第六十四話:暗転
クロッスの正門から西の魔窟へは、東の魔窟へ行く時と同様に森を抜ける必要があった。代り映えしない、けれど初めて歩く森であったが、それほどの危険はなかった。と言うのも、魔物が出現しても蛇の抜け殻が瞬く間に倒してしまうのだ。
ウォーレスは両手にナックルダスターを装備した格闘型の襲撃者だ。
同じ前衛である攻撃手が、敵へ連携を含めた攻撃を加えることの他に、後衛の盾役を熟すのに対して、襲撃者は単独で敵を倒すことのみを目指しているところだ。その在り方は様々であるが、一般的には重量級の武器を持った前衛であったり、強力な魔法を所有している者が、気配を隠すスキルなどを併用していることが多い。なので、ウォーレスの敵に身を晒しながら大胆に接近し、攻撃に合わせたカウンターで粉砕するといった立ち回りは特異だと言える。
対魔物戦だけなら間違いなく銀等級相応の実力を持つのだが、性格や素行に難があるため銀等級への昇級試験を受けられずにいるのだそうだ。
フィルは見た目通りの後衛で役割は治癒者だが、彼の場合、戦闘中の運動量は前衛に引けを取らない。戦闘開始直後など、負傷したり劣勢になっている味方がいない時には、武器こそ攻撃性の低い長杖だが、戦場を駆け回り、背の低さを利用して敵の足元を狙った攻撃で行動を妨害する。主に偵察者のザカリーと連携して魔物を倒すことが多い。剣でも持てば前衛も難無く熟せそうだが、他に回復役に適した者がいないことや、長らく治癒者をやってきたので、他の役割になると一部のアビリティの恩恵を受けられなくなってしまうのだそうだ。
ウォーレスと同期の冒険者であり、近い内に銅等級星五に上がるらしい。
偵察者のザカリーは、ウォーレスと同様に身軽な恰好で、武器はショートソードとダガ―の二刀流だ。お気楽な性格や長身から、偵察者という役割に合わないのではないかと思っていたが、そんなことは戦闘している姿を見た途端に消え去った。気配察知のアビリティはソラクロと被っており、察知の範囲はソラクロ以下だが、直観というアビリティを持っているため、魔物の姿が見える前にダガーを投擲したり、死角に移動したりと先手を取ることに長けている。戦闘が始まってからは気配や物音を消して、じっと隙を伺うかフィルが体勢を崩した魔物に致命の一撃を与える。
ウォーレスやフィルより遅れて冒険者になっており、等級は銅等級星三。
鎧を着こみ、鋼鉄の盾とロングソードを持ったミツハルは見た目通りの守備者だ。俺を睨んでくる嫌な目つきも、戦闘時には相手の動きをしっかりと見据える頼もしい技能へと変化する。立ち位置としては、ウォーレスの一対一が邪魔されないように魔物を引き付ける盾役だ。転移時に習得した特殊アビリティは「リアリスト」と呼ばれる“自身に触れた非物理攻撃・効果を無効化する”といったものだ。簡単に言えば敵・味方含めて自分に向けられた魔法を全て無効化するものらしい。地味だけど盾役としては有用か。
この世界に来たのと冒険者になったのは四ヶ月ほど前で、等級は銅等級星二。
最後にアルヴィンだが、万能者と言うものの、西の魔窟に到着するまで戦闘に参加することはなく、パーティの紹介をすることに徹していた。本人曰く、戦闘能力はウォーレスほどの筋力は無く、フィルのような敏捷も無く、ザカリーのような小技も無く、ミツハルのような堅さも無い器用貧乏だそうだが、紛いなりにも銀等級星一なのだから、それ相応の実力は持っているに違いない。
西の魔窟の入り口は、緑豊かな森の中で不自然に枯れた大地に佇む一つの岩だった。高さも奥行きも人が一人入れるくらいの大きさしかないが、正面には東の魔窟と同様に黒い靄が渦巻いていた。
「ここまでは順調だが、休憩は必要かな?」
魔窟の入り口を背にしたアルヴィンが俺たちに向けて確認した。低等級である俺たちへの気遣いか嘲りか分からないが、体力なら問題ない。一番体力の少ない俺が大丈夫なのだから、二人に確認するまでもないだろう。
「大丈夫です。このまま行けます」
「フッ。それでは行こうか」
このやり取りをしている間に、ウォーレスとミツハルは既に魔窟の中へと突入していたようで、既に姿は見えない。俺たちは残りの蛇の抜け殻のメンバーに続いて、魔窟へと足を進めた。
黒い靄を抜けた先は東の魔窟でもよく見た、発光した鉱石に照らされた洞窟だった。八人で動くには少し手狭な空間で、先に入っていたウォーレスとミツハルは既に戦闘を開始していた。とは言っても、戦っているのはウォーレスだけであり、ミツハルは武器を構えてこそいるものの、少し後ろの所で観戦しているだけだった。
「ここ、いきなりゴーレムなんて現れたっけ?」
「さぁ……おれの記憶上では初めてっすね」
フィルとザカリーは互いに首を傾げており、アルヴィンは眼鏡の位置を直しながら鼻で笑った。
西の魔窟は東の魔窟に慣れた冒険者が通うことになる場所であり、構造の複雑さや魔物の強さは幾分か上だが、蛇の抜け殻の戦力なら踏破することは可能な場所だ。
ゴーレムと呼ばれた魔物は人型を模した土の塊だ。形状に個体差はあるが、大凡の形は胴体と腕部が太く長く、脚部は短く、頭部は小さい。その見た目通り、腕部を使った破壊力のある攻撃を仕掛けて来る。突進力は無いが意外と小回りは利くようで、左右にステップするウォーレスに食らいつくように腕を振るっている。
「チッ、うぜぇな」
リーチの差で上手く懐に潜り込めないでいたウォーレスは舌打ちをすると、左右に動かしていた脚を止め、拳を振り被った。
動きが止まったことを好機と判断したのか、ゴーレムは一際大きく右腕を振り被ると、踏み込みに合わせて拳を突き出した。人の胴体程もある拳を前にしてもウォーレスは全く動じず、自身も振り被っていた拳を突き出した。
拳と拳がぶつかり合い、離れていた俺たちの髪を衝撃波が揺らした。
見た目通りならばゴーレムの拳がウォーレスの腕ごと体を粉砕する筈だが、結果は違った。ゴーレムの腕はひび割れ、土くれとなって崩れ落ちた。だが、痛覚も感情もないゴーレムは一切の動揺を見せず、残った左腕を上から振り下ろした。
迫りくる拳に、ウォーレスはまたもや拳で返した。左腕を振り上げ、かち合い、今度も勝利した。
両腕を失ったゴーレムは後退するが、それが撤退の為ではないことは直ぐに分かった。ゴーレムの体に、茶色がかった黄色の光が集まる。魔法を放つ気だ。
直ぐに放ってこないところを見るに、声を発してはいないが詠唱の時間は必要なのだろう。足を止めて光を集束させているが、決定的とも言える隙を逃すほど対峙した冒険者は甘くない。それが襲撃者であるならば尚更だ。
「失せろ」
急迫したウォーレスによる右ストレート。腕やナックルダスターが発光していないので、スキルの類は使用していないと思われるが、その拳に胴を叩かれたゴーレムは、衝撃が全身に行き渡る間を置いた後に爆散した。
「チッ、こんなのに三発もかかんのかよ」
拳を振って土を落とすと、振り返ることもなくさっさと進んで行ってしまう。ミツハルはウォーレスが通った後の、崩れた土の山から魔石を回収し後を追った。
「機嫌悪そうだなぁ」
「そっすね~。くわばら、くわばら」
ロッドを持ったまま頭の後ろで手を組んで歩いて行くフィルと、後ろに隠れようもないのに長身を縮こまらせるザカリー。
雰囲気悪いけど、いつもこんな感じなのか? よくパーティとして続けられるな。
「下向きではあるが平常運転だ。さ、私たちも行くとしよう」
それからも俺たちはウォーレスのペースに合わせて進行していく。ゴーレムのような大型が出て来た際はウォーレスが相手をする。取り巻きでスケルトンやオークが出て来た時もあったが、蛇の抜け殻が手分けして捌き切ってしまうので、俺たちはただの観戦者となっていた。
暇を持て余したアクトが無理矢理戦闘に加わろうとした時もあったが、アルヴィンが静止を掛けた。アクトが「あんたの言うことを聞く義理は無い」と言った時は嫌な空気になったが、俺から大人しくするように言い聞かせて事なき得た。
どれくらい先に進んだだろうか、分かれ道も無く似たような空間ばかりが延々と続いていくと、何もしないで歩いているだけで気が滅入る。
アクトが盛大な欠伸をし始めた頃、ようやく違った空間が視界に現れた。相変わらずの洞窟内で、円形の広間ではあったが、これまでよりも空間全体は広いものの殆どが崩落しており、足場は三日月状にしか無い。
「ウォーレス、ここに敵は?」
「いねぇよ」
「そうか、ならば一旦休憩にしよう」
アルヴィンの指示に歓喜したのはフィルとザカリーだった。盛大に溜め息を吐いて壁を背にして座り込んだ。表には出さずとも、二人とも精神的疲労はかなり溜まっていたのだろう。そしてミツハルも、ずっと先頭を歩くウォーレスに付いて歩いていたのだ、精神だけでなく肉体的にも疲労は溜まっていたようで、盾と剣をほぼ投げるようにして座り込んだ。
「暇すぎる」
アクトは鬱憤が溜まっているようで、大太刀を抜いて素振りを始める。ソラクロは休憩だというのに相変わらず俺について来る。
「アルヴィンさん、いつになったら、どうやったら魔界に行けるんです?」
「む、そうだな──」
アルヴィンは眼鏡の位置を直しながら蛇の抜け殻の面々へと視線を向ける。すると次の瞬間、立っていることが困難なほどに地面が揺れ始めた。
「これは……!」
アルヴィンはよろめきながら驚愕した表情を浮かべる。俺や、この場にいる全員が、同じように自分の姿勢を保ち、驚愕するので精一杯だった。あのウォーレスでさえ、片手を地面に付いて周囲を頻りに見渡している。
「そこから何か来ます!」
叫んだソラクロが指し示したのは、この空間の大部分を占めている大穴。そこから、魔窟の入り口のような黒い靄が噴出している。
何だこれ……俺がソラクロと会った時と似ている……?
何が起きているかは分からないが、吉兆とは到底思えない。緊張した空気の中、注目されている大穴から出現したのは、無数のインプと……。
「ゴアァァァァァッ!」
巨人だ。いや、確かに身長は俺の三倍くらいかで人型ではあるが、明らかに人とは違う。体に皮が無く、剥き出しになった筋肉に骨の鎧を纏い、頭部には一対の渦巻いた角が生えている。背中からは一対の黒い翼を生やしている。大穴の上に浮いているが、翼が動いていないところを見るに、浮遊魔法でも使用しているのであろう。
「デデ、デーモン!? なんでこんなところに!?」
ザカリーは狼狽えながらも自らの得物を構えた。他の者も同じだ。予想外の事態に困惑しながらも戦意だけは失わないでいる。……ただ一人、ミツハルは動揺が大きく、放り投げていた剣と盾を拾うのに手間取っていた。
デーモンがどの程度の強さなのかは知らないが、蛇の抜け殻の面々が明らかに動揺している所から、かなり危険だというのは分かる。不幸中の幸いか、さっきの地震で魔窟内の崩落は起きていないので、撤退することは出来そうだが……。
「ゴアァッ!」
こちらの統率が成されるより早く、デーモンが右手を振り上げた。直後、周囲に飛んでいたインプが一斉に鳴き声を上げ、ありとあらゆる属性の魔弾が射出された。
無理だろこれ!
狭い足場を容易に埋め尽く数の魔弾。一発一発の威力は低くとも、何発も連続で当たっては耐えられる筈がない。逃げることも、防ぐこともできず、俺は魔弾の嵐に飲まれた。
両手両足、胴に頭、もうどこに何が当たっているか、自分の体がどうなっているかも分からず、悲鳴を上げることも、誰かの悲鳴を聞くこともできない。ただ、意識が無くなる前に、最後に聞いたのは……。
「ゴォォォォアァッ!!」
爆音を裂くデーモンの咆哮と、世界が割れる轟音だった。
次回投稿予定は10月15日の0時です。
 




