしかして休まずに走って来たのか?


「シオンが来るまで休んでいよう。ここは敵も出ないし、ゆっくりしていいぞ」


「ん」


 息が整ってきたアクトは近くの柱に背を預けるようにして座り込んだ。


「聞いてもいいか?」


「なに?」


「シオンはどうして遅れて来るんだ?」


「レイホも戻って来るかもしれないから、少し待ってからこっち向かうってさ」


「ああ、そうか」


 時間差で生き返った場合、お互いを探し回ることになりかねない。ここに来るまでの魔獣は殆ど倒したし、二人は単独でも問題ないだろうが、俺だと不安が残る。シオンが俺を待ってくれるのは妥当な判断と言えるだろう。寧ろ、二人がやられて俺だけが生き残っているこの状況が特殊なんだ。

 シオンは、足は速いが体力がアクトより少し低い。一回休憩を挟むと考えると、ここに着くまでもう暫くかかるか。


「ゴーストってどんな魔獣なんだ?」


 アクトを真似て柱を背もたれにして座りながら聞く。


「魔獣化した時は知らない。魔物の時は憑りついてきて精神力を奪ったり、洗脳したり、妨害系の魔法も使ってくる。魔法とか霊力を持った武器とかじゃないと倒せないから面倒な相手だよ」


「そうか。俺が気付いた時には全部魔石になっていたけど、俺は魔法も霊力のある武器も持っていないぞ?」


「……精神力じゃない? 精神力が高いと、憑りついてきたゴーストを掻き消せるって聞いたことあるよ」


 精神力ね。なんでか知らないけど高い能力値がやっと役に立ったのか。でも、俺たちの精神力ってそんなに違いなかった気がするけど……俺が上がったのか? エクスペリエンス・オーブがあっても、専用の装置が無いと今の能力値が分からないのは不便だな。スキルか魔法で能力値を見れないのか?


「そろそろ地上に戻れるといいね」


「ん? ああ、そうだな」


 今が何日目か分からないがハデスは最短で十日と言っていたし、まだ次元の境穴は続くと思うけれど、本心で言えば早く抜けてしまいたい。それこそこの城の最上階がゴールであってほしい。


「地上に戻ったら何するの?」


「何って……」


 寝たい。あのお粗末な倉庫ベッドも今となっては懐かしいが、こんな答えを求めている訳じゃないだろうし、多分、地上に戻った直後は色々と忙しくなるだろう。アルヴィンたちが生きていれば魔界のことについて聴取されるだろうし、もし死んでいてもギルドから事情聴取されるだろう。それから……シオンをパーティに入れて、マナ結晶をタバサさんに渡して、お土産に貰った鉱石は鑑定屋……の前にエディソンさんに聞きに行こう。あぁ……シオンを連れて行ったらまたネルソンさんに小言を言われるのかな。金の溜まり具合によってはちゃんとした住処を探すのもいいな。それと……


「はぁ……」


「……ごめん」


「うん? なんでアクトが謝る?」


「考え込んでたから……困らせた?」


 ふぅん、アクトもそんなこと言うだな。よく「次は何する?」「次はどうする?」って聞いてくるから、もっと遠慮のない性格かと思ってた。


「困ってはいないよ。ただ……やることが多そうだと思ってさ」


「そっか。おれにできる事なら手伝うよ」


「ああ、その時が来たら頼む」


「ん」


 そんなやり取りをしている内にシオンが合流し、体力の回復を待ってから四階へと進攻を開始した。


 骨と柱だらけの一階、可動式の階段と天井の二階、ゴーストが蔓延っていた三階、そして未知なる四階。

 階段が急なのは一階から二階へ続く場所のみで、それ以降は突筆することもない木の階段だった。

 アクトを先頭にして俺、シオンの順で上がるとこれまでとはガラリと変わった佇まいの空間が待ち受けていた。


 初めに異変を感じたのは嗅覚だった。階段を半分ほど上った所で、森林とはまた違った落ち着きのある、それでいて清々しい香りが鼻腔の奥に染み込んだ。

 アクトやシオンは疑問符を浮かべながら匂いを嗅いでいたが、俺はこの匂いを知っていた。

 階段を上り切り、俺たちの視界に映ったのは、緑と言うには淡く、黄緑と言うには豊かな色をした床、もとい畳が敷かれた広い座敷だった。魔獣の姿も無ければ仕切りも無い、だだっ広い座敷の奥には真っ黒な甲冑が一つだけ鎮座していた。


「なんだ、ここ?」


「見慣れない場所だね」


 靴を履いたままズカズカと畳の上を歩いていく二人の姿に、何とも言えない悲しさを感じる。


「レイホ? どうしたの?」


「あぁ……いや、うん。今行くよ」


 小声で失礼します。と言ってから土足で座敷に上がる。

 うわぁ……素足だと気持ちいいのに、硬いブーツを履いていると違和感しか感じない。

 今からでもブーツを脱ごうか迷っていると、座敷の奥から硬く重々しい何かが動く音が聞こえ、同時に三階へと通じる階段が閉ざされた。

 ガシャン、ガシャン、と泰然とした足取りで歩いてくる鎧武者。身長は成人男性と同等だが、鎧の間から見える筈の人の身は無く、黒い靄が滲み出ている。唯一体の部位と思わしき双眸は金色に輝いて、俺たちを真っ直ぐに見据えていた。


「変な場所だけど、あの像を倒せばいいのか」


「あんな鎧、あたいが一発で吹っ飛ばしてやる!」


「あ、おい!」


 大太刀とパイルバンカーを構えて突っ込んで行く二人の背に声を掛けるが、止まる気配はない。

 敵が一体だからって、単調に行き過ぎだ。相手がどんな魔獣か知っているなら別だけど、二人の様子から察するに、知らないんじゃないのか。


 左右に分かれて仕掛けるが、互いの足の速さを考慮していないその攻めは、挟み撃ちというより攻撃の邪魔にならないよう広がっただけに見える。


「てやぁ!」


 両手で持ったパイルバンカーを振りかぶり、鎧武者へとぶちかます。速い振りではなかったが、これまで緩慢に歩いていた鎧武者を捉えるには十分な速度だった。


「コォォォォ……」


 兜の下、金色の双眸の更に下、人間で例えるなら口の両端から黒い霧を吐き出したかと思うと、一瞬でシオンの背後に回り込んだ。


「オオッ!」


 重量武器を空振りして体勢を崩していたシオンの背に左の掌底が入り、その体を吹き飛ばした。


「そこっ!」


 左腕を上げた事で空いた脇腹を狙い、突き出された大太刀。だが、その鋒は天井に向けられていた。


「ちっ!」


 舌打ちと共にアクトの目の前で火花が散った。

 いつの間にか、と言うと語弊が生まれる。動き自体は見えていたのだが、シオンへ掌底を放った後の鎧武者の動きがあまりにも流麗だったが為に、どんな動きをしたかはっきりと思い出せない。ただ、右手に構えた太刀でアクトと切り結んでいる所を見るに、初太刀で突きを弾き、返す刀でアクトの首を狙ったのだと予測はできる。


 加勢するか? 俺が? 無理だ、ついていけない……なら!

 目指す場所は剣撃の向こう側。うつ伏せに倒れ、立とうと踠いているシオンの所だ。


「いっ……つぅ……」


 大袈裟に鎧武者を迂回したことと、アクトが互角に競り合ってくれているお陰で目を付けられ事なくシオンの下に到着する。

 骨は折れていないようだから、こっちで足りるか?

 ポケットから試験管に入った回復薬を取り出して背中に掛ける。


「ありがと……」


 シオンの顔から苦悶の色は消えたが、額には脂汗が浮かんでいる。戦闘に参加できるようになるまで、少し時間がかかりそうだ。


「動けるようになってからでいい。ブラストを狙ってくれるか」


「りょーかーい」


 部屋の一部は吹っ飛ぶだろうが、一階と違って柱だらけではないので、城が崩れるということはあるまい。幸いアクトは互角に戦えているようだし、魔法を放つ為の時間稼ぎはそう難しくはない。


「ぐあっ!」


 嫌な悲鳴が聞こえ、反射的に振り返る。

 アクトが競り負けた!?

 仰向けに倒されたアクト目掛け、太刀が突き下ろされる。


「ちっ」


 一瞬の判断だった。大太刀を手放し、体を捻る事で九死に一生を得た。しかし、鎧武者は畳に突き刺さった太刀を引き抜きながら、アクトと大太刀の間に体を入れ、足で大太刀を部屋の隅まで蹴飛ばした。


「あたいが……」


「いい! シオンは魔法を急いでくれ!」


 大太刀を取りに行く気だったのか、鎧武者と打ち合う気だったのかは定かではないが、シオンの役割はどちらでもないことは分かっていた。アクトでも劣勢になる相手ならば、尚更魔法による一撃の重要性が高まる。


「アクト! 取りに行け!」


 スローイングダガーで牽制したかったが、剣撃を避け続けるアクトに当たる可能性を考え、振りかぶっていた左手を握り直し、鎧武者へ接近する。


「レイホ……」

「急げ! 俺は直ぐ死ぬぞ!」


 アクトと鎧武者の軸がずれた所で透かさず投げたスローイングダガーは鎧に弾かれる。けれど、注意をこちらに向けることには成功した。アクトも、怒鳴った甲斐あって一直線に大太刀へと向かっている。


 こいつ、近いとこんなに圧が……っ!

 横に向けた翔剣とつるぎを振り上げるのと、体を横にずらすのは同時だった。受けるのか避けるのかハッキリしない動き。翔剣とつるぎは空振ったが、結果的に避けられたから良いものの……!

 影か残像か、どっちでも構わない。振り下ろした太刀が横に動いたかと思うと、俺は胸から多量の血液を吹き出させていた。


「あ……ああぁぁぁ!」


 薄い胸板を深く斬り裂かれた。助からないと瞬間的に悟った。体をから力が、熱が、意識が抜けていく。


「レイホ!!」


「フゥゥゥゥゥ!」


 大太刀を上段に構えて飛び掛かるアクト。しかし、鎧武者の踏み込みは、刃が振り下ろされるより速い。

 左手でアクトの首を掴み、締め上げる。


「ぐっ……うっ……」


 視覚が捉えたのはそこまで。

 あぁ……これは、全滅したかなぁ……。

 俺の中から全てが抜け落ちた。




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