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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第五十八話:呼び止め

 なんだかんだあったが、一先ずアクトをパーティに加え、ゴブリン討伐の依頼達成報告とラミアの魔石を買い取ってもらう。ラミアの魔石は黒色をしている、闇属性が付与された物だった。現状は供給が間に合っている属性ということで、残念ながら定価よりも低い買い取りとなってしまった。それでも一つ四十三ゼースなので、六つ合わせれば二百五十八ゼースにもなる。その内の半分、百二十九ゼース……だと端数がでるので百三十ゼースをアクトに渡した。残りとゴブリン討伐報酬を俺とソラクロで分け、九十四ゼースが今日の稼ぎとなった。

 

 まだ日は明るいので、簡単な依頼ならばもう一つ熟せそうではあったが、色々あって疲れたので解散することにした。


「あの、ちょっといいですか?」


 ギルド内で解散を言い渡し、俺は資料室で勉強でもしようかと思っていたが、ソラクロに引き留められる。


「どうした?」


「えっと……お二人とも、変な臭いがするので、お風呂に入った方がいいと思います」


 変な臭いだと……。

 臭いと言われ、少しばかり気まずい思いをしながら自分の体を嗅いでみる。すると、予想していた汗や体臭とは全く違った、甘い臭いが鼻孔に突き刺さって思わず咽た。


「ぅへっ、げほっ……」


「女臭い……」


 なんでこんな臭いがするのかって……ラミアだろうな。あのピンクの吐息、浴びた時は臭いなんてしなかったと思うし、ソラクロに言われるまで気付かなかった。


「これはいかんな」


「うん」


 不快になった顔で同意し合い、俺とアクトは風呂に入ることにした。シャワーだけで落ちるかな……。


「お風呂屋さんに行って、しっかり洗ってきてくださいね」


「え? それだとソラクロが入れないだろ」


「わたしは臭いが付いていないので、いつものところで大丈夫です」


「……そうか」


 自分たちだけ湯舟に浸かれることに対して罪悪感を覚えたが、状況が状況なので仕方ない。

 ギルドを出たところでソラクロと別れ、アクトと一緒に風呂屋へと向かう。


「……」


「……」


 無言。いつもならべつに構わないが、聞きたいことがあると切り出しづらいな。


「レイホもラミアの魅了食らったんだ」


「ん? あぁ、二回食らった。特に異常は出なかったけど」


「へぇ……耐性があるんだ」


「耐性? アビリティにはそんなのないぞ」


 銅等級に昇級してから能力値を更新してないから、知らない内に耐性がついたのかもしれないが、耐性ってある日突然つくものか?


「そうなの? それじゃあ、単純に精神力が高いから?」


「可能性としてはそっちの方が高いな」


 精神力だけならアクトより高いんだよな。一体何がどうなって精神力が高いのかは俺も知らないけど。


「俺からも聞いていいか?」


「なに?」


「高速詠唱って、そんなに珍しいのか?」


 エリンさんや他の冒険者の反応を見た限り、結構貴重なアビリティのようだった。もちろん、アクトの高速詠唱を売りに出す気は毛頭ない。強力で貴重なアビリティだった場合、やっかみを掛けられる可能性があるので、俺としてはそっちの方が心配だ。


「知ってどうするの?」


「……べつに、どうもしない。知らないことだったから知りたいだけだ」


「ふぅん。高速詠唱は……まぁ、珍しいんじゃない? 知名度が高い割りに持ってる人は少ないって聞くよ」


 ふーん。効果はアビリティ名から簡単に予測できるし、詠唱が早いイコール魔法発動までの隙が少ないってことだから、単純に強いわな。


「生まれ持った魔力の流れとか、マナとの相性とか、個人の才能が関わってくるから、練習しても習得できたりできなかったりするらしいよ。おれは生まれつき持ってたからよくわかんないけど」


 なるほど、それは益々厄介だな。習得したくても困難なアビリティを生まれながらにして持っているのに、魔法を使いたがらないアクトと、それを容認している俺。俺が実力のある冒険者ならば、「何か考えがあるのだろう」とか、勝手に深読みしてくれるかもしれないが、実力も実績もない新米冒険者のことなんて、ただの愚か者としか思わないだろう。

 指を差されて笑われるくらいなら……業腹だけど無視できる。それよりも問題は、直接関わってくる連中だ。前衛としても活躍できる能力値に高速詠唱を持った冒険者なんて、どこのパーティでも活躍できる。アクトは見た目からして恐らく十五歳前後。将来性も十分にあるならば、格上のパーティやそれより上の……ユニオンだっけ。そういうところから所謂、引き抜きの話を持ちかけられることは想像に難くない。俺としてはべつに移籍してもらっても問題ないが、多分、アクトは言葉を選ばずに断るだろうなぁ……。揉め事にならなければいいけど。


「レイホはおれに、魔法で戦ってほしい?」


「……好きに戦えばいいよ」


 強力なアビリティを持って、家が魔法に関わっているのなら、優秀な魔法使いマジシャンになれる素養は十分にあるが、本人だってそれを承知の上で攻撃者アタッカーをやりたがっているんだ。俺がどうこう言える立場じゃない。

 ……家や周囲の意見なんて、生きている自分にとってはなんの価値もない。自分のやりたいことがあるなら尚更だ。


「ありがと。俄然やる気が出て来た」


 平坦な口調で言われると少しおかしい。やる気を向ける方向は間違ってほしくないが、頑張ってくれ。


 そんな話をしている内に風呂屋に着いた俺たちは、番頭から石鹸とタオルを買い、体をよく、しっかり、十二分に洗ってから湯舟に浸かって体を癒した。

 風呂屋でもアクトとは色々と話をした。森で迷っている間に財布や荷物を失くしてしまったこと、習得しているスキルやアビリティの効果、この世界での成人が十六歳なので、成人した途端に家出をして旅人兼冒険者をやっていることなんかを教えてくれた。

 俺からは異世界人であること、スキル等を含めて能力値が底辺であること、当面はソラクロの記憶を取り戻すことが目的であることなどをネガティブ寄りに話したが、アクトは特に気にする様子を見せなかった。表情の変化や声の抑揚がないから、どう感じたのか分かりにくいんだよな……人のこと言えないけど。


「あれ? あれも失くしたか」


 風呂上り、伸びた髪を邪魔そうに後ろへ流しながらアクトが呟いた。上着で着ていた厚手のコートや、幅の広いズボンのポケットを裏返している。


「あれ?」


「髪留め。戦ってる時とか、風呂入った後は髪が邪魔になるから留めてるんだけど……あぁ、そういやラミアと戦っている時にどっかいったっけ」


 何でもかんでも失くす奴だな……。よくそんなんで一人旅できていたな。


「帰りに買っていくか」


「いいの? おれ金ないのに」


「それくらい出すよ」


「わるいね。会ってから貰ってばっかりだ」


「……気にするな」


 これから返してもらえればいい。と言おうとしたが、それだとなんか長期的によろしくお願いします、みたいな感じになるからやめた。今日アクトに使った金額なんて、ゴブリンの魔石三個くらいだし、その程度アクトなら朝飯前に稼げるだろう。


 風呂屋を出た時、アクトに替えの服がないことに気付いたので、服屋に寄って服とヘアゴムに似た髪留めを購入する。セフィーの服飾屋は避けたので、平和的な買い物が楽しめた。俺が元々着ていた服がどうなったか気になるが、あの騒がしい店に行くには相応の覚悟が要る。ソラクロは行きたがらないだろうし、アクトも騒がしいのは得意じゃなさそうだから一人で行かねばならない。……精神力がいくつあっても足りなさそうだ。


 買い物を終えた後は真っ直ぐ帰路に就くことにした。資料室で魔物やアビリティなどの勉強をしようと思っていたが、アクトを連れて歩かないとだし、アクトの習得しているスキルとアビリティについては直接聞けたので、勉強はまた別の機会にした。

 そして、下流区の階段を下りたところで、自分の選択が正しかったことが判明した。

 夕焼けに照らされる階段を下り、土っぽい空気が漂ってきた先、道端の木陰にしゃがんでいるソラクロの姿があった。


「あ、お帰りなさいです!」


 何か考えているのか、何も考えていないのか分からない表情で茫然と空を眺めていたようだが、俺とアクトの姿に気付いた途端に目を輝かせた。


「ずっと待ってたのか?」


「いえ、少し前まで子供たちに構ってもらってました!」


 それならよかった。日が暮れ始めた頃に子供たちが帰ったのだとしたら、そこまで時間は経っていない。それはそれとして……


「俺たちが反対側から下りていたらどうするつもりだったんだ?」


 下流区への階段は大雑把な方角で北と南の二ヶ所ある。ネルソンさんの店や倉庫が南寄りで、ギルドに行くのも南からの方が近いから、ほとんどは南の階段を使っているが、なにも決めているわけではない。クロッスの北側、よく行く所で言うとアヘッドからの帰りなんかは北側の階段を使う。


「あ、そこまで考えていませんでした。えへへ……」


 都合良くそんなに待たずに合流できたからいいものの、結局は俺たちが来るまでずっと待つつもりだったんじゃないか。


「帰るぞ」


「はい!」


 三人で下流区を歩いて行き、アクトを紹介するためにネルソンさんのジャンク屋へ顔を出す。


「ほっほぉ。君も殊勝だねぇ。また助けたのかい?」


 簡単に自己紹介を済ませた後、ネルソンさんはアクトの周囲を回ってジロジロ観察しながら、俺に向けて言葉を発した。


「成り行きです」


 しまった。と思うが、答えてからでは遅い。


「前にも言ったと思うが……」


「覚えています。人を助けるには相応の覚悟を持てってことでしょう」


 ネルソンさんの言葉を手で制しながら答えると、ネルソンさんは「よろしい」と満足そうに頷いてアクトの正面に立った。


「レイホが助けたというのなら、このネルソンさんも君のことを歓迎しようではないか! 存分に若気の赴くまま行動したまえ!」


「……なんなの、この人?」


 ジャンク屋兼医者の変な人だが、悪い人ではないと思われる。それ以上ともそれ以下とも説明できないので、俺は肩を竦めた。


 挨拶も終わったので、俺とソラクロはいつもの倉庫で、アクトは病室の空きスペースである長椅子で休むことにした。ちゃんとした部屋でないことをアクトに謝ったところ、「濡れてなければ地べたでも平気」と言ってくれた。逞しい奴で何よりだ。


「レイホ、ちょっといいかな」


 ジャンク屋を出る間際になってネルソンさんに呼び止められる。何事かと思ったが、素直に従ってソラクロとアクトを先に出て行かせる。


「なんでしょう?」


「単刀直入に聞こう。君は今後も助ける人を増やす気か?」


「……増やす気はありません。勝手に増えていくかもしれませんが」


「ふむ。つまり、今後も成り行き次第では増えていくと……ふむふむ……」


 ネルソンさんは顎に片手を当てて考え込む。なんだろう。また説教されるのか?


「いいだろう。引き留めて悪かったね」


 あれ? 何も無しか。拍子抜けしたけど、何も無いのが一番だ。


「失礼します」


 ネルソンさんが片手を上げて答えてくれたのを確認して、ジャンク屋を後にした。本当に一体なんだったのだろうか……考えても分からないし、追及しても教えてはくれないだろうし、忘れてしまうか。


 路地の奥まったところにある倉庫に帰る。相変わらず荷物だらけでごちゃごちゃしているが、ソラクロが自分の寝床の上に座って頭を抱えているのが見えた。顔は上げているが、どこか調子が悪いのだろうか。


「ソラクロ、どうかしたのか?」


「あ、レイホさん。ネルソンさんとのお話しはもういいんですか?」


 ソラクロは普段と変わらぬ顔色で、頭を抱えているというより、犬耳の辺りを揉んでいるようだった。


「ああ。何の話しか分からなかったけど、すぐ終わった。それより耳の調子でも悪いのか?」


「少し凝っていますが、心配無用です。マッサージして眠れば、明日からまた頑張れますよ!」


 今日は何度も遠くの方まで気配を探ってもらったから、その所為だろうな。アビリティだから魔力も技力も消費しないが、体を使うなら当然、疲労する。今後はその辺りも考えてやらないといけないな。マッサージするなら、やっぱり風呂に入って血行を良くした方が効果的だろうし……。


「レイホさん?」


「あ、悪い。不調じゃなければいいんだ。邪魔した」


「いえ、ご心配ありがとうございます」


 俺も休もうと思い、自分の寝床に行こうとした時、ソラクロに呼び止められた。今日はよく呼び止められる日だな。


「おやすみなさい」


「……ああ、おやすみ」


 なんだか妙に嬉しそうな表情のソラクロだったが、機嫌がいいなら特に問題はないだろうと片づけた。



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