第八十三話:どう動く?
二階は一階とは打って変わった態様で、視界を遮る柱は無く部屋の中央には三階へと続く階段が見えていた。
「どうやって行くの、あれ?」
階段を登るのに納めた大太刀を再び抜きながら、アクトが疑問を口にした。俺も、そしてシオンも言葉にはしなかったが同じ事を思った。
三階への階段は確かに視認できているが、俺たちが立っている床よりも高い位置に取り付けられて浮いており、しかも部屋の中央は床が抜けている。
「勢いつけて飛んでも……難しいかな」
返されたパイルバンカーを背負い直し、抜けた床の下を確認しに行く。
「あ、落ちても大丈夫そう」
シオンの言葉に釣られ床下を見ると、一メートルもない、精々数十センチ程度下に床が敷かれていた。これなら転落しても、打ち所が悪く無ければ大怪我にはならないだろう。ただ、気になるのは床の大部分を占めている大小様々な歯車だ。歯車は木製で全て止まっているが、明らかに怪しい。
「仕掛けを動かす必要があるみたいだな」
十人中十人が考えつく事を声に出してみながら周囲を確認する。敵影無し、外周には襖が並んでいる。
襖が開いている部屋は一部屋。階段に一番近い部屋で、スケルトンが投げていたビンが山のように積み上げられていた。
「一つ一つ部屋を調べよう。効率良くないけど、三人一緒で」
この空間の襖からはあまり良い予感がしない。力尽くで歯車を動かせないものか……無理だろうな。
幸いにも二人には効率を重視されることなく同意を得られたので、ビン山があった部屋から時計回りに確認していく事にした。
「じゃあ、開けるよ」
襖に手を掛けたアクトに頷きを返す。
キラーアントでもグールでもスケルトンでも別の魔獣でも、何が出てきてもいいように神経を集中させる。
しかし、勢いよく開け放たれた部屋の中を目にした途端、集中させていたものが抜け落ちた。
「何もいないね」
シオンの言う通り、部屋の中は木張りの六畳間で、魔獣の姿も家具も何も無い。
天井に張り付いているのでは? と思い、部屋の入口から首を伸ばして天井を見るが、綺麗な木目以外には何も見当たらない。
「中に入って調べよう」
肩透かしを食らったが、警戒を維持しつつ室内を調べる。床や壁は勿論、アクトから大太刀の鞘を借りて天井も突いてみたが反応はない。
「本当に何もないのか?」
何もない事に疑心を抱き、何度目か分からないが室内を見渡す。
何の変哲もない、埃一つない木張りの部屋だ。
「……次の部屋に行こう」
不信感は拭えないが、探せる部屋は他にもある。最初の部屋だけにかまけているわけにもいかない。
隣りの部屋を開けると、今度は初めに予想した通りキラーアントの巣になっていた。数は四。
部屋から飛び出して来たところをアクトが一体倒し、残りを一対一で倒す。床下に死骸が落ちてしまったので、歯車の邪魔になる可能性を考えて魔石を回収し消滅させる。魔石は捨てても良かったが、四つだけなら荷物にもならないのでバッグに収めた。
「ここは……中調べないよね?」
苦笑しているシオンに頷く。粘着性のある体液まみれの部屋など、誰が探したがるだろうか。避けられる場所にこそ重要な何かがあるのかもしれないが、苦労して何も得られなかった時の精神的損失の大きさもある。さっきと同じで、探せる部屋は他にもあるので、この部屋に固執する必要はないだろう。
次の部屋を開けると、最初に開けた部屋と同じ様に綺麗な木張りの部屋だったが、明らかに違っている所があった。それは、部屋の中央に存在しており、人の下半身程度の長さをした木製の棒。棒の土台は溝が掘られ、可動域が確保されているようだった。
「……あからさまに怪しいのが出て来たな」
「ああいうの見ると、弄りたくなるよね〜」
部屋の中に魔獣の気配はないが、シオンが不用意に木製のレバーへ近付いて、「動かしていい?」と目を輝かせている。
歯車を動かす装置だったらいいけど、隠し扉から魔獣が出てきたら嫌だな。っつーか、なんだよこの空間。城といい歯車といいレバーといい、人工物が多すぎやしないか? 本当に魔獣が隠れ住んでいるだけなのか?
「レイホ〜どうする〜?」
レバーを動かさないように揺らし、ギコギコと音を鳴らして返答を急かしてくる。
全部の部屋を調べた後でもいいけど、ここのレバーが当たりだった場合、無駄手間になるな。今のところ、この空間で出てきた魔獣だったら俺でもどうにか出来る感じだし、動かしてみるか。
アクトに魔獣が出た時の対処を頼んでから、シオンへレバーの操作を頼む。
「りょーかい! いっくよー!」
重いのか慎重にやっているのか、ゆっくりとレバーを倒すと、背後から大木の軋む音が聞こえた。
音の発生源に視線を向けると、床下の歯車が重々しく動いており、宙に浮いていた階段が床まで伸びてくる。
本当に当たりだったのか……。十以上も部屋がある中で、三部屋目で当たりを見つけられたのは幸運だったな。
階段が床に接地したところで歯車の動作音が止み、三階へ上がろうと階段の前に移動したところで異変に気付いた。
「あれ? 閉まってる」
階段の先は三階に続いている筈なのに、天井が閉じられてしまっている。
「天井って、さっきは開いてたよな?」
「開いてた……」
「……と思う」
アクトもシオンも自信なさげだ。仕掛けを動かす前の状況を確認しておかない痛恨のミス。だけど、天井が開いていても階段には上がれなかったのだし、階段を下ろしただけでも成果としよう。
「どこかに天井を開けるレバーがあるかもしれないし、探そう」
床下の歯車はだいぶ大掛かりな物だし、操作するのがレバー一本ということはあるまい。これまで通り時計回りに部屋を開けていくことにした。
四部屋目、キラーアント。
五部屋目、キラーアント。
六部屋目、キラーアント。
七部屋目、キラーアント。
八部屋目、キラーアント。
ずっとキラーアントじゃないか。毎部屋四体出て来るし、死骸が邪魔にならないように魔石を回収してたら、バッグからジャラジャラと音がするようになってきたぞ。
魔石捨てようか、折角回収したから勿体ないな。などと考えながら九部屋目。
「あ!またレバーあるよ!」
小綺麗な部屋に木製のレバーだけが在る。それは先程の部屋と同じだったが、今回は初めからレバーが倒されている。
上げるか、それとも開けていない部屋は少ないから全て調べてからにするか……。
「えい」
迷っている間にシオンがレバーを上げてしまう。
緊張感が薄れてないか? ……俺も少し気が緩んできたというか、集中力が切れてきたし、気を引き締め直さないとな。
「何も変化ないよ」
階段の様子を見ていたアクトからの言葉に、俺とシオンは一緒になって確認する。
「ホントだ。レバー上げた時、何も動いている音しなかったし、ハズレかな?」
そう言えば、さっきみたいに軋む音も動作音も聞こえて来なかったな……壊れているのか、ただのハズレなのか。
「もう一回倒してみる?」
「そうだな」
上げた時は反応が無いだけかもしれないので、シオンにレバーを倒してもらうと、歯車が重々しく鳴り出した。
「あ!」
思わず声を上げたのは、下りてきていた階段がまた宙に上がっていってしまったからだ。
「これ、動いてる時はレバー動かせないみたい!」
「でも、上は空いたよ」
倒されたレバーから天井へ視線を移す。確かに階段の先は開いており、三階の壁が覗いて見える。
……なんか、思っているより面倒臭そうな仕掛けっぽいな。
初めに天井が開いていたと仮定すると、一回目にレバーを倒した時は階段が下りて、天井が閉じて……。
「レイホ、次は?」
アクトに熟考を阻まれてしまったが、まだ調べていない部屋はあるので先に全部調べるか。
「他の部屋を探そう」
残った部屋全てを調べた結果、得られたのはキラーアントの魔石だけだった。無駄足だったと気落ちする反面、レバー二つなら適当に動かしていればどうにかなるんじゃないか? という楽観的な考えが浮かんできた。
「あれ?ここにもレバーあったっけ?」
二手に分かれてレバー操作をしよう、と指示を出すより一歩早くシオンが声を上げた。
場所は最初に開けた部屋だよな。
疑問に思いながら部屋を覗くと、確かに他の二部屋で見た物と同じレバーが現れていた。
もしかして、二つのレバーを倒すとここのレバーが現れて、こいつを倒せば先に進めるのか?だとしたらさっきの所で考え込まなくて正解だったな。
「倒してみるか」
「りょかーい!」
軽い返事と慣れた手付きでレバーを倒す。歯車の動作音がして階段が下りてきて……。
「あ、また閉まった」
魔獣が出て来ないと分かると階段の下に移動したアクトの報告に、俺は思わず膝をつきそうになった。
場所を確認するが、この部屋は最初に調べ、何も無かった部屋で間違いない。残り二つのレバーは倒れている。
やっぱり、考えないとか……。こういう謎解きめいたのは得意じゃないんだが。
「一先ず三人でそれぞれ分かれて、操作しながら考えよう。アクト、悪いけどあっちのレバーの所に行ってくれ」
階段と天井を眺めていたアクトを二つ目に見つけたレバーの所に移動させる。深い理由はない。単純に俺が階段から一番近い、一つ目に見つけたレバーの所に居たいと思ったからだ。
アクトは理由を聞かず、「わかった」と返事をして移動してくれ、俺もレバーの部屋に移動する。
さてと、今は全てのレバーが倒れていて、階段は下りているが天井が閉まっている。今俺が居る所で操作した時と同じ状況だな。先ずはどこを動かせばどう動くか確認から始めるか。何か書く物があればいいんだけど……頑張れよ、俺の脳みそ。
先ずは……どこからだ?俺とシオンの所は最初は上がっている状態だったから、どう動くか分からない。アクトの所は上げても変化無しだったよな……本当に変化しないのか?
「アクト、レバーを上げてくれ!」
指示通りにレバーを上げてくれたが、やはり変化は無い。そう結論付けようとした時、シオンが声を上げた。
「レバーが......床の下に隠れちゃった!」
なるほど、やっぱりあの部屋は他のレバーに連動して動くようだ。
「アクト、レバーを倒してくれ!」
今度は動作音と共に階段と天井が動き出し、シオンの「出て来た!」という声も聞こえてきた。けど、おかしいな。さっきは階段は下がって天井は閉まっていたのに、レバーを戻したら階段が上がって天井が開いた。
「シオン、レバーは倒れたままか?」
「うん!」
ふむ、三つのレバーの上下で動作パターンが決まっているわけじゃなく、レバーそれぞれで動作が割り当てられているのか。……あんまり考えたくないけど、完全にランダムとか……ないよな?
「シオン、レバーを上げてくれ!」
「りょーかい!」
返事とレバーを上げる音は聞こえたが、動作音はしない。もしかしたらレバーは倒した時だけ反応するのか?
「今度は俺の所で上げてみる」
声を掛けてからレバーを上げる。動作音はせず、シオンの「レバー隠れた!」という声だけが耳に入った。
うん、やっぱりレバーは倒さないと歯車は動かないようだ。
俺の所のレバーを倒し、シオンの所のレバーを出現させる。階段は下がって天井は閉まった。
次はどうする?全部のレバーを倒した時ってどうなったっけ?下がって閉まった?上がって開いた?あれ?忘れた。
全部倒した状態じゃ先に進めないけど、レバーは上げても意味ないし、シオンの所を下げるしかないか。
シオンの所でレバーを操作してもらい、階段が上がって天井は開いた。
さっきはこの状態からアクトの所を上げたので、今度は俺の所を上げてみる。予想通り、シオンの所のレバーが隠れた以外は変化無し。
この後は……どうする? っていうかこの状況、初めに戻ってないか? ……戻ってるよな。
えぇっと、最初はここで俺の所のレバーを下げたんだよな。そして階段が下りて、天井が閉まった。ということは……
「アクト、レバーを上げて倒し直してくれ!」
レバーを上げても変化は無い。そう思って一度に指示を出したのだが、アクトがレバーを上げたタイミングで動作音が鳴った。階段に動きはない、天井が閉まっていく。
嘘だろ、レバー上げても動く場合があんのかよ。
思い込みが打ち破られた衝撃で、記憶していた事が飛んでいきそうになる。
どうする? 次は?俺の所か、アクトの所か……。
「シオン、レバーは隠れたままか?」
「うん、そうだよ!」
シオンの所はレバー二つを下げないと出て来ない、これは間違いない……本当か? いやいや、今はそれを考えている場合じゃない。上がって閉まった状況……正解から一番遠のいたけど、これ前にあったっけ? 初めてか?
混乱状態の俺の耳に、動作音が飛び込んで来た。一瞬にして思考は弾け飛び、何が起きたか確認する。
アクトだ。アクトがレバーを倒したのだ。レバーを動かせるのは俺とアクトだけで、俺が操作していないので分かりきった事だが、そんな事も確認しないと分からなくなっていた。
「アクト!」
思考を邪魔されたこともあり、苛立ちを覚えていた。語気を強め、勝手に動かすなと言おうとしたが、視界の中で動いていく階段と天井に言葉を続ける事を忘れさせられた。
階段が下がって、天井が開いた。
三階への道が拓けた。
「引いて倒したけど、次は?」
場所が悪くて見えないのだろう、次の動きを訪ねてくるアクトの視線は、真っ直ぐ俺に伸びて来ていた。俺がその視線を捉えた時には、既に苛立ちはどこかへと消えていた。




