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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第七十三話:枯れ果てた夢

 光源が無くとも昼間の世界が広がっているのは、そういう場所なんだと思い込んでいたが、三人の足元から伸びる影を見た時、何とも言えぬ違和感を覚えた。


「……アクト、俺の影を踏んでみてくれ」


「ん? わかった」


 疑問符を浮かべながらも言われた通りに影を踏んでくれる。だが、特別な変化は無い。俺の影とアクトの影が重なって伸びただけだ。

 ここまで何も起きなかったことから、影の中に潜む魔物が存在する可能性は低いと考えていたけど、踏ませるのは少し危険だったな。大太刀で刺してくれ、と指示するべきだったな。


「何か気になる?」


「どうして影ができるんだろう。太陽も灯りもないこの場所で」


 シオンの問いに、自分の中の疑問をそのまま口に出した。すると、アクトは俺の影から離れて空を見上げた。


「行ってみればいいんじゃない」


「そうだな」


「え? 行くってどこ?空?」


「光源の真下……影が伸びない場所だよ」


 一人で首を傾げているシオンに説明してから影を背にして歩き出す。もし光源になっている物があるとして、その真下に行ったとして、それで何か進展するといった保証はない。けれど、何か目指す物があるというのは良いことだ。休憩を重ねる度に重くなっていた足取りが今は気にならない。

 時折後ろを振り向いて影の伸び加減を確かめる。歩を進める度に影も短くなっていて、本体よりも背の高かった影が今は本体と同じか少し低くなっている。


「……疲れたなら休憩するから言ってくれ」


「大丈夫」


「あたいも!」


 二人とも顔色や足取りに変化は見られないので、言葉をそのまま信じてよさそうだ。能力値で言えば体力は俺が一番低いので、俺が二人を気遣うのはおかしな話だが、生き物なのだから数字だけで判断するのもよくない。

 影が大分小さくなってきたところで小休憩を挟んで体力を回復させた後、いよいよ影が足元に吸われる場所に立つ。


「……何も起きないね」


 空を見上げたシオンが呟く。周囲を見渡しても変化は見られず、空間に開いた坑道への入り口が小さく見えるだけだ。

 うーん……ここまで何も無いとどうしてらいいんだ?どこかにヒントになるような怪文書が落ちてないのか?

 空を見上げながら手をかざしてみると、太陽の下でそうした時のように顔に影が落ちてくる。この上に光源があるのは確かなんだけど……。

 手を伸ばしても空には手が届かない。ダガーでも投げてみるか。


「二人とも、少し離れて」


 腰のシースからスローイングダガーを一本抜き、全力で真上に投擲する。すると、堅い衝突音がして弾かれたスローイングダガーが地面に落ちてくる。


「空が、割れる?」


 シオンが指した先に視線を向けると、快晴だった空にヒビが生じている。初めは小さなヒビであったが、みるみる内に拡大していく。

 大丈夫か、これ?

 スローイングダガーをぶつけただけでこんな大事になるとは思っておらず、拾ったスローイングダガーを仕舞うのも忘れて身構える。身構えるといっても、すでにヒビは空の彼方まで伸びていて、成り行きを見守ることしかできない。俺の背後にいる二人は大太刀とショートソードを抜いて構えていてくれているが、果たしてどこまで対応できるのだろうか。


 遂に訪れる空の崩壊。

 空色が雨となって降り注いできたので、咄嗟に頭を守る姿勢を取る。しかし、いつまで経っても何の衝撃も訪れず、魔獣が襲ってくる気配もない。

 両腕を頭の上に乗せながら顔を上げると、ほとんど真っ暗な空間の中で足元に小さな赤い光が目に入った。


「どいて」


「にゃはは~、ごめんごめん。小さいからつい庇いたくなっちゃった」


「……あんた、嫌な奴だな」


 背後で剣呑な雰囲気を感じるが、二人とも無事そうなので問題なさそうだ。赤い光の方へ近寄ると、小さな生物が横たわっていた。


「……ゴブリン?」


 俺が呟くと、アクトが一瞬にして隣りに走って来た。足元すらよく見えないのに、危なっかしい真似をする。


「もう死んでいるみたいだけど……」


 皺だらけで干からびているゴブリンは蹲るように倒れているが、右手に握られた赤い輝きだけはしっかりと握られている。

 念のためスローイングダガーでゴブリンの腹の辺りを突いてみるが、反応はない。


「握ってるのはマナ結晶かな。回収する?」


 シオンに問われ、逡巡する。魔獣の死体が持っているものなのだから、頂戴してもいいのだろう。寧ろ冒険者ならば遠慮なく回収するべきだ。けど、大事そうに持っていられると、奪うのは気が引ける。


「放っておこう」


 そう判断して立ち上がると、唯一の光源であったゴブリンの死骸は音も無く消え、一瞬の間の後で左右から小さな発火音が鳴った。

 翔剣とつるぎの柄に手を掛けて様子を見ると、発火音は次々と鳴り、その都度左右の松明に火が点いていく。


「ここは……」


 松明によって辺りが照らし出された光景に俺は眼を疑った。

 俺たちが立っているのは木張りの床であり、右には細かい砂利の中に足場となる平らな石が敷かれていて、背の低い木や池なども確認できるが、更に外の様子は瓦のついた建物に阻まれて確認することはできない。左側は何かの模様が描かれた襖が綺麗に並んでいる。

 和風の屋敷だな……。こんな場所まであるのかよ。

 見知った景色に一瞬気を緩めそうになるが、話しの分かる日本人がいるわけでもないので翔剣とつるぎを静かに抜いて集中する。


「綺麗だ……」


「ホントだねー」


 振り返ると、縁側から顔を出して夜空に浮かぶ満月を見上げている二人の姿があった。地球の月によく似ており、俺も一瞬だけ見惚れるてしまうが、呑気にお月見している場合ではない。


「行くぞ」


「ん」


「ほーい!」


 声を掛けるついでに背後を確認したが、屋敷が続いているだけで草原だとか坑道へ続く道は見当たらなかった。もしかしたら襖のどれかが前の場所に続いているかもしれないが、戻る理由がないので言葉に出すことも探すこともしなかった。


「あたい、色んなところを旅したけど、こんな場所初めてみるなぁ」


 見慣れぬ場所に興味を隠し切れないのか、シオンは頻りに首を動かして辺りを見ている。


「俺も知らないけど……なんか、落ち着く気がする」


 言葉通り、アクトの語気はいつもより少し緩んだ感じがする。平和だと分かればゆっくりお月見させてやってもいいが、悪いけどそんな余裕はない。

 縁側をぐるっと一周するが、魔獣が襲って来る気配は感じられないし、屋敷の外に出る道も見当たらない。

 室内を抜けて行くしかないか。出来ることならここの物にあまり触れたくないけど、仕方ないな。

 近くにあった襖に手を掛け、一気に開ける。意外にも何の仕掛けもなく開いたが、室内の様子を目にした瞬間に顔を顰めた。

 室内も外観に違わず和風で畳の敷かれた八畳間であったが、その部屋に棲みついていた魔獣によって醜悪な模様替えが成されていた。


「レイホ、下がって!」


 珍しく飛んで来たアクトの指示に従って縁側から中庭へと跳び下りる。

 室内にいた魔獣はキラーアントが三体。体長自体は魔物の時と変わりないくらいだが、尻尾が異様に肥大化していて、鋏の様な顎は前方に伸びている。それに加えて、足には歩行を補助する為だけに発達したとは思えない、鋭い棘がいくつも生えていた。

 キラーアントは俺たちの姿を確認すると、蜘蛛の巣状に糸が張り巡らされた部屋から一斉に飛び出して来た。


「くっ!」


 三対三になる形で跳び掛かってきたキラーアントを、俺は後ろに跳んで回避するので精一杯だったが、アクトとシオンは紙一重で躱しつつそれぞれの武器で反撃する。

 キラーアントに鳴き声は無いのか、胴体を深く斬り裂かれた二体はガチガチと顎をかき鳴らしながら六本の足を暴れさせる。致命傷を負うと暴れるのは魔物の時と一緒か。


「こっち!」


 俺に回避され、砂利の中に顎を突き立てていたキラーアントはアクトの大太刀により首を刎ねられ、他の二体と仲良く暴れ回り始めた。

 アクトに手を引かれて開けた襖の対岸となる縁側に上がって一息吐く。


「ゴブリンとコボルトの次はキラーアントか……」


 討伐推奨等級としては低いが、人型ゴブリンの例もあるので油断はできない。……俺の場合は何が相手でも油断できないけど。


「まさかこの部屋全部にいるわけ?」


 シオンが口を曲げたくなるのも分かる。部屋はさっき開けたのも含めて全部で八つ。どれも間取りは同じで、一室にキラーアント三体と考えても全部で二十四体。アクトとシオンは難無く倒して見せたが、少し骨が折れる数だろう。


「ところで、あの糸で出来た巣ってキラーアントが作ったのか?」


 戦意を掻き立てる雄々しさも、気を楽にさせる悠々しさもない単純な質問。相手が相手なら文句の一つ言われそうなものだが、幸いに二人とも邪険にすることなく反応してくれた。


「魔獣化すると尻尾から出してくるよ。粘着性と強度が強いから、かけられないように注意してね」


「剣で斬ると刃にへばりつくからやめといた方がいい」


 やっぱり蜘蛛の糸だな。あのサイズの巣だと人間も簡単に捕らえられるだろうし、注意しないとな。


「どうする?」


 アクトの問いに少し考える。戦闘が起きたが、他の部屋からキラーアントが出て来る気配はない。今のところ襖を開けない限りは安全と考えて良いだろうが、外に出る為にはどこかの部屋を通らないといけない。

 さっき開けた部屋は大きな巣が張られていて、とても通り抜けられそうにないから、別の部屋を開けてみよう。そう言葉にしようとして、視界で揺れる火に注意を向けられた。


「……あの糸、じゃなくて、体液は燃えるのか?」


「燃えるよ」


「焼き払うの? 派手だね~」


 質問の意図を理解したシオンが早速松明を手にする。次元の境穴だし、魔獣が棲みついている場所に人なんている筈はないのだから、焼き払っても文句は言われないだろうが、まだ懸念事項はある。


「待て待て。いきなり火を点けて、キラーアントが一斉に飛び出してきたら大変だ」


「あー、それもそっか。じゃあ、どうしよっか」


 松明を戻しながら聞いてくる。どうするって言われてもな……どうにかして部屋の中の様子を探れないかな。

 襖だから剣先で簡単に突き破れると思うけど、そんなことしたら結局こっちに襲い掛かってくるだろうし……。屋根裏に忍び込むなんてできっこないし……。小技のない俺たちじゃ、正面突破しかないのか? うーん、柔らかくなれ、俺の頭!

 片手で頭を揉んでみるが安全策はてんで浮かんで来ず、結局一部屋ずつ見て回ることになった。




次回投稿予定は10月29日0時予定です。

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