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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第六十五話:魔界の王

 目を覚ました時、世界は暗黒だった。前も後ろも右も左も、一切他の色や光が存在しない世界。そんな世界で俺が目を覚ましたと認識できたのは、目蓋を動かす筋肉のお陰だった。


「……」


 生きている。そう声に出した筈が、自分の耳にすら届かない。音は響かないけれど、息苦しさはない。目蓋や口や首を動かす事は出来るが、手足を動かす事は出来ない。動かせているのかもしれないが、その感覚は一切感じない。

 インプから数えきれなほどの魔弾を浴び、何が起きたか分からないがデーモンの一撃まで食らった。それで死んでいないことが疑問でならないが、俺が生きているよりも、死後の世界に来たと考える方が自然なのかもしれない。

 死んだなら死んだでべつに構わないが、ソラクロやアクトはどうなった? ソラクロは直前まで俺の近くにいて、アクトは俺たちがあの空間に入ってきた横穴の近くにいた……。インプの攻撃は部屋全体に及んでいたし、デーモンの攻撃が魔窟全体に及んでいたら逃げ場はない。死んでほしくはないが……。


 自責の念が込み上げて来たが、視界に入った一筋の白線を注視することで意識を誤魔化した。

 なんだあれ?

 白線は細く、どこまでも広がる暗闇の中では頼り無いが、決して消える事なく真っ直ぐに伸びていた。俺から見て縦に伸びていく白線を、感覚のない手で掴もうと藻掻く。

 腕を伸ばせば届く距離にあるのに、白線は掴めない。そもそも俺にまだ手足が付いているのか分からない。白線は微かに発光して見えるが、照らすのは自身のみであり、周囲は朧気にすら見えない。

 腕を動かす感覚を頭の中で必死に思い出しながら……いっそ口で噛みついてやろうか、と動きを認識できる口を大きく開閉させる。すると左手に何か触れた。羽毛のように柔らかいが、決して軟弱ではない、強くそこに在ろうとする何かだ。


 何か……恐らく白線に触れることで感覚を取り戻した左手を重点的に動かし、白線を握る。やはり左手は見えないが、白線を握ったことで体が感覚を思い出した。背中で押す大気の流れ、踏ん張ることができない足元、左手で白線を強く握ることで減速する感覚。俺は背中を下にして落ちている?

 左手を軸に体と首を回して下を見てみるが、地面と思われるものは何も見えない。変わらない暗黒だけだ。

 どこに落ちているのかは分からない不安から、このままというのは良くない気がする。大分感覚を取り戻してきた体を動かし、両手と両足を使って白線にしがみ付いた。落下速度は低下したものの、停止はしない。より強くしがみ付くが変わらない。このまま地面に落下したとしても死ぬような速度ではないが、地面以外のものがあったらマズい。

 白線を登ろうと手を離すと、途端に感覚が消えてしまうので、数十センチ登るのでさえ一苦労だし、登る速度より落下速度の方が速い。もう腹を括って落ちるところまで落ちるしかないか。そう決めた次の瞬間、足元の方に緑が広がっていく。


 あれは……草と、花?

 落下するにつれて明確になって行く光景は、生い茂った緑の中心部に白と黄色の花が円状に生えていた。そして、花に囲まれるようにして円形の木の足場がある。白線は足場の中心から伸びているようだった。


 程なくして俺は白線を下りきり、木の足場に足を着けた。今まで周囲を囲んでいた暗黒はいつの間にか消え、昨夜見た月に似た、深い青の月とも太陽とも見える光源に照らされる世界が広がった。

 草花を囲んで建てられた石造りの高い壁にはところどころ窓が付いており、ただの防壁というよりも人が活動するための施設として見える。


「ここは……」


 声は聞こえる。呼吸の感覚も同じだ。あれだけ魔弾を浴びたのに体に問題はない。


「よくぞこの地に降り立ったと、先ずは歓迎しよう、レイホ・シスイ」


 足場から伸びた木の通路の先、建物の方から重く、体を縛り付けるような声と共に姿を現したのは白い骸骨だった。

 人型の動く骸骨と言えばスケルトンだが、今現れた骸骨を同じものと見ることは出来ない。

 木の通路を悠然と歩いてくるその姿は、身長こそ俺より頭一つ分高いくらいだが、こめかみの部分からは一対の渦巻いた角が生えており、空洞となった双眸の奥からは深紅の輝きが俺の体を縛っている。頭の後ろではライオンに似た鬣を持った生物が大口を開けていて、恐らくは背中でなびいている毛皮の生前の持ち主だろう。肉を持たぬ身でありながら、大柄に見えるその体は、本体とは別の生物の骨で作られた鎧を纏っていた。

 骨を鳴らしながら近づいてくる骸骨を相手に、俺は翔剣とつるぎを抜くことも、逃走の為に足に力を入れることもできなかった。骸骨が放つ圧倒的強者の波動から、俺は何をしても無駄だと、俺の命は、徐々に近づいてくる骸骨の手に握られているのだと理解していた。


「そう怖気づくな。我は君に感謝している」


 遂に手の届くところまで近付いた骸骨から、身に覚えのないことを口にされる。猛獣に睨まれた小動物のように身を固くする俺は目を合わせることすらできずにいたが、骸骨は意に関せず右手を上げ、指を鳴らそうとして……やめた。


「急く用でもない。たまには歩くとしよう。付いて来たまえ」


 毛皮のマントを翻し、来た道を戻って行く背中を見て、俺は固唾を飲み込んでから後を追った。

 建物に入ると、通路の中央には皺一つない真っ赤な絨毯が敷かれており、その中央を俺と骸骨は歩いて行く。

 何だこの状況……。ここはどこだ? 通路の広さや天井の高さから、かなりの規模の建物だと思われるが……。俺はとりあえず生きているっぽいから、ソラクロやアクトも生きているよな……きっと。けど、逃げ出すにしろ探しに行くにしろ、直ぐには無理だ。……直ぐじゃなくても、この骸骨の目を盗んで何かするなんて無理だろ。下手したら思考まで読まれてそうだし──。


「緊張しているが、自分の立場は弁えているようだな」


 ほら、やっぱ考えていることバレてる。もうなるようにしかならないな。


「安心しろ、今、仲間のところに案内している」


 骸骨の言葉に、俺の心臓は落ち着くよりも高く跳ね上がった。仲間っていうと……ソラクロかアクトだよな? 一緒に居たっていう意味なら蛇の抜け殻サーペント・モルトもそうか? ソラクロとアクトがいなくて、あいつらだけ無事だったら……怒るぞ、多分。


「むむっ……」


 頭の中でアルヴィンの、人を馬鹿にした笑みに右ストレートを放つと、骸骨が詰まった声を出して足を止めた。

 正面は行き止まりで両側には煌びやかな装飾が付いた両開きの扉がある。どうしたのだろうか。横目で骸骨の方を見ようとした瞬間、骨の鳴る音がして、目の前の光景が早送りのように通り過ぎて行った。


「着いたぞ」


 視界の移り変わりに脳の処理が追い付かなかったが、俺と骸骨はいつの間にか大広間に長大なテーブルと、いくつもの椅子が置かれた場所に立っていた。


「あ、レイホも無事だったんだ。よかった」


 テーブルの真ん中で目の前の料理をかっ食らっていたのはアクトだった。どこか分からない場所で、何者か分からない者から提供された食物を躊躇いなく口に運んでいく姿を見て、心と体の縛りが幾分か緩んだ。


「アクト、無事でよかった。……ソラクロは?」


 室内を見渡しても、俺と骸骨とアクト以外の姿は見えない。


「さぁ? そっちの骨が知ってるんじゃない?」


 骨って言うなよ。骨だけど……機嫌を損ねたらどうすんだ。


「そう急くな。レイホの分の食事が来てから、ゆっくりと説明しよう。先ずは席に着きたまえ」


「あ、おれの分も追加して」


 どこに行ってもアクトの食欲とマイペースさは変わんないのか……。見てるこっちの心臓を労わってくれ。


「よかろう」


 俺の心配を他所に骸骨は快諾してくれたが、動きは見せない。念力で指示でも飛ばしているのだろうか。

 少しして扉が開けられると、料理を乗せた台車を押した女性が現れる。女性は骸骨……ではなく、肉体がありエプロンドレスを着用している。変わったところがあるとしたら、肌が薄い赤色をしているところだ。珍しいというより初めて見るが、多人種が住む異世界なのだから肌の色の違いくらい気にすることでもないだろう。骸骨が骨の鎧を着ていることの方が可笑しな話だ。

 女性はテーブルの上に手際よく料理を置くと、一礼をして台車と共に部屋から出て行った。


「遠慮せず食べてくれて構わないが、我は話を始めさせてもらおう。諸君らも自分の身に何が起きたのか気になっているだろうしな」


 そう言って骸骨は両腕を広げる。


「我はハデス。広大なる魔界を統べる、唯一絶対の王だ!」


 ハデスって、冥府の神だろ……やっぱりここ、あの世じゃん。でも、今魔界って──ん? 魔界……魔界に着いたのか? あの状況でどうやって?

 王の名乗りを無視して飯を食い続けるアクトはこの際は無視。悪いがそっちに回せる気はない。

 魔界の王、ハデスは広げた両手を戻し、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


「諸君らがこの地に降り立ったのは偶然ではなく、我が招待した。本来ならばまだ先となる筈だったが、暴徒に襲われた姿を見ては、こうするしかなかった」


 デーモンにやられる寸前、俺たちを魔界に転移させたってことか。助かったけど、なんでまた俺たちを? 「本来ならまだ先になる筈だった」ってことは、後々、魔界には呼ばれることになっていたんだよな。魔界に呼ばれるようなことなんてしてないぞ。


「諸君ら、特にレイホには我が僕が世話になった。あれも良く懐いていたが故、暫く静観することも悪くなかったが、魔界に帰って来た今、あれは記憶を取り戻していることだろう」


 俺が世話して、懐いていて、記憶を取り戻すって……ソラクロしか考えられない。やっぱり、ソラクロは魔界側の人間……いや、幻獣だったのか。

 帰るべき場所に帰し、記憶も取り戻せている。俺の目標は達成された訳だが、何故だろう……嬉しくない? いきなり話が進んだから頭が追い付いていない? ソラクロのことをよく知りもしないアルヴィンの予想通りになったから? ……分からない。

 ソラクロは今どこにいるのか、会うことはできないのか、聞きたくて仕方なかった。けれど、ソラクロの本当の名前を知らない俺は口に出すことができなかった。記憶を取り戻したことで、俺の知らない、手の届かない存在になっていた時、どんな声を掛ければいいか思いつかない


「諸君らには大きな借りができた。これに対して、我は三つの道を示すことで報いたい。無論、諸君らが望む物についても、可能な限り応えるつもりだ」


 報酬の話が始まったが、妙な喪失感に襲われていた俺の耳は、ハデスの声を曖昧にしか捉えられないでいた。



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