外伝:英雄(自称)ラウル・スパーダの休日
投稿遅れて申し訳ありません。
外伝なので一話に収めようとしたら長くなってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです。
トロールの討伐に成功した大地の星はその後も着実に依頼を熟し、稼ぎも周囲からの評価も上々だった。多少危険でも実入りが良ければ即受ける姿勢は、血気盛んな冒険者から気に入られ、他のパーティから共闘を誘われることもあった。銅等級星三への昇級もそう遠くないだろう。
これも全て英雄による英断のお陰だな! と天狗になるラウルであるが、伸びた鼻は即座にノーラによって念入りにへし折られた。だが、そんなことでへこたれはしない。ラウルの目指すべき場所は更に上の上、英雄なのだから。
一つ惜しいことがあったとしたら、レイホとソラクロにパーティ加入を断られたことだった。レイホの単独での行動力と、トロール相手でもラウルに付き合って真っ向から戦う度胸は、他のメンバーにない長所だ。ソラクロは攻撃と素早さのバランスが取れており、周りとの連携も取れるので、前衛が一人しかいない大地の星にとってはこの上ない戦力となっただろう。
複数のパーティで西の魔窟へ赴き、魔物の群れを討伐した翌日、予想以上に激しい戦闘が行われたということもあり、大地の星は休暇を取ることになった。
いつも仲良し四人組でも、休暇の過ごし方は各々自由だった。勤勉なノーラは調べたいことがあると言って上流区の図書館へ行き、面倒見のいいパオは冒険や生活に必要な物資の買い出しに出かけ、頑張り屋なイデアは新しい魔法を覚えたいと魔法屋へ向かった。そして、パーティのエースにして英雄となることが約束された男、ラウルはパーティで溜めた金を持って、ある施設に向かっていた。
銭貨通りと北門通りの間にある、青と白の縞模様の巨大な天幕。周囲の民家や商店から明らかに浮いている施設であるが、ラウルは迷いなく出入口の幕を潜った。
天幕の中は外観の異質さとは一変して、何の変哲もない木張りの一室であった。部屋の隅には観賞用の植物が置かれ、本棚には書類が綺麗に整頓されている。部屋の中央には応接用のテーブルと長椅子があり、奥には執務机が置かれている。
「あら~、ラウルちゃん、久しぶり~」
この一室に唯一外観にそぐう存在があるとしたら、それは執務机に座っている人物だ。野太い声を無理やり高く出してラウルを歓迎する者は、この施設—賤民斡旋所—の責任者、シリル・ウェストだ。口調だけでも十分に異質であったが、その風貌も負けてはいない。髪型は右半分が赤色で顔の輪郭が隠れる程度の長さ、左半分が黄色に染まって刈り込まれた短髪。暗い橙色の瞳を宿した垂れがちの目の周りには星型のペイントが施されている。服装は上下一体で、肌に密着しているが、胸元は大きく空いている。体型は身長が高いく、幅は太くも細くもないが、服の上や開かれた胸元から鍛え抜かれた筋肉が強い主張を示している。この見た目に、元はクロッス支部の兵団を率いていた経歴を持っていることも加えると、益々人としての底が知れない。
「おっす! また来たぜ!」
初見では驚いて放心するか、逃げ出してしまう風貌のシリルに、ラウルは気さくに笑いかけた。
「これ、いつもの。今回は多めに入れといたぜ!」
「んも~、お金のことなんて気にしなくていいのに。でも助かるから貰っちゃう」
大地の星が溜めた金の入った革袋を受け取ったシリルは、ラウルに応接用の椅子へ座るよう促し、執務机の奥に設置された戸棚から茶葉を取り出した。
「噂はあたくしの耳にも届いてきているわよ。最近、頑張っているみたいじゃない」
「当然! 英雄であるオレがいるんだから、その内、耳を塞いでてもオレたちの名前が聞こえてくるぜ」
「あーら頼もしい。他の子は元気?」
「三人とも元気だぜ。今日も誘ったんだけど、みんな用事があるって言ってさ。薄情な奴らだぜ」
「ふふっ……。いいのよ、元気でいてくれれば。あの子たちも努力しているのよ。恩を返したい人の為に、ね」
淹れたての茶を机の上に置いて正面に座るシリルの言葉を、ラウルはいまいち理解できていなかった。理解できないことを長々と考える性分ではないので、潔く話題を変えることにした。
「こっちの方は問題ないのか?」
「概ね、ね。あ! あたくしの胸が大きくなったって意味じゃないから、スケベな目でみちゃ駄目よ! 概ね、大体って意味よ」
両腕で胸を隠し、体をくねらせるシリル相手に、ラウルは顔色一つ変えないどころか、真剣味を増していた。
「大体ってことは、少しはあるのか?」
真っ直ぐに見据えてくる瞳に、シリルは口角を吊り上げ、姿勢を戻した。
「問題自体は、あなたたちがいた頃と同じよ。みんな仲良くしてほしいのだけれど、人が増えると中々難しくてね」
犯罪、怪我、精神、理由は様々だが、自分もしくは家族に問題があって一般的な生活を送ることが困難になった者たち。以前は奴隷に堕ち、身売りされていた存在だったが、十五年ほど前に発令された奴隷禁止令によって、賤民と呼ばれるようになった。
発令による最大の恩恵は、人権が与えられた事で一般市民と同じ法に守られる存在となったというところだ。しかし、賤民として人としての最低限の立場は守られたが、個人に与えられる恩恵は皆無であった。奴隷という立場からは解放されたが、住む場所も職も頼るべきものもない状態で放り出された賤民達が、路頭に迷い薄暗い路地裏で生活を送ることになるのは当然の流れと言えた。
そんな賤民達を救うために立ち上がったのがシリルだ。兵団長を辞め、これまで培ってきた人脈と財を用い、この場所に賤民斡旋所を建て、クロッス中の賤民を集めた。初めは賤民を薄汚い者として見ていた町民も、シリルの人望と努力によって突き動かされ、今では農作業や各店の雑用として町の中に溶け込むことができている。それどころか、シリルの実績を参考にして、大きな都市では賤民斡旋所を建てようとする動きも近年見られるようになってきた。
賤民の社会参加を成功させたシリルでも解決できない問題。それは賤民間での諍いであった。賤民は通常、賤民斡旋所内で生活することになるが、何かしらの傷を持つ者同士、自らの心の安定を保つために他者を虐げようとする動きが無い筈がない。
無論、シリルも口では「みんな仲良く」とは言っているが、それが容易ではないことであることは理解してる。賤民でなくとも、人同士で好き嫌いというものは出て来る。しかし、人はそれを理性で心の内に止めている。だがその感情を刺激するものが相手に会った場合、傷という明確な突き所があればどうだろうか。
「っかー! 仕方ねぇな、来たついでに一肌脱いでやるかぁ! どいつだ?」
「気持ちはとっても嬉しいわ。けど、ごめんね。ちょっかいを出している子の方はまだ完全に特定し切れていないの」
「違う違う、オレが聞いたのはちょっかい出されている方」
「あら失礼。案内するわ」
淹れた茶を半分も飲む前に、ラウルはシリルを問題の子供の所へ案内した。
賤民の居住空間はシリルの仕事場の奥に広がっている。天幕に覆われた、ただっ広い空間を布で区切っただけの部屋に、三段ベッドを二セット設置した、六人部屋が基本である。地面は小石を混ぜて踏み固められただけで、ベッド以外の家具は無いが、路地裏や広場のベンチで寝るよりずっと快適だ。
布で仕切られた部屋の間を歩いて行くと、ある部屋の前でシリルが立ち止まった。
「様子を見て来るわ」
小声でラウルに行ってから、部屋のドア代わりに垂らされた布を少しだけまくり上げ、中に声を掛けてから部屋の中に入った。
部屋の中から複数の子供の声とシリルの声が聞こえて来る。わざとらしい無邪気な声と、隠す気の忍び笑いにラウルは抜刀して乗り込もうかと思ったが、シリルの存在がギリギリの所で止めてくれた。剣を持ったラウルを叱り付けて追い出すくらい、シリルにとっては目を瞑って寝るより簡単なことであることは、身をもって知っている。さりとて、このままじっとしてられる性分でもないので、両腕を固く組んで部屋の前を何度も往復する。
「お待たせ~。居場所が分かったわよ、ってあらやだ、怖い顔」
「……どこ?」
鏡を見なくても恐ろしく不機嫌な顔をしているのは分かる。ラウルにできる最大の対処法は、一刻も早く、この場から離れることだ。
ぶっきらぼうに聞くラウルに微笑みを返してから、シリルは再び前を歩きだした。
部屋が並んだ通りを抜けて角を曲がった所に、薄手のシャツと半ズボンを履いた背中が見える。隅の方にしゃがみこんで何か手を動かしているようだった。
「ローラン、ちょっといいかしら?」
「え!? シ、シリルさん!?」
ローランと呼ばれた少年は、体をビクつかせて振り返ると、手を後ろに隠しながら立ち上がった。ローランは伸びた灰色の前髪で紺色の瞳を隠しながら、上目遣いにシリルとラウルを見た。
小柄で、声代わり前の高い声に、中性的な顔立ち。道すがら、シリルから名前や性別などを聞いていなければ、少女と間違えていたかもしれない。
「うしっ、こっから先は俺に任せろ!」
「……あら頼もしい。それじゃあ、任せるわね。ラウル」
「え……あ……」
シリルもローランと話しをしたいと思っていたが、ローランの酷く脅えた目を見て、自分は立ち去ることを選んだ。大人で責任者の自分がいては話しづらいことも、歳が近く、元同じ立場であったラウルになら話せることもあるだろうと判断してのことだった。
「なに隠してんだ?」
「あ……」
シリルが立ち去ったのを確認するや否や、ラウルはローランの腕を引っ張り出す。土で汚れた手には、同じく土だらけになった一足のサンダルが握られていた。それを見たラウルは一瞬で状況を理解し、沸騰した血で思わず手に力が入りそうになったが、きつく歯噛みすることでどうにか堪えた。
「こっち来い」
「え……え?」
掴んだ腕をそのまま引っ張ってローランを連れて行く。寝床があった場所ではなく、角を曲がってローランを見つけた更に奥。目的の場所は、狭い通路状になった天幕を通り抜けた先にある、洗い場だった。
「サンダルは洗ってやるから、手ぇ洗え」
「え……い、いい。自分で、洗う」
「うっせうっせ! 言うこと聞かないとこうすんぞ!」
「わっ! や、やめ……」
ローランの手からサンダルをひったくって顔に向けて叩く。サンダルに付着していた土が飛び散り、ローランは逃げるように手を洗いに蛇口の方へ逃げて行った。荒々しく言うことを聞かせたラウルは盛大な溜め息を吐いてからサンダルを洗い始めた。
ラウルは初めこそ無心で洗おうと思っていたが、数十秒後には怒りが急沸騰してきた。直接聞いたわけではないが、状況的にローランは同室の少年たちにサンダルを隠されたのだ。それも土の中に。
ラウルがこの賤民斡旋所で暮らしていた時も、同じ手でサンダルを隠される者はいたし、こうしてサンダルを洗ってやるのも何度目か分からない。
「……こんなもんか」
「……」
土を落とし切ったところで蛇口を閉め、サンダルの水を切っていると、手を洗い終えたローランが無言で立っていた。
「乾くまで時間が掛かるけど……あ! いいこと思いついた! これ持ってろ」
「え……わっ!」
水を切り終えたサンダルをローランに押し付けると、ラウルはローランを背中に背負い上げた。
「こん中だと日が当たんねぇから外行くぞ、外!」
「え、えぇ!?」
「しっかり掴まってろよ! 英雄丸、発進!」
乗客の意思などお構いなしに、ラウルは賤民斡旋所の中を駆け抜け、シリルの居る部屋まで辿り着く。
「こいつ、借りてくぜ!」
「まぁ強引。憧れちゃうわ~」
イエスともノーとも言われる前に、ローランを背負ったまま賤民斡旋所を出て、大通りにある噴水広場のベンチまで来たところで漸く停止する。
「陽当たり良好。今日もいい天気だ!」
ローランの隣りに座ったラウルは手で庇を作って空を見上げた。
「……」
黙って俯いたままのローランを見て、ラウルは少し記憶を辿った。
最近はパーティメンバーと賑やかにやっていたから忘れかけていたが、賤民というのは自分について回っている後ろめたさから内気な者が多い。昔のラウルにはそれが分からず、ずけずけと自分の聞きたいことを聞いてしまっていたが、それはそれは嫌われたものだった。恐らく、物を隠されたり、食事に悪戯をしていた苛めっ子共よりラウルの方が嫌われていただろう。だが、その嫌われた経験があったからこそ、ローランへの接し方の方向性も見えてくる。
「オレも昔……つっても一年も経ってねぇか。あそこで暮らしてたんだよ」
「え?」
「親父がろくでもない奴でさ。酔っ払って暴れて周りに怪我させて、止めに入った母ちゃんは死んじまった。親戚もいなくて、身寄りが無くなって賤民に……よくある流れさ」
「……」
「初めは何で俺が、あのクソ親父死ぬまでぶん殴ってやる、って荒んでたけどさ。賤民として働いているうちに、クソッタレたことはどーでもよくなっちまった。農地のじっちゃんと一緒に畑を耕して、種蒔いて、水やって、収穫して……楽しかったなぁ。お、そうだ!年取ったら土地買って農業して暮らすか」
「…………」
ローランは口を閉ざして俯いたままだったが、内心でラウルに対し「すごいなぁ。ボクには考えられないや」など、「この人、今は何しているんだろう」など、興味を持ち始めていた。
「お前、シリルのことどう思ってる?」
「え? えっと……怖い。けど、悪い人じゃ、ない……かな」
「へっ……確かにな。でもあの人はすげぇんだ。兵団長だったのに、賤民が出て来た途端にすっぱり辞めて……辞めた理由って知ってるか?」
ローランは首を横に振る。だろうな。とラウルは思った。シリルは賤民に対して、自分が兵団長であったことを話したがらない。ラウルだって理由を知ったのは偶々だった。
「自分は弱い立場にある者を守るために兵士になった。だから、新たに立場の弱い者が現れたのならば、その者達を守る場所こそが自分の本当の居場所なんだってさ。かっこいいだろ?」
ラウルは自分の事のように誇らしげに笑った。
「そんで俺は兵士に憧れてみたんだけど……賤民は兵士になれないって、門前払いされちまった。けど、今はそれでよかったと思ってる」
「どうして?」
反射的に聞いてしまい、ローランは思わず自分の手で口を覆ったが、ラウルは気にせずに話す。
「オレと一緒に行きたい、力になりたいってバカがいたんだ。兵士なんてなれそうもない、根暗で、気が弱くて、泣き虫な奴らだけど、あいつらと一緒なら、おれは英雄にだってなれる」
「……今は、何をしているの?」
「あん? 言ってなかっけ?冒険者だよ、冒険者」
「冒険者……」
その単語に、ローランの瞳は輝いた。世界を巡り、魔窟を探索し、魔物から人々を守る。体力的にも、身体的にも恵まれているとはいえないローランにとっては、自由に逞しく生きている冒険者は憧れの存在だった。
ラウルは、ローランの目を横目で見て、自分への警戒より興味が上回ったことを確認すると、口角を上げ、ローランと正面から向き合った。
「冒険者っても、実際は賤民とあんま変わんねぇぜ。学もなければ伝もない、挙句の果てには性格が悪く人望もない、真っ当に働くこともできねぇ奴でもなれんのが冒険者だ」
「え……そうなの?」
「ったりめぇよ! 行き場がない、けど賤民になりたくない、そんな我が儘な奴だって少なくないぜ? 無い無いだらけの人間の中で、町の中で働ける奴が賤民、外で働ける奴が冒険者って呼ばれているって言っても過言じゃねぇな。うん」
急に早くなった話のペースにローランはついて行けず、口を開けてぽかんとしていた。自分が憧れていた冒険者のイメージが崩れ、今は自分と同じ目線の高さに捉えていた。
「賤民だからって自分を下に見るな。自分が悪い事をした覚えのない奴に遠慮なんていらねぇ。ローランはローランだ。どんな理由で賤民になったかは知らねぇが、これ以上他人に振り回されてやる必要はねぇんだ」
これでローランが「実は犯罪者です」と言ってきたら、どうしようもない空気が流れただろうが、ラウルの勘ではローランも自分と同じく、親や身内が原因で賤民になったと確信していた。犯罪を犯すような奴が、あんな子供にいいように苛められ、脅えたような目をするとは到底思えなかったからだ。
「言いたいことは分かるけど……無理だよ。ボクはチビだし、力も弱いし……それに、性格も暗いし……」
「じゃあ、このまま苛められても我慢し続けるのか? 今回のが初めてじゃないんだろ」
「……我慢するしか、ないよ。シリルさんに言えば助けてくれるけど、いつも一緒にいてくれるわけじゃないし、言ったのがバレたら、もっと酷いことをされる」
「もし、そいつらと別の場所に行けたらどうする? しかも、苛めていたやつらを見返すことが約束された場所だ」
「そんな場所があるなら行きたいに決まってるよ。でも……」
「うっし、じゃあ、来いよ大地の星に!」
そんな場所なんてない。そう言おうとしたローランは、被せてきたラウルの言葉を半分聞き逃していた。いや、耳はしっかりと言葉を捉えていた。聞き逃したと感じたのは、聞き取ったはずの言葉を、ローランが無意識の内に否定していたからだ。
「どういう、こと?」
「大地の星、オレの冒険者パーティだ。バカしかいねぇけど、最高の連中だ」
苛められっ子の賤民が冒険者になる。そんな夢物語が現実にある。ローランはそんな夢に手を伸ばそうとして、一瞬で引っ込めた。
「む、無理だよ! さっきも言ったけど、ボクは……」
「チビで力が無くて性格が暗い。そんだけだろ」
「そんだけって……」
「一人でなんでもできる人間なんていないんだ。だからパーティを組んで、皆で協力して戦う。当たり前だろ」
「で、でも、ボクは戦いなんて……」
「戦えなくたっていいさ。実際、戦いの苦手な奴がオレのパーティにいる」
「うぅ……」
一言でいい。「それじゃ無理だ」と、否定してほしい。そうすれば、この葛藤の苦しみから解放され、諦めが付くのに。今日のことは夢だったと思えるのに。
なんて言えばラウルに自分の無能さを認めてもらえるか、ローランは思考を巡らせるが、肩に手が置かれたことで意識がラウルの方へと向いた。
「ローラン、お前はオレが英雄になれるって言った時、笑わなかったろ。仲間になるのなんて、それで十分なんだ」
もうだめだ。ローランはそう思った。いくら思考を巡っても、ラウルを納得させるだけの欠点が思い浮かばない。浮かんでくるのは、自分を仲間にしたいという言葉と、憧れていた冒険者になれるという現実に対しての熱い感情だった。
「うっ、うっ……ボク、ホントに、役立たずだよ」
「おわっ! こんなところで泣くな! 目立つだろうが!」
昼間の大通り、当然ながら人の往来は多い。男が二人、いや、男と女っぽい男。何も疑いが立てられる筈もなく、奥様たちは普段の井戸端会議に花を咲かせていた。
「ぃっく……泣かせたのは、ラウルでしょ……。目立つのが嫌なら隠してよ」
「やめろ! 抱きつくな! 余計に目立つ! うおぉぉぉ!ババァこっち見んな!」
騒いで誰よりも目立っていることに気付かないラウルであったが、そんな愚か者を救うのは、いつも仲間である。
「ラーウールー! ちょぉっといいかしら!?」
大地が裂けたかと錯覚するほどの怒気を背中に受け、ラウルはゆっくりと首を後ろに回す。そこには普段、冒険に出ている時とは違った装いで、髪を下ろし、メガネを掛けているが、いつもと変わらぬ怒りのオーラを放つノーラの姿があった。
「げっ! ノーラ、なんでこんなとこに!」
「お昼にしようと下りてきたら、聞きたくもない声が嫌でも聞こえてしまったのよー。オホホ……」
「うわっ! 気持ち悪い!」
「はっ?」
燃え盛っていた怒りがいきなり氷点下に変わったことで、観衆は戦争が始まる気配を感じ取って散り散りに立ち去っていく。だが、その一触即発の現場に駆け寄る二つの人影があった。
「ちょっと待った! 二人とも、こんな道の真ん中で何してるのさ」
「パーオー! いい所に来てくれた! ノーラがこれからお食事にお行きにおなられるって仰られてございますが、不肖、このラウルは現在多忙の身でしてー……」
「何言ってるか全然分かんないよ……」
「ラウルー? あなた、今日はシリルさんに会いに行くって言ってたわよねー。こんなところで何してるのかしら?」
「うわぁ! イデア、助けてくれー!」
「……応援してる」
パオの陰に隠れていたイデアは、顔を赤らめながら、しかし興味深そうにラウルとローランを見つめながら、両手を握って見せた。
「オレに味方はいないのかーーーっ!!」
その後、ラウルは大通りで大騒ぎした罪によって、ノーラによる半日説教の刑に処されたという。
ちなみに、イデアとパオがあの場に居合わせたのは、イデアが魔法習得に必要な本を探し回っている間に、ラウルがローランをおぶって歩いているのが見えたので、パオを誘って観察しようとしたからである。
ローランについては翌日、賤民斡旋所の登録を解除し、冒険者登録、大地の星の一員となった。彼が賤民になった理由は、両親の犯罪行為が原因であったが、それについて気にする者は誰一人としていなかったという。
次回投稿予定は10月3日の0時です。




