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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第五話:生きるだけでも金が要る

 圧倒的に低い能力値と千九百ゼースの債務を抱え、輝かしい冒険者生活が始まる。……わけはないが、他にやりたいこともないし、一人で気ままに稼げるなら俺にとってこれ以上にない就職先だ。

 そんな俺の考えを知ってか知らずか、エリンさんは冒険者パーティについて説明を始めた。

 魔物と戦うことで命を落とす可能性がある以上、一人で町の外を冒険するのは極めて危険な行為なので、四人から六人程度のパーティを組んで行動するのが一般的らしい。とは言っても、等級の低い者同士で組んでもあまり意味はないし、自分より上位の冒険者に頼み込むのもハードルが高い。


「そんなわけで、等級が低いうちはギルド側で良さそうなパーティに加入を斡旋することもできるわ」


「はぁ……」


 等級と言うのは冒険者のランクで、一番低い駆け出しから順に鉄、銅、銀、金、英雄と上がっていく。銅から金はその中で更に五段階に分かれており、星の数で表される。例えば銅の一番下の場合は銅星一、一番上は銅星五といった感じだ。ちなみに、エリンさんは元銀等級星二の冒険者で、少し前に引退してギルド職員に転職したそうだ。

 駆け出しの俺はどこかのパーティに寄生して稼ぎ方を覚えていくべきなんだろうが、折角手にした悠々自適な一人冒険者生活を手放す気にはなれない。


「パーティについては、また今度お願いします」


「あら、そう。パーティには長期継続型と、単発の即席型の二種類があるから、組みたくなったらいつでも言ってね」


 なんだ、単発で一日だけ組むのも大丈夫なのか……。どっちにしろ、夜勤明けで異世界に飛ばされて森を彷徨って来た体力じゃ今日は活動できそうにないけどな。


 パーティの追加説明として、ユニオンというパーティよりも更に大人数で徒党を組むことができることを教わった。ユニオンの結成には等級とか冒険者としての活躍など、様々な条件をクリアする必要があるのだが、暫くは縁のない話しなので聞き流した。エリンさんも「冒険者登録する時に話す内容じゃないけれど、一応ね」と付け加えていた。


「説明が長くなっちゃったけど、最後にこれを渡して終わりにするわ」


 そう言って差し出されたのは、木の板に俺の名前が彫られた首飾りだった。


「等級証よ。お風呂や眠る時以外は着けておいてね」


「わかりました」


 等級証を受け取って首から下げる。冒険者としての重みを感じるようなことはなく、酷くあっさりとした感じだ。ともあれ、冒険者にはなれたという安心感から、俺は大きな欠伸を我慢できず、咄嗟に口を手で覆うことになった。


「あらあら、慣れない土地で疲れたわよね。あ、そうだ! ギルドの二階と三階の設備についても教えておくわね」


 重い眠気で羞恥心すら薄らいでいるが、必要な説明なので意識的に目を開いて話しに集中する。


「二階は資料室になっていて、冒険者や有志の人によって様々な情報がまとめられているわ。初めのうちは魔物のことや薬草のことを調べてから冒険に出た方がいいわね」


「誰でも閲覧できるものなのですか?」


「ええ、冒険者には無料で公開されているわ。ただ、全部が全部、専門的に調査されたものじゃないから、曖昧な表現になっているものも多いわ。あくまで経験に基づいた情報よ」


 経験に勝る知識なしって言葉あるけど……使い方違うか。

 眠気で慣れないことわざを思い出したけど、無料で利用できるなら本の虫にでもなるか。知識は武器にも防具にもなるからな。


「三階は仮眠室になっていて、ここも冒険者であれば無料で利用できるわ。ギルドの閉まる、日付が変わるまでの間だけど」


 あ、なるほど。仮眠室があるから施設の話しをしてくれたのか。ありがたい。日付が変わるまでって言われたけど、時計、時計……。


「時計はあそこよ」


 指差された壁の方に視線を向けると、壁掛け時計を見つけることはできたが……。

 円形で長針、短針、秒針があるのは同じだが、時間の表記が十二ではなく九であり、時計の中心にもう一つ長針と短針だけの時計が備わっていた。今は外側の長針が一を指すところで、短針が八の辺りを指している。


「……すみません、時計の見方がわかりません」


「あ、そうよね。失礼。この世界では一日が二十七時間で、時計は一周九時間。日前、日中、日後ってわけられていて、時計は日前と日後に外側の針が回って、日中の時は内側の針が回るわ」


 随分と複雑だな。回転が鈍って来た頭じゃ理解するのは難しいが、日常的に見るものだし、その内慣れるだろう。


「とりあえず、今の回っている針がてっぺんになるまで、ギルドは空いているんですね」


「そういうこと。あたしはもう少ししたら帰っちゃうけど、他の職員が声を掛けに行くわ。ちなみにギルドが開くのは日中になってからだから……えっと、日前の間は強く生きるのよ! あたしは明日もいるから、何かあったら直ぐ来てちょうだい」


 当然ながら時間外まで面倒は見てくれない。それでも少し言い難そうだったり、明るい表情で両手を握って見せるあたり、エリンさんの人柄の良さが伝わってくる。


「はい、大丈夫です。ここまでお世話いただき、ありがとうございます」


 眠気に押されて少し暗い物言いだったかもしれない。元々明るい口調じゃないけど。


「どういたしまして。貴重品の管理だけはしっかりね。お休みなさい」


 エリンさんから仮眠室のカギを受け取り、眠気を押し殺してギルドの三階を目指すことになった。

 三階に行く為の階段へは机や人の位置の関係上、少し開けている出入り口の方を回って行く必要がありそうだな。変にぶつかって因縁つけられたら嫌だし、俺が異世界人でギルドから支度金を借りたことはギルド内にいる人間なら全員知っている。この場で奪われることは流石にないだろうが、寝ている間に盗まれましたと言って更に借りるなんて甘えたことはできないだろうし、目立たないようにして何としても死守せねば。

 仲間内で騒ぐ冒険者たちの動きを注視し、服も触れないよう避けながら出入り口前で階段の方に曲がろうとした時だった。机で死角になった所から、防具付きの革のブーツが出て来て俺の足を靴下ごと踏み付けた。

 痛みと舌打ちしそうになるのを堪え、気にしていないフリをするために相手の方は見ない。間違って踏んだのなら直ぐに足をどける筈だ。


「おぉっとぉ悪いなぁ。見慣れないガラァだったもんでぇ、虫ぃかと思ったぁ」


 妙にねちっこい口調の男に話し掛けられた。絶対面倒な奴というか既に面倒だ。


「いえ」


 関わりたくないので目を合わせずそう言うが、反って男の反感を買ってしまう。


「おぉいおい。そぉんな怒んなってぇ! おめぇ、冒険者になったんだろぉ?ちょぉっと話そうぜぇ」


 絶対に嫌だ。一秒でも早くこの場を離れたい。


「……すみません、足をどけてもらえませんか」


「んお? ああ、悪ぃ悪ぃ」


 意外にも素直に足をどけてくれたが、男は俺の行き先を塞ぐように立ち上がった。嫌でも目に入る男の風貌は、筋肉質でガタイが良く、素肌に革のジャケットを着て、頭は禿頭で強面だ。冒険者というより、ならず者と言った方が近い。いや、ならず者とはこの男の為にある言葉だと、一種の感動を覚えた。


「まぁ座れって。オレたちが冒険者のなぁんたるかを指導してやっからよぉ」


 肩を掴まれると、想像以上に力が強かった。貧層な体つきの俺には振り払う力もないし、上手く外す技術もない。周囲に助けてくれる物好きはいないだろうし、突然奇声でも発してヤバイ奴を演じる演技力もない。見かけによらず無害な人物であることを願って適当に話すしかないか。

 俺が観念して席に着こうとすると、ギルドの扉が荒々しく開けられた。荒事に慣れている冒険者達にとっては、特別気にする事でもないのだろうが、俺は反射的に扉の方に視線を向ける。掴み掛かっている男の所為で全貌は見えないが、体格的には女性だ。長い銀髪に、白を基調としたマントと鎧を着けているが、美しいそれらはところどころ赤黒く染まっている。顔は残念ながら男の腕が邪魔して見えない


「邪魔だ」


 決して大きくない、どちらかというと小さめの声だった。しかし、彼女の声はギルド内のガヤに掻き消されることなく、それどころか喧騒を切り払い静寂に変えた。今まで下品な笑みを浮かべていた男も、今は焦燥の色を浮かべている。


「どけ」


「は、はい!」


 二言目、女性が言い放つと、男は妙に張りのある声で返事をして道を開ける。

 拘束から解放された俺は女性に視線を向けるが、既に通り過ぎていて背中しか見えなかった。彼女の右手は自身の上半身程もある魔物の頭部を掴んでおり、彼女が受付まで通る道は自然と開けていた。

 僅かな間、女性の後ろ姿を目で追っていたが、拘束が解かれた今がチャンスである。隣りで姿勢よく硬直した男は無視して、素早く階段を上った。


 二階の資料室は予想通り図書室風の部屋となっており、手前に椅子と机が並んでいて、奥に本棚がいくつも並んでいる。冒険者や有志による資料ということだが、本棚にある資料は全て装丁されて綺麗に並んでいた。

 想像以上にしっかりとした資料室に感心しながら三階へと上がると、広間になっていた一階、二階とは様変わりした空間が広がっていた。一本の通路があって、その両脇にいくつかの部屋がある。各部屋のドアには一から八、九から十六などと八刻みで数字が書かれて部屋分けされている。

 貰った鍵と部屋の番号を確認して部屋に入ると、室内は大部屋に八つの寝台が並べられているだけの簡素なもので、突上げ窓は小さく、部屋の四隅に小さな灯りがあるだけなので薄暗い。

 寝台は既に七つ埋まっていたので迷う事なく空いている場所に腰掛けた。他の冒険者は全員寝ていて、寝息といびき以外は聞こえてこない。

 本当に疲れた。シャワーを浴びてから寝たいが、この世界にはなさそうだし、あったとしてももう立ち上がりたくない。座っているのも疲れる。

 倒れ込むように寝台の上に寝転ぶと、硬い反発感と共に全身を重い疲労感が襲って来る。しかし、通り過ぎてしまったのか不思議と眠気はやって来ないし、空腹感もない。体を動かす気にはなれないが、幸いにも考え事をする材料には恵まれている。

 

 異世界に来れたことは素直に嬉しい。現実世界に未練が全く無いと言えば嘘になるが、何としても戻りたいという感情はどうしても湧いて来なかった。

 町を直ぐに見つけられたことや、森を抜ける時に魔物に襲われなかったことは幸運だったが、言葉が通じないのは誤算だったというか、俺の想像力が足りなかったな。でも、言語能力のアビリティのお陰で話せるようになったから、出だしは順調な方だと思いたい。九百ゼースのツケができてしまったが……。

 それにしても、言語能力習得用の書類があるなんて、随分と準備が良いよな。俺以外にもこの世界に飛ばされてきた人はいるって聞いたし、前に来た人がどうにか言葉を覚えて用意させたのかな。


 めでたく冒険者になれたのは良いけど、これからどうしよう。現実世界に帰る方法を探すとか、名を馳せたいとか、最終的な目標は特にないんだよな。

 当面はギルドに千九百ゼース返却することが目標になるから、その間に何か別の目標を見つければ良いか。

 そういえば、冒険者になるのなら装備を整えないとだし、何よりも先に靴だ。靴。靴屋に行けば良いのかな。それとも冒険者向けのは防具屋とかでも買えるのかな。

 装備を整えて活動を始められたとしても、食事とか寝床を用意するのにも金は必要だ。この世界の物価が分からないから、千ゼースでどうやりくりするか計算もできない。

 明日、エリンさんに詳しく聞いてみるか。


 武器はどんな物を買おうか、魔物はどんなやつがいるのか、店を調べる為に町の地図を貰えないか、色々な考えが頭の中に浮かんでは沈んでを繰り返している内に、いつの間にか意識は深く落ちて行った。






 ギルドの閉業時間になって、俺を含めた仮眠者は職員によって起こされた。

 時間的には十分に眠れた筈だが、腹は減っているし、頭は痒いしで寝起きは悪いが、ギルドの職員に文句を言う訳にもいかないが、耐え兼ねる尿意を感じたのでトイレだけ借りることにした。

 階段で一階に下りると、大勢で賑わっていた広間には数名の冒険者しかおらず、彼らもギルドを出る支度をしている最中だった。

 受付の方は職員の数が減っていて、昼間は見なかった男性の職員が目に付いた。そういえば起こしに来たのも男の人だったな。


 トイレは良くも悪くも予想外の場所だった。男性用の方にも小便器がなかったので、間違って女性用に入ったと思って焦り、完全に目が覚めた。しかし標識は男性で間違いなかったので、この世界では小便器がないのかもしれない。

 便器は蓋のない洋式便器のようなもので、水洗式でもなければ落下式でもなかったのでまたまた焦ったが、便器の脇に水色の石が付いていたので、押し込んでみると勝手に流れていった。多分、魔石の力だろう。魔法が使えなくても魔石は反応してくれる。

 用を足したので手を洗おうとしたが、トイレの中にも外にもそういった洗い場が見当たらない。これは少し不快に感じたが、現実世界でも国によっては手を洗う習慣が薄いところもあるし、ここではトイレの後に手を洗う習慣が無いのかもしれない。もしくは魔石か魔力で洗えるのかもしれないが、よく分からない。


 日本の常識に囚われてはいけない、ここは異世界だ。と言い聞かせるもやっぱり気になるので、職員に水場がないか尋ねると、ギルドの近くの大きな広場に井戸があると教えてくれた。


 ギルドを出た直後は街灯や宿屋から漏れる照明で周囲がよく見えた。だが、通りを挟んだところにあった階段を下りて広場に行くと、途端に人工的な灯りが無くなり月明かりだけが頼りになる。

 空に浮かぶ月は半月よりも少し丸みを帯びていて、異様に黄色く見えた。

 こうして月を見上げたのはいつぶりだろうか。ふと脳裏に過ぎった疑問に、記憶を辿ってみる。田舎にいたときは月も星もよく見えていたが、上京した後、月はともかく星はだいぶ見づらいと感じた。天体観測が趣味ではないし、生活環境が変わって空を見上げることはほぼ無くなった。


 広場のどの辺りかは分からないが、立ち止まって暫く、と言っても数分程度、夜空を見上げてから本来の目的である井戸を探す。

 広場の大部分は踏み固められた土が剥き出しになっているが、石の囲いの中で芝が生い茂っているところも点在していた。木製の長椅子も所々に設置されており、たまに横たわって寝ている人も見かける。

 想像以上に敷地のある広場を奥に進んで行くと、加工された石で出来た囲いの中に、屋根の付いた井戸を見つける。

 金具の付いた桶を井戸の中に放り投げて、綱で引っ張り上げる。ひんやりとした水で手を洗うと、無性に頭や体も洗いたくなる。寝起きなこともあり口の中も酷く不快だ。

 夜中だし誰も来ないだろうと思ったが、流石に外で裸になるのは自重する。拭く為のタオルなどもないし。

 気温は……上着を着ていれば寒く感じないな。朝方になったら涼しく感じるかもしれないが……気温よりも、乾燥した空気に当てられた体の方が気になる。

 少し迷ってから、出来るだけ服を濡らさないように頭に水を被り、手で掻く。その後で口の中を濯ぐ。ただの水洗いではあるが、気分的には少しだけ晴れた気がした。


「はぁ……腹減ったなぁ」


 周囲に人気がないこともあり、独り言が口から出た。一つの欲が治まれば、また別の欲が湧く。押し寄せてきた空腹感を抑える様に手を腹に当てる。

 支度金ということで金はあるが、この時間に開いている店があるだろうか。酒場ならまだ開いている所があるかもしれないが、装備にどれだけ掛かるか不明なのに、酒場で食事をするなど豪勢なことをして良いものか。

 一食くらいなら問題ないだろうが、一食で数日耐えられる高燃費な構造はしていない。毎日何かしら食べなくてはいけない。


 寝るところだって用意しなくてはならない。ギルドが開いている時間に仮眠室を占領すれば睡眠時間は確保できるが、今日のように夜中ずっと起きている必要がある。起きているだけなら問題ないが、陽が出ている内に依頼を熟さねばならないので、夜中起きていた所為で注意力が散漫になったら洒落にならない。死ぬ事は怖くないというか上手く想像できないが、死の過程が情けないのは嫌だ。


 夜中で肌寒くないくらいの気温なら、日中は温かく感じるだろう。体を動かせば汗をかくので、風呂に入りたいし洗濯もしなくてはいけない。洗濯した後、乾くまでの服も用意する必要がある。

 風呂って宿代とは別料金になるのかな?それとも風呂屋みたいな専用の施設があるのか?


 考えれば考える程、生きるだけで金が嵩んでいく。体を拭くタオルや歯を磨く歯ブラシなど、できることなら雑貨も揃えたいが、それはある程度の収入が入る様になってから改めて考えよう。

 思考を巡らせても空腹は紛れない。寧ろ頭を使ったからか、栄養の摂取を催促する様に腹の音が鳴った。しかし、ここは我慢の時だ。町の構造を覚える為にも、散歩でもして気を紛らわせよう。

 ……深夜徘徊で不審者扱いされて捕まらないよな?あと、不審者に刺されたり金を脅し取られたり、ここの治安ってどうなんだろうか。

 慣れない環境に不安を感じながらも、俺の足は街並みへと向かって歩き出していた。



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