第三十五話:苦手な物
冒険者ギルドでソラクロの冒険者登録を終え、パーティ登録も終えた。パーティ名は考えてなかったので「レイホ&ソラクロ」になっているが、別に困らないしこのままで良いと思っている。もしも……万が一にでも人数が増えたら、その時はパーティ名を考えよう。
一応だが、パーティ内の役割は俺が偵察者、ソラクロが攻撃手になっている。
手続きが終わった頃合いを見て、ソラクロが記憶を取り戻せる手掛かりがないかエリンさんに尋ねた。が、残念ながら何も情報は得られなかった。
尻尾が三本生えている珍しい特徴があるので、詳細な種族だとか、同族が住んでいる地域だとか、何か手がかりがあれば一気に進展しそうな気はするのだが、そう簡単にはいかないようだ。
当の本人は記憶がないことをあまり気にしていない様子だし、急げば良いという話でもないので、エリンさんに情報収集の協力をお願いして気長に探すことにした。
話を終えたら依頼を受けて、さぁ出発だ……とはならない。能力値が高くとも、サンダルを履いた状態では満足に動けないだろうから、装備を整える必要がある。
装備を整えるとなると、金が必要になる。そして俺とソラクロは装備品を買える金は持っていない。
借りました。支度金。エリンさんに「いくら必要になるか分からないでしょ」と言われて千ゼース。俺のと合わせて二千九百ゼースもの負債ができてしまった。……返せるのか、これ?
「大丈夫よ、レイホ。ソラクロと一緒に魔物をバシバシ倒していけば、あっという間に稼げるわよ!」
はいはい、お気遣いありがとうございます。ソラクロ任せじゃなくて、俺も強くなって稼ぎますよ。
金の話しになると精神が投げやりになってくるから、別の話にしよう。
「準備が整ったら、そのまま依頼に行こうと考えてますけど、手頃な……薬草採取の依頼ありませんか?」
「あら、薬草採取で良いの? 銅等級昇格試験も受けられるわよ? ソラクロと一緒に昇級しちゃった方が良いと思うわ。祝い金も出るし」
「病み上がりなので……。ソラクロ、いきなり銅等級なんですか?」
以前受験した日はソラクロを連れ帰って立て込んでいたので、試験を保留扱いにしてもらっていた。いつでも受けられると言われていたので、少し体を慣らしてから受けるつもりだった。だが、ソラクロがいきなり昇級試験を受けられるとはどういうことだろうか。
「試験を達成すればね。能力値が推奨値に達していれば、下の等級を飛ばす事が可能なのよ。とはいっても、最高でも銅等級の昇格試験からだけど」
つまり、能力値がありえないぐらい高くても、いきなり銀等級からとか銅等級星いくつからとかにはならないのか。
「あ、そうそう。飛び級でも、鉄等級に昇格した際の祝い金は合算で支払われるから安心してね」
金に困っていることを知っているから教えてくれたんだろうな。でも、ありがたい。俺にとっては百ゼースでも大金だ。
「で、依頼はどうする? 昇級試験は……あ!」
突然エリンさんの表情が固まる。え、なんだ? なんかマズいことでもあるのか?
「保留にできる期間、受けた日を抜かして一週間なのよね……」
記憶を辿りながら指を折る。
受験日の次がオーバーフローで、その次の日は意識を失っていて、ネルソンさんと会って、店番して、配達して、今日……もう片手の指は全て折れて握り拳になってしまっている。
エリンさんに視線を向ける。苦笑。
ソラクロに視線を向ける。首を傾げられる。
「……体を慣らす必要ありますし、また鉄等級でコツコツ依頼を熟しますよ」
もう二度と受けられないという訳ではないんだ。依頼を達成していればまた受けられるだろう。能力値だって多分銅等級不相応だし、少し足踏みするくらいがちょうど良いだろう。
「や……いや、ちょぉっと待っててね! オーバーフローがあったし、どうにかできないか確認してくるわ!」
別に気にしないんだけど、エリンさんは止める前に奥へ走り去って行った。
「今日は薬草を集めに行くんですか?」
「そのつもりだったんだけど……」
どうなることやら。と思っていると、職員達の間を軽やかな足取りで抜けて来るエリンさんが目に映った。
「良い知らせよ! オーバーフローの日は抜かして良いってことになったわ!」
一日ずれるってことは……。
「今日までなら受けられるってことですよね」
「ええ、そうよ!」
うわぁ、眩しいくらいの笑顔。エリンさん一人で喜んでるけど、俺は別に今日受ける気はないんだよ。
「よかったですね!」
あ、喜びが伝染している奴がいた。
体が訛っていないか心配だったが、元より訛ってしまうような能力値は持ち合わせていないんだ。それに、もう少し鉄等級で過ごす気でいたんだから、試験に失敗したとしても気落ちする心配もない。魔窟に入るから相応の危険はあるけど、受け得ってやつか。
「昇級試験、ソラクロと一緒に受けます」
「試験内容は同じく魔窟でゴブリンを一体倒して魔石を持って帰ってくることよ。二人とも頑張ってね!」
「はい! いってきます!」
ソラクロと同等以上に元気よく返事できる気がしなかったので、俺は手上げで応えてからギルドを出た。
装備を整えるといったらエディソン鍛冶屋だ。昨日ぶりに店に入ると、いつも通りタツマが出迎えてくれた。
「へいへい! 今日は何のご用だい!?」
「ソラクロの冒険用の靴が欲しい」
「ほうほう……靴だけでいいのか?」
ご尤もな質問だと思う。夏場の部屋着みたいな恰好で森やら魔窟を歩かれては、見ている方が心配になる。
「ソラクロ、防具はどんなのが良い?」
「う~ん……服とか鎧は窮屈なので、あんまり好きじゃありません。動きやすいですし、このままで良いですよ」
そう言って両手を広げて見せる。そんな細い体で窮屈な服なんてあるか、と思う。思うだけで口にはしない。
「いやー、流石にそいつは無謀だと思うぜ? 自分の身を守るためだから、窮屈なのは少しくらい我慢できないのか?」
「攻撃は避けますから大丈夫です!」
「冒険に出るんだろ? 敵との戦いだけが怪我の原因じゃない。岩場とか、木の枝とか、草でだって怪我する可能性はある」
タツマは至極真っ当なことを言っているが、ソラクロは不満気に口を尖らせている。
出会ってまだ日が浅いけど、こんな顔もするのか。いつもニコニコ笑ってばかりじゃないんだな。
「タツマ、無理強いはやめてくれ。……金に余裕がある訳でもないし、とりあえず靴だけ見繕ってくれないか?」
二人の間に入ると、今度はタツマの方が不満気に眉根を寄せた。
「お前のパートナーの事だぞ……って言いたいが、分かったよ。お客様の希望が第一だ。防具を無理強いして、それで調子悪くさせちゃ師匠に申し訳が立たないしな」
「悪いな」
「気にすんな。ちょっと待ってろ……ってぇ! 師匠、いつからそこに!」
靴を探しに振り返ったタツマの目の前にエディソンさんが立っていた。その両手には茶色の革靴と麻色の布を持っていた。
エディソンさんはタツマの質問には答えず、それどころか横に押しやってソラクロの前に立った。
「これを使え」
突然靴を差し出されて困惑するソラクロが俺に助けを求めてきたので頷きを返す。
渡されたのは踝までの高さの革靴と、肩から膝下までの高さの布のマントだった。ソラクロが革靴に履き替えるまで、マントの方は俺が預かっておく。
「ピッタリです」
革靴を履いたソラクロは足首を回して履き心地を確かめていた。
まさか、エディソンさん、昨日ソラクロの拘束具を見た時に体格とか足のサイズまで測って、調整してくれたのか? ありがたいことではあるが、頼んでいないことをどうして、といった疑問はある。これは聞いても良いものだろうか、と悩んでいるとエディソンさんから口を開いた。
「昨日、役に立てなかった詫びだ」
言うが早いか、エディソンさんは踵を返して作業場に戻って行ってしまう。
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
エディソンさんの背中に向かって、ソラクロと共に礼を言う。何も反応はなかったが、声は届いているだろう。
「良かったな! 師匠が仕立てたんなら問題ないと思うけど、何か気になったことがあったら言ってくれよ」
「多分……大丈夫だと思います。マントが少し重いくらいです」
「はは……。そいつは勘弁してくれ。あんまり軽いと防具としての意味がなくなるから」
「重量はタツマのアビリティでどうにかできないのか?」
素朴な疑問を漏らすと、タツマは目を丸くした。
「重量か……考えたことなかったな。近い内に試してみるよ」
固有のアビリティがあっても、どこまで使えるかは手探りになるんだな。タツマの場合は「武具に名前を付けることで性能を上昇させる」とかだったから、有効範囲はかなり広そうだ。
「とりあえず、身なりはそれで良いとして、武器はどうする?」
「素手で大丈夫ですよ」
「おいおい……防具の時といい、大人しそうな顔して随分と野生児だな」
タツマが呆れたように苦笑しつつ俺に視線を向けて来る。そんな視線を向けられても何も言えないぞ。
「素手か……」
ソラクロの方に視線を向けると、俺の思考を察したのか、マントから両手を出して見せてくれた。体格と同じく小振りな手は、およそ魔物とやりあえるようなものではない。
「先日も素手で魔獣を倒してましたから、心配無用です! 任せてください!」
「それならグローブか、籠手だな」
「レイホさん、あの人わたしのこと無視します……」
「あー……俺も流石に素手で戦われると心配だから、何かしら着けてほしいとは思う」
「むぅ……レイホさんがそう言うなら……」
渋々といった様子で、タツマが選んで来てくれた装備品を試着し始めてくれた。
まさかソラクロがこんなに装備品を嫌うとは思ってなかった。これは魔窟行く前の買い物で疲れてしまいそうだな。




