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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第四十三話:俺の異世界生活はこれからだ!

 細道を無事に抜け、木張りの部屋にたどり着くと、どちらともなく芝の上に倒れ込んだ。


「はぁ、はっ……」


「はぁ……はぁ……」


 静かな空間に、二人分の乱れた息遣いだけが響く。

 体は酸素を欲しがっているのに、疲労が限界を超えている肉体は呼吸で胸を上下させるだけでもバラバラになってしまいそうだった。できるだけ静かに息を整えられないかと思うが、自分の体は言うことを聞いてくれはしない。

 息を整えるのにどれくらいかかったかは分からないが、お互いに落ち着いた段階で口を動かすことにした。


「ソラクロ、生きてるか?」


「……はい」


 元気がないけど、それも当然か。一人であの巨大骸骨を相手にして……そうだ。怪我しているんだから、回復してやらないと。ソラクロの荷物は全部、あの岩山の中に置いてきたままだから、薬も持ってないじゃないか。

 体を起こす気力も体力もないので、仰向けになりながら自分の雑嚢を漁って回復薬を取り出そうとするが、握力は未だ回復していない。片手で包める程度の大きさの瓶ですら、雑嚢から出すのに三回は失敗した。

 握力も、物を掴んだ感触もほとんどないのに、痛みだけはしっかり感じやがる。

 瓶を持っていない、左手を顔の前に上げると、手の平は自分の血で染まっていた。手の至る所から滲み出た血が、汗や土と混ざって擦れて酷く汚い。でも、どうにかソラクロを助ける事はできた。

 震える手でどうにか握り拳を作り、引きつった笑みを浮かべる。……っと、自分を称えている場合じゃなかった。横で寝ているソラクロに回復薬を差し出す。


「ソラクロ、怪我してるだろ。これ使っておいたほうがいい」


 返事はなく、小さな背中をこちらに向けて、尻尾ごと丸くなっている。そんなに具合が悪いのか?

 気持ちは焦るが体がついてこない。少し……いや、だいぶ、かなりしんどかったが、両腕を余すことなく使って身を捩じらせ、上半身を起こして近くに寄った。


「どうして逃げなかったんですか?」


 俺が近寄った気配を感じたのだろう、背中を向けながら聞かれる。あの状況で逃げる奴の方が少数派だと思うけどな。だけど、べつに多数派だと思ったから残ったわけでもないし……正直「ソラクロを置いて逃げられない」以外の理由なんてないんだよな。


「他に選択肢がなかったからな」


 答えると、小さかったソラクロの背中がさらに小さくなった。あぁ、これは少し長くなりそうかな。

 マントは脱ぎ捨ててきたので、いつもの肌の露出が多い姿は、あちこち数えきれない傷を負っている。地面とかが粉砕された時に飛び散った石を何度も浴びたんだろうな。こんな小さい体で、ホントによく頑張ったよ。


「ごめんなさい」


 何を言うかと思えば……。ソラクロが謝ることなんであったか? 俺が思いつく限り、脱出した時に俺をはっ倒したことぐらいか。冗談だけど。

 謝られても困るし、この腫れ物を触らなきゃいけない空気は苦手だ。っていうか得意なやついるのか? そんなわけなので、栓を抜いて、はい投入。


「ひゃん!!」


 寝ているソラクロの体に回復薬を掛ける。肌の露出が多いとこういう時は便利だな。

 急に液体を掛けられたことで、丸まっていた背中が少し強張ったように見えたが、直ぐに力が抜けていく。


「な、なにするんですか~」


 回復薬が切れたタイミングでソラクロが起き上がって不服そうに眉根を寄せた。


「回復だ。ほら、反対側もいくぞ」


 横向きだったので、反対側には回復薬があまり掛かっていないと思い、もう一本取り出した。「もう大丈夫ですよ」と言ってくるが、無視した。


「うぅ……酷いです」


 回復をしたのに文句を言われるとはこれ如何に。


「レイホさん……」


「ん?」


「どうして、わたしを助けてくれるんですか?」


 さぁ? どうしてだろうな。俺もまさか自分がこんなにお節介だとは思わなかった。現実じゃ厄介事に巻き込まれないように気を付けて、自分のことを探られたくないから他人のことを知ろうとしなかったのに……命を懸ければ人は変わるってのか?

 考え込んでいる俺の顔を、ソラクロはじっと見ている。何か言わない限りずっと待ってる感じだな。

 誰でも助けるわけじゃない。気に食わない奴なら見捨てていたかもしれない。少なくともソラクロは、俺にとって見捨てられない、助けたいと思える存在だった。とか? スカしてんなぁ。えぇっと……。


「他人を助けるという行為は、生半可な気持ちではなく、相応の覚悟が要求される行為なのだって、教わったからな。一度助けた相手を途中で見捨てることはしたくなかった」


 結局、他人ネルソンさんの言葉を借りて答えた。自分じゃなく他人の言葉を使えば、例え相手の心象が悪くなったとしても、責任の分散ができると思っている自分が卑しくて仕方ない。けど俺はそういう人間なんだよ。

 自分へのリスクを減らそうと、自分じゃない誰かの言葉を借りて。大して深みのある人間でもないのに、知られることを恐れて他人を避けて。そのくせ真向から嫌われるのは怖いからある程度愛想よくして、自分への言い訳ばかりを考えて生きている。そんな人間なんだから……こんな風に誰かに抱きつかれて感謝されるのは相応しくない。


「ありがとうございます。レイホさん……レイホさん!」


 相応しくないのだが、なんと声をかければいいのか、皆目見当もつかない。


「あぁ……こんなことで、そんな感謝しなくても」


「こんなこと、なんかじゃないです! レイホさんにはもう何度も命を救ってもらってます!」


 そうなの、か? 俺は討伐依頼の数だけソラクロに救ってもらってるからなぁ……もっと感謝してやらないといけないな。

 抱きしめ返そうとしたが、すんでの所で止める。そういえば俺めっちゃ汗かいてるんだよな。革の防具を着けているから通気性が悪いなんてもんじゃないぞ。手も汚いし。


「もうこれだけ元気になったなら、そろそろ行くか」


「……はい!」


 あまり汚れていない手首を使ってソラクロを引きはがす。一瞬だけ寂しそうにこちらを見つめてきたが、直ぐに切り替えてくれたようで、聞きなれた声音で返事をしてくれた。


 オーク討伐の依頼は達成できそうにないけど、状況が状況だし仕方ないよな。一度依頼に失敗したからといって即降格になるわけでもないが、エリンさんから小言を言われるくらいは覚悟しておくか。

 魔石やコボルトの素材はいくらかあるし、宝石らしき物もある。今日はイートンさんの所で良いもの食べて、倉庫だけどゆっくり休んで、明日から……体が辛かったら明後日でもいいや。依頼を受けて冒険に出かけよう。


 疲労が抜けきらない体を何とか持ち上げて、どうにか迎えられそうな明日に向け、ソラクロと一緒に歩を進める。

 

 あぁ……でも、先ずはこの迷路を抜けないとか…………めんどくさいな。

 溜め息を吐いた俺を見て、ソラクロは小首を傾げた。


 これにて一章【始まる異世界生活】完結です。

 ここまで読んでくださった皆様にこの上ない感謝を。


 さて、書き溜めていた分もあって、ここまで毎日投稿でこれましたが、二章からは毎日投稿できるか怪しいところです……。

 現状、金稼ぎくらいしか目的がなく、個々の話しはあっても、それを繋ぐ力のない主人公を扱うのがこんなに難しいとは思ってもみませんでしたぜ。

 冗談はさておき、できるだけ間隔を開けずに投稿できるようにして、間が空く際は後書きでアナウンスをしたり、前書きで簡単な前回のあらすじを書いて補填していければと思っています。(あらすじ書くの苦手ですが)

 あらすじといえば、この小説自体のあらすじですとか、もしかしたらタイトルに変更・追記があるかもしれません。いきなりタイトルを変えて主人公が最強になったり、別の職業に鞍替えしたりといったことはありませんが、「もう少しパッと見でどんな話しなのか分かりやすくできないものか」とは常々思っております。

 変更・追記した場合は特にアナウンスする想定ではありませんが、もし変わっていたなら、「分かりやすくしたつもりなんだろうな」ぐらいに思ってください。


 これからも皆様のお時間が許す限り、お付き合いいただければ幸いです。

 長くなりましたが、これにて後書きを以上といたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ、一章までしか読んでませんが面白い…。
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