第五十四話:はじめての魔石回収
新しい武器を手に入れたわけだが、購入当日は断固として譲らぬ決意を持っていたので呑気に薬草採取へ出かけた。
久しぶりに行った薬草採取が楽しく、次の日も、その次の日も、薬草採取に精を出した。魔物はソラクロの気配察知で避けられるので、翔剣の刀身は未だ血濡れを知らず、草刈りの剣として大活躍した。
タツマが知ったら肩を落とすだろうが、ただ草刈りに使っているだけではない。クロッスにいる間は広場で素振りを繰り返しでいたので、大体の振りの感覚は掴めてきた。
ちなみに、俺が素振りしている間、ソラクロは小さな子供たちと「ワンワン」言いながら仲良く遊んでいた。
翔剣を手にして四日目、いよいよ討伐依頼でも受けようかと思ったが……。手頃なものだと森のゴブリン退治くらいか。東の魔窟は中の構造にもよるが、ゴブリンに遭う前にインプやコボルトと遭遇する可能性が多い。飛び道具があるとはいえ、空を飛ぶインプは厄介だし、コボルトを初戦の相手にするのは荷が重い。
東の森のゴブリンを討伐する依頼書を持って受付へ向かう時だった。
「ん?」
俺の行く手を遮るように立つ鎧。頭部以外を鉄の鎧に包んだ男は俺の方をじっと睨んでいる。
関わらんようにしよ。
一瞬だけ目を合わせてしまったことを後悔しながら脇に避けて受付に向かう。鎧の男は、それ以降特に邪魔をしてくるわけでもなく、依頼受領を済ませた俺は待たせていたソラクロと合流して外に出た。
「あの人、鍛冶屋さんで合った時もレイホさんのことを見てた人ですね」
「そうなのか?」
ちゃんと顔を見たのは今日が初めてだが、知らない顔だった。何の用があるか知らないが、わざわざ俺から聞いてやる必要もない。
「今日はこいつの試し斬りだから、サポート重視で頼むぞ」
「はい!」
ゴブリンなら一対一ぐらい大丈夫だよな……。うん、きっと大丈夫。初めの頃は逃げ回っていただけなのに、今は自分から戦いを挑みに行くのか。俺も強くなっている……わけではないな。ソラクロがいるから強気に出れるだけであって、一人だったらまだ小細工とか不意打ちに頼らないと、ゴブリンに挑む気にはならなかっただろう。
慣れた足取りで東の森を歩いて行くが、ゴブリンは見当たらない。それもそうだ。いつもは魔物と遭遇しないように歩いているのだから。
「ソラクロ。ゴブリンの気配はないか?」
「近くにはいませんね……集中して探してみます」
辺りを見渡しながら犬耳を細かく動かして周囲を探ってくれている。真面目にやってくれていることは一目瞭然なのだが、耳を触って悪戯したくなるのは俺が不真面目な人間だからだろうか。やらないけど。
「向こうの方にいくつか魔物の気配がありますね。遠いのでゴブリンかどうかは分かりませんが」
「そうか。行ってみよう」
コンパスを出して方角を確認すると、針は南を差していた。北の川付近までは何度か行ったことはあるが、南の方は意図して向かった覚えはあまりない。
暫くは何の変哲もない森であったが、徐々に起伏が大きくなってきて歩き難くなってくる。キラービーや、見たことのない大蛇を見かけることはあったが、討伐の対象ではないので物陰に隠れてやり過ごす。
「……いた」
ソラクロの気配察知を頼りに歩いていくと、窪んだ大地に木や藁でできたゴブリンの巣を見つける。中では二体のゴブリンがくつろいでいた。巣の大きさを見るに三、四体くらい入れそうだから、他の仲間はどこかに出かけていると考えた方がいいか。
「攻めよう。ソラクロはゴブリンを一体倒したら周囲の警戒を頼む」
「はい。任せてください」
相手の武器が不明ではあるが、そこまで神経質になる必要はない。数が増える前に行かせてもらおう。翔剣を鞘から抜き、ソラクロと共にゴブリンの巣へと攻め入る。
「たぁ!」
ソラクロが巣に蹴りを見舞うと簡単に崩れる。建設技術は無く、材料を適当に重ねただけの巣なので、支柱となっている木を一本でも倒せば崩れるのは当然だ。
「ギャ!」
「ギャギャ!」
住まいが壊され、慌てて飛び出してきたゴブリンはどちらも武器を持っていなかったが、戦闘体勢である俺たちを見るや、崩れた巣から手頃な木の棒を手にした。
「ソラクロは左の奴を頼む!」
「はい!」
返事と同時に突進。ゴブリンの間に入り込むと指示通り左側のゴブリンを回し蹴りで吹っ飛ばした。
「グギャァァァ!」
ソラクロは悲鳴を上げて吹っ飛んだゴブリンの追撃に向かい、もう一体のゴブリンの前に俺が躍り出た。
簡単に一対一の状況を作り出してくれるな。これで集中してやれる。
片手で構えた翔剣の切っ先をゴブリンに向けると、ゴブリンは低く唸りながら様子を見ている。初突の時は構えていても突っ込んできたけど、やっぱり長さがある分、攻めづらいのだろう。向こうは木の枝だしな。
攻勢に出るべき状況だが……困ったことに正面切った状態での攻め方が分からない。これまでは不意打ちか、追い込まれた時にカウンター気味での攻撃ばかりだった。投擲短剣で牽制してから……。
腰の鞘から投擲短剣を抜こうとして止める。戦術的にはいいが、今日は翔剣の試し斬りなんだから、飛び道具に頼るのは止そう。俺の等級的にも、持っている武器的にも、ゴブリンなら正面から倒せる筈なんだ。
武器と心意気を構え直し、ゴブリンへ接近する。ソラクロのような突進力はないから、歩幅は小さめにして自分に有利な間合いを測って……袈裟斬り!
「グギャ」
少し遠かったか。ゴブリンは後ろに跳んで剣先から逃れた。それなら……。
「ふっ!」
「ギャ!」
着地の瞬間を逃さず、大きく踏み込んで横薙ぎ。これは届く。ゴブリンの脇腹から出血させたが、致命傷にはならない。
「ギャァァ!」
木の棒を振り回して反撃に出てくる。当たっても死にはしないが、丁寧に戦おう。
素早く体勢を戻し、後ろに下がって攻撃を避けつつ、剣先を前に出して突きの構えを取る。
ゴブリンの振りは止まらないが、でたらめで荒い。……そこだ!
突き出された翔剣は木の棒の乱舞を抜け、ゴブリンの喉元を貫く。そこから刀身を返して振り切ると、ゴブリンは首からは多量の血を噴き出して絶命した。
「……これぐらいはな……」
「レイホさーん!」
ゴブリンの死体を見下ろしながら翔剣を振って血を払うと、ソラクロの弾んだ声が飛び込んできた。
「もう一体どうぞ!」
見ると、ソラクロは棍棒を持ったゴブリンと追いかけっこをしながらこっちに向かってきた。
このゴブリンたちの仲間か? 倒さないでこっちに持ってくるとか余裕有りすぎだろ。だけど、少し物足りなかったから丁度いいか。
「ああ。引き受けた」
「グギャアッ!」
ソラクロが俺の隣りを通り過ぎて行くと、ゴブリンは標的を俺に変えた。先端に重りが付いた棍棒を両手で振り被って叩きつけてくる。
棍棒の攻撃を右にステップして避け、着地と同時に直角へ跳び、擦れ違い様にゴブリンの脇腹を斬り付ける。
「グギャァァ!」
悲鳴を上げるゴブリン。攻撃が来ていると思って、斬りつけた後は少し距離を置いたのだが、ゴブリンはまだ構えを取っている状態だった。
「仕留めきれたか……」
この辺りの感覚は経験を重ねなければ分からないだろう。まだ暫くは慎重に立ち回るべきだ。
「グギャァッ!!」
体が横に回転する勢いでこん棒を振り回してきたが、速度はない。後ろに下がって避けると、ゴブリンは棍棒を地面に擦り付けて振りを止めている最中だった。
武器に使われてるな。重りのない棍棒だったらもう少し苦戦しただろうが……俺も相手のことは言えないな。躱すのにしても距離を取り過ぎだ。隙だらけだからいいけど、もっと早く攻撃の隙を取れるように、回避の間合いも経験していかないとな。
二歩、大股で踏み込んでから振り上げた翔剣はゴブリンの肉を深く斬り裂いて倒すと、間もなく命を刈り取った。
「お見事です!」
「……そんなにいたのか?」
ソラクロの方を見ると、ゴブリンが一、二……五体並んでいた。俺が今倒したのも合わせると六体になる。
「最初に狙ったゴブリンを追いかけていたら遭遇しました」
いきなり四体の群れに遭遇しても余裕か。流石だな。
「魔石の回収は……まだだよな?」
回収していたらわざわざ並べる必要はない。ご丁寧に全部うつ伏せにしているし。
「ご、ごめんなさい……」
あ、落ち込んだ。俺がソラクロを責める理由なんてないのだが、言い方がきつかったか?
「いや、いいんだ。……一緒に回収してみる?」
そういえばソラクロが魔石を回収したことないな。ソラクロが倒して俺が回収みたいなところはあったけど、今日みたいに数が多ければ二人で回収した方が効率的だろう。投擲短剣でも死体の肉を斬り裂いて魔石の回収はできる。
「一緒に……やります!」
良かった、元気になったな。
投擲短剣を渡してから、最後に倒したゴブリンの死骸を挟むようにしゃがむ。
「魔石は大体、人間の心臓と同じ位置にあるから、その辺りの肉を刃物で裂いて広げる。……あれ、こいつは少し下だな」
コクコクと頷くソラクロを一瞥してから、ゴブリンの背中の真ん中まで裂いて、透明の魔石を摘み上げる。
「魔石は肉とか臓器にくっ付いているわけじゃないから、手で簡単に取れる。感覚で覚えたから説明下手だけど、そんなに難しくはない……と思う」
並べられたゴブリンの死骸の所に行き、今度はソラクロに回収をやらせてみる。わざわざ見てもらわなくてもできると思われてそうだが、念のため付き添う。
「心臓の辺りを……えい!」
ソラクロさん、随分と勢い良く、深々と突き刺しましたね。
そういや、力加減を言っていなかったな。これは俺が悪い。
「斬りさ……斬り……あれ? こっちですか?」
ソラクロさん? なんで刃が付いていない腹で斬り裂こうとしているんですか? 表裏ひっくり返しても一緒ですぞ。
刃物の使い方も教えないといけなかったか。記憶喪失だもんな。気遣いができない男ですまない。
「あ! 魔石ありましたよ! んしょっ」
ソラクロさん、遂に刃物を手放しましたね。素手で傷口を広げて力技で取りに行きましたよ。
「取れました!!」
はい、おめでとうございます。
……なんて言えばいいだろうか。凄い純粋な笑みを浮かべて魔石を見せて来る。手が血みどろでなかったら可愛らしいんだけどな。
「あー……ありがとう。後は俺がやっとくから、近くに川があったら手を洗ってくるといいよ」
「そうですか? 一緒に最後までやりますよ?」
「大丈夫、大丈夫。それより川を見つけてくれた方が助かる」
「はい、わかりました!」
素直な娘で良かった。
ソラクロは魔石を俺に渡すと、耳をピクピク動かしながら川を探しに行った。その背中が森の中に消えたのを確認して、俺は無残な死骸にされたゴブリンに向けて合掌する。
それからソラクロが戻って来る前にと、手際よく魔石を回収していき、丁度全部の魔石を回収し終えた時だった。
「レイホさん! 大変です!」
手は綺麗になっているが、慌てた様子でソラクロが走って来る。魔物に追われているわけではなさそうだが、どうしたのだろうか。
「どうした?」
「川の方で、魔物に襲われている人がいます!」
討伐を達成し、抜けていた緊張が一気に跳ね上がった。
「急いで向かうぞ!」
「こっちです!」
歩き慣れていない森の中で、襲われている人の数も、魔物の種別も数も聞かなかったが、俺はソラクロに付いて駆け出した。情報は走りながらでも聞けるが、襲われている人の命はいつ消えてしまうか分からないのだから。




