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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第八章【魔王と異世界生活】
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第二百九十話:受け入れる勇気

あらすじ

 幻獣ヒドラと出会い、互いのためにと不戦を提案するレイホだったが、そのせいで魔王軍の手先だと判断されてしまう。

 数日間の拷問の後、町の広場で処刑されそうになったが、仲間たちの手により窮地を脱する。

 その後アクト、シオンに案内され、地下水路を通って町からの脱出を試みる事となった。

 角灯ランタンに照らされた地下水路を進む。ただそれだけなのに、体には重い疲労が蓄積していく。

 数日間、まともに食事や睡眠を取れていないのだから当然ではあるのだが、それに加えてエクスペリエンス・オーブを着けていないことも一つの要因だろう。

 体力回復系のアビリティを習得していたわけではないが、身体能力向上の効果が受けられないことは想像以上に足を引っ張る。

 歩きにくいからと言って手は離してもらったが、先導するシオンとの距離は、徐々に離れては急いで詰めてを繰り返すようになっていた。


「少し休憩する?」


 シオンから向けられた厚意を、首を横に振って拒否する。


「休んでいられる状況じゃないだろ」


 乱れた息を隠すように早口で言い切る。

 強がるなら弱みを見せるなよと、心の中で自分を叱咤し、爪を立てて拳を強く握った。


「おれが後ろについてるし、シオンは前に集中して歩いてていいよ」


「……うん、わかった。もう少しだから頑張って」


 そう言って、シオンは僅かに歩調を遅くした。

 もう少し……。それは地下水路の終わりのことを言っているのだろうか。だとしたら、少し・・ではない。俺たちの目的は……定かではないが、地下水路を抜けることでないことは確かだ。

 処刑から逃れ、追手から逃れ、村に着いても協力者はいない。こんな状況で何を目的にすればいいんだ。こいつらは俺と何を目指したいんだ?


 脳裏に浮かぶ未来が全て悲観的になるのは、疲労の所為でないことは確かだ。寧ろ現実を捉えられている証拠だ。ただしそれは俺が捉えられる現実に限った話だ。拘束されていた間は世の中の流れが止まっていた、なんてことは有り得ない話だ。


「ルグナ村やヒドラはどうなっているんだ?」


 思えば、大々的に裏切り者の処刑を行ほど余裕のある状況なのか、些か疑問である。

 裏切り者を吊し上げることで市民の魔獣に対する怒りを刺激し、兵士や冒険者の戦意を煽る意味はあるだろう。しかし、つい最近、対幻獣用の戦力——魔導人形アトリビュート・ドールズが到着したというのに、わざわざ町の真ん中で処刑を行うか?


「偉そうな連中はずっと作戦会議してるよ。ヒドラも動きはない」


 質問に答えたのは、ほとんど横に並んで歩いているアクトだった。


「レイホを助けたかったおれたちからすれば、好都合だったけど」


「そうか……」


 ヒドラの凶悪な力を考えれば慎重になるのも仕方ないかもしれないが、アウグストは勝算があると言い、戦闘の回避を提言した俺を魔王軍の人間と見なした。

 妙だと感じながらも、それを晴らす答えは見当も付かない。


「着いたよ。この梯子を登れば南門の近くに出られるけど、その前に少し休憩しよっか」


 思考が遮られ、体が一気に疲労感を思い出した。床が湿っていることに構わず、その場に座り込む……どころか仰向けに倒れてしまった。


「はぁ……ふぅ…………」


 硬い石の上だろうと、久しぶりに横になれたことで体から悪い緊張が抜けていくのが分かった。


「この後だけど、レイホはプリムラと合流して、馬で村まで向かってもらうよ」


 シオンの言葉をすんなりと受け入れてしまいそうだったが、吹き出る呼吸と併せて疑問が言葉となった。


「……馬なんてよく調達できたな?」


「偶然、プリムラの知り合いが居たみたいでさ。頼み込んで貸してもらったみたいだよ」


「……フン」


 ツキはまだあるということか。


「俺がプリムラと合流するのは分かったが、二人は別行動になるのか? さっきの言い方だとそんなふうに聞こえた」


「察しがいいねぇ。実は馬が一頭しか借りられなくてさ、あたいらは徒歩なんだ」


「そうか」


 流石にそこまで都合良くないか。


「まぁでも心配しないでよ。上手く逃げられる経路は考えてあるからさ」


 無邪気に笑ってみせるシオンから目を逸らす様に、俺は湿った床から背中を離した。

心配などしていない。俺にその資格はない。


「行く?」


 伸びた髪を髪留めで無造作にまとめたアクトから真っ直ぐな視線を向けられる。

 俺は連れて行かれる側なんだが……そんな些細な事は隣で流れる水に投げ捨てよう。


「ああ」


 梯子を上り、地下水路と地上を隔てる重い戸を開ける。昼間の日差しと、落ち着く様子のない騒動の音が一気に流れ込んで来るが、怯む時間が惜しい。素早く地上へと出ると、すかさず南門へと駆け出した。

 道中すれ違った町民からは例外なく悲鳴を上げられるが、それで人が集まって来るようなことはない。冒険者や兵士とも遭遇したが、アクトとシオンの迷いのない一撃によって道は拓かれる。


「来たぞ! 門の前を固めろ! 反逆者を絶対に通すな!」


 南門は固く閉ざされ、門の前には甲冑を着込んだ兵士がずらりと並んでいた。

 がら空きを期待していたわけではないが、想像よりもずっと堅牢な護りだ。それなのに、アクトとシオンは走る速度を緩めることなく、シオンの方は更に加速した。


「アクト!」


「いつでもいいよ」


 短い合図を交わした後、シオンは両腕を、それらに装着された杭打拳パイルナックルを振り上げた。


「はぁっ!」


 スキル【パイルバンカー】により発光し、力を籠めた杭打拳パイルナックルを全力で地面へと叩き込む。その力は固められた地面など容易く砕き、土砂を、埋められた石塊を噴き上がらせた。


「目眩ましか!? 周囲警戒!」


 隊長の号令に合わせて、兵士らが速やかに陣形を放射状に広げた。しかし、そんなことはお構いなしにアクトは巻き上がった粉塵の中に突っ込んだ。


「邪魔だ」


 突き出した左手から発せられた衝撃波——【インパルス】によって土砂や石塊が弾丸となって射出された。

 けたたましい金属音と、兵士たちの悲鳴や呻き声が上がる中に、アクトは既に突撃していた。

先手を打たれたとしても、それだけで瓦解するような兵士ではない。向かって来た敵対者を討ち倒そうと武器を持つ手に力を籠めた——が、敵対者が小瓶を懐から取り出し、振り撒いた黒色の粒子の正体を察知した途端、一気に血の気が引いた。


「どけ!」


 咆哮に呼応した炸裂、破砕、粉砕が一瞬にして南門を襲った。


「アクト!?」


 自爆。反射的に浮かび上がった言葉を感情で掻き消す。アクトは無茶こそするが、無謀なことはしない奴だ。


「駆け抜けろ!」


 激しく立ち込める硝煙の中から、アクトが決死の叫びで俺の背中を押した。

 先を走るシオンがこちらを振り返り、決意に満ちた表情で頷き、俺を門の先へと導いた。

 身体能力に劣っていて、拘束によって鈍った体でも、この時ばかりは全身が活性化した。


 歯を食いしばるのは、身体の限界に耐えるためでも、精神から溢れる不安を閉ざすためでもない。自分の愚かさを噛み潰すためだ。きっと、今の状況を作り出したのも、俺の愚かさが原因なのだから。

 理解していたさ。向き合い、受け入れる勇気が無かっただけだってことも含めて。


「信じるぞ」


 門の前に留まるべく、走る速度を落としたシオンへ。


「待ってるからな」


 周りが全員敵であることをいいことに、太刀で暴れるアクトへ。


 二人に一方的な信頼と期待を押し付け、南門を駆け抜けた。

 背後で響く剣戟音は気になるが、覚悟を持って拓いてくれた道を振り返ることなどできない。意識は常に前へと向けられた。



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