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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第四十七話:流される意思

 大地の星インフェリア・ライツの……ラウルとノーラの不毛な言い争いは終わる気配をみせなかったが、徐々に気になる言葉が出始める。


「何もオレだって手当たり次第に声をかけてるわけじゃねぇっての! このレイホは、あのブレードナイトと戦って生還した猛者なんだぜ! オレらと力を合わせればオーク討伐なんて無茶でもなんでもねぇだろ!」


 ブレードナイト……もしかしてあの巨大骸骨のことか? そういえば、エリンさんに報告した時にもそんな名前が出たような気はする。東の魔窟で遭遇するのは異例だって聞いたし、少しは話題にされたのか? 俺は一目散に逃げて、戦ったのはソラクロだけなんだが……変に話が大きくなってないよな?


「あたしが気にしているは、戦力よりもあんたの短絡さなの! いい? 平地を好むオークが、わざわざ山に棲んでいるっていうからには、何か裏があるの! 依頼書の情報だけでなく、一度依頼主に直接話を聞いて情報を集めて……」


 魔窟じゃなくて山に棲みついているのか。確かに、オークは平地みたいに見晴らしのいい場所を好むって資料室でも読んだ。わざわざ生活圏を変えるってことは、元々棲んでいた場所を追われたとか、大なり小なり理由があるのだろう。


「あー! あー! まどろっこしいな! オークなんて銅星二程度の魔物だろ? 問題ねぇって!」


「あたしたちだって銅星二じゃない! しかも山での戦いに慣れているわけでもないのに!」


 大地の星インフェリア・ライツは銅星二のパーティなのか。通常であればオークの討伐は問題ないが、ノーラの言う通り、山での戦いに慣れていないのはよろしくない。山がどれ程のものかは不明だが、坂を歩くだけでも体力の消耗は大きいのだから、戦いになったら更に消耗する。それに相手は山に棲んでいるのだから、地の利は完全に向こうにある。自分と相手の戦闘能力だけで戦力を考えていたらやられる可能性は大きい。


「うるっせぇな! 銅星以上の冒険者が六人以上いればオッケーなんだよ! 依頼書にだってそー書いてあんだろーが!」


 煽るように依頼書を振りながらノーラの顔に押し付ける。依頼書が邪魔で直ぐに反論できなかったのか、言い争いに切れ目ができた。これを逃したら、またしばらく鑑賞会になってしまうな。


「あの……ちょっといいですか」


 依頼書に手を伸ばしながら声を掛けると、ラウルは素直に渡してくれた。

 ソラクロと一緒に依頼書へ目を通す。依頼人は商人であり、北の港町から交易のためにクロッスへやって来たところをオークに襲われたと。物資は食料と生活雑貨が主であり、三人の銅等級星一の護衛が付いていたが、そのうち二人は死亡。もう一人は負傷しながらも商人と共に逃げ延びた。確認できたオークの数は五体で、刃物による武装は少なく、棍棒や丸太、投石などが主である。

 依頼達成条件はオークの全討伐で報酬は六百ゼース。更に物資の回収によって追加報酬が出される。依頼受領推奨等級は銅。必要人数は六以上。


「この……ベラスケス山岳地帯というのは、普段から魔物が棲みつくような場所なのですか?」


 意外にも依頼書を確認している間は静かに待っていてくれたので、読み終えると同時に質問ができた。


「ある程度はいるわ。といっても、ゴブリンやスケルトン辺りがほとんどだから、護衛が銅星一の三人でもどうにか越えられるわ。大切な商品を運ぶにはケチっていると思うけど」


 一言多く教えてくれたノーラに相槌を返したところで、俺に土地勘がないと分かったのだろう。パオが追加の説明をしてくれる。


「ベラスケス山岳地帯はここから北東にある、比較的なだらかな山地です。北西門から街道を行くと、二時間と少しで麓に着けます」


 ギルドの壁掛け時計は日中一時を過ぎた頃だ。往復で五時間程度かかると考えると、準備や戦闘を含めて……今から動けば日が落ちきる前には帰って来られるか。街道と言っていたし、道が整備されているなら、帰りはある程度暗くなっても大丈夫だろう。


「報酬は追加分も山分けするからさ、とっとと行こうぜ!」


「ちょっと勝手に……まぁいいわ。報酬については追加分も含めて六人で等分でいいけれど、危険だと思うなら断ってくれても構わないわ」


 “追加分も”といことは固定分も山分けするということだろうから、一人頭百ゼースは保証されたわけだ。六人でオーク五体を討伐して百ゼース貰えるなら、かなり割のいい依頼だ。しかし、じゃあ受けますと簡単に決められる話でもない。ブレードナイトと遭遇したほどではないかもしてないが、今回の状況だって異例だ。本当にオークが五体だけなのかも怪しい。理由があって商人を襲撃した時はいなかったが、ゴブリンを従えている可能性だってある。

 それに、前に厄介になったパーティでは裏で俺のことを調べられていたこともある。大地の星インフェリア・ライツは全員この世界の住人だが、恐らく異世界人が特別な力を持っていることは知っているだろう。ラウルはさっき、俺のことを「ブレードナイトと戦って生還した猛者」と言っていた。“俺が持っているであろう”能力に期待を持たれている可能性はある。


 ラウルとノーラはこちらを真っ直ぐ見据え、パオは「沈黙が続くなら、何か繋いだ方がいいのだろうか」とでも考えているのか、視線を動かして各々の顔色を窺っている。イデアは俯きながらも俺の返答がどうなるか気にしている。ソラクロは何も言って来ないが「どうしますか?」と瞳に好奇の色を乗せて聞いてくる。

 どうするか……。俺の体調は万全じゃないが、ソラクロは問題なさそうだから、二人分の戦力としてはそこまで低下していない。相変わらず金は必要だが、ソラクロと合わせれば千ゼース弱くらいはあるので、少し前までみたいに数日後の食費に脅かされるような状況でもない。大地の星インフェリア・ライツの戦い方どころか、個々の能力値も知らない状況で、危険のある依頼を受ける必要はないか。

 悪いが断ろう。そう決めて言葉にしようとした時、聞きたくもない声が耳に滑り込んで来た。


「あーあ……パーティメンバーを集めるのって大変。自分の能力値とか都合の悪いことを隠して入って来たり、パーティに入れてあげても馴染もうともしない人って何考えてるんだろ。自分が悪いことをしてるって自覚がないのかな?」


 直ぐ近くではない。背後の、テーブルを一つか二つ間に挟んだくらいの距離。特別大きな声ではなく、雑多としているギルドの中では直ぐに掻き消されてしまう程度の声だが、自分が静寂の中にいるかの如く鮮明に聞こえた。間違いない。猫の集会のアンジェラだ。

 鮮明に聞こえてきたのは初めだけで、後の会話は周囲の雑音で途切れながら耳に届いた。文脈から途切れた言葉を補填すると「皆のことは信じてる」だとか、「むしろあたしの方がみんなに気を使わせてごめん」だとか、都合のいい言葉を猫撫で声で言っているものだから、声が耳に触れた瞬間かっぽじり出したくなる。


「レイホさん、どうするんですか?」


 後ろに取られていた気をソラクロが引き戻してくれた。深く考えていたが、どれくらい時間が経ったのだろうか。あんまり待たせるのも悪いし、さっさと断ろう。

 ただ断ってもラウル辺りは食い下がって来そうだから、一発で諦めてもらうために冒険者手帳を開いて見せた。


「せっかくのお誘いですが、見ての通りの能力値なので辞退させていただきます」


 広げられた手帳に対し、四人の反応は様々だった。食い入るようにみるラウル。動じていないように見えるが、興味はあるのだろう。切れ長の目を細めて手帳を凝視するノーラ。気にはなるが遠慮して視線をそらすパオ。見てはいけないものを見てしまったと、慌てて下を向くイデア。

 基本的にパーティメンバーでもなければ公開するものではないとされている冒険者手帳だが、俺の無能さを証明するのにこれ以上の有効な手段はない。「こいつはダメだ」と思われれば、今後も誘ってくることはなくなる。逆に俺からも誘うことができなくなるが、元よりそんな予定はない。他の冒険者に言い触らされたって構わない。

 そういえば、どっかの誰かさんは俺のことを無能だと言い触らしていないのだろうか? 周知されていれば今回のように誘われることもなかったのだが……もしかしてさっき聞こえて来たのが、悪評を広めているつもりなのか? 抽象的すぎるからもう少し俺だって特定できるように言えよ。


 考えが別の方向に行ってしまったが、もう十分に冒険者手帳は見せただろう。手帳を閉じてポケットに仕舞い、ソラクロに声を掛けて立ち上がる。


「すげぇぜ、レイホ! どうやったらそんなに精神力が上がるんだ?」


「え?」


 思っていたのと違う反応をされ、思わず聞き返すと、ラウルの瞳には羨望に似た輝きがあった。


「能力値は体を鍛えたり、実戦を重ねていけば自然と成長していくものだけど、その中でも精神力を安定させて成長させることは難しいと言われているわ」


 そうなのか? ……確かに、肉体の鍛え方は効率はともかく、トレーニング方法はいくつか思い浮かぶ。実際に空いた時間で筋トレしているわけだし。

 精神の鍛え方……座禅で心を落ち着けたり、苦手な事に耐え続けたり? 俺はそんなことしてないし、勝手にどんどん上がっていってるから、どうやって上がるのかと言われても困るな。これまで冒険してきたけど、精神力の高さを実感した場面もないし。


「やっぱり、英雄になるからには最強の肉体と究極の精神ってやつが必要になるからな! 頼む! 何か知ってることがあれば教えてくれ!」


 両手を合わせて頼み込まれても教えることなんてないぞ。それより、オーク討伐には協力しないって言ったんだから、別の仲間を探しに行けよ。ノーラも、こういう時こそラウルを止めろって。なに、「あたしも興味あるわ」みたいな顔でこっち見てるんだよ。


「すみません。精神力の上げ方は俺も知りません」


 そういうことなんで。さよなら。

 その場を去ろうとする俺の肩に伸ばされる手。


「ふっ……ははは! 分かったぜ、レイホ! 教わるより盗め、男は背中で語るってやつだな!」


 なに勝手に納得してんだ。それに俺にはお前がなにを言っているか分からない。そして肩を叩くな。痛い。


「そういうことならいいぜ! 精神の鍛え方を盗むついでにオークをぶっ倒しにいくか!」


 よくない。っていうか、目的の優先順位変わってるぞ。誰でもいいからラウルの暴走を止めてくれ。


「恥ずかしい話だけれど、あたしたち四人とも精神力は平均程度なの。その他の能力値についてはそれなりに補い合えるから、精神力の高い人が協力してくれるなら嬉しいわ」


「お! 珍しく意見が合ったな!」


「……否定はしないけど、ラウルと同じ単細胞な脳とは思わないでほしいわね。あたしは戦闘における各々の長所と短所を考えた結果として、レイホに協力を頼んでいるの」


 俺にはノーラの考えが複雑すぎて理解できません。二人が暴走してたら止めるのがパオ、そうだろ。


「これ以上言い合いをしていたら、日が暮れるまでに依頼達成が難しくなります……。それに、失礼な物言いになりますが、理由はどうあれ、能力値を見せてくれるような誠実な方であれば、僕も安心できます。レイホさん、すみませんが手を貸してくれませんか?」


 信頼関係を築きたくて冒険者手帳を見せたわけじゃないんだが……。でも、冒険者の中じゃ自分の能力値を開示することは、相手を信用したことの証明でもあるんだよな。

 柔和な雰囲気のパオだって同じ冒険者だ。初対面の冒険者である俺に対して、少なからず警戒心や不安を持っていた筈だ。能力値は高いが人柄に問題がある奴と、能力値は低くても信用できる奴なら、後者を選ぶってわけか。

 イデアに視線を向ける。俺が断りたがっていることに気付いて、他の三人を説得してはくれないかな。


「あ……よろしく、お願いします」


 立ち上がって丁寧にお辞儀をされる。いや、「挨拶は?」って意味で見たわけじゃないんだけど……。


「今日は大人数でお出かけですね! わたしも頑張ります!」


 ソラクロもすっかり依頼を受ける気だし……後悔しても知らないからな。

 折れた意見を、心の中で溜め息を吐いて片付け、出発する前に準備する時間をもらうことを条件に、即席で大地の星インフェリア・ライツに加入することにした。




次回投稿は18日の0時予定です。

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