第四十一話:記憶の手がかり
分かれ道を進んで行った先は、岩場を広い長方形型にした空間が広がっていた。広いとは言っても、中央の地面は陥落しているので、左右半分ずつの空間に分かれている形となっている。
左側にはゴブリンの群れが五体。全員こん棒を持っている。
反対側にはスケルトンが五体立っており、弓と思われる武器を持っている個体もいたが、幸いにしてこちらに関心は持っていない。目の前のゴブリンに集中できる。
ソラクロはいつも通りマントを脱ぎ捨て、ゴブリンの群れに突っ込み、一番近くにいた個体を蹴り飛ばして後ろにいた二体を巻き込んで倒す。残り二体が左右からこん棒を振り被ってくるが、流れるような体捌きで右側のゴブリンの背後に回ると、右、左と【レイド】を放ってあっという間に二体を倒し切った。
「先もあるんだ。あまり飛ばすな」
対岸のスケルトンが弓で援護して来るなら早急にゴブリンを仕留める必要もあったが、ゴブリンだけが相手ならば、そう気張る必要はない。初めて見る構造の魔窟なのだから余力を残しておくべきだろう。
しかし、俺の考えはソラクロには通じていないようで、「大丈夫です!」と張り切って残り三体のゴブリンも【レイド】で仕留めた。
「大丈夫か?」
「はい! わたしは無傷ですよ! あいつらもやっちゃいますか?」
技力のことを聞いたのだが、言葉が足りてなかったな。
「あっちは……何もして来ないなら無視しよう」
やる気に満ちているのは良いことだが、討伐対象でもないなら無闇に戦う必要はない。本命を倒した後で、もし余力が残っていたら倒しに行って、ついでに弓を拝借しよう。エディソンさんの購入は止められたが、拾い物を使うことまでは止めやしないだろう。練習してればいつかは使えるようになるかもしれないし。
ゴブリンから魔石を回収して先に進む。
また暗く狭い坑道を歩くことになったが、どうもこれまでの道とは様子が違っていた。
「あら」
「また行き止まりか」
「んー、意地悪な魔窟ですねぇ」
これまでは一本、もしくは二本の分かれ道程度だったが、今回は道が枝分かれして入り組んでおり、迷路になっていた。魔物は出てこないので一本一本、道を確かめていく余裕はあるのだが……。
「そっちはさっき行った気がするぞ」
「あれ、そうですか?さっきはこっちだった気がしますけど……」
何度も道を間違えている間にどこを行ったか分からなくなってしまった。
「一回戻りますか?」
「道順は覚えているのか?」
「えっと……多分、です」
ソラクロの案内に付き合うが、残念ながらゴブリンと戦っていた広間に戻ることはできなかった。
「うぅ……ごめんなさい」
「いや、気にするな」
通った道に目印を置いておけば良かったな。今更だけど壁に右手をつけて歩く方法を思い出した。これって途中からやっても大丈夫だよな? 道がループしてたら一生出れないから、目印を置いて行きたいが、置ける物は……魔石にコボルトの爪と牙。どれも貴重な収入源なので、出来れば使いたくない。
「こうなったらツルハシで無理やり道を作りますか」
そんな無茶なことを言うなよ。……あれ、ツルハシがあるなら岩を削って目印を付けたり、でかい岩を掘って置いたりできるじゃないか。
「ソラクロ。いいこと言った」
「え? え? そうですか!?」
何だかわからないけど褒められて嬉しいといった様子で尻尾を振るソラクロを無視して、ツルハシで岩盤を削った。
「俺が先を歩くから、魔物が来ないか注意しててくれ」
「はいですワン!」
なんだその返事は……面白いから良いけど。
右手を付きつつツルハシで目印を付けながら歩いて行くと、ゴブリンがいた広間とは別の広間に出た。
「先に進んだか」
円形の広間はこれまでの岩盤とがらりと様子を変えた。地面は柔らかい土に短い芝が生えており、壁と天井は人の手が加えられたような木張りとなっていた。
「魔物の気配はありませんね」
「まだ先はあるようだけど、少し休んでいくか」
坑道の迷路で歩き疲れてしまったので休憩を提案すると、ソラクロは快く賛成してくれた。
入口の直ぐ隣りに座り、木の壁に背中を預ける。まるで設計されていたかのように木の壁は背中の形にぴったりと合い、体の力を抜くことができた。
「なんだか、魔窟の中とは思えませんね」
マントを脱いだソラクロが俺の横に座る。近くないか?
「そうだな」
まるで休憩するために設けられたかのような空間……この先ボスとか? ないか。東の魔窟にそんな大物がいるなんて聞いたことないし、そんな魔物がいるなら討伐依頼や他の上級冒険者を見かけているはずだ。
ぼーっと円形の天井を見上げていると、ソラクロが徐々に近寄って来ていることに気付く。気付いた時にはもう密着されていたが。
「……近くないか?」
「ここがいいんです」
頭を肩に寄りかからせてくるが、押し返すことはしない。これまで討伐依頼を散々手伝ってくれたのだから、休憩中くらい好きにさせておこう。
穏やかな気持ちで寄りかかるソラクロを見ていたが、ある事に気付いた途端に穏やかさはどこかに飛び去って行った。
どうしよう、これは聞いていいものだろうか。いやいや、ダメだろ。変態呼ばわりされる。でもソラクロなら平気……こういう考えはよくない。だれそれなら大丈夫と思って言った言葉が、相手の心に傷を付けることになる可能性だってあるんだ。けどなぁ……何かの拍子に知らない人に見られるのも問題だしな。
「レイホさん、どうかしました?」
鏡がなくとも自分が難しい顔をしていたのは分かる。だからといってこっちを上目遣いで見てくるな。
先に繋がっている暗い坑道から視線を動かさないようにし、無心になろうと努める。
……
…………
………………だめだ。
「ソラクロさん……あのですね……」
「はい?」
「……下着はお着けではないのですか?」
「下着ってなんですか?」
あぁ……そういう感じか。よかった……いや、よくないんだけど、変なこと聞いたから嫌悪されなくてよかったって意味な。うん。
「……この依頼が終わったら教えます」
「そうですか。楽しみにしてますね」
そんな無邪気な笑顔を向けられると精神力が削られる。だが、今はまだ序盤だ。本番は服屋に行ってからだ……持ってくれ、俺の精神力……。
ゆっくりし過ぎた。すっかり戦意がどこかに行ってしまった。こんな状態じゃ、さっきの自分の言葉が妙なフラグになってしまう。
「行くか」
「はい!」
ソラクロがマントを羽織ったのを見てから、先に続く坑道へ入る。また狭い迷路じゃありませんように、と内心祈って進んだ先は迷路とは程遠い空間だった。天井も底も見えない広い空間に、ドーム状の岩山があるだけだ。しかも、その岩山へ通じる道は人が一人通れるくらいの幅しかなく、足を踏み外せば見えない底まで落ちることになる。発光する岩が多数あるのか、視界に不便はないので、罠でも仕掛けていなければ足を踏み外すことはないだろうが……俺は高所が苦手だ。
「魔物の気配はあるか?」
下を見て吸い込まれそうになる気持ちを振り払いたくてソラクロに声を掛けるが、珍しく答えが返ってこない。
不安になって振り返って見ると、茫然と岩山を眺めているソラクロの姿があった。
「ソラクロ? どうかした?」
「あ、すみません。少し、ぼーっとしていました。魔物の気配ならありません」
「そうか」
休憩直後だから気持ちが切り替わりきっていないのだろうか。
俺の視線に気づいたソラクロは、疑問を晴らすように「進みましょう!」と言って岩山に向かって歩き出した。
下は見ない、下は見ない。ソラクロの背中に視線を固定して、できるだけ自然体に歩く。
細道を渡り切った先、岩山には人が通れる大きさの穴が開いており、中に入ることができた。中は発光する鉱石が天井にいくつもあって明るい。
「何もないな」
周囲を隈なく見渡すが、ただ空間が広がっているだけで、魔物の姿すらなかった。ここで行き止まりということか?それなら結構意地の悪い魔窟だな。せっかく迷路を抜けて来たっていうのに……。
一応、壁に沿って歩いて金目の物がないか探ってみる。すると、灯りになっている鉱石とは違った輝きを放つ鉱石を見つけた。鉱石は鮮やかな赤色をしており、直観で宝石だと分かった。世界が違くても宝石なら高値で売れるだろう。しかも大きさは見えているだけで五センチ近くある。
ここまで活用することになるとは思っていなかったツルハシを振るって宝石を採掘していると、背後でソラクロが声を発した。
「わたし、ここを知っている……ような」
ツルハシを振るう手を止めて振り返る。ソラクロは周囲を見渡しているようだが、上手く思い出せないのだろう。首を傾げてしまっている。
記憶を戻す手がかりが掴めたかもしれないが、こんな何もない空間を知っている? 一体なにがあったというんだ?
「何か思い出せそうなのか?」
「うーん……」
「無理はしない方がいい。気分が悪くなったり、頭が痛くなったりしたら大変だ」
「……はい」
記憶を取り戻す手がかりがこの空間にあると分かっただけでも大きな進歩だ。今この場で無理に思い出そうとする必要なんてない。ギルドに戻ってエリンさんや、場合によっては銅星の希望の人たちにこの場所のことを聞けば、もっと手がかりが掴めるかもしれない。
とりあえず、この魔窟の構造ではオークが出現しないようなので、この赤い宝石を取ったら一度クロッスに戻ろう。
ツルハシを数回振るうと、赤い宝石だけが綺麗に岩盤から剥がれ落ちた。手の平に乗せて宝石を眺めてからバッグに仕舞う。宝石を売るならどこだ? 宝石店なんて見かけないし……上流区にいけばあるのかな?
「ソラクロ……」
クロッスに帰ろう。そう続けようとしたが、目の前に巨大な骨がガラガラと音を立てて降ってきた。な、なんだ? スケルトンじゃないな。大きさが全然違う。人間の二倍、いや三倍近いぞ。
骨が人の形を模っていく。人との違いは、全体の大きさだけでなく、肩だけでなく背中から生えた一対の腕、そして、最後に降って来た頭蓋骨の額に角が生えていることだった。
「なんだこいつ!?」
やっぱりボスがいたのか!? タイミング的に宝石を取ったことがマズかったんだろうが、取ってしまったものは仕方ない。逃げよう。
巨大骸骨を迂回して出入口となっている穴から外に出ようとしたが、逆側から走ってきたソラクロにタックルされて押し戻される。直後、俺のいた所に大剣が振り下ろされ、砕かれた地面から粉塵が上がった。
「悪い。助かった」
「いえ、それよりも……マズいです。出入口を塞ぐよう立たれたら逃げようがありません」
ソラクロの言葉に違和感を覚えると共に、絶望を感じた。普段なら相手を倒すことを優先するソラクロが、逃げることを考えている、それはつまり、ソラクロですら戦闘を避けたいと思うほどの強敵が目の前に現れたということだ。




