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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第二話:日本語しか話せない

 黄金のリンゴを食べた後、見知らぬ土地にやって来た俺は、一先ず人が住んでいると思われる町を目指した。

 足の裏から伝わる痛みに慣れることはなく、丘を下りて森に入る頃には靴下に、隠せないほどの穴が開いていた。

 森の中は当然舗装などされておらず、地面は芝の所もあれば土が剥き出しになっている所もある。場所によっては木の根が這い出ていたり、腰くらいまで伸びた草が生い茂っていたりと、歩き難さに滑車がかかっている。


 変な虫を踏んだら嫌だな。そう思って足元ばかり見ていたら危うく蜘蛛の巣に引っ掛かりそうになった。巣には赤紫色をした、それはそれはご立派な主がお住まいで、俺の心臓は悲鳴を上げた。

 ゆっくりと後退って蜘蛛の巣から離れ、なんとなく腰を曲げて姿勢を低くして歩き出す。

 心臓の高鳴りと発汗を沈める為に別のことを考えよう。えっと……そうだ、魔法。異世界なら魔法が使えるだろう。

 一般的な男として生まれ育ったので、中学二年生も通って来た。あの時の経験は今、この時の為に培われたんだ。

 左手を顔の半分が隠れるように上げ、右手で左手首を掴んで目を閉じる。


「原初の力よ、我が命に従い、焼灼の火球となれ。ファイアボール!」


 火球が飛んで行くイメージを浮かべながら開眼と共に左手を突き出す。

 

 出ない。

 火の特性がないのかもしれない。別の属性でもう一度試そう。


「生命の根源たる水よ、慈雨となり癒しを与えん。ウォーターレイン!」


 静かに雨が降るイメージを浮かべながら開眼と共に左手を空に突き出す。


 降らない。

 水の特性もないのか。次は風で……って、そうじゃない。呪文や名前が合ってなければ発動するわけないし、現代からやってきた特別な取り柄もない人間が魔法を使えるわけがないだろう。そもそもここに魔法が存在しているかも分からないんだ。

 自分の頭を両手で掴み、痴態を忘れるべく大きな溜め息を吐く。


「……先に進もう」


 憂鬱な気持ちになりながらも歩き出す。

足元と正面と頭上と町の方角に注意しながら慣れない道を歩くのは重労働だった。こっちは残業込みの仕事上がりだっていうのに酷いもんだ。


 頭の中で文句を言いつつも、休まずに歩き続ける。腰を下ろして休みたいと何度か思ったが、草むらの向こうでキノコが歩いていたり、人間の上半身くらいのサイズの蟻が列を形成していたりするのを見ては、どうしても休む気になれなかった。襲われたら町民Aにすらなれずに死んでしまう。

 一つ得たものがあったとすれば、ここが異世界である可能性が非常に高くなったことだ。巨大蟻だけならまだしも、手足があって歩くキノコなんて地球上には存在しない。なんだよアレ。


 得体の知れない生物に狙われないよう、なるべく音を立てず、しかし足早に森を歩いて行くと、やがて未開の地に一本の舗装された道を見つける。舗装といっても地面の中に石を混ぜて固めただけの簡素なものであったが、間違いなく人工的な道だ。

 よかった。これを辿れば間違いなく町に着く。


 少しだけ軽くなった体で道なりに進んで行くと、程なくして開けた所に出る。広がった視界の向こうには高い石の壁が建っており、門のような扉も見えた。

靴がなくて歩くこと自体が困難だった状況を除けば、比較的安全に町に辿り着けたと言えるだろう。

 服や頭に付いた草葉や泥を落としながら門に近付いて行くと、門の脇にあった小さな扉から鉄の鎧を着た男が二人出て来た。


 町に着いたのはいいけど、不審者扱いされて捕まったりしないよな。自分の格好を見直すと、薄い灰色のパーカーに黒のジャケット、黒い細めのズボン。相手は重々しい鎧に帯剣。

妙に逃げたくなる気持ちを抑えながら、歩く速度を緩めて男達との距離を縮める。


「○×△□☆□△×○!?」


「はい?」


「○*▽□*×○!」


 二人共、何を言っているのかさっぱり分からない。けど、攻撃的な感じではないし、表情を見ると心配してくれている気がする。

 俺と言葉が通じないことが分かると、今度は二人で話し始める。そうかと思いきや、またこちらを向く。だけど今度は言葉ではなく手を出して、手招きするような動きを見せた。

 言葉が通じないのでジェスチャーも違う意味の可能性はあるが、ここで逃げたところで他に行く場所なんてない。

 従うことを伝える為に首を縦に振ると、男達は頷いて俺を縦に挟むような位置取りで門の方に歩き出した。どうやらジェスチャーは共通らしい。


 男の後ろ姿は関節部以外の全身が鈍い鉄色の鎧に包まれており、帯剣している。飾り気のない無機質な見た目は、それが装飾ではなく実用であることを物語っていた。


 小さい方の門を潜ると、石造りの部屋があった。長方形をした製の机が一つと、同じく木製の椅子が四つ。壁には杭のような物がいくつか打ちこまれていて、斧や弓が掛けられている。大きさの異なる棚もいくつか並んでいるので、人が動ける空間はあまり多くはない。部屋の隅には石造りの階段があり、上階があることが分かる。

 入って来た門の反対側にも同じく門があり、向こう側には町が広がっているのだろう。しかし、すんなり町に入れて貰える訳ではなく、鎧の男に椅子を向けられた。

 座れってことか。


 直ぐに町並みを見ることができない事に少しばかり不満を感じたが、ここでゴネても得はない。素直に椅子に座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 簡素で固い椅子だが、暫くぶりに下ろせた腰にとっては上質なソファーも同様だった。


 疲れた。あのまま町を連れ回されるより、ここで一息つけられた方が全然良い。けど、ここからどうしたもんか……。言葉は通じないし、日本語の通訳なんている筈ない。俺がこっちの言語を理解するにしたって直ぐには無理だ。なんせ英語すら単語をいくつか知っている程度の語学力だ。学校のテストでは選択問題がなければ赤点の常連になっていたかもしてない。

 我ながら情けないことを思い出していると、透明な液体の入った金属製のコップが机の上に置かれる。顔を上げると。兜を取った男が金属製の水差しを持っていた。


 見た感じは水だな……。喉も乾いているけど進んで飲む気にはなれなかった。コップは所々がへこんでいて、外側ではあるけど少し擦れて汚れている。

 潔癖症ではないと自覚しているが、たとえ綺麗だったとしても見知らぬ他人の使っている食器を使う事に抵抗がある。しかし、慣れない土地を歩き回って喉が乾ききっているのも事実だ。自分の意思とは反して、喉から手が出て水分を補給してしまいそうなくらいだ。。


 俺が飲むか飲まないか葛藤していると、男二人がなにやら言葉を交わしている。見ると、水差しを持った男の方は驚いた表情をして、もう片方は棚から空いたコップを持ち出した。

 コップに水差しの中身を注ぐと、男は俺に見せるようにわざとらしく大きな動作で液体を飲み干した。

 安全だと言いたいのだろうか。だとしたら申し訳ない。毒が入っているかどうか疑っていた訳じゃないんだ。しかし、飲まないと先に進まなそうだな。


 俺は改めてコップを見てから意を決して液体を口に含んだ。冷蔵庫がある訳ではないので、十分に冷えているとは言えない。さらに、薄汚れたコップに口をつけることに抵抗を覚えていた。にも関わらず、一気に飲み干してしまう。冷たすぎないが故に、体は快く受け入れてくれた。水が喉から胃に落ちて行く感覚に、かなり喉が渇いていたことを自覚する。

 水差しが差し出されたので、ほぼ反射的にコップを出して水をおかわりした。

 俺の様子を見た男達は安心したように頷くと、二人で言葉を交わし、一人が町の方の門から出て行った。残ったもう一人は水差しを机の上に置くと、棚から紙と羽ペンを取り出して向かい合うように座る。

 

 白紙に一行、文字を書くと羽ペンを置いて俺に見せる。うーん……何が書いてあるか全く読めない。アルファベットのように見える部分もあるが、多分意味は違うものだ。

 男は文字を指でなぞった後、自分を指差した。俺が小首を傾げると、もう一度同じ動作をする。文字、自分……名前?

 合っているか分からないが、とりあえずの想像はついたので曖昧な頷きを返す。すると、男は紙と羽ペンを渡してきた。俺の名前も書けということだろう。

 この世界の文字など知らないので、漢字で「志水 玲穂」としっかり書いて男に見せる。すると、随分と難解な文字に見えたのか、眉間に皺を寄せた。


 ひらがなにカタカナ、ローマ字でも名前を書いてみたが、どれも同じ表情をされるだけで、意思の疎通は困難を極めた。


 異世界に来たことで期待と興奮を感じていたが、それも今はめっきり落ち込んでいる。逆に、目の前の男が友好的であるので、いきなり牢屋にぶち込まれる不安は消えていた。

 何の説明もなくこの世界に飛ばされた、というか勝手に飛んで来たのか。言語能力がない代わりに何か特殊能力でもあれば良いけど……丘からこの町まで歩いて来た感じ、身体能力はそのままだったな。発動が限定的なものの可能性もあるけど、確認のしようがなければ使うこともできない。

 ……これ、現状だと結構幸先が悪いのでは?


 特にやれることもなかったので、現実世界で触った異世界転生物の知識を思い出してみる。俺の場合、転移か。リンゴを食べて死んでたら転生になるのかもしれないけど、そこはどっちでもいいか。現実の俺の扱いがどうなろうと知ったことじゃない。突然いなくなったことで迷惑がったり心配されたりするかもしれないが、それだけだ。一日か二日もすれば心は別の事に移って、俺の存在は忘れ去られるだろう。

 もう会えないと思うと残念に思う友人は思い付かないでもないが、仕事を初めてからは会う機会も減ったから、残念だと思う以外の感情はない。達者に暮らせよ、と届くか分からない念でも送っておくか。


 ぼーっと思考を巡らせていると、町の方の門が開いて、出て行った方の男が帰って来る。後ろに若い女性を連れて。



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