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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第三十三話:新たな日常

「今日はあとこれを預かり屋さんに届ければ終わりですね!」


 二人で木箱を持って歩いていると、隣りを歩くソラクロが陽気に話し掛けて来たので、「ああ」と相槌を打つ。

 ソラクロに名前を付けてから「敬語じゃなくて気楽に話していいですよ」と言われたので、素の口調で接するようにしているが……我ながら素っ気ないな。相手は気にしていないようだから良いけど。

 ちなみに、ソラクロの方は素で敬語なのだそうだ。


 オーバーフローで負った傷を完治させるのと、医療費を支払う目的から、俺とソラクロはネルソンさんの‟ジャンク屋”の手伝いをしている。

 

 ネルソンさんのことを医者だと思っていたが、本業はジャンク屋であり、俺が寝ていた病室もジャンク屋の倉庫を改造したものであった。元々は別の所で医者をやっていただが、色々あってクロッスでジャンク屋兼医者をやっているそうだ。

 ジャンク屋の場所は下流区の大通りから少し奥まったところにあり、少し分かりにくい。病室は更に路地裏の、まるで隠しているような場所にあるので非常に分かりにくい。ジャンク屋という名目だが、日用雑貨から魔物の素材、果てはただの鉄くずまで、何でも扱っているので、何でも屋と言った方が適切かもしれないが、ネルソンさんがジャンク屋と言うのだからジャンク屋なのだ。

 

 そんなわけで、不便な立地にあるにも関わらず客足はそこそこにある。客先は下流区のみならず中流区にも及び、まさに今は中流区にある預かり屋、カイルさんのところに向かっている。


「今日はあちこち配達しましたけど、体の方は大丈夫ですか?」


「ああ。大丈夫」


 目が覚めてから三日目になるが、傷は既に痕も残っておらず、失った血や体力も大分回復した。これなら明日から冒険者生活に戻れるだろう。

 一昨日は体を気遣いながら倉庫の整理、昨日は一日ジャンク屋の店番をしていたので、二日ぶりとなる中流区を歩いていると、何やら不穏な視線を方々から感じた。

 周囲を見なくても理由は分かる。だが、視線の的になっている当人は全く気付かず、好奇心たっぷりに街並みを見ているものだから、俺は横を向いて息を吐いた。

 そりゃあ、ソラクロの格好を見たら誰でも不審に思うよな。足はネルソンさんから貰ったサンダル状の履物を履いているけど、それだけでは枷と鎖の異様さに勝てはしない。唯一の救いは、ソラクロの表情が明るいことだろうか。この格好で暗い雰囲気だったら、一緒に歩いている俺が“女の子に強制労働を強いている人でなし”と見なされても仕方ない。




 周りからの痛い視線に耐えながらどうにか預かり屋に辿り着くと、先客がカイルさんに布で包まれた何かを渡すところだった。


「はいよ! それじゃ、確かに受け取った!」


 カイルさんがいつも通りの明るい口調で言うが、客の方は何も言わず立ち去る。全身に灰色のローブを纏い、フードを目深に被っているのでどんな人物かは分からないが、同じ店に用があった人間のことをジロジロと見る趣味はないので、ソラクロと一緒に扉の前から避ける。


「いらっしゃい! お、兄さん久しぶり! 無事だったのか!」


「どうにか無事でした」


 腹に穴を開けられたのを無事と言って良いのかわからないが、後遺症もなく生きているなら無事と言って良いか。


「そっちの娘は初めまして。おれっちは預かり屋のカイルってんだ! よろしく!」


「わたしはソラクロって言います。よろしくです!」


 明るく挨拶を交わす二人に圧されてしまいそうになるが、仕事は熟さねばならない。


「カイルさん。これ、ネルソンさんの所に頼んでいた品です」


「お!? 兄さん、ネルソンさんのとこで働くことにしたのか?」


「いえ、一時的に手伝っているだけです」


「ふーん、そっか。届けてくれてありがとな!」


 俺とソラクロ、それぞれから木箱を受け取ったカイルさんは更に手を出して来た。その手は受領書を求めていると分かっていたので、ズボンのポケットから受領書を渡してサインを貰う。


「それでは、今日はこれで」


「おう! 兄さんも嬢ちゃんも、またいつでも来てくれよ!」


「はーい!」


 手を上げて見送るカイルさんに、会釈を返す俺と手を振るソラクロは揃って店を出た。


「お仕事、終わりですね。帰りましょう」


「ああ……」


 帰る……か。


「どうかしました?」


 歯切れの悪い相槌を敏感に察し、首を傾げるソラクロ。彼女を一瞥してから空を見上げると、傾き始めた陽が街並みを照らしていた。

 せっかく銭貨通りまで来たし、エディソン鍛冶屋に行って枷と鎖が外せないか聞いてみるか。


「少し、寄って行きたい場所がある」


「わたしも行って良い場所ですか?」


「ああ」


 頷きを返すとソラクロはたちまち笑顔になる。よく笑うな。と思いつつ、エディソン鍛冶屋へと足を向けた。




 店内から灯りが漏れていることを確認し、エディソン鍛冶屋に入る。


「へい、いらっしゃい!」


 元気な出迎えの声。タツマとカイルさんって気が合いそうだけど、二人は知り合じゃないのかな? 知り合いじゃないとしても、わざわざ紹介する気はないけど。


「あれ? レイホ……女連れかぁ?」


「ああ……ちょっと見て欲しいんだけど」


 手招きしてタツマを呼び寄せると、怪訝そうな表情をしながらもカウンターから出て来てくれた。


「この枷と鎖って、外せないかな?」


「うーん? なんか訳アリアリな感じだけど……あ、オレ、タツマって言うんだ。よろしく」


「ソラクロです。よろしくです!」


「おう! じゃ、ちょっと見せてな」


 タツマは手首の枷と鎖をじっくりと観察してから、足首と首に着いている物も確認してくれた。


「うん。よく分からん。師匠呼んで来るからちょっと待っててくれ」


 そう言ってから「師匠―!」と声を上げて店の奥に入って行く。


「レイホさん、これこのままでも大丈夫ですよ?」


「ソラクロが良くても……他の人が見たら良く思われない。べつに外しても大丈夫なんだろう?」


「大丈夫ですよ……多分」


 ソラクロも記憶が無いから確実なことは言えないか。外したら呪いとかが発動しないよな?


「師匠、あの娘が着けてる枷と鎖だ」


 タツマに連れられて来たエディソンさんは、無言でソラクロに近付くと腕を取って枷と鎖を凝視した。


「……少し叩くぞ」


 腰に下げたいくつもの工具の内、小振りな金槌を手にして枷と鎖を軽く叩いた。何の変哲もない金属音が鳴るが、エディソンさんには何か解ったようで、金槌を腰に戻してソラクロの腕を離した。


「わしには無理だ」


「えっ!!」


 一番驚いているのはタツマだった。自分の信頼している師匠が無理と言ったとのだから相当ショックだったのだろう。俺も驚きはしたが、どこかで納得している気持ちもあった。


「知らん物質な上に、魔法まで掛けられている。魔法屋にでも見て貰った方が良い」


 知らない物質? 金属製じゃないのか? 詳しく聞きたいが、たった今「知らん物質」と言われたばかりだし、詳細を知ることはできないか。


「そうですか。忙しいところ、すみませんでした」


「いや」


 エディソンさんは店の奥の作業場に戻っていく。外す事ができないと言われた以上、引き止めることはできない。


「……って、ことだから、悪いけどうちじゃ力になってやれない。すまん」


「大丈夫ですよ。これ、重くともなんともないので、全然着けてる気がしませんから」


 軽快に回して見せる手首は確かに稼働に問題なさそうだ。物質の影響か、魔法の影響かは分からないが、本人が大丈夫と言うのなら、外す手段が分かるまで着けたままでいてもらうしかない。見た目については……我慢するしかないか。

 武具を買う予定も無かったので、タツマに面倒を掛けた事を詫びてから鍛冶屋を出る。それから銭貨通り沿いにあった魔法屋でも見て貰ったが、物質については不明。魔法については拘束系に似た魔法が掛けられていることしか分からなかった。


「帰るか」


 魔法屋を出て空を見上げる。家屋の影から差す夕日が目に刺さり、目を細める。

 帰る場所がある。宿や借家といった立派な物ではなく、ネルソンさんから自由に使って良いと言われているジャンク屋の倉庫であるが、今の俺には帰る場所がある。


「はい。帰りましょう」


 何がそんなに楽しいのか分からないが、笑いかけて来るソラクロと視線を合わせた後、帰路に着いた。



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