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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第七章【奪われた異世界生活】
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第二百七十二話:頑張った

 アルヴィンに案内された部屋の扉を叩いてみるが、室内から反応は無い。


「寝てるのか?」


「さて、私がレイホくんの様子を見に行く前に訪れた時はそんな様子はなかったが」


 ソラクロの性格から考えて、怪我が治っていれば皆と一緒に食堂に集まっていそうなものだが……そうでないなら、何かしら問題が発生しているということなのだろう。


「鍵は付けていない。中に入って様子を見てみるといい。私は一度書斎に戻らさせてもらうよ」


 俺たちの面倒を見てはくれているが、本当は忙しいのだろう。アルヴィンは告げ終えると、俺の反応を待たずに早足でその場を後にした。


「ソラクロ、入るぞ」


 変わらず返事の無い室内へと入る。内装は俺が寝ていた部屋と同等のもので、奥に設置された寝台の上では目的の人物が座って、窓から外を眺めていた。

 扉を閉めると、後ろを向いていた犬耳がピクリと動いた。

 振り返った瞳は一瞬虚ろに見えたが、俺と目が合うと途端にいつもの空色へと戻った。


「レイホさん! 気がついたんですね!」


 いつもの明るい声と人懐っこい笑顔なのだが、だからこそ違和感がある。調子が悪くて寝ているならともかく、元気があるのに皆と集まっていないなんて、これまでには無かったことだ。


「ついさっきな。……話いいか?」


「はい。なんですか?」


 笑顔のまま小首を傾げる傍ら、布団の皺がソラクロの手元に寄った。

 室内にあった椅子を持って来て腰掛ける。

 雑談の一つ二つ入れてから本題に移れれば良いのだろうが、残念ながら軽快な雑談能力は身に付けていない。


「体の調子はどうだ?」


 ソラクロの笑顔が引いていき、やがて俯く。布団の上に答えを探している訳ではないだろうが、少しの間を開けてから唇を動かした。


「……傷は治りました。ただ……右脚が、どうしても動かないんです」


「……そうか」


「アルヴィンさんが言うには、呪いが溜まっているそうです」


 呪い……あの怨念集合体みたいな奴に折られたのだからそういうこともあるのだろうが、奴の本体は俺がこの手で倒したはずだ。……本体を倒せば呪いも解けるなんて保証、どこにあると言うのだ。


「解呪の方法をアルヴィンさんが調べてくれるとは言ってくれましたけど……」


 言葉を濁しながら、上目遣いでこちらの様子を伺って来る。


「何か問題が?」


「あ、えと、あんまり期待はしないでほしい、と言ってました」


 ふむ。元より任せきるつもりはなかったし、落胆することじゃないな。


「俺も探すよ。もし見つからなかったら、作ればいい」


 魔法学校じゃ規格外の魔法をいくつも見てきた。解呪の魔法を作れない筈がない。

 しかし、自由に歩けないとなると、普段から誰かが付き添わねばなるまい。生活費も稼がないとだが、今回の失敗で俺のことを見限る奴はいるだろうし、減った戦力でどれだけの依頼をやれるだろうか。


「……いい、ですよ」


「ん?」


 いい、とは? 様子からして良い意味でないことは察せるが。

 ……言葉の続きを待っても、ソラクロはこれまでよりも深く俯くだけだ。

 言葉の意味を問い掛けようと口を開いて、けれど言葉が詰まって閉じる。明らかに弱っているソラクロに対し、自分の理解が及ばないといって問いを投げては余りにも無遠慮だ。だから、俺は俺がやるべきことをもう一度伝えよう。それにどう反応するかはソラクロ次第だ。


「俺は探すよ。解呪の方法を。誰に頼まれた訳でもないから、誰に否定されても、俺は探す」


 自分の決定を覆せるのはいつだって自分だけだ。他人が何を思おうが、何を言おうが勝手だ。他人の思想や行動を自分の意思で操り、強制できるなど、思い上がりも甚だしい。所詮、言葉に意味などないのだ。


「本当に、いいんです。……わたし……わたし、役立たずですから」


 思ったよりも落ち込みが激しいようだが、ソラクロの性格を考えれば不思議ではないか。

 明るく人懐っこいが、責任感が強く、だけど何故か自己評価が低い。今回、偵察に失敗し、あわや全滅するところだったのだから、自分を役立たずと卑下したくもなるか。全滅しかけたのは俺の所為なんだが、それを言ったところでソラクロを追い詰めるだけだろう。


「……脚は痛むのか?」


「え? いえ、痛くはない、です」


「少し、診てもいいか?」


「え……あ……」言葉を詰まらせながら布団を強く握ったが、やがて「はい」と頷き、握っていた手の弛緩させた。


 布団を捲ると、短パンから細い筋肉のついた脚が伸びている。肌の色は白いが、健康的に日に焼けており、裸足と少しだけ肌の色が違って見えた。


「本当に、傷は綺麗に治ってるな」


 地下墓地は暗がりでよく見えなかったが、人体にあってはならない折れ曲がり方をしていた記憶がある。

 かなり悲惨な思いをしたのだから【奇跡】で綺麗に治ったからといって、直ぐ元通りに動けるとは限らないよな。


「感覚はあるのか?」


 膝の上に手を置いて尋ねてみる。たった今まで布団の中にあったから温かい。


「はい。少し、くすぐったいです」


 このままくすぐったら反射で動くようにならないか、などと悪戯心が芽生えたが自制する。


「……細いよな」


 あと、小さい。

 膝から手を離し、隙だらけになっていた手を握る。

 分かっていたことだが、こうしてじっと見て、手で触れて見ると改めて思う。こんな小柄な体で魔物を殴って、蹴り飛ばしていたのだから、凄いを通り越して意味が分からない。


「索敵に戦闘にパーティの調和に、今までずっと頑張って……頑張らせていた」


「そんなに大したことしてませんよ。わたし料理とか、道具の整理とか、不器用で全然できませんし」


「だから皆のために、自分のできることを頑張っていたんだろう」


「そう……ですけど」


 握っていた手が引かれる。逃げたがっているようなので素直に放した。

 頑張ったからといって、いつも良い結果が得られるわけじゃない。皆のために頑張っていたのなら、失敗しても皆が許して、頑張りを称えてくれたなら落ち込む必要はない。そもそも頑張るというのは当人の気持ちの話であって、現象としての結果とは全くの別物だ。頑張って結果を出した。結果が出なかったから頑張りが足りなかった。などと結び付けるのは勝手だが、頑張った気持ちを否定するのは、他人はもちろん本人にだって否定してはならない。

 結果を蔑ろにし過ぎては甘やかしになるが、都合の悪いことは思考の隅に押し込められるのが人間の利点か。

 なんて、言葉遊びでソラクロのことを全肯定したところで、納得するのは言いたいことを言った方だけだ。


 腰を上げ、椅子から寝台の端へと場所を移してソラクロの体を抱き寄せる。


「レイホさん?」


 抱き寄せたまま、驚きの声を上げるソラクロの頭を撫でる。


「ずっと頑張ってきてくれて、ありがとう。少しか、暫くになるかは分からないけど、ゆっくり休んでくれていいんだ」


「レイホさん……。でも、わたし、失敗して……脚も動かなくなって…………本当に役立たずで……」


 言葉を続けようと息を吸ったところで割って入る。


「疲れたんだろう。だったら、周りのことは気にせず、自分が休むことだけを考えろ。ソラクロが言ったことだ」


「あ…………」


「……大丈夫だ。俺はここにいるし、ソラクロもここにいる」


 俺が進み、ソラクロが休んだからといって、それは変わらない。なにより、失敗した、役立たずだと言って切り捨てていては……それじゃあまるで俺が、有能で信頼できる仲間を欲しているみたいじゃないか。

 俺に仲間なんていない。……いたら、いけないんだ。

 ソラクロを抱く腕に余計な力が入ってしまうと、わんわんと泣きじゃくる彼女も更に強く抱き付いてきた。


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