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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第八章【魔王と異世界生活】
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第二百九十一話:遁走

 プリムラは……どこだ? 馬を連れているなら直ぐに見つかりそうなものだが……まさか、敵に見つかった?

 浮かび上がった疑念を弾くように舌を打つ。これは不安ではなく不信だ。

 走りながら頭を振って周囲を注意深く探すと、森の入口前に見覚えのある色素の薄い金髪を認める。


「レイホ!」


 やや上擦った声で名前を呼ぶプリムラの下に辿り着くと、周囲の木の幹と同化するような暗い茶色の馬が近くで待機していた。馬具は装着済みで、荷物も積んでいるから直ぐに出発できそうだ。


「ごめんなさい。あの……」


 言葉に迷っているプリムラに「いや」と断りを入れて一息吐く。


「謝罪も感謝も後にしよう。今は直ぐに移動したい」


「……うん!」


 思考を切り替えたプリムラは【エレメンタル・セイバー】を【ボード】によって飛行形体にして乗り、俺は跨った馬の手綱を握って出発した。


 よく調教された馬なのだろう。初めて乗る俺でも容易く操ることができ、お陰で茂みから飛び出して来た人物との衝突を避けられた。


「あなたは……邪魔をする気?」


【エレメンタル・セイバー】から降りたプリムラが、飛び出してきた少女へと警戒を露わにする。

 少女は首に紫色のスカーフを巻き、赤色で複雑な幾何学模様が刻まれた、輝く銀の衣を纏っていた。

 見覚えがある。魔導人形アトリビュート・ドールズと呼ばれ、ヒドラ討伐の為に派遣されて来た三人の少女の内の一人だ。三人の中では指示を出したり、率先して言葉を発したりしていたリーダー格のようだが、名前は……聞く前に俺が拘束されたんだった。


「その気があるなら、こうして姿を見せる前に攻撃している。あなたに言っておきたいことがあるの」


「わたしに……?」


 戦闘をする気は無いようだが、少女の瞳には強い恨みが宿っていた。


「あなた、自分がされたこと忘れたわけじゃないよね?」


 同じ能力を持つ者が差す、されたこと・・・・・が研究所でのことであることは、容易に理解できた。

 プリムラにとっては忘れてしまいたい過去だ。


「……忘れられるようなことじゃない」


 忌まわしい過去に抗うように、自身の腕を掴む。


「なら、あなたが逃げたことで、あたしや、他の子たちが同じ目に遭ったことも忘れないで」


「わたしの……せい?」


 恍けるつもりはなかった。ただ、受け入れるために、思わず自分の口で復唱しただけだった。だが、そのプリムラの態度は少女の琴線に触れるものだった。


「そう! あなたが逃げたせいで、魔界侵攻で結果を残さなかったせいで、あたしたちは売られ、嬲られ、穢された! そして今も、研究は続けられている!」


 声を荒げて詰め寄る少女から、プリムラは逃げることも抗うことも出来なかった。少女の気迫に圧倒されたこともあるが、少女のことを拒絶する権利などないと思い知ったからだ。


「……ごめんなさい」


 狼狽えた瞳で少女を見つめ、絞り出した謝罪。それで少女の気が治まるはずはない。

 少女がプリムラに掴み掛かったところで、流石に止めなくてはならないと判断して馬から降りる。しかし、少女は【エレメンタル・セイバー】を四本出現させ、俺に向けて牽制する。


「邪魔しないで。こっちだって、ぎりぎりのところで耐えてるんだから」


 プリムラが逃げたことを強く恨んでいるのなら、逃がした俺のことも恨んでいるに違いない。だから口出しせずにいたが、このままの流れに任せてよいのだろうか。


「謝ったところでなんの意味もないし、あたしはあなたに贖罪を求めるために来たんじゃない。ただ──」


 少女は出現させた【エレメンタル・セイバー】を消失させ、真っ直ぐな瞳だけをプリムラに向けた。


「──自分が逃げたことで、違う誰かが傷付いていることを忘れるなってことを言いに来ただけ」


 少女は激情を抑え、しかし強く告げ終えると、プリムラから手を離して背を向けた。


「……もう行きなさい。ここであなたたちが捕まったら、あたしのせいにされる」


 足早に森の中へと消える少女の背に、プリムラは慌てて口を開いた。


「忘れないから。わたし、絶対に忘れないから……!」


 もっと少女に言葉を届けたい気持ちはあったが、何を届けるべきなのか、プリムラには判断が付かなかった。二人が関わった時間は、余りにも短すぎた。


「……プリムラ──」


 大丈夫か、と続ける前にプリムラの方から言葉が返って来る。


「大丈夫。わたしは大丈夫だから……先に行こう」


 言い終えてから、慌てた様子で笑顔を見せる。大丈夫ではなく繕っているのは明白だが、それだけで全てを悟ったようになって、プリムラが見せた強がりを否定するのは驕りが高いというものだ。


「ああ。そうしよう」


 自分の中で落とし込むために呟き、馬へと騎乗した。





 森の中も、抜けてからも、追っ手に見つかることなく目的の村へと辿り着く。

 時世もあって、突然の来訪を村人から訝しまれはしたが、首都への伝令を請けた上流層のお嬢様とその下人という設定で話を通した。


「……まぁ、空き家ならあっから、好きに使ったらいい」


 老人は眉間に作った皺を動かさずに言うと、野次馬と小声で何かを話しながら引き上げて行った。

 護衛がいないとか、下人が小汚いとか、不審に思われる所はあったろうが、余計なことに関わらないことを優先したようだ。


「よかった……」


 プリムラは胸に手を当てて安堵した。

 追っ手は無く、村に受け入れてもらえたということで、一旦は腰を落ち着けられるだろう。だが、油断した所を捕らえられては間抜けだ。


「……挨拶回りでもする……しましょうか、お嬢様」


 下人にしては不遜な態度であったが、プリムラが目を丸くしたのは、当然それが理由ではない。


「この村が敵じゃないか確認できないと、休むに休めん……でしょう?」


「そう、だね」


 頷いたプリムラは両手で頬をこねるように揉み、能天気な微笑みを作った。


 村の外周を回るように歩き、出会った村人へ滞在の挨拶をしていく。挨拶するのは、お淑やかで世間知らずで使命感だけは強いお嬢様役のプリムラなので、俺はただ馬を引いて歩くだけだ。ただし、そのお陰でじっくりと村の様子を観察することができた。


「若い人間は、皆出払っているみたいだな」


「警備もほとんどいないね」


 村に漂う、沈んだ雰囲気は不安感から来たものらしい。標的を捕らえる為の罠が上手くいくか、といった緊張感は感じられない。寧ろ、お前たちに興味を持たないから、村に関わらないで欲しいと言わんばかりの態度が大半だ。


 村を回り終え、空き家の横に馬を繋いで室内へと入る。

 つい最近まで誰かが住んでいた。というのが最初に受けた印象で、プリムラが横で同じ印象を口に出した。


「最近まで誰かが住んでたみたいだね。……本当に使っていいのかな?」


「許可は貰ったから大丈夫だろう」


 俺が同意を言い切る前にプリムラは動き出していて、窓を突き上げ、寝台の埃を払った。


「はい。横になって」


 整えた寝台を手で指すプリムラに、俺は疑問符を浮かべた。


「まだ他にやることがあるだろう?」


 馬に水をやらないといけないし、多少なりとも積んでいた荷物を下ろさないといけない。部屋全体の掃除もしないとだし、互いに話す事がある。俺だけ横になるわけには──


「いいから!」


 半眼になったプリムラに手を取られたと思うと、容赦なく引っ張られて寝台に押し倒される──直前で手をついて耐える。


「待て待て。今横になったり座ったりしたら、暫く動けなくなりそうなんだ。やる事があるなら今のうちに……」


「レイホのやる事は体力を回復する事!」


 とどめの両手押しによって、俺の体は呆気なく寝台の上に転がる。

 あ……体が動くことを拒絶している。


「荷物下ろして、水汲んで来るから、じっとしてて」


「……わかったよ」


 扉を開けて出て行くプリムラの背中を見送ってから、お嬢様と下人の設定を思い出したが、俺の体は寝返りを打つ以上の動きが制限されていた。

 追いかけたら、設定のこと言う前にまた怒られそうだしな。

 なんとも弱気な考えが浮かんだが、大人しくプリムラの帰りを待つことにした。


「……つい数時間前まで死ぬ予定だった人間が、誰かを待つことになるなんてな」


 本当は死にたくなかっただとか、生きていられて良かったとは、正直あまり思わない。それよりも、もっと大きな感動が心を占めているからだ。


「……応えてやらないとな」


 開けられた窓から差し込む光が眩しいから、右腕で視界を遮ることにした。

 意識が途切れるまで、数えるほどの間も無かった。


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