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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第六話:キノコ以下

 クロッスの東に広がる森の中で、太めの茎から細いノコギリ状の葉が幾つも生えた草を見つける。丈は三十センチ程で黄緑色。俺は記憶にある条件と目の前に咲いている草を照らし合わせ、間違いがないと判断し、腰の後ろに差した刃渡り二十センチ強の短剣ダガーを抜く。

 茎の根元を短剣ダガーで切り、左の腰に付けた竹素材の細長い籠に草、サルブハーブと呼ばれる薬草を仕舞った。




——————————


 俺の初依頼は、エリンさんから半ば強制的に薬草採取を受けさせられた。貧弱な能力値を知っていれば当然か。

 昨日の夜中は町を歩き回った後、広場に戻って来てベンチに座って軽く寝てから午前、じゃなくて日前九時頃に冒険者ギルドへ向かった。夜中は暗くて分からなかったが、広場には時計台が設置されていたので、それで時間は確認できた。


 ほとんど開店と同時に訪れた俺の他にも、既にギルドの中には冒険者が数人いて依頼を吟味していた。昨日絡んで来た、ならず者がいないか遅ればせながら心配したが、幸いにもならず者はいなくて、他の冒険者も俺を一瞥することはあっても強い興味を示すことはなかった。

 受付でエリンさんを呼ぶと、朝早いというのに元気に笑って対応してくれた。早速依頼を、という訳にはいかないので装備品の調達について助言を求める。

 分かっていたことだが、物によって値段はピンキリだ。それでも中古武具の安い物ならば二百ゼース前後で購入できると聞いた。更に、お勧めの店として“エディソン鍛冶屋”というところを紹介された。


 複数の鍛冶師に発注した武具を販売する武具屋と違って、鍛冶屋はその店で打った武具を直接販売する以外にも武具の細かいサイズ調整や修理も請け負ってくれる。お得意になれば武具の受注生産も可能だ。

 武具の種類は鍛冶師によって偏りが出る場合があるため、始めは幅広く種類を揃えている武具屋に行きがちだが、エディソン鍛冶屋は初級者から上級者まで扱いやすい武器が揃っている上に料金も割安なのだそうだ。エリンさんも現役の頃はお世話になったと説明を受け、俺はエディソン鍛冶屋で武具を揃えることにした。




 そのエディソン鍛冶屋で購入したのが今、手元にある短剣ダガーだ。片手用の短い柄と小さ目の鍔に、銀の真っ直ぐな両刃の刀身。何の変哲もない短剣ダガーではあるが製作者の趣味で一応の銘はあって、“初突はつつき”というそうだ。

 柄に掘られた初突という漢字を見る度に、まさかこんなに早く同郷の人間に合えるとは思わなかったと驚かずにはいられない。

 エディソン鍛冶屋の主人はこの世界の人間だが、弟子がまさかの現代人だった。この世界に来た詳しい経緯などは聞かれなかったし、俺も敢えて触れるようなことはしなかった。

 武器について聞くと、奥から出て来た主人が俺の体を一瞥して「短剣か短槍が良いだろう」と、いくつか武器を見繕ってくれた。こういう時は剣が王道ではないかと思ったが、そこまで強いこだわりは無かったので言われた通りに武器を選ぶと、短槍の方はやや値が張る傾向があったので短剣にすることにした。短剣の中でも一際安い品があり、聞くと弟子が打った品だという。主人が打った品より劣りはするがそれでも主人が販売を認めた品であることに変わりは無い。

 

 武器に初突を選んだ後、防具について尋ねようとしたが、既に主人が革製のシャツと爪先に金属が付けられた革製のブーツを選んでいてくれた。上着やパーカーの上からでは窮屈だったのでTシャツの上から革のシャツを着る。


 新品の短剣ダガーが百十ゼース、中古の革のシャツが二百八十ゼース、中古のブーツが二百三十ゼース、合計六百二十ゼース。残り三百八十ゼース。一食は十ゼースもあれば店でそれなりの物が食べられる事を考えると、単純計算なら三十八食分で少し余裕がありそうに思えるだが、そうはいかないのが現実だ。宿代は一泊三十ゼース前後かかるし、武具を揃えたら準備万端という訳にはいかない。

 採取した物や戦利品を収納する入れ物が必要になる。雑貨屋で竹素材の籠を買い、ついでに生活雑貨も購入する。更に今度は服飾屋で、古着ではあるが着替え一式を買う。

 宿を取っていない俺に買い込んだ荷物を置く場所はないので、預かり屋という名前通りの店へ、探索に出るのに不要な荷物を全て預けた。


 そんなこんなで最終的に残った資金は百四十ゼース。一日一食でも宿に泊まれば三日しか持たない。


——————————




「生きるのって金がかかるなぁ」


 サルブハーブを刈りながらぼやいてみたが、本心ではそこまで苦に思っていなかった。生きるために悩んでいることに一種の楽しさを覚えていた。

 買い出しやら依頼の手続きやら、心配性のエリンさんに仲間を連れていけと言われたのを断るのとかで、出発は昼を過ぎていたが、サルブハーブの採取は順調に進んだ。

 森の中なので分かりにくいが、木の葉の隙間から差し込んで来る光りを見るに、まだ陽は高そうだ。細長い籠はもう満杯だが、手に何本か持てるので、もう少し採取してから帰ろう。

 そう思って茂みを抜けた時だった。弾力のある何かにぶつかって後ろによろける。採取が順調で油断し、欲が出たのだと後悔した時には既に、茂みの向こうで群れていたキノコ達が傘の下にある小さな目でこちらを睨んでいた。


 キノコは全長一メートル弱程度で腕が二本生えていても武器は持っていない。しかし、自分より大きくてダガーを持っている俺に対して怯える様子は無く、じりじりと小さな歩幅で迫って来る。数は五。動きは遅いし、数がいるのに囲もうとする動きを取って来ない。

 戦ってみるか? 唾を飲み込み、初突を強く握る。茂みに半身を突っ込んでいる状態なので、後退して茂みから体を出す。ほんのついさっきサルブハーブを採取した場所は少し開けており、石や木の根も地面から出て来ていないので動きやすい。大丈夫だ。

 ガサガサと茂みを抜けようとする音が聞こえ、キノコの赤茶色い傘が見えた瞬間に初突を突き出した。


「あっ……!」


 自分の情けない声が耳の中で反響していると、金属が地面を転がる音が聞こえて来た。初突と共に突き出した筈の右腕は体を開くように伸びており、その手に得物は握られていなかった。

 キノコの方を見ると、体が切れるのではないかと思うほど捻った状態で、右腕を自身の体の左脇に伸ばしていた。俺は右手首が訴える痛みで漸く状況を理解した。刃を突き刺す前に右手首を殴られ、呆気なく初突を手放したのだ。動きの緩慢なキノコだと思っていたが、俺の突きは奴以上に緩慢な攻撃だった。

 右腕を引っ込め、一歩後ろに下がる。手首に痛みはあるが、全然我慢できる。腕を振り払ったキノコが体勢を戻していると、脇から他のキノコ達が出て来た。一先ず初突を拾おう。そして逃げよう。ギルドの資料室で、このキノコについて調べてから挑もう。


 キノコ達に背を向けるのは不安だったので、横歩きで様子を見ながら初突の方に近寄り、手の届く距離まで来たら素早くしゃがんで柄を掴む。よし、逃げよう。

 立ち上がろうとするが、右手が持ち上がらない。なんで!?

 焦って顔ごと右手に向けると、土で汚れた短い足が踏み付けていた。

 見上げると、傘で出来た影の中から覗く目が俺を見下しており、両手を組んで振り上げた。本能的に頭が狙われていると悟り、心臓が強く鼓動し全身に警鐘を鳴らした。これをくらうのはマズイ。


「くそっ!」


 やけくそ気味に体を捻ってキノコの脇腹に膝蹴りを見舞うと、キノコは無表情のまま横に倒れた。解放された右手で初突をしっかりと掴み、立ち上がろうとするが背中を殴打されて前につんのめる。痛い、というより一瞬息が止まった。両手を前に出して倒れるのを防ぐ。後ろを見なくても分かる。キノコ達に追い付かれた。

 四つん這い状態で幾らか前進してキノコ達から距離を取ってから立ち上がり、そのまま走り出す。背中を殴られた衝撃が残っていて何度か咳き込むが、足は止めない。森の中の道なき道を一心不乱に駆けた。




 森を駆けずり回っていると木々の間隔が広くなっていき、クロッスの門が目に入った。ここまでくればもう大丈夫だろう。ゆっくりと歩きながら乱れた息を整え、後ろを振り返る。キノコの姿も影も見えない。もう大丈夫だ。右手に持ったままの初突を鞘に納める。

 殴られた右手や背中の痛みは治まっているが、走り回っている間にあちこち引っ掛けたのだろう。Tシャツの袖のところやズボンの裾が少し破けている。服も安くないんだから、大事にしないと。


 幸いにも採取に使用した籠と中のサルブハーブは無事であり、依頼の報酬は貰える。今日のところは今ある分でギルドに報告しよう。

 クロッスの南東門に向かって歩きながら、腰に着けた革袋の水筒の蓋を開けて口を付ける。冷たい、とはいかないが適度に温くなった水は、乾いた喉に瞬く間に吸収されていった。


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