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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第二章【集う異世界生活】
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第四十四話:マナ結晶の価値

投稿が遅れました……。

次話はいつも通り翌0時に投稿予定です。

 巨大骸骨から辛くも逃れた後、俺とソラクロは三日間の休日を過ごした。とは言ってもソラクロはネルソンさんの手伝いをしていたので、丸々三日休んだのは俺だけだ。なにも怠けていた訳ではない。尋常じゃない筋肉痛に見舞われて三日間ろくに動けなかったのだ。




────────


 魔窟から帰って来た後はギルドに直行し、オークの討伐が出来なかったことと、魔窟での出来事を報告したところ、エリンさんは神妙な面持ちで考え込む素振りを見せた。どうやら、俺たちが出会った巨大骸骨は東の魔窟では目撃例のない魔物だったようだが、疲弊しきった俺たちには情報よりも休息が必要だと理解していてくれたので、詳しいことについては後日話すことになった。

 オーク討伐については小言を言うでもなく取り下げてくれ、魔石も手際よく換金してくれた。巨大骸骨のいた岩山で見つけた赤い宝石だが、なんとあれがマナ結晶だった。しかも直径十センチ弱の大きさとなると中々に珍しい物らしい。ギルドでは五百ゼースで買い取れると言ってくれたが、タバサさんとの約束があるので断った。もちろん、タバサさんがマナ結晶を集めている話は内緒にして。


 簡潔にギルドでの報告を終えた後、塒に戻って休みたかったが、体が汚過ぎたので、下流区の風呂場へ寄って体に染みついた物を洗い流した。風呂場と言っても、中流区のように大きな風呂釜があるわけではなく、壁の高い所と腰ぐらいの高さに蛇口があるだけ場所だ。現代で言うところのシャワールーム程度の設備だが、体を洗い流せる場所ということで風呂場と呼ばれている。

 ちなみに、中流区の風呂屋ではソラクロが入店拒否された。風呂場にありがちなアクシデントとは無縁なのだが、拘束具がよろしくない。当然の話だ。

 俺一人なら入店できたのだが、一人だけ優雅に湯に浸かるのも気が引けたので一緒に下流区の風呂場に行った。


 そうして、疲れ果てた体を綺麗にしてから倉庫に戻って、木箱のベッドに横になって気が済むまで睡眠を取った。


————————




 筋肉痛はだいぶ治ったが、極力体を動かさなかったので、ただ歩くだけなのにとてつもなく怠い。ネルソンさんに杖でも借りれば良かったと後悔するが、あんまり体の辛さを表に出すと心配症の奴が世話を焼いてくるので我慢だ。

 足を向けている先はアヘッド。タバサさんにマナ結晶を買い取ってもらいに行くのと、いままでかなりお世話になったお礼として菓子折りを持っていく。


「まだ体が痛みますか?」


 綺麗に包装された菓子折りの長方形の箱を、マントから出した両手で大事そうに抱えているソラクロに尋ねられる。

 ソラクロのマントは魔窟に置いてきてしまったが、俺が寝込んでいる間に買い直させた。


「痛いというよりは、怠い」


 我慢とは言ったが、強がり過ぎると逆効果になるので、程よく素直にする。


「そうですか?無理しないでくださいね。ご飯でもトイレでもお着換えでもお手伝いしますから!」


「あぁ……大丈夫」


 筋肉痛で寝込んでる時も同じこと言われたっけ。もちろん断ったけど、意地で動いたせいで体が爆散しそうになったのを思い出す。

 ゆっくりのんびり歩いてアヘッドに着くと、いつも通り魔女のような恰好をしたタバサさんが受付台の奥に座っていた。


「お久しぶりです、レイホさん」


 三角帽子とマスクの間から見える目を細めて出迎えてくれたので、俺とソラクロも挨拶を返した。


「本日はどのようなご用件でしょう?」


 今日、俺がマナ結晶を持ってくることは未来予知で見ていないのだろうか。見ていたとしても、会って直ぐに「マナ結晶を渡せ」と言ってくるような人ではないことは知っている。なので、こちらから切り出す。


「マナ結晶を持ってきました」


 腰の雑嚢から赤い宝石——火のマナ結晶を取り出して受付台に乗せる。


「まぁ……素晴らしいです。レイホさん。これほどの物を、お譲りいただけるのですか?」


 元々タバサさんから受けたお願いなんだけどな。


「はい。受け取ってください」


「あぁ……ありがとうございます。ありがとうございます……」


 マナ結晶を我が子のように抱きしめたタバサさんは何度もお礼を口にする。そんなに待ち遠しかったのなら他の冒険者にも頼めばいいのに……とは思わない方がいいか。真意はどうであれ、頼ってくれている相手に失礼だ。

 一緒に菓子折りも渡そうかと思っていたが、これだけ感謝されると逆に渡しづらいな。

 目で「どうします?」と聞いてくるソラクロに小さく首を横に振る。


「あ、ごめんなさい。わたくし、取り乱してしまいました」


「いえ。気にしないでください」


 そう答えると、タバサさんはもう一度「ごめんなさい」と口にしてから、改めてマナ結晶へ視線を向けた。その視線は物欲を満たしてくれた物を愛でるためのものではなく、手中にある物がどの程度の価値を持っているか、鑑定するための視線だった。


「こちらでしたら、八百ゼースで買い取りいたしますが、いかがでしょうか?」


 ギルドより三百ゼースも高い。八百って小銀貨八枚だろ? 俺が貧乏なのを除いても凄い大金じゃないか。

 あまりの金額の高さに、嬉しさよりも申し訳なさの方が強い。もちろん貰えるなら貰いたいが、タバサさんも下流区に住んでいるんだよな。そんなにお金を出して、生活は大丈夫なのだろうか?

 失礼だとは思いつつも心配して黙る俺を見て、タバサさんは少し考える素振りを見せた。


「提示した金額にご不満でしたら、言い値を仰っていただければ、可能な限りお応えさせていただきます」


 おいおい、まだ出すつもりなのか? さっきの喜びようといい、少し無防備すぎないか? 商売じゃなくて個人的なお願いだからっていうのを加味しても危険だぞ。

 驚いてばかりもいられない。黙っているとどんどん話が大きくなってしまいそうだ。


「不満はありません。逆に高すぎるくらいだったので、驚いてしまいました」


「あら……そうでしょうか」


 今度はタバサさんの方が驚く番になった。値段について駆け引きが必要な相手ではないからいいものの、俺も人のことを無防備とは言えないな……。


「特に差し支えがなければ、八百ゼースで買い取りをお願いします」


 ここであんまりグダグダ言う必要はないし、提示してくれた金額で買い取りをお願いすると、タバサさんは小銀貨八枚を乗せたトレイを差し出してくれた。


「これからもマナ結晶の回収、どうぞよろしくお願いします」


「取れたら持ってきますが、具体的にどれくらい必要なんですか?」


「それは……」


 珍しく視線を反らされた。単純な疑問だったんだけど、マズい質問だったか?


「すみません。答え難いなら答えなくても……」


「いえ、そうではありません。ただ、わたくしもどれくらいのマナ結晶が必要なのか……どれくらい先の未来を見れば良いのか、見当がつかないのです」


 もしかしたら今回のマナ結晶で目的が達成するかもしれないし、暫くマナ結晶が必要になるかもしれないってことか。ギルドでもマナ結晶は買い取ってもらえるし、採取して無駄になることはないから、べつに必要量を聞かなくても良かったかな。


「わかりました。これからもマナ結晶を見つけたら、タバサさんにお譲りしますが、属性に指定はありましたか?」


「属性は特に指定はございませんので、採取よろしくお願いします」


 属性に指定がないのは助かった。一週間以上魔窟に通って、しかも異例の場所で初めて見つけたくらいだから、そうそう見かける代物ではない。それに属性の指定まであったら、いつまで経ってもタバサさんにマナ結晶を持ってこれないところだった。


 とりあえずマナ結晶については終わりにして……。ソラクロに視線を向けると、俺の意図を察してくれ、大事に持っていた菓子折りをタバサさんの方へ差し出してくれた。


「こちらをどうぞ! レイホさんから、感謝の気持ちだそうです!」


「えっ!?」


 そんなに驚くか? って思うくらいタバサさんの目は大きく見開かれた。


「薬草の買い取りや、売ってくれる薬に何度も助けられましたから、そのお礼です。キャストエルというお菓子ですが、嫌いでなければ受け取ってください」


 穀物を挽いた粉と甘味料と卵を混ぜて練り、柔らかく焼いたお菓子らしい。食べたことないけど多分カステラみたいなお菓子。

 俺は無いから忘れてたけど、この世界の人も食べ物のアレルギーあるのかな? 多分あるよな。運悪くタバサさんがアレルギーあったら申し訳ないな。とか考えていると、驚愕して固まっていたタバサさんが苦しそうに胸を押さえ、息を荒げた。


「どうかしましたか!?」


 箱を置いたソラクロが声を掛けるが、タバサさんは答える余裕がないのだろう。胸を押さえたまま、肩で息をしている。

 医者を……下流区は近いし、ネルソンさんを呼んで来た方がいいな。


「はぁ……うぅっ…………待って……ください……」


 店の出入口に向けられた足が、ふり絞られた声に呼び止められる。


「だい……じょうぶ……です」


 とても大丈夫そうには見えないが……薬か何かあるのだろうか?


「もう少し、で……落ち着きます……」


 相変わらず苦しそうにしているし、ソラクロは不安そうにタバサさんと俺を交互に見ている。本人が大丈夫と言っているなら、このまま待った方がいいのか?

 悩んでいる内に、タバサさんの呼吸は落ち着きを取り戻していき、やがて胸から手を離した。


「……ふぅ。驚かせてごめんなさい」


「もう大丈夫なんですか? 医者に診てもらった方が……」


「お気遣いありがとうございます。けれど大丈夫です……持病のようなものですから」


 果たして持病なら医者に診せなくてもいいのだろうか。心配ではあるが、何か事情があるのだろうし、タバサさんの意思を尊重しよう。


「大丈夫ならいいんですが……」


「ええ。本当に、もう平気です。その……こちら、折角持ってきていただいた物ですが、わたくしは受け取れませんので、お二人で召し上がってください」


 受付台に置かれた菓子折りを持つ手は微かに震えていたが、気付かない振りをして受け取る。心配しすぎても反って迷惑だろうし。


「これは苦手でしたか?」


「ええ。まぁ……そんなところです。お気持ちだけいただきます」


「すみませんでした。苦手な物とか、深く考えずに持ってきたもので」


「レイホさんが謝ることではありません。わたくしの体の問題ですから」


 反応に困ってきたな。謝っても気を遣わせるだけだし、体のことを聞いても悪いというか、今までの感じだと教えてくれなさそうだし……。


「お薬とかで治せないんですか?」


 聞きにくいと思ったことをいとも簡単に聞いてくれるな。


「こればかりは……難しいですね。ですが、命に係わるようなものでもありませんので、本当に、お気になさらないでください」


 おおよそ予想通りの答えが返ってきた。

 ソラクロは純粋に心配して、手伝えることがあれば手伝う気でいたのだろう。何もできないことに、耳も尻尾もしょげさせている。


「ふふ……。形は別々でも、レイホさんもソラクロさんも優しいですね」


 ソラクロは分かるが、俺は優しいとは違うと思うが……相手がそう感じたのならわざわざ口に出して否定しないけどさ。


「けれど、わたくしにはそれが……」


 ん? 小声で何か呟いたようだけど……独り言か? これ以上ここにいても迷惑になりそうだし、そろそろ出るか。回復薬を補充しておきたかったけど、一番の目的だったマナ結晶は買い取ってもらえたし、今日の体の具合じゃ冒険に出るのは危険だし、また明日来ればいいか。


「それでは、今日はこの辺りで失礼します。お大事になさってください」


「はい。レイホさんも体にはお気をつけください」


「えっ、このまま帰るんですか?」


「ソラクロさん、心配してくれるのは嬉しいですが、わたくしはもう平気ですから」


 タバサさんに言われても動くのを渋っていたソラクロだったが、俺が店の扉を開けたことでようやく受付台から離れた。



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