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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第五十一話:緑の巨人

「な~……んもっ、ねぇな!」


 オークの塒を探索すること十分かそこらで、ラウルの集中力は限界に達したようだ。両刃片手剣ロングソードを振り回し始めている。

 探索の範囲は見張りのオークが居た崖とは反対側の崖で、俺たちは奥の方を探索することになった。理由は特にない。ラウルが「奥の方が魔物がいそうだから」と言って、勝手に突っ走ったからである。探索している場所は、岩の他に樹木も乱立している場所なのであまり離れてほしくないのだが、そんな言葉を聞いてくれるとも思えないので好き勝手にやらせている。

 俺たちと一緒に探索するメンバーのもう一人はイデアだ。戦力的には多分、一番いい分け方だとは思うが、性格的には極端な感じになっている。騒がしいラウルと静かなイデア、愛想の無い俺。時々ラウルが先行していってしまうので、イデアと並んで歩く時があるのだが、その時の空気といったら何とも言えない。互いに、話したらいいのか、話さないほうがいいのか探り合いが始まる。話すことがないなら話さなくていいんだけど、それをいい感じに伝える言葉を持っていない。


「ちくしょ~。この生きる英雄に最も近いオレに恐れをなしていやがんな……。なんでもいいからかかって来やがれ!!」


 どうやったらそんなに元気でいられるのやら……。魔物が出ないならオークの塒を探してくれ。樹木と岩の隙間からできるだけ遠くへ視線を向けるが、自然が広がるばかりで巣穴も塒の形跡も見えない。

 こっちはハズレだったか? ソラクロ達が物資を回収してくれていればいいけど……。

 魔物の気配が無いか気を張りながら周囲を探す行為は集中力を多大に使用する。ラウルほどではないが、俺も少し気が散ってきたな。

 自生している草に薬になりそうな物はないかな……。時間がなかったから調べられなかったんだよな。あそこの木の実とか食べられないかな。


 地面を見たり、木を見上げていると、前方から樹木が割れる音が飛んできた。


「うおぉぉぉぉぉ! トロールだぁぁぁぁ!!」


 遅れてラウルが飛んで戻って来る。トロール? どんな魔物だっけ? 分からないが、ラウルが血相変えて逃げてくるような相手だ。相当ヤバイのは分かる。


「トロール!? に、逃げなきゃ……」


 イデアはワンドを抱きしめて、直ぐにでも逃げ出したいといった様子だ。

 俺はラウルが逃げてきた方向を見て、イデアの気持ちがよく分かった。木々の間からこちらに向かって歩いてくる姿は淡い黄緑色の体表をしている。胴長短足で肥満体型なところはオークと同じだ。木の枝で見えづらいが、顔の作りはオークと似ている……いや、目と耳が細長い。そして、決定的に違う所は体長がオークの倍もある。


「イデア、ノーラたちを呼んできてくれ! あのデカブツを両断する英雄の一撃が見れるってな!!」


 え、お前、戦う気なの? 無理だって。ほら、今まさにお前の体より太い木を引っこ抜いてんじゃん。


「む、無理だよ。逃げないと……死んじゃうよ」


 その通り。幸いにしてトロールの動きは遅く、帰り道とは逆方向から歩いてきている。逃げに徹すればどうにか振り切れると思う。


「いいや、逃げても死ぬね。冒険者としてのオレは生き残れるかもしれないが、英雄としてのオレは死ぬ」


 なに言ってんだ。英雄を目指すならこんなところで命を張る必要はないだろ。オークは倒したんだから依頼は達成できている。山道には危険が残るけど、俺たちが生きて帰ってギルドに報告すれば、上位の冒険者にでも討伐依頼が出るだろ。


「皆が口を揃えて言う無理を通してこそ英雄! なんならイデアたちだけ先に逃げてもいいぜ。一般人は英雄に守られるものだからな! ハァーハッハッハ!!」


 こんな状況で笑えるか。ラウルの英雄論を聞いてたお陰でトロールはもう近くまで来ている。あと少しで引っこ抜いた木の射程に入ってしまう。


「ほら行った行った!!」


 ラウルに押されたイデアは口をパクパクとさせていたが、遂に何も言えずに走り出した。


「あれ、レイホは残るのか?」


 逃げたいよ。けど、なんだろう……足を後ろに向けたくない気分? 空気?

 黙っていると、ラウルは嬉しそうに拳を突き出してきた。


「英雄は一人だけって決まりはないぜ」


 突き出された拳の意味は分かっていた。しかし。俺がそれに合わせる事はなかった。とうとうトロールが俺たちを射程に捉えたからだ。


「ウォォォォォォォォ!!」


「うっひょぉぉぉ! すげぇ力!」


 なんで喜んでんだ。

 叩きつけは左右に分かれて避けられたが、巻き上げられた土やら折れた枝に全身を叩かれる。


「ウォォ!」


 叩きつけた木を地面に擦り付けながら横に薙ぐ。狙いはラウルの方か。しゃがんでも避けられないし、後ろに跳んでも木の枝に巻き込まれるから、跳び越える?


「んなくそっ!!」


 ラウルは前に跳び込んで前転。腕と足の隙間に滑り込んで回避した……それだけじゃない。起き上がると同時に足へ力を籠め、トロールの後方に跳びながら右の足首を斬り付けた。


「ウガッ!!」


 足首から血は流れたが、トロールにとっては掠り傷程度なのだろう。反転し、空いている左手でラウルを叩き潰そうとする。

 援護、できるのか? 考えている暇はない。投擲短剣スローイングダガーを右手で構え、トロールの顔目掛けて投げる。回転した投擲短剣は狙い通りトロールの側頭部に飛んで行くが……。


「チッ……」


 投擲短剣は弾かれ、針に刺された程度の出血しか効果は得られなかった。なんとなく予想していたが、皮膚が厚くて俺の能力じゃ突破できそうにないな。


「ウガァッ!」


 左手の掌底が放たれたが、ラウルは危なげなく横に避ける。


「っらぁ!」


 片手剣を両手で持って手首を斬り付けるが、厚い皮膚は刃を通しにくい。振りの大きさに反して、付けた傷は小さい。皮膚を斬ってくれれば、俺の力でも刺せるか? 毒を与えられれば少しは有利になりそうなもんだが……。

 大きさ的にも持っている武器的にも、以前魔窟で遭ったブレードナイトより脅威ではない。骸骨ではないので毒が効きそうということも手伝って、戦意を失わずにいれる。もちろん、一発食らえば低確率で戦闘不能、高確率で死ぬのだが。

 考えている余裕があるならせめて狙いを散らせるか。

 至近距離で木を振り回すのは悪手だと感じたのか、トロールは木を投げ捨て、ラウルに向けて一心不乱に拳を振り回している。巻き込まれないように背後を取りつつ、初突はつつきに猛毒を塗布する。黒く染まった刀身から垂れる液体に触れないよう握り直し、タイミングを計って接近する。ラウルも俺の動きに気付いているのか、可能な限りその場に留まるように回避行動をとっている。

 拳の空を切る音が聞こえ、圧された空気が頬を撫でる。ビビるな、俺に対してじゃない。狙え、足首の斬り傷を!

 視界が揺れる。俺が走っているからか? トロールが動いているからか? 両方だ。当たり前のことを一々不審に思うな。突き刺せ!



「ウガッ、アアアアアアアッ!!」


 刺さった。刺さったけど、筋肉が硬い。刀身の三分の一か、四分の一くらいしか刺さってない。けど、十分だ。毒が回ればまた攻撃する機会はある。直ぐに逃げろ……抜けない!? こいつ、刃を刺されたってのに筋肉に力を入れて刃を止めているのか!?

 マズい! 初突に固執している場合じゃない。離れないと……。

 思考ばかりが加速する世界で、俺の体は宙を舞った。意識はある。体も痛くない。殴られた訳じゃない……足の振りだけで吹っ飛ばされたのか? 直後、背中から何かを折る音がけたたましく鳴り、視界が緑に覆われる。緑から抜け出したと思うと、背中に一際大きい衝撃が走った。


「がっ…………!」


 息ができない。息を吸いたいのに肺が、気管支が、気管が詰まっている。息の吸い方を忘れている。

 背中の痛みと息苦しさに悶えるしかできない。くそっ、くそっ、くそっ! いてぇ……。右手で拳を作り、これでもかと地面を殴り付ける。何度も殴り付け、血が滲んできた所でようやく呼吸を思い出した。息を吸うと背中が痛むが、体は酸素を欲する。


「はぁ……あ゛……はぁ……」


 呼吸が整ってくる頃には背中に走る痛みにも慣れてきた。状況は……こんなにゆっくり回復する時間があるってことは、ラウルが足止めしてくれているんだろ……。


「うわっ!!」


 自分と戦場の位置が分からなかったが、飛び込んできたラウルの悲鳴の方へ意識を向ける。トロールの後方へ十数メートルといった所で、そこまで離れてはいなかったようだが、状況は最悪だ。攻撃を躱しきれなかったのだろう。仰向けに倒れたラウルは剣を横に構えて、押しつぶそうとしてくるトロールの右手に抵抗している。抵抗とはいってもあの体格差だ。力が拮抗するわけがない。トロールの右手はラウルへと届きつつあった。

 おい、英雄。一発逆転の技はないのかよ。

 心の中で毒づきながら、どこが痛いかも分からない体を起こす。初突は……ないな。投擲短剣は三本あるけど、投げたんじゃ効果がない。後は……麻痺毒が一本と、猛毒が二本……一本は容器にヒビが入っているな。あとは回復薬が……こっちはもう割れてる。


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああっ!!」


 ラウルの咆哮。ただしそれは起死回生のものではなく、最期の意地だ。


「当たれっ!」


 体中が言うことを聞かないが、猛毒の入った、ひび割れた試験管を投げる。トロールのでかい背中の真ん中を狙って投げたが、少しズレる。右肩に向かって飛んで行き、右肩と首の間に命中した。耐久値が限界だった容器は簡単に割れ、猛毒がトロールの右肩から右の頬まで降りかかる。


「ウォ!? オォォォォォォォォォッッッ!!」


 猛毒を浴びた箇所から白い蒸気が出、トロールが慌てふためく。左手で毒を拭おうとするが、付着した猛毒で左手からも白い蒸気が沸き上がる。

 メルトウッド性猛毒薬。皮膚が触れると強い炎症を起こし、体内に取り込むと内臓を溶かす。炎症っていうから赤く腫れるくらいだと思っていたが……。


「なんだ……思ったより、効くな」


 皮膚を溶かすなら、さっき足首から入り込んだ猛毒も量は少ないが効き目は出て来るはずだ。その内、右足が動かなくなれば状況は好転する。


「ラウル! 一旦下がって合流しよう!」


 あぁ、くそ。体を動かすより、大声出す方がしんどい。


「お、おう!! 助かったぜ、相棒!」


 相棒になったつもりはないが、思ったより元気そうだな。これなら逃げ切れ……。


「ウガァァァァァァァァァァァッ!! ウォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 馬鹿でかい咆哮に耳をつんざかれ、思考が途切れる。何だってんだ!?

 見ると、先ほどまで猛毒に慌てふためいていたトロールは、今や両手を広げ、天に向かって力の限り叫んでいた。少し距離のある俺だって、足を止めて耳を塞いで耐えるのが精一杯なんだ。近くにいるラウルはもっと影響を受けている。

 ラウルは耳を塞ぐだけでは耐えられず、蹲ってしまった。気持ちは分かるが、そんなことしてたら死ぬぞ。

 やがて咆哮を止めたトロールは、先ほどとは様子が違っていた。体表は赤くなり、猛毒とは違った蒸気をあちこちから噴出させている。肩で息をしているが、叫び疲れたという訳では、勿論ない。興奮状態に陥っていると捉えるべきだ。

 まずいだろ……。


「ラウル! 早くそこから離れろ!!」


「……?」


 聞こえてないのか。あの距離で大咆哮を浴びたのだから耳がおかしくなるのも分かるが、とにかく走って来いよ!

 手招きをしてようやく走り出そうとしたラウルだったが、直ぐに膝から崩れ落ちた。



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