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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第五十九話:世話係

 アクトを加えた三人体制パーティは、こと魔物討伐に関しては俺の予想を遥かに上回る結果を出し続けた。

 およそ一週間、東の魔窟を主な稼ぎ場としていたが、そこに出るゴブリンやスケルトンなどはもちろん、オークやコボルトでもソラクロとアクトの快進撃を止めることはできない。


「これで……」


 アクトが二体のコボルトに挟まれている。いや、二体とも大太刀——斬鉄型鋼鉄太刀ざんてつがたはがねたち紫雲零式しうんれいしきの間合いに入れるため、わざと挟まれに行ったのだ。

 自身の体ほどというのは大げさだが、一メートルを余裕で越す大太刀を、片手剣と見紛うほどの身軽さで扱うアクトの姿は見ていて飽きない。今も、正面に捉えたコボルトが何かをする前に大太刀を下段から振り上げて両断すると、軸足を回転させ、背後に迫っていたコボルトへ向き直り、血の飛沫を回せながら大太刀を叩きつけた。


「……終わり」


 広いが薄暗い洞窟内に静寂が流れる。アクトの言う通り、他に魔物はいないようだ。そして、この洞窟内には俺たちが入って来た入口となる横穴以外、先に進む道はない。不定期に形を変える魔窟であるが、東の魔窟の最深部まで到達し、出現していた魔物は全て討伐してしまった。

 初日にアクトの戦いぶりを見てから、いつかは、と予想はしていたが、まさかたった一週間で東の魔窟を制覇してしまうとは……。

 魔物も魔窟と同様に、マナの流れや濃度によって出現する数や種類は異なるが、インプ四体、ゴブリン六体、オーク二体、コボルト五体を倒した。その中で俺が倒したのはインプ二体とゴブリン一体のみだが、今日はかなり頑張った方だ。


「お疲れ」


「ん、ありがと」


 放り投げていた鞘を拾ったはいいものの、大太刀を戻しあぐねいていたアクトから大太刀と鞘を取り上げ、鞘に納めてやる。筋力は足りているけど、明らかに身長や腕の長さが足りていない。抜刀の際は鯉口を切って大太刀を振っているが、納刀の際はそんな乱暴な手段は取れない。


「レイホさん、魔石の回収してきました!」


 嬉しそうに駆け寄ってくるソラクロの手には透明な魔石が三つ。魔石の取り出し方を教えてからというものの、暇があればこうして回収してくれる。相変わらず両手を血塗れにするが。


「助かる」


 ソラクロから魔石とダガーを受け取り、代わりに水筒の水で手を洗ってやる。飲み水とは別に雑用水を持ち歩く羽目になっているが、魔石を持ってくるソラクロが毎回嬉しそうにしているので気にしていない。

 専ら戦い以外は不器用な二人の補佐をしている俺の役割は、世話係マネージャーといって差し支えないだろう。そんな役割、実際にはないけれど。


「この後は?」


 聞いてくるアクトのは無表情であったが、その瞳にはまだ戦意が満ちていた。

 これだけ戦ったのに、まだ戦うつもりなのかよ。と思うが、この一週間で分かったことがある。アクトのこの目は、更なる戦いを求めているわけではない。「まだ戦いを続けるなら付き合うよ」といったニュアンスで、俺が帰ると言えば素直に従ってくれる。

 一応、ソラクロにも視線でどうするか聞いてみる。つぶらな瞳で何かを期待するように、じっとこちらを見ている。アクトとは違った色合いだが、意味合いは似ている。戦うにしろ、帰るにしろ、俺の言葉に従う。


「今日はもう十分だ。帰るぞ」


「はい!」


「ん」


 実力もなく、戦いを指揮しているわけでもない俺が何故パーティの決定権を握っているのかは謎だが、二人に不満がないなら深く考える必要はないだろう。

 魔物を倒し切ったとはいえ、いつ出現するか分からないので、最低限の警戒はしながら魔窟を歩いて行く。

 この一週間の稼ぎは上々、魔物から押収した物だが、武器もいくつか手に入れた。魔石回収に使っている短剣ダガーも、倒したゴブリンから頂戴した物だ。

 冒険者としては順調で喜ばしいことだ。騒ぎたがりが多い冒険者ならば、東の魔窟踏破記念に今夜は宴だ! ともなろうが、生憎とこのパーティには無縁だ。俺が「今日は朝まで騒ぐぞ」と言えば、恐らく、多分、半分より高い確率で二人は付き合ってくれるだろう。しかし、俺自身が騒ぐことを苦手としているので、いつもより良い物を食べるくらいが精一杯の祝い方だ。


「腹減った」


 もうそろそろ魔窟を抜けられるといったところでアクトが呟いた。出口が見えたので警戒を解いたのか、単純に空腹に耐えられなかったのかは分からないが、俺はバッグの中から紙袋を出して、中に乾燥した果物のドライフィグが入っていることを確認してからアクトに差し出した。


「食べ過ぎないようにな」


「ん、これだけでいいや」


 アクトは紙袋を受け取らず、中に手を突っ込んで浅めに一掴みした。

 戦えば体力を消耗し、休んだり食事を摂ることで回復する。ただ、アクトは【健啖家】というアビリティを持っているので、他人よりも体力の消耗が激しく食事による回復量が多い。なので、携帯食料も俺が持ち歩いている。

 フィグという果物は糖を加えなくとも乾燥させるだけで結構な甘さになるので、携帯食料や乾燥果物の中でも比較的安価に購入できる。アクトが生の果物は好まなくとも、乾燥果物が好きで助かった。紙袋を仕舞う前に俺も一つ口に入れる。


「お腹空きました~」


 アクトと反対側からもねだる声が上がった。はいはい、ちょっと待ってなさい。

 残念ながらソラクロはフィグと相性が良くないらしく、食べるとお腹を壊す。食後に一つ二つ摘まむくらいはいけるが、空腹時に食べると当たってしまう。なので、ソラクロには別の携帯食料を用意している。


「ほら」


 薄い円形の焼き菓子の入った紙袋を差し出す。主な材料となるのは蜜と小麦粉で、練って固めた後に焼き上げた菓子—コーキエ-は軽くて持ち運びが楽なので、冒険者からも人気の携帯食料だ。ちなみにソラクロの大好物であり、三度の飯より常時コーキエを食べていたいらしい。

 今も紙袋から一枚、二枚と大事そうに取って、未練がましく紙袋の口を見つめている。三枚欲しいが、我慢している。その頑張りを無下にしては罪に問われるので、早々に紙袋を引っ込める。ソラクロの犬耳と眉尻がたちまち下がってこの世の終わりみたいな顔をしたが、気付かない振りをする。紙袋をバッグに仕舞う前にコーキエを一枚取り出すと、ソラクロの犬耳と眉尻は復活したが、そのまま俺が口に咥えるとまたへたれた。面白い。


「なにやってんの?」


 一連の流れを見ていたアクトが疑問を口にしたが、俺もソラクロもわざわざ答えることはしなかった。






 討伐を終え、魔窟からクロッスまで平和に帰って来れたが、なにやらギルドの方が賑やかになっている。


「なんだ?」


 ひしめき合った冒険者の列は出入口の扉から出て、通りまで伸びている。ガヤガヤと騒がしくて何が起きているかも聞き取れない。


「なにか……張り出されているみたいですね」


 耳を細かく動かしながらソラクロが告げる。言われて耳を澄ませば確かに「見せろ」だとか「俺らはどうだ」だとか、一喜一憂する声などが聞こえてくる。


「これじゃ依頼の報告ができないな……。仕方ない、先に飯でも食べるか」


 屈強な肉壁に割って入ろうだなんて、無謀なことはしない。下手すればここで俺の人生は潰されて終わってしまう。直ぐに報酬を貰わねば食事する金もないという訳じゃない。ゆっくり食事をしてくれば、この殺到している冒険者も少しは捌けるだろう。森の中を歩いて来たとはいえ間食したし、大通りや銭貨通りを歩いて新しく食事処を開拓してみるのもいいかもしれない。幸いなことに、俺について来ている二人も、騒動の原因よりも食事の方に興味があるようだ。


 大通りの方へ歩き出そうとすると、進行を塞ぐように一人の男が立っていた。


「レイホ君、だね。少しいいだろうか」


 黒の法衣姿の男は細身だが長身で、見上げなければ視線が合わない。

 掻き上げられた暗い紫の髪は少しボサついていて、野生的に見える。端正な顔立ちで、口元は薄く笑んでいるが、細長い眼鏡の奥に潜んでいる黒の瞳は友好的なものではなく、機械的に相手を見定めているかのようだった。そして、その男の首元には銀色に輝く等級証が提げられていた。



次回投稿は10月5日0時予定です。

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