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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第六十一話:疑問だらけの協力

 アルヴィンの誘いに乗ってユニオンに入るか否か。期限となる溟海の月に替わるまで考え通してみたが、答えは否だ。

 ユニオンへの加入について迷いの焦点となったのは、ソラクロの記憶の手がかりについてだったが、本当にアルヴィンが手がかりを持っていると判断できる根拠がない。もし、仮にアルヴィンが手がかりを持っていたとしても、俺を加入させる狙いが分からない。異世界人特有の特殊能力かと思ったが、生憎俺には特別という言葉は援遠い。


「能力値やアビリティ、自分の能力が視覚的に判断できることは画期的だと思う。だが、人は物事が見えてしまうと、自然と自分の見えていることが全てだと思い込んでしまう。だが、考えてみてほしい、スキルや魔法が新しく考案されるように、未知の能力が発現していても不思議ではない」


 曇天の空から降りしきる雫が町を叩く音が心地よく響く店内で、俺はアルヴィンと向き合って座っていた。大通り沿いにある茶店は、普段なら多様な客層によって鮮やかな賑わいを見せているが、今日は天候に合わせて気の利いた落ち着きのある雰囲気の店へと様変わりしている。

 雨が降っていても大通り沿いという立地のお陰か、はたまた店が柔軟に変化させた雰囲気のお陰か、来店する客は少なくないが、皆一様にして書物や情報紙を持ち込み、自分の時間を大切にしていた。

 溟海の月に替わった初日、冒険に出るには少し鬱陶しい雨が降っていたので、ソラクロとアクトに休みを言い渡し、俺はギルドの資料室で勉強でもしようと足を運んだ。そこで待ち構えたように居座っていたアルヴィンと出会い、平民以下の俺には似合わない茶店へと連れられて来た。


「俺が未知の能力を持っていると?」


「そこは私にも分からないよ。だが、君が東の魔窟でブレードナイトと遭遇し、生還したことは事実だ。他にも君は自分の能力値以上の魔物を相手に、常に勝利し続けてきた」


「買い被っています。ブレードナイトから逃げられたのも、討伐を成功させられたのも、同行した冒険者のお陰です。俺は偶然その場に居合わせただけです」


「偶然、か……。それもいいだろう。常人であればゼロの可能性を、偶然という奇跡で乗り切る。なんとも心躍る話じゃないか」


 話していても何かと理由をつけて肯定してくるな。もう余計な理由付けしてないで拒否する機械にでもなろう。


「参ったな……。人の信用を勝ち取るのは難しいと分かっていたが、こうも嫌われてしまうとはね。人の心が読めてしまうと、もどかしさも倍増だ」


 アルヴィンは髪を掻き上げ、テーブルの上に置かれていた茶を口に運んだ。

 この店に連れられて初めに聞かされたのは、アルヴィン自身が転生者であることと、所有している固有アビリティ【読心術】についてだった。本人曰く「知られたとして、本心を隠すことはできないから、このアビリティについては公開している」だそうだ。転生したきっかけは、他人に失望しての自殺ということまで教えられた。転移は黄金のリンゴが関係していると思っているが、転生は何か法則があるのだろうか。


「私の目的は、この世界の人々を魔物の脅威から救うこと。その為に魔界を調べる必要がある」


 じゃあ勝手に調べに行けばいいじゃないか。俺はそんな立派な目的なんて持ち合わせていないし、共感もできない。


「魔界について調べているうちに知ったことがある。魔物、魔獣の他にも、幻獣と呼ばれる存在がいるということだ。幻獣は圧倒的な力を持ち、一体で町一つを崩壊させることもできると言われている」


 突然何の話だ? 幻獣っていう化け物がいるのは分かったが、それを俺に教えてどうする? 魔界に興味を持たせようってのか?


「ただし、幻獣は滅多に人の世界に姿を現さない……たとえ姿を現しても、人々は気付かない。何故だと思う?」


 知るかよ。幻獣っていうくらいだから、幻……人の記憶に残らないとか、記憶を消してしまうとか、そんな感じか?


「答えは、人の姿をしているからだ。人の姿を持ち、人と同じように物事を考え、生活する」


 ふーん……ってことは、俺もその辺りですれ違っているかもしれないってことか。でも、人と同じように物事を考えられるなら、見境なしに襲ってくることは考えにくいし、べつにそこまで気にする必要はないよな。


「君はソラクロくんを見つけたとき、魔窟から黒い霧が溢れ、動物のような影を見たそうじゃないか」


「……はい。気を失う直前だったので、よく覚えていませんが」


 それが幻獣だったとでもいうのか? だとして、何で今その話をする? 幻獣が出現したのは俺が原因だったとでも? それとも幻獣の出現を目の当たりにした幸運の男とでも称えるつもりか?


「フッ、当たっているのは初めだけかな。私はね、レイホくん、君が見た影は幻獣であると推察している。そしてその場に突然現れた少女、ソラクロくんもまた、幻獣であると考えている」


「……何が言いたいんですか?」


 どこから俺が見た影が幻獣だったと推察したのかは知らないけど、仮にその通りだったとするなら、同時期に現れたソラクロは少なくとも幻獣に関わる存在だと考えられなくもない。幻獣という滅多に姿を見せない存在であるなら、ソラクロについて心当たりのある者がいないのも納得できる。トロールを倒した帰り「自分はもっと強かった気がする」という言葉も、幻獣としての記憶や力を失ってしまっているのだと考えれば合点はいく。だが、こんな考えは偶然をこじつければ出来ることだ。

 俺の思考を楽しむように、アルヴィンは薄ら笑いを浮かべている。


「幻獣の出現に立ち会い、記憶を失くした幻獣の少女と共に戦い、魔窟の新たなルートを見つけた。私は、そんな稀有な運命を手繰り寄せるきみに、魔界の調査を頼みたいのだよ」


 魔界。魔人の住む異世界であり、魔窟の奥にその入り口があると言われている。しかし、魔窟の特性から、魔界への行き来は確立されていないって話しだ。


「魔界への行き方については私に考えがある。言ってしまえば、ソラクロくんの本当の名前にもおおよその検討は付いている。だが、私の口から明かすより、君自身で確かめるべきだろう」


 そういう気遣いはいらないから教えてくれと思うが、向こうとしても教えるわけにはいかない情報だろうな。ここでソラクロの名前を教えてしまっては、もう俺がアルヴィンたちに協力する理由がなくなる。


「……結局、何で俺に魔窟の調査へ行かせようとするんです? 魔界への行き方に心当たりがあるのなら、自分のパーティなりユニオンなりで行けばいいじゃないですか。俺に取引紛いの話を持ちかける意味が分かりません」


 アルヴィンは魔物から人々を守るため魔界の調査に行きたい。俺はソラクロの記憶を取り戻したい。アルヴィンはソラクロを幻獣だと捉え、記憶の手がかりは魔界にあると言う。

 話が逸れていってしまったが、何故俺に調査を頼むのかについての疑問はまだ晴れていない。


「可能性の問題だよ。魔界への行き方について、考えはあると言ったが、誰でも確実にとはいかない。むしろ、私のパーティではたどり着けない可能性の方が高い」


 俺なら行けるってのか? 何で? まさか、これまでの運の良さを見込んで、なんて言わないよな。


「フッ」


「嘘でしょう……」


「笑っただけで、肯定も否定もしていないのだがね」


 じゃあ思わせぶりに鼻を鳴らすなよ。っていうか、俺は今日をお茶を楽しむための休日にしたわけじゃないんだから、さっさと言ってくれ。


「魔界とて一つの世界だ。魔人が住み、彼らを統治する者がいる。外からの……言ってしまえば侵略者と思わしき存在を招き入れるとは考えにくい。だが、君はどうだ。魔界の住人である幻獣の少女を保護し、共に戦っている」


「俺なら魔界に入ることを許してもらえると? それはソラクロが幻獣であった場合の話しですよね?」


「その通りだ。だから、チャンスは一度だけでいい。もちろん、失敗したからといって咎めることはしないし、成功すればそれに見合う報酬を出そう」


 それなら俺当てに依頼を出せばいい話で、ユニオンに入る必要はないと思うが……まだ何か隠している気はするな。だが、ようやく見つけたソラクロの記憶の手がかりだ。試してみるくらいはいいか。


「……そちらの誘いに乗ります。ですが、魔界への調査は俺のパーティで行きます。そちらのユニオンへは入りません」


「それは構わないが、私のパーティも魔界への入り口までは同行させてもらうよ。わざわざ言う必要もないと思うが、監視を兼ねた護衛としてね」


 監視なんて本来悪い印象を与えるだけなのに、自分から口に出して来る。隠す気がないことは本当に隠さない性格なんだな。裏を返せば、隠していることは本当に隠すだけの理由……不都合があるということだ。

 俺の思考を読んだアルヴィンは、非常に愉快そうに、そして俺の考えが正解であると言うように、口角を歪めて見せた。



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