第七十七話:混血黒森人
語彙力不足による手の遅延が発生したため投稿が遅れました。申し訳ありません。
エルフなので妖精と表現すべきなのかもしれませんが、妖精は妖精として存在するので森人と表現することにしました。
ダークエルフ。エルフの血を引く者が何らかの原因で黒褐色の肌と赤い瞳を宿して生まれて来た存在だが、その原因や見た目以外でエルフとの相違点は明確にされていない。寿命はエルフよりも短いと言われているが、ダークエルフが寿命を迎えることの方が稀であるため、噂程度の信憑性しかない。
親が邪教徒であるとか、母親の腹の中にいる間に悪魔に魅入られたとか、そんなのは眉唾物である。しかし、異端に対し敏感であるエルフにとって、見た目が違うだけでもダークエルフは忌むべき存在であった。エルフはダークエルフが生まれると、子とその親に対し厳しい制限を付けた上で軟禁状態にし、子がエルフの成人に当たる二十歳になると一家諸共国外へ追放した。
エルフの習わしが世界中に広まると、人々は実害の有無を些末事として‟ダークエルフは厄災を呼ぶ存在“として認識した。
通信網が未発達な世界では同族で集落を形成するのも儘ならず、出来たとしても魔物が蔓延る大地で安息は得られなかった。現状、ダークエルフの多くは単独の冒険者として魔物を狩り、生計を立てている。
無法者の多い冒険者であれば、見た目やエルフの習わしに囚われずダークエルフと接する事ができると言われることもあるが、実際はその逆の場合が多い。いつ何時命を落とすか分からぬ職である冒険者の中には、神を信じずとも縁起を気にする者は少なくない。冒険者の多くは、厄災を呼ぶ存在であるダークエルフを受け入れるでもなく、反感を買って厄を呼び込まぬように不干渉を決め込んでいた。
シオンも例に違わずダークエルフとして扱われていたが、他とは明確に違うところがあった。血と耳だ。シオンの血には人間の血が混じっており、それ故にエルフの外見的特徴である耳が人間寄りになっている。ただのハーフエルフであれば、多少耐える事があってもエルフの国で生きていくことは可能であるし、他の国ではエルフと遜色ない扱いを受けることができる。しかし、肌が黒いだけで、瞳が赤いだけで、シオンとその家族はより厳しい制限の下での生活を強いられた。それこそ、追放が解放と感じられる程に。
国から出たシオンたちは例に漏れず多くの町村を転々としていった。変わり続ける環境、好転しない生活に一家離散する事はよくある話であったが、シオンの家族は団結して日を、月を、年を乗り越えて行った。しかし、世界中を旅して生きることに楽しさすら覚え始めた頃、不幸が訪れた。オーバーフローだ。
それなりに栄えていた町であった為、兵士や冒険者の防衛により町への被害は比較的抑えられたが、移住して間もなかったシオンの家族は避難場所までの移動に手間取ってしまった。父親が吹き飛ばされ、母親が裂かれ、自らも死の淵に立たされた。当時、冒険者ではなく、両親以外の人物と目を合わせることすら苦手なほど内気だったシオンは、母親の死体の傍で泣きじゃくるしかなかったが、偶然通りかかった冒険者の手によって救出された。
命を拾ったシオンに町民は冷たかった。人間の父親を、エルフの母親を悔やむ声はあれど、シオンに向けられるのは嫌忌の言葉のみであった。支えとなるものを失い、両親の後を追う意思すら持てないシオンが町から逃げ去るのに、それほど時間は掛からなかった。
野を駆けずり、森を彷徨い、山を越えた。生きることは殆ど諦めていたが、唯一心の中で燃え滾っている感情だけがシオンを生かしていた。魔物への復讐心だ。魔物を殺し、魔物には殺されないという強い決意だけがシオンを支えていた。
短剣と、僅かな物資と、読み漁ってきた書物の知識のみ、他には何も誰も頼らず一人で戦い続けていたが、ある時に転機が訪れた。使っていた短剣が折れてしまった為、近くの町に立ち寄った時、お節介な冒険者パーティに出会った。見た目で等級が低いと分かるような冒険者たちであったが、なけなしの金を惜しむことなくシオンの身なりを整え、腹を満たした。そして、久しぶりに……いや、両親以外の他人からという意味では初めてとも言える施しを受けたシオンは、胸の奥で何かが埋まる感覚を覚えた。
それからシオンも冒険者となって共に依頼を熟していった。これまで一人で魔物と戦い続けて来たシオンの能力値は優秀で、前衛も後衛も熟しながら戦闘経験から得た情報を元に作戦を考え、戦闘時の指揮まで執った。一人四役という過密さであったがシオンの心は充実していたし、戦闘面だけでなく町中での生活においても何かと世話を焼き、かつての内気な性格は影も見えなくなった。
自分を助けてくれた冒険者たちの役に立ちたい。その一心であったシオンは、パーティからの脱退を頼まれた時ですら深く理由を聞かずに受け入れた。理由としては、シオンが強過ぎて自分たちの成長が見られないから、ということだったが後にエルフの冒険者を加入させたのを見て、体の良い言い訳であったと悟った。
シオンに手を差し伸べた冒険者たちは、ダークエルフが世間でどう言われているかも知らない田舎者であった。冒険者稼業を続けている内に知る事となったが、気にしていなかった。厄災を呼ぶ存在と呼ばれてもシオンは自分たちの仲間だと、心からそう思っていた。しかし、依頼にない危険な魔物にも果敢に攻めていくシオンの姿を見続けている内に、いずれ取り返しのつかないことになるのではないか、そんな不安がこれまで抱いていた信頼を塗り潰していったのだ。
エルフの冒険者を加入させたのは、ただの偶然、即席パーティとして雇っただけなのだが、シオンがそれを知る由もない。
一度の躓きであったが、シオンにとって、ダークハーフエルフにとっては大きな躓きであった。
実績が優秀であったが為に他のパーティから即席の戦力として誘われることもあった。しかし、前回のパーティとの間に起きた事がトラウマとなって全力が出せずに役立たずと言われ、以前と同じように前衛も後衛も熟そうとすると邪魔だと言われ、魔法による支援をすると汚物を見る目で罵詈雑言の限りを尽くされた。一時的にでもシオンを加入させたことが原因で解散するパーティもあった。
他人に対し引け目を感じつつも、どこかで「もう一度、仲の良いパーティで冒険したい」と切望することはやめられなかった。
前衛と後衛どっちつかずで邪魔になる万能者を辞め、汚れたマナが入り込むと言われる回復と支援魔法を封印した。
他人との連携を減らして戦うには? 戦力として必要とされるには?
考えた末に行き着いたのが、一撃の下に敵を葬り去る襲撃者であった。上級魔法を覚え、金を貯めて定型外の魔法書も買った。魔法が効かない相手のために高火力の武器を探し、雷属性と相性の良い武器を見つけることができた。
仲間の邪魔にならず、仲間の役に立ちたい。その思いで行き着いたのが、今の戦闘スタイルである。思いが重くならないように、必死になりすぎないように、戯けた調子の自分を演じることにした。
シオンの努力も、思いも、これまで実ることはなかったが、それでもいいと彼女は思っていた。戦力として、数字としてでもいいから、自分がこの世界の中で生きていること許してもらえれば、それでいいと思った。だが、自分はそれほど清廉な存在ではないと、つい最近思い知った。
即席パーティで組んでいた冒険者の手で魔窟にある穴に突き落とされた時、冒険者は報酬が貰えると言ってほくそ笑んでいた。仲間の邪魔にならず、仲間の役に立てる。自分の思いに従うならば己の死すら喜ぶべきなのに、シオンはどうしようもなく悲しみ、恐れた。強敵と相対するよりも、敵意を持つ人々に暴力を振るわれるよりも、一時でさえパーティメンバーとなった者に手を下されることが、こんなに恐ろしいことなのかと思った。
だからこそ、苦しまぬためだとはいえ、生き返るとはいえ、パーティメンバーである少年に胸を刺し貫かれた時は絶望以外のなにものでもなかった。
「魔獣に食べられた方がマシだよ……」
両肩を抱きしめる手に力をいれ、振り絞った言葉は広い部屋に木霊する事なく消えた。
レイホの言った言葉は理解できている。体の自由を奪われ、食い殺される苦しみは想像も付かない。
シオンの思考が生き残る方向にしか向いていないのに対し、レイホは死の可能性も考えていた。それも理解している。けれど、だからと言って、仲間を手に掛けるという発想は理解できないし、したくない。それが、ダークハーフエルフであるシオンの同行を二つ返事で受け入れ、困難な事態に巻き込んだことを謝罪してくるような人間のことならば尚更だ。
シオンの想定では、ゴブリンにやられた後「お前のせいで面倒なことになった!」とか「ダークエルフはやっぱり疫病神だ!」とか「お前一人で探索しろ。安全な道が分かるまで何回でも死ね」とか言われるものだと思っていた。けれど、実際は違った。話し合って、協力して切り抜けようとした。隣りを歩いて話すことに嫌悪感を示さなかった。
「レイホ……アクト……」
シオンは知らない。生まれながらにして他人からの評価が定まっていたが故に、自分という個を他人に理解してもらうにはどうすればよいのかを。これまで言われる言葉全てを甘んじて受け入れてきたが故に、反論してしまった後、どんな顔をして何を言えばいいのかを。
「ん…………くそ、まだだ!」
「えっ!?」
聞き覚えのある、ここにいる筈のない者の声に、交差させた腕に埋めていた顔を上げる。視線の先では、レイホが立ち上がって次元の境穴に向かって走っていくところだった。
「あ……え……」
声を掛けようとしたが、言葉が出てこない。けれど、レイホは振り返ってシオンと視線を交わした。
「もう一回行ってくるから、そのまま待っていてくれ!」
それだけ言うと答えを待たずに次元の境穴へと走り去って行った。
レイホと面向かっても、背中にも何も言えないでいたシオンであったが、右手は無意識の内に彼の背に向かって伸ばされていた。




