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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第七話:見た目

 正直なところ、俺でももう少し戦えると思っていた。足場に気を付ければ、武器を持っていない動きのとろい相手ならどうにかなると思っていた。

 現実は違った。とろいと思っていた相手に簡単に攻撃を防がれ、武器を手放し、危ない場面もあった。あそこで頭を殴られてたら、倒れ込んだところを袋叩きにされたんだろうな。


 湯気で曇る天井を見上げながら初冒険の失態を思い返す。二日ぶりの風呂は体を心地よくほぐしてくれるが、心の内は晴れない。

 ギルドにサルブハーブの納品をして、貰ったのは大銅貨と小銅貨それぞれ一枚。十一ゼース。借金の返済を見送っても一食分と少ししか稼げていないが、ただでさえ不衛生になっていた体に冷や汗をかいて限界になった。五ゼースの安い共同浴場であったが意外と中は広く、石造りの風呂は大小二つが設置されており、頭や体を洗う場所も十以上あった。妙に日本の銭湯に似た内装だったが、馴染みのある見た目に安心したのは間違いない。

 備え付けられていた石鹸を使って全身を洗った後、大きい浴槽に入って体を休ませるが、嫌な事に頭は勝手に働く。


 キノコ、その名をマタンゴと言う。マタンゴは駆け出し冒険者が挑んでも間違いではないほど弱小の魔物だ。動きは遅く、武器も使わない。腕で殴ってくる他、個体によっては毒性のある胞子を飛ばして来る。ただし、好戦的ではない為、縄張りにさえ入らなければマタンゴから他の生物を襲う事はない。ギルドの資料室にはそんなような事が書かれていた。


「あーあ……」


 思わず声が漏れる。

 数が多かったことを言い訳にしようとするが、初撃を防がれて馬鹿みたいに動揺した自分にできる言い訳なんてないと即座に否定する。

 濡れた髪を両手で掻き上げると、嫌な奴と目が合った。


「おぉ? おめぇは、昨日の新米じゃぁねぇか!」


 昨日ギルドで会ったならず者だ。一人ではなく三人、恐らくパーティで湯を浴びに来たのだろう。他の二人もお世辞にも上品とは言えない見た目で、救いを求めても無駄だと一瞬で分かった。

 三人の筋肉質な男達は溢れるお湯を気にせず風呂に入って来て俺を囲んだ。


「へぇっへっへ、昨日は邪魔が入ったがぁ、ここならゆっくり話せるなぁ」


 昨日足を踏んで来た男、禿頭が妙に近付いて話し掛けてくる。


「こっちは話すことなんてない」とは言えないよなぁ。囲まれてるし、掴まれたら振り切れないし。


「しっかし、おめぇっさんほっそいな。ちゃんと食ってんのか?」


 今度は別の男、くすんだ金の長髪が腕を掴んで来る。


「そういう体質なんだ」と言いそうになるが、我慢する。口を利いたら余計絡まれそうだ。


「顔立ちも女っぺぇし、そんなんで冒険者が務まるんだが?」


 気に障ることを言われたが、それより三人目の男の妙な訛りでどうでもよくなった。見た目は顔とか体にいくつも傷を付けていて人相は悪いのに、本当にこの男が今の言葉を発したのか疑いたくなる。

 三人に話し掛けられたが、沈黙を貫く。こういうのには慣れているつもりだった。軽い興味本位で話し掛けて来られても黙っていれば勝手に飽きる。理解しようと話し掛けて来たとしても、黙るかはぐらかしていればいずれ飽きる。語らぬ他人の為に時間を使いたがる人間はいない。


「なんだぁ? もしかして言葉がわかんねぇのかぁ?」


「いっやいっや、冒険者登録したんだし、分かるはずだっ!」


「そだに構えんなや。なんも取って食わねぇって」


 目の前で男達が狼狽える。本当に何なんだ。外で騒ぎでも起きて逃げるチャンスができないかな。

 耳を澄ましてみるが、騒ぎの音など聞こえない。体や頭を洗い流す音だけが風呂場に響いている。


「……のぼせそうなので上がっても良いですか」


 適当な理由を付けてみる。元々長風呂する方ではないし、急に圧迫感が押し寄せてきたのでのぼせそうなのは本当だ。


「お、おぉ!」


「そいっつぁ悪かったな!」


「ちゃんと水分取るんだど!」


 意外や意外、男達は簡単に俺を開放してくれた。もしかして悪い人達ではないのかもしれない。今度会う機会があったら少しくらい話してみるか。俺の機嫌が良ければ。


 ゴワゴワとした薄いタオルで体を拭いて、買っておいた古着に着替える。服装が変われば少しは現地民っぽくなるかもしれないと思ったが、脱衣所に置いてあった鏡に映るのはただの貧民の姿だった。古着とは言ってもれっきとした売り物なので、汚れていたり穴が開いていたりはしないが、生地が非常に薄い。色が暗めの灰黄色であることと、着ている俺の貧弱な体躯も相まってかなりみすぼらしい。実際、借金生活なんだけどさ。


 裸じゃなければ捕まることはないだろう、と自分に言い聞かせて、出入り口とも風呂場とも別の方向へと歩いて行く。

 岩山をくり抜いただけのような粗末な一室に、大人でも腕を回せないくらい大きな桶がいくつも並んでおり、壁には口を開けたままの水道が等間隔に並んでいる。室内にいるのは子供が大半であったが、初老くらいの男も一人いた。

 この洗い場にいるのは基本的に風呂へ入りに来た客ではない。浴場で雇われている“賤民”と呼ばれる従業員だ。五ゼースで洗濯を代行してくれるのだが、預かり屋で衣類の引き出しに四ゼース払い、入浴に五ゼース払ったので、既に稼ぎの残りは二ゼースだけだ。

 ありがたいことに洗い場は入浴した客なら無料で使用することができるので、自分で洗うことにする。洗濯板や洗剤も買うことはできるが、それも節約して水洗いだけにする。


 冒険に着て行った服を洗いながら、横目で賤民を見る。賤民と呼ばれてはいるが、彼らの顔色は暗くもなければ血色も悪くなく、洗濯物を一点に見つめ、慣れた手つきで仕事を熟している。服装は俺と同じかそれ以下だが、濡れる事が前提の仕事だからわざとボロい物を着ているのかもしれない。

 この町には賤民斡旋所と呼ばれる、訳ありの人々が集まっている施設が存在する。普段は施設から出る事を許されないが、この洗い場や農場や荷卸しなど、労働力が必要になった時、依頼人と契約を交わして外に出て仕事をする。一般的に仕事と呼べるものかつ、当人たちの能力で可能なものであれば契約する仕事は選ばない。

 

 賤民についてもエリンさんから教えてもらっており、冒険者の付き人としても契約することができる。戦力としてはあまり期待できないが、荷物持ちとして契約する冒険者は少なくないそうだ。

 安く人手を増やせ、他の冒険者とパーティを組んだ時にトラブルになりがちな配当についての心配もない。加えて、万一賤民が死亡した場合でも責任を負うことはない。

 今日の冒険に出る前、どんなものかと賤民斡旋所を覗いてみたが、俺は一瞬でやめた。受付らしきところに鋼のような肉体を持ち、それでいて派手な髪色と化粧をした人物が立っていたからだ。しかも、俺の事に気付くとノータイムでウインクしてきた。今思い出しても鳥肌が立つ。早く忘れてしまいたいと思いながら洗濯する手を早めた。




 入浴と洗濯を済ませて幾分か晴れやかな気持ちになった俺は、広場の長椅子に座って呑気に日向ぼっこをしていた。

 服、乾かないかな。ズボンはまだ少し湿っぽいか。ベンチに並べている服を触って乾き具合を確かめる。もう回収して宿の仮眠室で眠ろうかと思うが、夕日が心地よくて動く事を怠けてしまう。もうここで寝てしまうか。

 重くなった目蓋をどうにか開けながら、広場で球遊びをしていた親子が手を繋いで帰って行く様を見送る。

 仲の良い親子だな。今日は珍しく仲良くしていて、普段は険悪なのかもしれないけど、子供も親も笑っているこの瞬間は間違いなく幸せなんだろうな。平凡でもなんでも、今ある幸せがそのまま続くように、他人ながら祈ってるよ。


 親子の背中が見えなくなると同時に、俺の目蓋は落ち切った。


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