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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第三十一話:ワンワン、です!

 暗い魔窟の中を、俺はパーティの皆と進んで行く。魔物の討伐に来た筈なのに遭遇することなく歩き続け、集中力が切れて来た時だった。天井を這っていた魔物の奇襲を受けたのは。

 魔物は青紫色の体表をした四足歩行の魔獣だった。尻尾を含めた細長い身体は成人男性の三倍近い体長であり、鋭い爪を生やした足は前後共に異様に大きい。のっぺりとした顔に目はなく、鼻の穴と巨大な口があるだけである。口には凶悪な牙が並んでおり、俺達の様子を探る様に長い舌を出している。討伐対象の魔物、ジャバウォックだ。


 先頭を歩く俺は奇襲を躱すと同時に、肩に担いでいた鞘から片刃の長剣を抜いて戦闘態勢に入った。後ろを付いて来ていた仲間の様子は見えない。見えなくても分かる。奇襲に驚きはしたが、どうにか回避し、各々武器を構えている頃合いだ。


 俺は号令を出すと同時にジャバウォックへ突撃し、長剣で爪と切り結ぶ。

 始めは振り遅れることはなかった。寧ろ俺の方が押していたが、膂力の違いか、徐々に長剣の振りを大きくさせられる。

 まずいな。そう思って退こうとした瞬間、後方から魔法の弾が放たれ、ジャバウォックを怯ませた。更に仲間の二人が交差するように駆け、ジャバウォックの体表を切り裂いていった。

 大きく仰け反り、足と尻尾を振って暴れ回るジャバウォックから少し距離を置き、長剣を顔の横で突きの構えを取った。長剣が剣先から徐々に発光していき、やがて全体が眩く発光した時、俺の体は引き絞られた矢のように飛んだ。視覚も聴覚も感覚も置き去りにして、俺が持つ長剣はジャバウォックの体を貫通しただけでなく、二分にして弾け飛ばした。


 一体目の討伐が完了し、残り二体。仲間に激を飛ばそうと振り返るが、そこには誰一人、たった今倒したジャバウォックすらいなかった。さらに魔窟の天井も壁も床も、何もかもが白い何かに浸食されていく。だというのに、俺は驚くことも疑問を口にすることもなく、茫然と肉体と精神を白に浸食されていった。


——————————






 体が重い。重りが乗っているというわけではなく、力が入らない所為で重く感じる。目蓋を開け……あれ、開け……動かない。なんで? 意識ははっきりしてきたけど、体が動かせない。

 動け動け動け…………。


「ぅあっ!」


 溜まっていた力が一気に解放されたかのように、俺の体は跳ね上がる。


「はぁ……はぁ……」


 動くのを忘れていたのか、心臓は慌てた様子で鼓動し、体のいたる所で脈拍を感じる。

 なんか、戦闘で活躍していた気がするけど…………夢か。夢だよな、長剣なんて持ってないし。えーっと……なんで俺はベッドで寝ているんだっけ?

 清潔感のある白いベッドの上で上半身を起こした状態で周囲を見渡す。壁や天井は……飾り気の無い石造りで、床は木張りだ。寝台は俺が寝ていたものを含めて三つ並んでいるが、床で寝ている人も数人いるので数が足りていない。


 寝ている人達が皆一様に負傷しているのを見て思い出す。あぁ……そうか、魔獣が町を襲ってきたんだった。

 一拍置いて色々思い出す。俺、生きてる? 魔獣に食われた腹は……治ってる。魔獣は? あの獣人の少女は?

 この世界の入院服なのか、見慣れない衣類の腹部をはだけさせたは良いものの、戻し方が分からず、ぐちゃぐちゃになってしまうが、こんなことにかまけている場合ではない。

 ベッドを下りて部屋を出ると、いきなり探していた人物に出くわす。黒髪に澄んだ水色の瞳、獣耳に尻尾、首と両手足首に着けられた枷と上下共に丈の短い服装。

 無事だったのか。と安堵の溜め息を漏らすが、こんなに早く再会できると思っていなかったので、掛ける言葉が思いつかない。


「よかった。意識が戻ったんですね!」


「あ、あぁ……はい」


 頭一個分くらい低い位置から人懐っこい笑みを向けられて、思わずどもってしまう。


「先生を呼んできますので、部屋に戻って待っていてください」


「その必要はない。仮助手よ」


 いつの間にか少女の後ろに白衣の男が立っていた。体格は俺と同じくらいで、暗い紫色で癖の強い髪に藍色の瞳だ。


「あ、丁度いいところに! レイホさんが目を覚ましました!」


 あれ? なんで俺の名前知ってんだ?名乗ってないよな……名乗る時間なんてなかったし。


「見れば分かる。こっちに来たまえ、診察しよう」


 言われるがままに付いて行き、診察室に入る。病院は現実も異世界も似たような雰囲気だったし、病院の内装よりも気になる事があったから、不安を感じることはなかった。

 診察も視診、聴診、触診と似ている内容だった。世界が違っても同じ人間を診るのだから不思議なことではないか。


「うむ。日常生活に支障はないだろう。だが、体を酷使した上に出血も多かったからな、二、三日は冒険に出ず、安静にすると良い」


「はい」


 体全体の重さというか怠さが消えるまでは安静にしていたいが、生活費大丈夫かな。入院費とか治療費もかかる。金のこともあるけど、ここは町のどの辺りだ? 町はどうなった? 魔獣は? どれくらい寝ていた? 少女のことも聞かなきゃいけないし……。


「ふっ、混乱しているようだね。だが安心したまえ。このネルソンさんが抜け目なく教えてやろうではないか! あ、そうそう。君のことは勝手ながら冒険者手帳で調べさせてもらったよ。あとで……いや今だな。仮助手、レイホの荷物を持って来ておいてくれ」


「はい!」


 少女は元気に返事をして枷に繋がっている鎖をカチャカチャと鳴らしながら部屋を出て行った。


「さて、今回のオーバーフローは突発的ではあったが幸いにも小規模なものであった。故に町の被害は少ない。事後処理はまだあるが、それは役人やギルドの仕事だ。我々が何かする必要はない。君が寝ている一日の間で、ほとんどの人間はこれまで通りの日常生活を再開しているよ」


「そうですか」


 町が無事なら良かった。町をめちゃくちゃにされていたら俺はこの後どうなっていただろう。金も能力値も人脈もない状態で野に放たれては、文字通り野垂れ死ぬしかなかったかもしれない。


「俺はどれくらい寝ていました?」


「ちょうど一日といったところかな。オーバーフローの混乱の最中、この診療所を選んだのは称賛に値するよ。回復薬は掛けられていたが、少々危険な状態であったからね。その辺のヤブ医者に診せていては、君は今頃あの世行きだったよ。あの仮助手のことを褒めちぎってやるといい」


 すごいご機嫌だけど、気を失っている間に連れ込まれて治療も終えてしまったので、いまいち凄さが分からない。けど、あの少女がここに運んで、この……ネルソンさんだったけ? の治療がなければ俺が死んでいたことは間違いない。

 それよりも、さっきから少女のことを仮助手と呼んでいることの方が気になる。


「はぁ……それは助かりました。あの、仮助手ってどういうことですか?」


「うん? 言葉通りの意味だ。仮の助手」


「レイホさんが目を覚ますまで、ネルソンさんのお手伝いする約束をしたんですよ」


 俺の荷物を持って来てくれた少女が補足してくれたが、今度は何故少女が俺の目覚めを待ってくれたのか疑問になる。


「どうせ君ら、金を持ってなさそうだったしね。このネルソンさん、金には困っていないが人手ばかりはいくらあっても足りない状態でね。レイホの入院費代わりに猫の手を借りたってわけさ……いや、仮助手は猫じゃなくて犬だったか」


 あ、なんの獣人かはっきりと分からなかったけど、犬なのか。って、そうじゃない。ネルソンさんの都合で入院費を労働力で払うのはいいけど、なんでそれを少女が? そんなことする義理なんてないだろ。

 少女の方へ視線を向けると、小首を傾げながらも笑顔を返される。


「ワンワン、です!」


 犬かどうかを疑ったわけじゃないんだが……それにしたって返しが「ワンワン」ってどうなんだ。魔獣に追われてた時はしっかりしてると思ったけど、普段は緩い感じなのか? あー、違う、違う、確認したいのはそうじゃない。


「えーと……どうして俺を助けた上に、目を覚ますまで……付き添ってくれたんですか?」


 付き添っただと意味合いが違うか? 言いたい事が伝わってくれればいいけど……。


「目の前に助けられる人がいて、助けたら変ですか? それがわたしの事を助けてくれた人なら尚更です」


 助けた……のだろうか。裏路地の空き地で魔獣と出くわしてからの記憶が曖昧だけど、大して役に立った覚えが無い。


「あの魔獣はどうしました?あなたが倒したんですか?」


「いえ……綺麗な女性の方が助けに来てくれました。正直、わたしじゃどうしようもない状況だったので、きちんとお礼を言いたいのですが、名前を聞く前に別の魔獣を倒しに行ってしまって……」


 記憶にある綺麗な女性を思い出す。タバサさん……そんなわけないよな。エリンさんは元冒険者だけど、今回のような場合はどうするんだろうか。ギルドの方でも仕事があるだろうし、そっちが優先だろうな。


「でも、白色が印象的で、顔も覚えてますから、町を探せばきっと見つかります!」


 白……この世界に来た初日に真っ白なマントと銀髪の女性冒険者を見たけど、まさかな。


「仮助手よ、その女というのは長い白髪で口が悪くなかったか?」


「口が悪いかは分かりませんが、長い白髪でした」


「ほぉほぉ、なるほど合点がいった。この町の住民に見えない仮助手がこの診療所を見つけたことが不思議だったが、あいつか……」


「ネルソンさんはお知り合いなんですか?」


「ああ、知り合いだ。だからこそ教えよう。あいつに礼など不要だ。今頃はもう昨日のオーバーフローのことなど覚えていないだろうしな。覚えていたとしても唾を吐きかけられるか、蹴り飛ばされるのが関の山だ。あいつのことより、レイホ、まだ聞きたいことがあるんじゃないか?」


 女性冒険者について口を挟む暇もなく話しを振られてしまった。ここで「女性冒険者について教えてください」と言っても教えてはくれないだろうし、素直に話題を変えるか。


「それじゃあ……えっと、あなたの名前は?」


 少女は申し訳なさそうに俯いてしまう。あれ?獣人には名前を聞いてはいけない習わしでもあるのか?

 「言いたくないのなら言わなくてもいい」そう言おうとしたのだが、先に少女の方が顔を上げて開口した。


「ごめんなさい。わたし、自分のこととか、昔のこととか……記憶が思い出せないんです」


「記憶が?」


 思わず聞き返すと、肯定の頷きが返ってきた。これはどうしたものか、事情を聞いて元居た場所だとか、家族や仲間のところに返してあげるつもりでいたが、自分のことも昔のことも思い出せないのならばそうもいかなくなった。



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