第四十八話:戦闘前の不安
一時間の準備時間を貰って薬物や水や食料を調達し、更に投擲短剣も二本補充した。
俺とソラクロが準備に出ている間、大地の星の面々は準備をしつつ、依頼者の商人から襲撃された当時の状況を聞きに行っていた。共有する情報は多くあるが、時間も限られているので歩きながら話すことになった。
大地の星においても、俺とソラクロの役割は変わらず、偵察者と攻撃手である。
レリオが攻撃手、ノーラが補助者、イデアが魔法使いなので、それなりにバランスは取れていると思う。強いて言うなら、守備者がおらず、攻撃手の二人も盾や頑強な鎧を着けていないから堅さが足りないか。堅さを削って偵察者を入れている分、機動力というか、先手を取ることを優先していると言えば聞こえは良いかもしれない。ただ生憎、俺は他にやることがないから偵察者になっているだけで、能力は全く伴っていない。
パオは戦闘要員ではなく、運搬者と呼ばれる役割を担っている。有り体に言ってしまえば荷物持ちなのだが、この役割がいるかいないかでは冒険の効率は段違いになる。だが、戦闘は冒険者の華というか、血の気の多い連中ばかりなので、進んで運搬者になりたがる者は少ない。なので、運搬者はどのパーティでも重宝され、パオのように人当りが良かったり、自衛用のスキルや魔法を覚えていると、更に需要は高まる。なんでも銀等級のパーティからも継続加入の勧誘を受けたことがあるそうな。
確か、運搬者ならば賤民を雇えるとかいう話だったが、当然本業で続けている者と比べたら、冒険への慣れや体力面は大きく劣る。
パーティ内の役割について話を聞きながら歩く街道は、実に平和そのものだった。クロッスの近くこそ森に囲まれていたが、三十分もしない内に見晴らしの良い平地に出ることができ、雑草のない、踏み固められた道を歩いていた。天気も良いので、武装をしていなければピクニックにでも出かけている気分だ。ピクニックなんて、学校の遠足以外でしたことないけど。
北東に向かって歩いていると、遠くの北のほうからクロッスの方に向かって歩いている冒険者パーティの姿が見えた。
「北のずっと先の海辺に魔窟があるんです。距離があることと、魔窟自体もかなり危険なので銀等級以上でないと近づくことは禁止されていますが」
俺の視線に気づいたパオが、同じ方向を見ながら説明してくれた。
あの集団は全員銀等級ってことか……。銀等級ってどれくらい強いんだろうか。銅星三相応の能力値を持つソラクロでも十分に強いのに、最低でも三つは等級が上なのだから、俺には動きが見えないんじゃないか? エリンさんやイートンさんが、冒険者時代は銀等級星二だったと聞いた時はどれ程のものなのか想像がつかなかったが、今はとんでもない人たちなのだということは分かる。……そういえば、エリンさんが時々凄い圧を掛けてくるのは、元銀等級冒険者としての貫禄みたいなものが付いているからなんだろうな。
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「っくしゅん!」
「あれ、エリン、くしゃみなんて珍しいね。風邪?」
「う~ん……どこかの良い男があたしの噂をしているのかも」
「ふっ……」
「あ~! ちょっと、鼻で笑わないでくれる!?」
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平地に高低差が出てき始め、上り坂が続くようになった所で休憩を取ることになった。もう土地的にはベラスケス山岳地帯に入ったらしいが、オークが出現するのはもう少し山奥だそうで、各々手ごろな岩の上に座って休むことにした。
「腹減ったー。パオ、オレの荷物取ってー」
「はい。あんまり食べすぎたら駄目だよ」
下ろした背嚢からラウルの雑嚢を取り出して渡す。冒険で手に入れた物以外にも、パーティメンバー全員分の荷物まで持ってくれるのだから、俺たちは楽で仕方ない。荷物を持っていないということは、体力の消耗を抑えられ、もしも魔物の奇襲に遭っても邪魔になる物がないので直ぐに戦闘に移れる。
パオがそれぞれに荷物を配り、俺とソラクロの分の荷物も渡してくれた。俺と、特にソラクロは荷物も少ないので、一つの雑嚢にまとめてある。だからなのかは不明だが、ソラクロは俺の隣りにぴったりくっついて座っている。
「食べるか?」
これから山を登って戦闘になるが、少し腹に入れても問題ないだろう。時間は昼時で、長い距離を歩いてきた疲れもあるし。
「はい!」
袋に入っているのは、クラストと呼ばれるお菓子だが、俺はこれをお菓子と呼ぶことに抵抗がある。このクラストというのは、言ってしまえばパンの耳を焼いた物であるが、油を使って揚げているわけではないので、パン耳ラスクなんて上品な物とはほど遠い。使っているパン耳の素材が悪いのか知らないが、とにかくボソボソとしている上に、崩れやすいので口の中で散らかる。しかも味が染み込まないのか、甘い、しょっぱい、辛いの三種類があってもどれも不味い。調味料となんだかよく分からない物体を食べている感じになる。
文句だらけののクラストをなぜ買ってきたのか。単純な話し、安くて軽いからだ。それと、一応パン耳なので腹にも少し溜まる。
水で流し込みながら二本目を食べようか悩んでいる脇で、ソラクロは黙々と食べ続けている。
「よくそんなに食べられるな……」
「お腹が空いていれば、なんでも美味しいですよ」
俺は空腹でも無理だな。クラストを食べる前はそれなりにあった空腹感が、今ではどこか遠い所に行ってしまっている。……お腹が空いていればってことは、やっぱりソラクロもあんまり好きじゃないのか? そりゃそうか。これが好きって奴はいないだろ。良くて、嫌いじゃないって言う奴がいるぐらいか。
借金を考えなければ金には余裕が出て来たし、クラストを買うのは控えてもいいかもしれん。二本目を食べながらそんなことを考えていると、「そのままでいいから聞いて」とノーラが話し始めた。
「今回の依頼はオークの全滅。目撃があったのは五体だけど、それより多い可能性もあるから絶対に油断はしないこと。加えて、商品の奪還をすることで追加報酬が貰えるわ。こっちはあくまで余裕があった場合に探索することになるから、変に欲は出さないで」
「なんでオレの方を見て言うんだよ!」
「ラウルが一番欲深そうだからよ」
「っかー! 分かってねぇな! オレは野心家なの! 欲深いなんて軽い言葉でオレは測れないぜ!」
追加報酬を狙うことは否定しないんだな。……そりゃあ、俺だって貰える報酬が増えるなら狙いたいけど、戦力的にも、時間的にも余裕があるかどうか。
「オークに襲撃された場所は山道を進んだ先、両脇を高低差の大きい地面に挟まれた場所だそうよ。商人は初めに岩を落とされて進行を妨害され、その背後から武器を持ったオークが襲撃。その後、岩を落とす役だったオークが頭上から強襲してきたと言っているわ」
「おい! オレを無視すんな! いいか、オレはこんな銅等級や銀等級で納まる器じゃねぇ、金等級を駆け上がり、この世で初の生きた英雄になる男だぜ! おっと、まさかオレが英雄になって終わりだなんて思ってないよな……」
「煩い! そんなに夢物語を語りたいなら、オークと友達にでもなってきたら? 一緒に倒してあげるから、あの世で永遠に話してなさい」
「おぉん!? 言ってくれんじゃねぇか! ん、待てよ……魔物を統べる魔王を目指すのも悪くないな。でも魔王って悪役っぽいからな……名前を変えてぇな……最強王? 唯一王? 絶対王? うーん……」
言い争いで話が進まなくなるかと思ったが、ラウルがブツブツと考え込んでとりあえずの収束をみせた。よくそんなに戦う前から溌剌としていられるもんだ。
「そんなに戦術的な戦いをするってことは、かなり戦い慣れしているってことだよね」
「パオの言う通り。オークの知性は低いけど、学習しないわけじゃない。戦いを重ねる毎に武器の使い方を覚え、地の利を生かしてくることだってある。今回はオークの中でも相当な手練れと考えていいわ」
オークと戦ったことはないが、資料室で読んだ情報にもそんなようなことが書いてあったな。今回は目撃されていないけど、戦い慣れしたオークはゴブリンを従えている場合もあるんだったか。
しかし、話を聞いていると、俺じゃ完全に力不足じゃないか? ただのオークですら相手できるか難しいと思ってたのに、戦い慣れしているとなったらもう手が負えない。依頼の受領条件を、銅等級星二以上を六名以上にしておくべきだろ。
「でも、どうして……。そんなに強いなら山に棲み処を移したんだろ」
不安げにワンドを抱きしめるイデア。三角帽子を被っていて魔法使いっぽさが増しているが、気弱なところは相変わらずだ。なんで冒険者をしているのか謎だが、戦闘になったらいきなり人が変わるとか……ないよな。
「単純に、もっと強力な魔物に追い出されたか、それとも山の方が棲みやすいと思って、自分たちから移動したのか……理由は分からないわ」
「理由なんてどーでもいーだろ。魔物のせいで困った人、死んだ人がいる。オレらは冒険者だから依頼された魔物を倒す。そんだけだろ」
自分の野心と語らっていたと思ったら急に戻って来たな。しかも、尤もなことを言っている。
「こういうときは単純思考が役に立つわね。イデア、ラウルの言う通りよ。理由はどうあれ、これ以上オークによる被害を増やさないためにも、あたしたちで倒す」
「あれ? オレ褒められたのか?」
「そうだよ」
首を傾げて訝しむラウルにパオが頷きを返した。ナイス。
パオのお陰で気分を良くしたラウル。ノーラに鼓舞されて、不安を残しながらも戦う覚悟をつけたイデア。そろそろ出発する頃合いだが、立ち上がる前に質問をさせてもらおう。
「質問です。商人が運んでいた物資は食料や生活雑貨が主だと聞いていますが、武具は運んでいなかったということで間違いないですか?」
実力があって、新品の武器まで持っていたらいよいよ危険だ。俺だけでなく大地の星でも手に負えない可能性が出て来る。
「武具は運んでいなかったそうよ。火薬は積んでいたそうだけれど、流石にオークが扱える代物ではないわ」
なんか不安に感じるのは、俺が弱気になっているからだと信じよう。武具の類を運んでいなかったとしたら、商人の護衛から奪い取った武器を使ってくるぐらいか。
「商人が護衛に連れていた冒険者の装備は聞いていますか?」
「片手剣に短槍に短弓よ。商人を連れて逃げたのが短弓を持っていた冒険者」
銅等級星一の冒険者が持っている武器なので、想定の範囲内ではあった。弓が生き残ったのは不幸中の幸いか。弓で狙撃されたら堪ったもんじゃない。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
俺のその言葉が休憩終了の合図となり、各々荷物をまとめたり装備を着け直したりして、戦いに向けての最終準備を整えた。
次回投稿は20日の0時予定です。
 




