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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第六十八話:魔獣ゴブリン

 思いがけぬ出会いがあって騒がしくなったが、俺たちは次元の境穴から地上を目指すこととなった。


「色々とありがとうございました」


「気にするな。それに、礼を言うのはこちらの方だ……」


 あれ? 何か歯切れが悪いな。

 シオンが来て慌ただしくなったというか、先ほど魔獣が侵入して来たのもあるので、次元の境穴を開けたままにしておくのはよろしく無さそうだが、気になるな。


「何か気になることがありますか?」


「む……聞かないのだな、と思ってな」


 聞かない? 何を? 魔界や魔窟や魔物について、聞きたい事はいくらでもある筈だが、それを聞いたとして俺の行動や目標が変わるわけでもないし、ここで聞いた情報をネタに一儲けしようにも俺自身に情報源としての信用がない。

 質問すべき事柄について心当たりがないので頭を捻っていると、ハデスの方から話しを続けた。


「諸君はソラクロと呼んでいたか、あれの居所だ」


 ああ……気にならない訳じゃないし、会いたくないと言えば嘘になるが、どこかで意図的に考えないようにしていたかもしれない。俺が気にしなくてもハデスが様子を見ているだろうし、記憶の戻ったソラクロに何を話せばいいのか分からない。記憶が戻って、魔界に帰って来られたのだとしたら、むしろ会わずにいて「あれは夢だった」みたいな感じになった方がいいと思う。……自分の感情がよく分からないけど、別れのために会いに行くっていうのは、ちょっと抵抗がある。

 それに、ハデスの名前を聞いてソラクロが部下というか、関係者であることを知った時、なんとなく正体については予想がついている。そしてこの予想が正しければ、次元の境穴を抜けた先、地上へと続く門のところにソラクロはいる筈だ。


「記憶が戻って帰るべき場所に帰れたのなら、それで十分です。元々、そこまでの約束でしたから」


「そうか……。引き留めて悪かった」


「いえ。それでは失礼します」


 一礼した後、アクトとシオンを連れて次元の境穴へと入る。この時の俺は、魔獣が棲みついていると聞かされているのに、心のどこかでは無事に地上まで辿り着けると根拠のない確信を持っていた。




 来訪者が去った後の玉座の間で、ハデスは骨を鳴らしながら肩を震わせた。


「フッフフ……。持たざる者というのは、なんとも滑稽なものだ。なるほど、あれは中々気難しそうだ」


「随分とお気に召されたようですね」


 眼鏡の女性はレイホ達が通った後の次元の境穴へ視線を向けたまま、玉座の隣りに立った。


「ああ。うっかり世話を焼き過ぎてしまった」


「ヘルゲートに転移させず、わざわざ次元の境穴を通らせるのが世話とは、随分とお優しいのですね」


「まぁそう言うな。つまらぬことで死んでしまわぬよう、奴らの為を思ってのことだ」


 女性はハデスを横目で一瞥した後、小さく肩を竦めた。


「……ところで妻よ。その恰好で場内をうろつくのはやめないか?」


「他人の趣味に口出しするのも、世話焼きの一環でしょうか?」


 細められた鋭い眼差しを向けられると、ハデスはバツが悪そうに無い頬を掻いた。


「いや、そうではないのだが……他の召使いが見張られていると感じて緊張してしまうようでな……」


「そうですか。それはこちらのコミュニケーション不足ですね。早速解消して参ります」


 一礼し、意を決した様子で眼鏡を直すと、女性の姿は音もなく消えていく。


「ま、待て。いきなり直接話すのは逆効果だ! 先ずは我を仲介して……」


 すぐさま転移して追い駆けようとするハデスであったが、ふと次元の境穴の方を見やる。


「……選択したのであれば死んでも辿り着いてみせよ。恐れるな、諸君は魔界の王の腕に守られている。そして畏れよハデスの寵愛を受けたその身を」


 誰の耳にも届かぬ声は、ハデスが姿を消した後も広い玉座の間に重々しく残り続けた。





 次元の境穴は魔窟に非常によく似ていた。魔窟と言っても、その時々で草原や鉱山などに姿を変えるが、最も多く見かけるのは発光した鉱石に照らされた洞窟であり、今、俺たちが歩いている場所もそれだった。

 ここから十日、一年と比べればかなりの短期であるが、魔獣が棲みついている未知の場所を歩くと考えれば、長期の行進と捉えても問題ないだろう。それなのに……。


「にはは~! 皆で歩くのは楽しいな~!」


 街中へ買い物にでも来たかのような軽い足取りで先行するシオンに、俺は心の中で溜め息を吐いた。

 シオンの装備は腰に携えたショートソードと、肩に担いでいる、長方形の機械的な箱に人の腕程もある巨大な杭が装填された、所謂パイルバンカーというやつだ。魔法適性は雷で、魔法も使えるには使えるが、どれも魔力消費の多いものばかりだそうだ。

 冒険者としての等級は銅星四。ずっとソロというか、フリーで様々なパーティを転々をしていて、主な役割は襲撃者レイダーだ。一撃必殺の武器と魔法を持っているなら、適正だとは思う。

 冒険者手帳に記載された能力値は悪くはないのだが、いまいち何型かよく分からなかった。ソラクロやアクトのように、前衛としての能力値がバランス良くあって、そこから技巧寄りだったり筋力寄りだったりすれば分かりやすい。だが、シオンの場合、体力が少しばかり低く、筋力は平均で技巧は低い。敏捷と魔力は高いから魔法のタイプは攻撃と回復で違うが、蛇の抜け殻サーペント・モルトのフィルみたく前でかく乱してもらいつつ、隙を見つけて魔法を放ってもらうこともできなくはないか? でも魔力消費が多いってことは詠唱に時間が掛かるんだよな……。

 性格だけでなく能力値にまで困らせられるか……。俺がそれを言うかって話だけど。

 三人での基本的な戦闘陣形も確立しないまま進んで行くと、能天気に歩いていたシオンが手で進行を制した。


「そこ、何かいる」


 いつの間にか狭くなり左右の分かれ道が出来た洞窟の壁に、人影のようなものが映っていた。発光鉱石に照らされて映る影は微動だにしない。こんなところに人なんて……と思うが目の前にこの場所を通って来た奴がいた。しかし、何者かが迷い込んでしまったと考えるより、魔獣だと考えるべきであり、どう出るかだが……。


「向こうは気付いてないっぽいし、魔法で蹴散らす?」


 荒々しいご意見は却下だ。万が一にも魔獣でなかった場合、こんな所に迷い込んだ時点で本人も生存の確率は低いと理解しているだろうが、手を下したとなればこちらの気分は悪くなる。それに、次元の境穴を通して長い闘いになるのだから、避けられる戦いは避けるべきだ。


「おれが見てこようか?」


 アクトが一歩前に出て大太刀の鯉口を鳴らしたので手で制す。その瞬間、今まで動かなかった人影が驚いた素振りを見せると、遠ざかるような足音が聞こえて来る。

 まさか、本当に人? 敵が来たと思って逃げたのだとしたら助けに行くべきか? 足音だけじゃ人なのか分からないな。ソラクロの気配察知があれば……。

 いない者の能力を惜しんでも仕方ない。俺は小さく首を振って意識を切り替える。すると、アクトとシオン、四つの瞳が「どうする?」と聞いてきた。


「無視だ。右に走っていったようだから、俺たちは左に進もう」


 俺はここに遭難者救出の依頼を受けて来たわけじゃないし、敵か味方も分からない奴を助けに行くなんてお優しい選択、俺は取らない。っていうか、自然な流れで答えちゃったけど、やっぱり俺が仕切るのか。

 疑問を持つ俺のことなど知らん顔で、二人は素直に頷いてくれ、再びシオンを戦闘に歩き出したのだが……。


「ゴブリン!!」

「ギャギャ!?」


 通路を左に曲がったシオンと、待ち伏せをしていたのか、ボウガンを構えていたゴブリンの驚愕の声が重なって響く。

 さっきの陰はゴブリンの仲間か? 注意を反らした隙に背後から撃つつもりだったんだろうが、人間誰しもが他人に興味を持つ訳じゃない。


 シオンとゴブリン、どちらも思わぬ遭遇に驚くが、戦い慣れしている双方は互いに武器を構える。ショートソードとボウガン。距離的にはショートソードが有利であるが、鞘に収まったままのショートソードと、矢が番えられたボウガンではどちらが先に攻撃できるか、答えは……。


「ギャッ! グギャァァァ!」


「奥、まだいるよ」


 アクトが抜刀すると共に放った鞘にボウガンを弾かれたゴブリンは、なす術もなく大太刀によって体を二分にされた。


「ちっこいのにやるじゃん! あたいも負けてらんないね!」


 驚きを笑みに変えたシオンは、既に奥に待ち構えていたゴブリンと交戦し始めていたアクトに続いた。

 おい、あんまり突っ込みすぎるなよ……。

 遅れて翔剣とつるぎを抜いた俺は、シオンの背を追う前に斬殺されたゴブリンの死骸を見た。

 魔獣化ゴブリン。外見はおおよそ通常時とさほど変わらないが、頭身がいくらか高くなっていて、それに伴って手足の筋力も上がっているようだ。後でアクトとシオンに魔獣について聞いておくか。

 戦闘に参加していないのに、もう戦闘後のことを考えている俺へ罰が与えられる。人影が逃げて行った方、左右に分かれた道の右側から、短く、速く接近する足音が聞こえて来た。


「ぅっ!」


 本能で危険を察知し、視覚が情報を処理するより先に翔剣とつるぎを振り上げる。

 擦れる金属音。抜ける風。追いつく眼球。

 ゴブリンだ。見た目は本当に地上で見る個体と同じだが、あの素早さは異常だ。左手には逆手でダガーを握っており、その背中は俺に興味を示さず、真っ直ぐに奥へと向かっていった。


「アクト! そっちに一体向かった!」


 声を張って増援を伝えるが、返事は返って来ない。代わりに金属音とゴブリンの悲鳴が聞こえる。振り返ることはしない。さらなる増援が通路の奥からやって来ていた。

 今度のゴブリンは……人に限りなく近い姿をしていた。頭髪はなく、緑色の肌で、ゴブリン特有の細長い顔のパーツであるが、頭身は身長百六十前後の人間と同じと言って差し支えない。そして、同じなのは頭身だけではない。破れ、汚れているが、衣類を纏い、有り合わせの防具を身に着け、武器を構えて慎重に、だが確実に進軍してきていた。その数……六。


「更に増援だ! 六体!」


 通りは人が余裕を持ってすれ違える程度の幅だ。数はいても直ぐに囲まれることはないし、妙に慎重なゴブリンのお陰で接敵するまであと一、二分はある。

 勝てるとは思っていない。けど、背を向けることはできない。アクトかシオンがこっちに来てくれるまで、どうにか時間を稼がないと……いや、今すぐ助けに来てくれてもいいんだが……。


「三分!」


 背中から飛んで来た声はアクトのものだった。三分か……空腹時にカップラーメンに沸いたお湯を入れて、湯気と共に湧き上がってくるしょっぱい匂いを嗅いで待つのと、どっちが長く感じるかな。

 こんな時にふざけるんじゃないって、ツッコミはないよな。言葉にしてないし、こっちの世界の住人にカップラーメンって言っても通じない。

 馬鹿なことを考えて気を紛らわせようってわけじゃないのに、なんでこんなこと思いついたかは誰にも分からない。

 三分……恐らく、文字通り死ぬほど長いだろうが、やるしかないならやるしかない。


「フッ……」


 慎重な相手に少しでも圧が掛かればと、俺は可能な限り不敵に笑って見せた。




参考までに。

シオンの能力値。()内は銅等級星四の推奨能力値。


体力:327(400)

魔力:87(80)

技力:46(65)

筋力:35(42)

敏捷:45(42)

技巧:21(31)

器用:34(45)

知力:43(34)

精神力:66(110)

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