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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第七章【奪われた異世界生活】
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第二百七十一話:生き延びる

 馬鹿げた自己犠牲だ。その考え方でどんな目に遭ってきたか、忘れた訳じゃないだろ。それでも俺を助けたいと願うのか?

 ……他人の犠牲の上に立つ人間じゃない。なんて、否定するくらいなら、俺が今ここで立ち上がればいい話だ。言葉を交わしてプリムラの考え方を否定するより、よっぽど楽だ。

 だからさ……動けよ。俺の体だろ。

 骨折? 知ったことか。

 出血? 知ったことか。

 痛覚? 知ったことか。

 俺の意思で動かないなら、そんな役立たずは砕け散ってしまえ。他人の意思や世界の都合なんてのはどうしようもないし、するつもりもない。だけど……だからこそ、自分自身ぐらい思い通りにできないで、どうして……どうして生きていると言える?


 身動ぎするだけで、切れた筋肉や折れた骨が限界を訴え、新たに破れた血管から命が零れる。

 寝返りをうつだけで精一杯。立ち上がったところで何ができるだろうか。……考えるのは後だ。立ち上がりもせずに後のことを考え、無理だと諦めるのは実に愚かしい。


 霞む視界の中、どうにか顔を上げると、いつの間にか見慣れた高さに世界があった。

 傍らにはへたり込んだプリムラがいて、周囲には薄汚れた白い破片が散らかっている。そして正面からは、輝くような白い影がたなびきながら歩いて来る。


「おい、死にぞこない、どこから来た?」


 白い影は女性の声で、酷くぶっきらぼうに問い掛けてきた。

 俺の体はまだ、言葉を聞き脳で処理する能力はまだ損なわれていないようだが、返答するだけの力は残っていない。


「……向こうか」


 プリムラが方向を指差したのだろう。納得した白い影は突撃槍ランスに似た得物を振り被って体を反転させる。


「あの、仲間がまだ……」


 プリムラが言い掛けた時だ。


「知るかよそんなの。アタシはただ下種共を始末しに来ただけだ」


 吐き捨て、わざと地面を削るように蹴って走り出す。

 元から霞んでいた視界は舞い上がった土埃によって直ぐに遮られた。異物の侵入を拒んだ目蓋が反射的に閉じられると、たちまち意識が混濁していく。

 ああ……これは、駄目かもしれない……な。


「レイホ! あ……?」


 最後に感じたのは、プリムラが支えてくれる感触。彼女は何かに気付いたようだが、それの正体を知る前に俺の意識は闇に転がり落ちた。








 見知らぬ赤茶色の天井。無意識に持ち上がった目蓋をそのままにして視線を横に動かす。

 整頓されているが、派手な色合いの調度品の数々。相変わらず見覚えはない。

 ここがどこなのか、状況を確かめるべく起き上がろうとして……やめた。傷が痛んだとか、体に力が入らなかったとかではない。ただ、起き上がるのが面倒になって横着したのだ。

 窓は閉められているが、会話一つない室内には、通りを走る荷車の音や人々の話し声が入り込む。


 眠くもない視界を腕で強引に覆うと、暗闇の中で一つの言葉が浮かび上がる。

 

 失敗した。

 

 何がかは分からない。三人でジャバウォックを掃討できると判断したことか。オルトロスの足止めを四人に任せたことか。ソラクロとコデマリに偵察を任せたことか。そもそもあの依頼を受けたことか。


「……フン」


 馬鹿げている。俺に何かを成功させる力量があると思ったか? 事の成否を左右するような存在か? 身の程を弁え、その上で自分がすべきことを考えろ。


「…………」


 分かってはいる。だが、自分が起き上がろうとしない理由も分かっている。頭の中にとある可能性が渦巻いているからだ。必死に否定しても、その可能性は消えてくれない。当然だ。その可能性は俺の頭が思い浮かべているものなのだから。

 自分の勝手な想像に囚われ、寝台の上でぐずぐずしていると、計ったように部屋の扉が開かれ一人の男が入って来た。


「やあ、そろそろ目を覚ます頃合いだと思ったよ。レイホくん」


 男は細い眼鏡の奥の瞳を糸のように細め、友好的に歩み寄った。


「アルヴィン……」


 部屋の装いから、なんとなく予想はついていた。ここはアルヴィンの——ユニオン、世界蛇ヨルムンガンドの屋敷だ。

 人目があるのに、いつまでも布団に包まっているわけにはいかない。俺は意外にも好調な体を起こした。


「気分はどうだい?」


「……良くはないな」


「なら良い知らせを伝えよう。君の仲間は全員生きているよ」


 【読心術】か。


「読まなくてもわかるさ。起き上がった時の憂いの表情を見ればね」


 そんな顔をしていたか? 意識していないから覚えていないな。


「助けてくれたこと、礼を言う。他の皆もこの屋敷に?」


「ああ。と言っても、私が治療を引き受けたのは君の他に二人。特に重傷だったソラクロくんとアクトくんだ。あとは診療所の方で治療を受けて来ている」


 重傷者を引き受けた? ……ああ、そうか【奇跡】による回復が可能だからか。でもなんでその力を使ってまで俺たちを助けた?


「君には期待していると、以前から言っているだろう? 死なれては困るのだよ」


 反論は受け付けないと言わんばかりに、アルヴィンは手の平を向けてくる。


「理由は話そう。そろそろ、その頃合いだ。だが、その前に体と精神の調子を整えたまえ」


 そう言うアルヴィンに連れられたのは、屋敷の食堂だった。十人以上は食事ができようかという長卓には、既に手の付けられた食事の数々と見知った顔が五つ・・あった。

 泣きそうになりながらも安心しきった表情を浮かべる者。こちらを一瞥だけして食事を続ける者。俺と目が合うと気まずそうに視線を逸らす者。頬を料理で膨らませながら目を見開く者。何かを言い掛けて結局鼻を鳴らすだけにとどめる者。

 一人足りない。


「……皆、体は大丈夫か?」


「ん」といつも通りの調子で頷くのはアクトで、それに続いてエイレスが立ち上がった。


「あひひのほおおそ!」


 食べながら話すな。……アニキの方こそ、って言ったのか?


「ちょっと、食べながら話すんじゃないわよ」


 コデマリに窘められ、エイレスは返事の代わりに背筋を伸ばしてから着席した。


「俺は大丈夫だ。……コデマリも目が覚めたようで良かった」


 俺が発見してからずっと気を失っていて不安だったので声を掛けると、コデマリはバツが悪そうに目を伏せ、唇の形を二、三度変えてからこちらに視線を向けた。


「……悪かったわね」


「うん?」


 謝罪の理由が分からない。まさか目が覚めて悪かった、なんて言いたい訳じゃないだろうし。


「声ちっさ」


「う、うるさいわね! あんたは黙って食べてなさいよ!」


 アクトからの横槍に対し、いつもの調子で食って掛かる様子を見るに、問題は無さそうだ。謝罪の理由を聞くタイミングを逃してしまったし、残りの二人の様子でも……。


「うぅ……レイホ……良かっ、た……ぐずっ、うっ」


 綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣くプリムラを、隣りに座っていたシオンが寄り添って宥めている。

 ……一旦、落ち着くまではシオンに任せようと目配せを試みるが、シオンは意図的に俺の視線を避けているようだった。仕方ない、二人はそのままするとして、この場にいない者へ意識を向けるとしよう。


「……ソラクロは? まだ治療中なのか?」


 確実に事情を知っているであろうアルヴィンへ問う。


「怪我は治っているが……直接会った方が早いだろう」


 含みのある物言いに胸騒ぎを覚えながらも、俺はアルヴィンの案内の下ソラクロに会うべく、訪れたばかりの食堂を後にした。



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