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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第六十三話:出発

 アルヴィン率いる蛇の抜け殻サーペント・モルトと魔界の調査に行く当日。俺はソラクロに体を揺すられて目を覚ました。


「レイホさーん、起きてくださーい」


「ん……んんっ!」


 首が痛いな…………寝てる所が所だし、負担が掛かったのか? そういや昨日は考え事をして中々寝付けなかったから……あれ、昨日の夜……プリムラ? あの後どうなったんだっけ……夢じゃないよな。


「寝不足ですか?」


 心配して顔を覗きんでくるソラクロへ視線を向けると、同時に昨晩の記憶が蘇る。プリムラとは確かに出会った。上流区への階段、深い青の月光の下、俺とプリムラは出会い、話し、そして……助けを求められた。階段を駆け上がったところまでは覚えているが、その後の記憶はパッタリ途切れている。

 今すぐプリムラの安否を確かめたい気持ちが湧き上がってくるが、俺を見つめる空色の瞳がぎりぎりの所で自制を可能にしてくれた。


「体調が優れないなら、今日はお休みにした方がいいですよ。アルヴィンさんの方にはわたしから事情を話しておきますから」


「いや、大丈夫だ。準備したら行くから、アクトと一緒にジャンク屋辺りで待っててくれ」


「……はい」


 元気が無いな。ソラクロに心配されるのは違うだろ。記憶が戻るかもしれないソラクロの方が、期待とか不安で余裕が無い筈なんだから。

 俺は倉庫を出ようとしたソラクロを呼び止めると、歩み寄って頭を、犬耳の間辺りを撫でた。


「ふひゃ!」


「ソラクロの記憶が関わってくることなのに、勝手に決めてごめん。急に魔界の調査だとか、記憶が戻るとか言われても……心の準備には、もっと時間が欲しかったよな」


「ど、どうしたんですか!? や、やっぱり今日は変ですよ!」


 声音や表情は大きく動揺しているが、頭は大人しく撫でられ続けている。

 髪の毛のサラサラ感と犬耳のフワフワ感が手に当たって心地よい。なんか、撫でているこっちが落ち着いてくる。


「う~~っ……」


 唸り出したし、そろそろ止めるか。ソラクロの頭から手を離すと、名残惜しそうに視線で手を追ってくる。


「ソラクロ」


「はい! 何ですか?」


「……呼んでみただけだ。もう行っていいぞ」


「……なんだか、一晩でレイホさんが知らない人になったみたいです。…………ジャンク屋さんでアクトさんと待ってますね」


「ああ、直ぐ行く」


 倉庫の戸を開け、ソラクロは駆けて行く。

 ……ソラクロ。そう呼べるのも、今日が最後かもしれないんだよな。空色の瞳に黒い髪、安直過ぎて鼻で笑ってしまうが、こうして呼んでると……少なからず愛着は出て来るか。

 駄目だ駄目だ、情なんて持つな。それに記憶を取り戻してどうなるかは分からないし、取り戻せるかも確定していないのだから、感傷に浸ってないで準備するか。

 プリムラのことは俺にはどうしようもない。上流区のどこにいるのかも、何から助けてやればいいのかも、何もかも分からない。いっそあれは夢だったと片付けてしまえば……。

 ズボンを履き替えようとしたところで、ポケットに違和感を感じて手を突っ込んでみる。柔らかいけど、何か入れてたっけ?

 ポケットの中身を取り出して、俺は息を飲んだ。俺の手には薄いピンク色のハンカチが、綺麗に畳まれた状態で入っていたのだ。

 何で……これ、プリムラの。 階段が濡れているからと、敷いてくれた物だよな。こんなハンカチ、俺もソラクロも持っていない。けど、拾った覚えなんてない、俺は終始立ったまま話していたし、階段を駆け上がった時も、ハンカチの存在なんて気にも留めていなかった。昨晩、何があったんだよ…………くそっ!

 装備を整えた俺は倉庫を飛び出した。細い路地を曲がると、ジャンク屋の前でソラクロとアクトが立っていた。


「すまん、俺は寄るところがあるから、先にギルドに行っててくれ!」


「え? レ、レイホさん!?」


「止めなくていいよ。言われた通り、ギルド行こ」


「……はい」


 下流区の階段を駆け上がり、参集通りを走ってギルドを通り過ぎ、大通りへと出る。朝から人や物の往来は活発だが、走り抜けられない程の密集ではない。走る速度は緩めず、ぶつからないように人の足の向きを見て隙間をすり抜けて行く。大きな噴水はいつもと変りなく心地よい水の音を立てている。もうすぐだ。

 噴水広場を抜け、上流区へと続く階段へとたどり着いた時、俺は足を止めた。いや、止められたと言った方が正しい。階段への進行を防ぐように、二人の兵士が槍を交差させたからだ。


「待て。今は上流区への妄りな立ち入りは禁止されている」


 普段からこんな兵士立っていたか? ……上流区に興味なかったから覚えてない。こっちは急いでいるのに、面倒だな。


「知り合いに会いに行くんです」


「知り合いの家名は? 何か会合を証明する物はあるか?」


 家名? プリムラって名前しか知らないし、証明する物なんてない。俺は首を横に振った。


「では駄目だ。ここを通す訳にはいかない」


 階段を上るだけなのに……目的地はもう見えているのに、進むことができない。もちろん、上流区に行けたとしても、そこから手掛かりなしでプリムラを探さねばならない。冷静に考えてみれば無茶な話しだ。分かってはいるけど、自分の理解に大人しく従えない時だってあるんだよ。


「ほら、分かったらどっか行け。わざわざ冒険者に言う言葉でもないが、今は街中も物騒だから気を付けろよ」


「物騒? 何かあったんですか?」


「ああ。上でな、一家全員が殺害される事件が起きた」


 殺人事件? 妙な胸騒ぎを感じたのは、こっちの世界に来てから人の犯罪に関する話しをあまり聞かなかったからか。冒険者同士のいざこざは絶えないが、冒険者の集う町と称されるクロッスではもはや日常風景とも言える。生活が切迫した者による窃盗も無くはないが、今回のように傷害、ましてや殺人なんて初めてだ。


「殺害って、誰が……?」


 そんなわけはないと自分に言い聞かせても、決して消せない光景が脳裏に浮かぶ。昨晩見た、あの綺麗な金髪が、美しい白い肌が、地面に横たわって自分の赤に染められている光景。


「被害に遭ったのはパストン家の人間だ。犯人はまだ分かっていない」


「今も調査中で、詳しいことは分かっていない。あんまりこの辺りをウロウロしていると怪しまれるから、さっさと立ち去れ」


「分かりました。……最後に一つだけ、殺害された人の中に、プリムラという名前の女性はいませんでしたか?」


「さぁな。見張りの俺たちには、何が起きたか簡単な概要しか知らされていない」


「そうですか。失礼しました」


 昨晩に犯行が起きて、今朝だ。まだ調査も始まったばかりだろうし、兵士二人が何か隠しているとは思えない。これ以上ここにいても状況は進展はしない。それどころか、怪しまれて容疑者にでもされたら堪ったもんじゃない。パストン家ということは知れたから、プリムラがそこの娘かどうかは聞き込みでもすれば分かるだろう。

 後ろ髪は引かれるが、立ち入ることができない以上、俺にはどうすることもできない。強行突破したところで、瞬く間に兵士によって捕らえられる。それは間違いない。兵士の腕力を振り解くなんて、何年鍛えればできるか分かったもんじゃない。

 今に後ろからプリムラが声を掛けて来るんじゃないか、という有り得ない期待を捨てきれず、のろのろと歩くが、やはり俺を呼び止める声は飛んで来なかった。


 ギルドに到着すると、安心した表情のソラクロといつもの無表情のアクト。そして、待ちくたびれたといった様子の蛇の抜け殻サーペント・モルトが出迎えてくれた。

 蛇の抜け殻サーペント・モルトはアルヴィンを含め五人のパーティであり、全員が成人以上の男だ。パーティとして会うのはこれが初めてだが、俺はアルヴィン以外の四人、特に騎士風の鎧を着こみ、細い目でこちらをじっと見らんでくる男には見覚えがあった。


「すみません。遅くなりました」


「ケッ。怖気づいて逃げたと思ったぜ」


「ミツハル、そういうのは心の中だけにしておくように」


 睨み男はミツハルというのか……ミツハル? もしかしなくても現代人か。同じ現代人だから俺の事を気にしていたのか?視線の雰囲気や今の発言からして、間違っても友好的ではないから、あんまり関わりたくないな。


「これから何が起きるか分からない魔界の調査に行くんだ。心残りは無い方がいい。皆、改めて準備は問題ないか?」


「こっちは問題ないよー」


 背が低く、ローブを纏い金属製の長杖ロッドを持った男が緩く答えた。

 俺はソラクロとアクトに視線を向け、頷きを確認してからアルヴィンに問題ないことを告げた。


「よろしい。それでは魔界の調査に出発するとしよう。今回の目的地は西の魔窟。正門から出るとしよう」


「よーし、しゅっぱーつ!」


 背が高く、軽装の男は気楽に右腕を掲げて立ち上がるとそのままギルドを出て行こうとする。


「ザカリー、荷物、荷物」


「あ、フィルさん、すんません!」


 軽装の男——ザカリー——の後を、ローブの男——フィル——が大荷物を抱えて追って行く。

 初対面で名乗ってもないんだけど、いいのかな?


「その心配はいらないよ。こちらのメンバーには私からレイホ君たちのことは伝えてある。きみたちには道中、私の方から紹介させてもらうよ」


「分かりました」


「チッ、ウォーレスさん、俺たちも行きましょう」


 ミツハルは俺に向かって舌打ちすると、背にしたテーブルに両肘を着いてふんぞり返っていた、鋭い赤い瞳の男——ウォーレス——に声を掛けた。


「……」


 ウォーレスは少しの間を置いてから立ち上がると、俺の前に立った。


「俺の邪魔だけはするな」


 目つき通りの鋭い声で釘を刺しと、返答も待たずにギルトを出て行き、ミツハルはこせこせとその後を追った。

 おっかねぇなぁ。邪魔どころか、出来ることなら関わりたくねぇよ。


「仲良く、とは言わないが、今回の調査が終わるまでは悪く思わないでくれ。私からも、皆には念入りに言い聞かせているから、妙な真似はしないよ」


 心を読んでのご配慮痛み入ります。

 魔界の調査さえ終われば、色々とすっきりする筈なんだ。そのための辛抱なら、いくらでもは無理でも、それなりにしてやるさ。



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