第五十話:耐え、追い込まれた先に
突進して来たオークの短槍を横に跳んで避ける。速度はそこまででもないが、しっかり避けないとぶつかっただけで倒されそうだ。なので大げさに避けているのだが、これが中々に体力を使う。
俺が距離を置こうと動いているからか、攻撃の初動はほぼ必ず突進だ。ただ、そこからの派生がいくつかある。そのまま突き進んでいくか、射程に入ったら短槍を突き出し、俺が避ければその方向に薙ぎ払う。そしてもう一つ。
「ブオンッ!」
短槍を突き出した後、腕を振るっての殴打。力任せの振りだが、それだけに迷いが無く速い。
「はぁ……はぁ……」
防戦一方を強いられ、初突に塗った麻痺毒もほとんどが落ちてしまった。投擲短剣は一回投げたが、躱されたのか元の狙いが悪かったのか、肩に小さな切り傷を付けただけに終わってしまった。麻痺毒が塗られている間にと、思い切って跳び込んだこともあったが、躱されたどころか反撃に短槍の石突で背中を殴られた。
「フゴ……フゴ……」
勝機は見えないが、絶望せずにいられるのはオークも体力を消耗し、息を荒げているからだ。身を隠せる岩は多いが、このオークは仲間想いなのか、直ぐに大岩を落とそうとするので、位置取りを気にして動かなければならない。
突進を誘って崖から落とそうともしたが、なんの手も加えずに落ちてくれるわけがない。だが、今なら疲れてるし、足が縺れる可能性を期待してもいいかもしれない。
「来いよ」
都合よく今は俺が崖を背にしている。初突を構えて突進を待つが、オークも短槍を構えるだけで動かない。
それならばと、徐にポケットから麻痺毒の容器を取り出して栓を抜く。
「ブオ!」
「させるか!」と言わんばかりの突進……いや、大股の踏み込みだ。リーチを限界まで活かした突きを、崖際まで下がって回避し、麻痺毒の塗布を終わらせる。
中身が空になった試験管を丁寧にしまっている暇はない。オークの顔面目掛けて投げ付ける。左手で投げたので、止まっている相手にすら当たらず、オークの後方で割れる音がした。
体が伸び切ったオークは槍を薙ぐことができない。崖から落とすことはできなくても、今なら初突を刺せる。
「ブオォッ!」
予想に反してオークは短槍を薙いできた。が、力任せの上に刃先はでたらめな方向を向いている。柄の打撃ならハードレザーの防具で防げる。今からじゃ、どうせもう躱せないし。
「ぐっ……あっ!」
脇腹を殴られる。想像より衝撃が大きかったが、耐える。寧ろ気合いが入った。お返しと言わんばかりにオークの脇腹に初突を突き刺す。
「ブオォォォォッ! フゴッ! ブオォォッ!!」
「がっ……!」
短槍を落とし、身を捩って暴れまわるオークの肘を食らって、俺は簡単に横に倒される。だが、十分だ。塗りたての麻痺毒を深々と差し込んだんだ。直ぐに動けなくなる。
寝返りを打ってオークの様子を見ると、痛みで暴れながらも拳を握ってこちらに向かって来た。嘘だろ、麻痺毒が効かない!?
今からじゃ立ち上がれない……!
目の前に立って拳を振り上げたオークを睨み付けるか、転がって避けるかぐらいしかできない状況だったが、オークは振り上げた拳を下ろし、体ごと倒れてきた。
「うわっ!」
危うく下敷きになりかけたが、横に転がって逃れる。背中越しにオークが倒れた衝撃を感じる。
よ、良かった。麻痺が回ったな。驚いた……。
安心したが、落ち着いている場合ではない。起き上がり、うつ伏せに倒れているオークの背中を見下ろす。体の大きさ的にゴブリンよりも人間らしく見えるので、魔石を取り出すことに躊躇いが出る。
「ふぅ~……」
息と一緒に迷いを吐き出し、背中へ、人間でいう所の心臓へ初突を突き刺した。ビクン、とオークの体が痙攣したが、抵抗は感じない。肉厚なので傷口を広げるのに四苦八苦したが、どうにか魔石を取り出した。ゴブリンなどと同じく透明だが、少し大きくて親指くらいはある。コボルトも同じくらいあったし、討伐推奨等級は魔石の大きさで決めているのかもな。
魔石を抜かれたオークの死骸に視線を下ろしてから、落ちていた短槍を拾い上げ、パオのもとへ向かった。
「あ! レイホさん! 無事で何よりです!」
体格のいい体を小さくして岩と同化していたパオは、俺の姿を見るなり人間に戻った。戦いは苦手なんだろうな。能力値とかじゃなく、気落ち的に。
「どうにかなりました。敵は他にいませんから、移動するならどうぞ」
「それなら、もう不要かもしれません」
そう言って崖の下を指差した。視線で先を追うと、今まさにラウルがオークの懐に入って、発光させた剣を振るうところだった。パオはただ隠れていただけじゃなく、下の様子が見える位置取りをしていたのか。
「どりゃぁぁぁぁぁぁ! 無限斬っっっ!」
ここまで響く掛け声と共に、右、左、右、左と薙いだ攻撃は無限の記号をなぞって……いるのか?角度的にこっからじゃ分からん。それより、この世界じゃ記号だって違う筈だよな……。
謎は残すが敵は残さない。どうやら今のオークが最後だったようで、ラウルは最後の薙ぎの体勢のまま余韻に浸っていた。
「レイホさーん!」
こちらに気付いたソラクロが、無邪気に両手を振りながら軽く跳んでいる。
元気だな……。でも、予想外のことが起きたけど無事で良かった。こっちの魔石は回収したし、後は下で魔石を回収して……みんな余裕そうだから物資の回収に行くだろうな。
「下りますか」
パオに声を掛け、崖を降りようとしたが、殴られた背中と脇腹が痛んだので、回復薬での治療を優先した。
「全員無事なようね。ご苦労様」
「オークにしちゃ小賢しい連中だったけど、オレの敵じゃねぇな! 見てたか? オレの無限斬、以前にも増してキレを増してたろ?」
「最近覚えたスキルじゃない。それに何、その名前? 確かラッシュって名前だったでしょ」
「ラッシュ……そんな名前で呼ばれていた時もあったっけか……あれは無限斬の基礎となった……」
「バカは無視してこの後だけど……」
「バカじゃない! 英雄の語りだ! 心して聞けぃ!」
また始まった。オークは倒したけど、他の魔物もいるんだからあんまり騒がないでほしいな。
「この後だけど! あたしは物資の回収に向かおうと思う! みんなは!?」
ペラペラと無限斬の軌跡を語るラウルの声を掻き消すように、ノーラは声を張った。
「んなもん聞く必要あんのか? 全会満員御礼で一致だろ」
一人で喋ってると思ったらこっちに混ざってきた。言いたい事は分かるけど何を言っているか分からない。
「まぁ、まだ余力はありそうだし、少し探してみるのはいいと思うよ」
「なんだよパオ、余裕あんならもっと強気に行こうぜ! イデアも賛成だよな?」
パオの尻を叩いたラウルは次にイデアへ賛同を求めた。
「う、うん。みんなが行くなら」
自分も叩かれると思ったのか、控えめに尻を隠しながら頷く。ラウルは同意してくれたことへ、歯を見せて笑うだけだったので、幸いなことに防御が意味を成すことはなかった。
「二人も行くだろ? てか来てくれよ。オレ、まだレイホの戦い方見てないし、ソラクロの戦いをもっと見てぇよ!」
「レイホさん、どうしますか?」
興奮気味のラウルと、返答を委ねて来るソラクロ。誰も無理しているように見えないし、何より俺がまだ大丈夫ならいけるだろう。
「探索しましょう」
流れでラウルが仕切ったが、全員が賛成。ラウルの言葉を借りるなら全会満員御礼で一致したので、小休憩を挟んだ後、探索に移ることになった。
「探索だけど、効率を考えて二手に分かれようと思うわ」
小休憩が終わってからノーラが提案し、異論を唱える者はいなかった。
「オレ、レイホ、ソラクロ、これでオッケーだろ!」
「バカ」
「はぁぁぁ? んじゃぁノーラならどうすんだよ! いや、どぅぉおすんですかぁ?」
ラウルが身を捩って詰め寄る。その動作も言い方も果てしなくウザい。ノーラも顔を引きつらせている。
「本当に気持ち悪いからやめて」
本気で嫌がられていると理解したのか、ラウルは素直に姿勢を戻してノーラの次の言葉を待った。
「……一応言っておくけど、ラウルの意見は一番ないから。どうして前衛三人と後衛三人で分かれなきゃいけないのよ」
「希望だよ、希望。俺の通ればいいなっていう希望」
通ればいいなって程度なのに、否定されたらあんな詰め寄り方をするのか……。
三、三で分かれるのなら、まずソラクロとラウルは別々にする必要がある。戦力的に。他は……べつに誰と一緒でも問題ないか。俺は魔法による支援が受けられないから、ノーラと相性が悪いけど、もう一人へ集中的に支援してもらえれば問題ない。そもそもこの後戦いになるか分からないし。俺、ソラクロともう一人……はラウルがごねそうだから、俺がラウルと組むのが丸いか?
自分なりに采配を考えながらノーラの指示を待っていると、彼女の指示は意外にも直ぐに言い渡された。




