第五十六話:命の恩人
ラミアとの戦闘にどうにか勝利し、川で血などの汚れを一通り落としてから少年を連れてクロッスに戻って来る。ギルドへの報告は後回しにして、腹ペコ少年を食事処イートンへと運ぶ。
「いらっしゃいませー! あ……レイホさん!」
接客係のケアリーが、橙色のツインテールを揺らして元気よく出迎えてくれる。たまにしか来ないのに名前を覚えているのか……記憶力がいいのか、単に名前が珍しいからなのかはどうでもいいとして、静かな店内の席に案内してもらう。
「そちらの方、ぐったりとしていますけど、大丈夫ですか?」
「空腹で行き倒れていたから、何か食べさせれば大丈夫だと思う」
「なんと! わっかりました! 店長ー! 腹ペコ冒険者満足セットを一つお願いしまーす!」
なんだその料理……。本人の意見を聞いていないけど……返事するのも億劫そうだし、このまま任せておくか。
「冒険者限定超大盛セットだ! 勝手に変な名前をつけるんじゃねぇ!」
「分かるならいいじゃないですかー!」
厨房から殴るような野太い声が飛んでくるが、ケアリーはあっけらかんとしている。
……名前はどっちもどっちだと思うけど、口に出したら厄介なことになりそうだから黙っておこう。俺とソラクロもそれぞれ料理を注文し、出来上がるのを待つ。
「レイホさん、今日もお話を聞かせてください!」
注文を通し終え、人数分のコップと水差しを持ってきたケアリーにせがまれる。どうもこっちの世界について興味があるらしく、客が少なくて料理が出来上がるまでに時間が空く時はこうして聞いて来る。
話しをするのは苦手だと断っても食い下がってくるので、聞かれた時は話しをすることにしている。
「そうだな……それじゃあ、ここと似たような飲食店の話でもするか」
「はい! お願いします!」
そこから、俺の狭く浅い飲食店トークが始まる。レストランはこんな感じ、ファストフード店はこんな感じ、喫茶店はこんな感じ、程度の紹介だが、話を聞きに来たケアリーと、俺の隣りで一緒に聞いていたソラクロは大変興味深そうに目を輝かせていた。
「は~……屋台じゃないのに、すごい沢山のお店があるんですねぇ」
「逆に屋台の方が少ないな。店も、ここみたいに一店舗が店を構えているというより、大きな建物の中にいくつもの店が入っているところのほうが多いかな。飲食店に限った話じゃないけど」
「えぇ~、そんなにいっぱいお店があったら、迷っているうちに日が暮れちゃいますよ~!」
「確かに。あれ食べようと思って行っても、目移りする時がある」
厨房から漂ってくる匂いに加え、食べ物の話をしたものだから、俺の腹もかなり薄くなってきた。無意識に厨房の方へ視線を向けると、店主のイートンさんが巨大な皿を二つ持って現れた。
「おぉい! できたぞ、持ってけ!」
「はーい! レイホさん、今日もお話ありがとね!」
去り際にウインクしていくケアリー。あれが素なんだろうが、大丈夫だろうか。女に飢えた連中にとっては魅了のスキルを使われているようなものだし、誤解を与えてはいないだろうか。もし万が一誤解されたとしても、ケアリーに手を出したらイートンさんの拳が飛んでくるから心配いらないか。
などと無用な心配をしていると、二人がかりで三人分の料理を持ってきた。ケアリーは皿二つ持っているが、イートンさんの方は盾に使えるのではないかと思える程の大皿を抱えている。
あれがなんとかセット? 少年の胴体全部に詰めても余りそうな量だぞ。
テーブルに置かれた大皿の中を覗くと、島が出来上がっていた。中央には何の生き物か知らないが、丸々調理したのではないかと思う大きさの肉。それを取り囲むようにして色とりどりな野菜の山。さらに外周には米……じゃないな、麦が広がっている。よく見ると野菜の山に隠れてもう一品あるな……麺? いや、フライドポテト的なやつか?
「ん!?」
皿から漂う匂いに起こされた少年は跳ね起き、目の前にできた島に臆することなく、猛烈な勢いで崩しに行った。
「わ~。すっごい勢いですね……」
「冒険者ならこれぐれぇが丁度いい。おら、そっちの二人も、口開けてるだけじゃ飯は入っていかねぇぞ!」
少年の食べ方はそれはもう雄々しいものだった。もはや戦っていると言っても過言ではない食べっぷりを、イートンさんは気に入ったらしい。こちらとしても崩されていく島を見ているのは飽きないが、とりあえず飯は与えたわけだし、俺たちも食事を進めよう。
「ねぇ、別の頼んでもいい?」
少年の口が会話に使われたのは、俺とソラクロがそれぞれの食事を終えたタイミングだった。
「……食べられるならお好きな物をどうぞ」
「ん、ありがと」
大皿の方はもう殆ど食べ終わっているが、まだ食べるのか……ん? 皿の隅に綺麗に避けられている野菜があるな。白く棒状に切られた野菜は大根っぽいが、一部半透明になっているから違う野菜だろうな。苦手なら残してもいいと思うが、イートンさんに喝を入れられないか不安だ。
少年はケアリーに追加の注文をしてから俺の方を見た。顔が隠れるくらいに伸びた明るい茶髪の奥にある赤茶色の瞳は、固定されたように動かない。
「アクト」
「ん?」
「おれの名前。あんたたちは?」
「俺はレイホ、こっちはソラクロです」
「ふぅん、聞かない名前だね」
単的に名乗ると、アクトと名乗った少年はソラクロの方をじっと見た後、再び視線を俺へと戻した。
そりゃあ聞かない名前だろうな。俺は異世界人だし、ソラクロは仮の名前なんだから。
「二人のお陰で命拾いしたよ。感謝してる。それに、こんな美味い飯が食える所に連れて来てもらった。命の恩人だよ」
感謝されているのは分かるが、声に抑揚がないので妙な気持ちである。
「居合わせたのは偶然ですよ。ソラクロが見つけなかったらどうなっていたか分かりません」
「間に合ってよかったです」
「……二人はいいとこの生まれなの?」
うん? 今、そういう話の流れだったか? べつにこっちの事情を話しても問題ないとは思うし、ソラクロのことについて何か知っているかもしれない。
「俺はこの世界の人間じゃありませんし、生まれもいいわけではありません。ソラクロは記憶喪失で倒れていたところを拾ったので、以前がどうかは分かりません」
「へぇ……そんな話し方だから勘違いしたよ」
こっちの事情に眉一つ動かさずに答える。興味があるのはあくまで、自分で出した話題の方か。
「敬語のことですか?」
「うん。好きに話してくれていいよ」
「そういうことなら……」
「あ、わたしは普段からこんな感じです」
三人で話していると、ケアリーが肉の角煮が盛られた皿を運んでくる。
「追加注文の分、お待たせしました! ……あっ!」
皿をテーブルに置いたケアリーは大皿へ視線を落として何かに気付くと、厨房のほうを確認してから小声で話し始める。
「いっぱい食べるのはいいですけど、好き嫌いはダメですよ。店長に叱られちゃいますよ」
あ、やっぱりそういう感じか。
「これ、不味いからいらない」
「あ、ダメですって! 店長に聞かれたらぶたれますよ!」
「なんで?」
話しが通じていない。このままコソコソしていれば、いずれイートンさんに気付かれるだろう。
「俺が食べるよ。俺がこの野菜を好きで、アクトから譲ってもらったってことなら大丈夫だろ?」
「え、えぇ。多分。でも、あんまり目立たないようにしてくださいね」
どうすれば目立つように野菜を食べられるのか、少しだけ疑問に思ったが、言いたいことは分かったので頷く。ケアリーがこちらの様子を伺いながら去っていくのを見て、早速一本食べてみる。硬い繊維質な食感で、噛むと水分が溢れてくる。味は甘みが……甘……に、苦い。
「なんだこれ?」
噛むたびに苦みを増していく野菜に顔をしかめると、ソラクロは興味を持ったのか、一本口に運んだ。そして、俺と同じく顔をしかめることになった。
「に、苦いですぅ……」
「ラーデッシュはみんなそうだよ。噛めば噛むだけ苦くなる。好きな奴の方が少ないんじゃないかな」
最初に聞いておけばよかった……。水で流し込めば苦みは案外残らないのは救いか。
「組んでるのは二人だけ?」
苦みに耐えてもう一本、ラーデッシュを食べていると訪ねて来る。
「パーティのことなら、そうだけど。アクトは一人?」
水場の周りを見てもラミアの死骸以外は見当たらなかったことと、アクトの雰囲気からして一人なんだろうな、とは思う。
「うん。道に迷って腹減ってる時にあいつらに襲われたから、危なかったよ」
ラミアは俺たちが倒した個体以外に三体いた。つまり、初めは六体に襲われていたのか。
六体も相手にしたら、俺とソラクロじゃ危なかっただろうな。ってことは、アクトはかなり強いんじゃ……?
「アクトは今、等級はいくつなんだ?」
「銅等級星二」
え、嘘だろ。銅星二ってそんなに強いのか? ソラクロの能力値は銅星三相当だけど、結構苦戦させられていたし……戦い方とか武器の違い……あ、性別か?魅了してきたところを問答無用で斬り捨てるとか、平気でやりそうだしな。
「あれ、また冒険者手帳落とした。まぁ、いいか」
「手帳がないんですか?」
「そうみたい。でもいいや、また作り直せばいいし」
またって、何回も失くしているのか。冒険者手帳って失くしたらなにかペナルティあったっけ?
「二人は等級いくつ?」
「レイホさんもわたしも銅等級星一です!」
「へぇ、なら丁度いいね」
「丁度いい、ですか?」
なんか嫌な予感がしてきたな……。
「おれも二人と一緒に戦うよ。冒険者手帳を作り直したら、おれも銅等級星一からだし」
あ、やっぱり、そういう展開になるか。
「理由を聞いても?」
「命の恩人に借りを返したい。戦いなら任せて」
「命の恩人とか、借りとか、そんなこと気にしなくていいぞ」
「いや、おれがそうしたいんだ」
「レイホさんはアクトさんと組むのは嫌なんですか?」
嫌ってわけじゃない。ただ、俺より強い奴が俺の役に立とうとする気持ちが理解できないだけだ。助けたといっても、今日会ったばかりの他人だし。けどなぁ……アクトの方を見る。真っ直ぐに見つめてくる瞳は微動だにせず、期待も不安も宿っていない。淡々と俺からの返答を待っている。
「俺たちの状況はあんまり良くないぞ……」
片や借金、片や記憶喪失。倉庫暮らしだ。そう続けようとしたが、アクトが割って入ってくる。
「構わないよ。おれが良くしてみせる。上に押し上げてみせる」
上に押し上げるって言われても、べつに俺たちは冒険者として成り上がって、地位や名誉を手に入れたいわけじゃないんだよな。でも、それを言ったところでアクトが諦めるとは思えない。
「わかった。それならギルドに行って手続きを済ませよう」
とりあえず組んでみて、そっから先は出たとこ勝負だ。




