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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第八章【魔王と異世界生活】
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第二百八十三話:魔導人形

 熱を持った風と粉塵によって外套マントが煽られ、吹き飛ばされないように掴まっていたコデマリが「わ!」と声を上げる。


「無事か?」


 外套で全身を守りなら問う。


「なんとか!」


 耳の後ろ辺りから聞こえてきた声に一先ず安心した。そして、状況を確認する。

 川縁に飛んできた火剣、あれはプリムラの【エレメンタル・セイバー】で間違いないが、なぜ二本? 同時に扱えるのは一属性につき一本という話だ。

 火剣が地面に突き刺さった角度から、射出されたのは俺たちよりも高い位置だ。この辺りで高所となりそうな物は、村長の家くらいだ。

 収まりつつある爆風の中、背後にある建物の屋根へと視線を向ける。そこには——


「外れた。追撃に移るよ」


「……」


 少女が二人。首に巻いた紫色のスカーフをはためかせ、赤色で複雑な幾何学模様が刻まれた、輝く銀の衣を纏っていた。彼女らはこちらを見下ろしていたが、俺やコデマリに興味を示すことはなく、視線を川の向こう岸へと伸ばした。

 彼女らの視線に応じるかのようにして、今度は対岸で爆発が起きた。


「ヒルスタ、ネンシス、回り込んで!」


 【エレメンタル・セイバー】を使う少女がもう一人。対岸で、少女姿のヒドラに迫っていた。

 屋根上の二人——ヒルスタとネンシスは指示に従い、無詠唱・・・で風剣を出現させると、それに乗って川を越えた。


「なになに? 誰よあの娘たち?」


 俺だって初対面だ。しかし、ヒドラの人間体を知っていて、あの攻勢……。


「彼女たちが、ヒドラを倒すための戦力」


「えぇっ!? たった三人で?」


「そうだ」と答えたのは、俺ではない若い男の声だった。

 声の方へ振り向くとそこには、全身を黒装束で隠し、顔には亡霊を象った仮面を被った人物が立っていた。

 その怪しすぎる風貌に、コデマリは口元に手を当てて「ひゃあ!」と小さく悲鳴を上げた。しかし、男の方は気にする様子もなく言葉を続ける。


「もっとも、本隊と協力しないと話にならん。しかし、どういう訳かヒドラの奴、本気を出そうとしないな」


 人の熱を感じさせぬ物言いから、男が冷徹な人間だという印象を受けた。


 ヒドラが本気を出さない理由は、恐らく川が近くにあるからだ。多頭の大蛇となれば周囲は毒に侵され、魚などの水棲生物は容易く死に至る。

 このことを男に伝えるべきか? いや、悩むような事ではなく、伝えなくてはならない事だ。俺たちはヒドラを倒さなくてはならないのだから。

 分かりきった事なのに、ヒドラが口にした「貴様、どうにかしろ。ヒドラが人間と戦わずに済む方法を考えろ」という言葉がやけに引っ掛かる。それに、ヒドラが俺の事を知っている風だったのが気になる。ハデスやオルトロス、もしくはケルベロスから何か聞いているのだろうか? 聞いていたとして、何を?


 男と対岸へ交互に視線を向けつつ一人で悩んでいると、戦況に変化が現れた。


「なりふり構わず暴れるゴミ共が。腐り殺してやる」


 対岸から発せられた暴力的な魔力の膨張によって、全身の毛が逆立ち、激しい悪寒に襲われた。


「戻れ」


 男は焦る事なく、必要な声量のみを発して少女たちに呼び掛けた。

 三人の少女は一瞬躊躇ったが、一人が頷くと直ぐさま風剣に乗って川を渡って来た。対岸にあった筈の魔力の膨張やヒドラの姿は、気付いた時には既に消えていた。


行くな・・・は聞かなかったというのに、戻れ・・は聞くのか。それとも怖気付いたか?」


 横並びになった少女たちへ、男の冷たい言葉が突き立てられる。


「まあいい、お前らに叱るほどの期待も興味も持ってはいない」


 少女たちに反応は見られない。整った顔は無表情のまま、男に向けられていた。


「折角拾った命、無駄にしたくないのなら、本隊に合流して指示に従え」


「了解」


 一人——始めから対岸にいた少女が短く返事をすると、三人は整列してこの場を去って行く。その姿を見もせず、男は思い出したかのように口を開いた。


「ここには“ゼロ”がいるようだが、関わるなよ」


 三人の行進が乱れたが、一瞬の出来事だったので、誰が起因となったのか判別することはできなかった。そんなことよりも、と外套の内側に入り込んだコデマリに頬をつつかれる。


「こいつらの正体を聞きなさいよ」


 自分で聞けばいいのに。言い返すのは心の中でだけだ。


「あなたたちは一体……何者なんだ?」


魔導人形アトリビュート・ドールズ。一応、そう名付けられている」


「魔導人形……」


 聞いたことは無い。幻獣討伐のため、魔法学校辺りが秘密裏に動いていたのだろうか。


「幻獣討伐のため、魔王軍打倒のため協力するが、深入りしない方が身のためだ」


 忠告は素直に聞きたいが、彼女らの魔法を見て見ぬフリはできない。


「同じ魔法を使う人間が俺のパーティにもいるんだが……」


「それを含めて深入りするなと言っている。お前らも早く本隊と合流しに行け」


 こちらの質問を食い気味に答えられ、更に一方的に話を断たれる。

 ヒドラの事、魔導人形の事、この男自身の事、疑問だらけだが、この場で全ての答えが得られはしない。寧ろ俺の方こそ、この村であったことを早く隊長たちに伝えなくてはいけない。


 直立したままの男の横を通り過ぎてから、彼は移動しないのか尋ねようと振り返った。しかし、ほんの数瞬視界から外れただけで男は姿を消しており、爆破によって地形の変わった川べりには俺とコデマリだけが残されていた。






 本隊と合流した俺は、状況報告のために各小隊パーティの隊長ら共に、主を失った農家の家に集合し、村で起きたことの顛末を伝えた。


「そんで、暴れまわってる阿呆どもを押さえていたらヒドラに会ったと」


 脚を組み、背もたれを存分に活用して椅子に座る壮年の男は独り言つと、灰皿に置いてあった煙草を口に咥えた。

 垂れた目は伸ばしっぱなしの前髪によって隠れがちとなり、顎や口周りでは無精髭がそのままになっている。戦闘に耐えられる、厚手の外衣コートはとうの昔に元の色を忘れているような代物だ。

 多数の者が第一印象として、だらしない、という言葉を思い付くだろうこの男が、俺たち人間領北部部隊の総隊長、アウグスト・サントーロだ。冒険者としての等級は銀等級星五で、実力的には金等級相応だが、本人が昇格試験を面倒がっている、という話をよく聞く。彼も初めは総隊長ではなかったのだが、前任の金等級が戦死したため繰り上がりで任に就いた形だ。


「よーく生きてたなあ。流石は魔界帰りってことか。やっぱお前を偵察に向かわせて正解だったわ」


 懐かしく、好ましくない呼び名はやめてもらいたいものだ。まったく褒められた気がしないのは……俺の呼び名だけでないな。

 眼だけを動かして周囲を伺うと、他の者は思い思いの楽な姿勢を取っていたが、その表情には険しさが浮かんでいた。その様子はヒドラが動いた現状を考えれば妥当なものだが、どうも矛先が俺に向けられているような気がしてならない。

 剣呑に感じる空気の中、アウグストはマイペースに煙草を吹かした。


「相手さんに先手を打たれたのは誤算だったが、沼地に戻ったってんなら、予定通りお人形ちゃんたちと手を取り合って戦いますかね」


 アウグストが背を反らせ、背後に立たせている魔導人形の三人に顔を向ける。だが、彼女らは一瞥もせず、一人が静かに口を開いた。


「それが我々の役目なら」


「綺麗なのはいいんだけど、もう少し可愛げがあればな~」


 茶化すアウグストに対して咳払いをしたのは副総隊長のフォルク・ケーニヒだ。整えられた短髪が似合う聡明な顔つきで、魔力が籠められた真鍮の甲冑を全身に纏う、銀等級星四の冒険者。


「作戦について話しても?」


「ああ……あ、いやいや、その前にレイホ、一つ聞かせろ」


「なんでしょう?」


「ヒドラと会って何か気付いたことはあったか? 弱点とか」


 ドキリ、と心臓が鳴った。川辺で戦えば毒の使用を躊躇することを伝えるべきだ。相手が如何に強大であろうと、その力を使わせなければいくらでも勝機はある。


「ヒドラは……人間たちと戦うことを望んでいません」


 どうしてだろうか。正しいと思った方を無意識のうちに避けてしまうのは。

 室内が一斉にどよめき、俺に向けられていた視線が一層険しさを増した。


「現に、奴は圧倒的な力を持つと言われながら、今日まで手を出して来ませんでした」


「だが、今日動いた」


 フォルクの指摘は当然だ。動き始めたのだとしたら、悠長に放置などしていられない。


「あいつは冒険者や兵士を動かしただけです。その真意は分かりませんが、奴自身の手で村に危害は加えなかった。そうした方が容易く制圧できるのに」


「狙いがあってのことだろう。今後も人間同士の混乱を巻き起こされたら敵わん」


 全くもってその通りだと思う。


「……戦わなくて済むのなら、戦わない方がいい。ここに来る前、一瞬だけどあいつの力に触れましたが……あれは敵にしていい相手ではありません」


 先触れだけで既に圧倒的だったのだ。ヒドラの本来の姿を見ただけで、多くの者が戦意を喪失しかねない。

 語気が強くなる俺に向かって、煙が流れて来る。


「不治の猛毒、認識阻害、再生能力、不死性、巨体そのものの膂力に、刃を通しにくい分厚い皮。そりゃあ誰も相手にしてくねぇな。けど、全部ひっくるめても勝算があるんだとよ、このお人形ちゃんを使えば」


「ヒドラの……幻獣の能力は魔力を応用したものであり、彼女らの魔法には魔力の流れを断つ力が備わっている。この北部だけでなく、各地に同じ能力を持つ少女たちが配属され、幻獣討伐に当たっている」


 だから、自分たちの所だけ戦わないわけにはいかないということか。しかし、ヒドラが回避を最優先にしていたということもあるが、三人の戦闘能力じゃ人間体のヒドラに傷一つ付けられなかったんだぞ。全力でぶつかり合ったらどれだけの人間が死ぬと思っている。幻獣を全て倒したら魔王軍が降伏してくれるわけでもないのに。


「……戦いを避けられるなら避け、魔王軍の本隊との戦いに戦力を集中させるべきではありませんか?」


「それが不可能だと……」


 否定しようとしたフォルクを、アウグストが手で制した。


「お前、よっぽどヒドラと戦いたくねぇみたいだが、何かあんのか?」


 怖気づいたのだと、俺の能力値の低さを知る連中は小声で罵ってきたが、心を惑わされることはない。俺のパーティで死人が出る事を恐れているのは事実だ。


「ヒドラと、もう一度会って話しをさせてください。人の言葉が分かるのなら、戦いは避けようがあります」


 自分でも驚くべき発言だった。人の言葉や意思など価値が無いものだと思ってきた俺が、何を期待しているのだろうか。

 当然、こんな夢見がちな発言が受け入れられるわけがない。俺が逆の立場だったとしてもそうだ。

 冷めた空気が流れる。時間にすれば数秒程度の時間だが、自分の意見を発した後だと数分にも数十分にも感じられた。

 やがて、言葉を発したのはアウグストだった。


「あー、駄目だ。その発言は決定的だぜ?」


 その瞳は煙と前髪の奥にあっても決して濁らず、隠れず、研ぎ立ての刃の様に鋭い光を放っていた。

 圧倒され、思わず息を呑んでしまう。


「幻獣ケルベロスを飼い慣らしていて奴が、今度はヒドラってなると、疑われても仕方ねぇよな」


 ケルベロスのことを隠していた訳ではないが、明かさなかったのは事実だ。旗色は随分と悪い。いつの間にか背後に屈強な男が控えている。

報告を始めてから、周囲からずっと険しい視線を向けられていたのは、こういうことか。


「俺が、魔王軍の間者だとでも?」


「その可能性があると聞かされただけだ。実際がどうかは知らねぇが、今、部隊に必要なのは味方だ。どっちつかずな野郎は邪魔なだけだ」


 背後から体を押さえつけられ、両腕を掴まれる。抵抗するが、腕力の差は歴然であり、あっという間に錠を掛けられた。


「殺しはしねぇよ。暫くの間、大人しくしといてくれや」


「俺の小隊はどうするつもりだ?」


「お前の分も働いてもらうさ。一纏めにすると随分と歪だが、個々の能力は使い物になる」


 個別に、他の小隊に振り分ける。そういうことなのだろう。

 アウグストの言葉に周囲がざわつく。


「あの魔法使いの娘、来てくんねぇかな~」

「ダークエルフだけは勘弁だよ」

「小せぇ剣士も嫌だね。あいつ怖ぇんだよ。眼が」

魔力無しジェニュインは……まぁ、壁になら使えるね」

「妖精って戦力になんのか?」


 他人のことを好き勝手に言いやがって。

 体に力が入ったのか、男の拘束する力が強められた。


「そう抵抗すんなよ。ケルベロスの方はもっと大人しく協力してくれたって話だぜ?」


 ケルベロスが協力? ヒドラの能力に詳しかったのは、てっきり魔導人形や黒装束の男がもたらした情報だと思ったが、まさか……。


「お前ら! あいつをどうした!?」


 机に叩き付けられ、口の中を切るが知ったことではない。拘束に抗い、アウグストを睨み付ける。


「何も? クロッスの連中から情報を共有されただけだ」


「もう連れて行け」


 アウグストに、周囲に見下される俺を哀れんだのか、フォルクは溜め息混じりに指示を出す。

 男に連れられて会議場を後にする俺の心には、ただ怒りの感情だけが宿っていた。



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