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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第一章【始まる異世界生活】
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第二十六話:フェイマス

 エディソン鍛冶屋に着くと、店内にはうっすらと明かりが点いていたが人影は見当たらない。もう店仕舞いなのかと思ってドアを引いてみると、鍵は掛かっておらず素直に開いた。

 店内に足を踏み入れると同時に、奥から金属音が飛んで来た。鉄で鉄を叩いたような音だったので、誰か鍛冶の最中なのだろう。どうしよう、声を掛けてもいいものだろうか。


「……すいません!」


 少し戸惑ったが、いつまでも抜き身の剣と鎌を持ち歩いていては物騒なので声を掛けることにした。店のドアが開いてたんだから、まだ営業中ってことでいいだろう。もし閉店だって言われたら、その時は諦めよう。


「はーい。ってレイホか。珍しいな、こんな時間に」


 店の奥から顔を覗かせたのがタツマだったので、俺は心のどこか隅っこで安心した。エディソンさんが苦手というわけではないが、タツマが相手ならば、もし閉店時間を過ぎていたとしても気まずくならなくて済む。


「まだ営業時間? この二つを見てもらいたいんだけど……」


「ん? 良いけど、ちょっと待ってな」


 両手に持った剣と鎌を見てからタツマはまた店の奥に戻っていった。と思ったら店の明かりが強くなり、店内を見渡せるようになった。

 天井に取り付けられた半円状の照明装置は半透明になっていて中を覗くことはできないので、構造がどうなっているかは分からないが自由に明るさを調節できるようだ。


「はい、お待ち。じゃあ、預かるぜ」


 戻って来たタツマに剣と鎌を渡すと、受付台の上に鎌を置いて、先に剣の品定めを始めた。


「見てくれは普通の短剣だけど、どうしたんだこれ? 拾ったのか?」


「ゴブリンが持っていたのを戦利品としてもらってきた」


「はーん……」


 短剣の部類に入るらしいそれを、タツマは一通り見終わると鎌と交換した。


「こっちもふっつうの手鎌だな。刃が少し錆びてるけど」


「それもゴブリンが持っていたやつだ。値が付くなら買い取ってほしい」


 俺の言葉が聞こえなかったわけではないと思うが、タツマは無言で手鎌を見定めている。買い取りが難しければ自分で使うか。短剣は扱えるか分からないけど、手鎌は武器としてだけでなく、薬草採取でも活躍してくれるだろう。


「短剣百、手鎌二十ってとこかな」


 百! 百って百ゼースのことだよな。小銀貨一枚。すごい儲けになる。


「短剣はゴブリンが持っていたにしちゃかなり綺麗だ。もう少し色を付けてやってもいいが、今は貸しがあるからな」


 うっ……。百五十ゼースのツケがあるので、悪戯っぽく笑うタツマに苦笑を返すしかできなかった。二つとも売って、三十ゼース足して返してしまおうか。


「買い取ってもいいが、一つ提案をさせてくれ」


「提案?」


「レイホがこの短剣を使うってんなら、オレが打ち直してやってもいいぜ」


「いや。使うことは考えてなかった」


「あら……」


「仮に打ち直しを頼むとしても、エディソンさんの許可なく受けて良いのかよ」


 店の奥に視線を向けるが、鍛冶の音は聞こえてこず、人気はない。エディソンさんは帰ったのだろう。弟子の立場で、まだ一部の武具しか販売を認められていないタツマが勝手に依頼を受けては問題だ。


「オレだって成長してんだよ。最近じゃ剣なら三本に一本はオッケーもらえてるし、鍛冶技能のアビリティも習得した。それに……」


 調子よく喋っていたタツマが急に口を噤んだ。どうしたのだろうか。


「それに?」


「あー……ま、いっか。初突はつつき使ってもらってるしな」


 小声で何か呟いているな。俺に対してではなく、自分自身に言い聞かせているので黙って待つか。


「師匠にはあんまり言うなって言われてるけど、オレ、銘打フェイマスっていうアビリティを持ってんのよ。自分で打った武具に名前を掘ることで性能を上げることができるっていう、特殊アビリティ」


 特殊ってことは、タツマがこの世界に来た時に授かったアビリティのことか。なんとも誂え向きなアビリティだな。


「その初突も名前の通り、刺突性能が他の短剣ダガーより優れているはずだ」


「へぇ、そうなんだ」


 もしかしたらキラーアントやゴブリンに難無く刃を突き刺せたのは、タツマのアビリティのお陰なのかもしれないな。店選びを間違えて、安いだけの粗悪品を掴まされていたらもう死んでいたかな。


「師匠はあんまりっていうか、ほとんど評価してくれねぇんだよな。名前を掘る前の物だけ見て良いか悪いか決める」


「……それは、アビリティに頼らない鍛冶師としてのプライド? っていうか、譲れないものがあるんじゃないの? 職人気質っぽいし」


「そーなんだよなー……。分かってんだけどさー。銘打だってオレのアビリティなんだから、オレの実力みたいなもんだろ? せめて名前を掘ったのを見て評価してくれても良くないか?」


 俺はタツマの愚痴に付き合いに来たんだったか……。違うけど無理矢理話しを戻すこともないから付き合うか。


「エディソンさんはその……フェイマス? を持ってないんだろ。自分が持っていないアビリティの事を加味して評価しても正しい評価は下せないんじゃないか? それに、アビリティ頼りの鍛冶師より、地力の高い鍛冶師の方が俺は好ましいと思うけど」


 前半は心にもないことを言った。エディソンさんなら、タツマのアビリティ込みの武具を見てもその性能を正しく見定められると思う。それどころか、名前を彫らずともアビリティによる補正を予測できるだろう。なんせ、相手を軽く見ただけで防具の大きさを合わせてくれたり、武器を選んでくれるほどの目を持っている人物だ。


「やっぱりレイホもそう思うか? …………よし! 他人に話したら何か妙にスッキリしたぞ!」


 そういうものなのか? 本人が納得できたのなら良いけどさ。


「よっしゃ、悩みを聞いてくれたし、剣と鎌を百五十ゼースで買い取ってやるよ!」


 聞いたっていうか、そっちが勝手に話したんだけどな。それよりも百五十ゼースで買い取りって、初めに聞いてた金額より四割増しだろ。ツケ返せる金額だぞ。


「流石に、そこまでしてもらうわけにはいかないよ」


「いいから! 気にすんな! 人の厚意は向けられている内に素直に受け取っておけって。気になるんなら、またオレが打った武器を買ってくれればいいからさ! 何かお好みの武器はあるか?」


 勝手に話しを進めていくな。正直なところ、金には困っているから少しでも高く買い取ってくれるなら喜ばしい事この上ない。


「そういうことなら、買い取りは任せるよ。武器は……直ぐには思い浮かばないな」


「そうか! んなら、思い付いた時にでも言いに来てくれ!」


 人の良い笑みを浮かべるタツマに頷きを返してから、とある疑問が浮かび、自然と口から出て行く。


「ちなみに、防具は駄目なのか?」


 【銘打】の効果は武具と言っていたのに、今、希望を聞いたのは武器のみだ。修行中の身だからまだ武器しか作れないのだと予想するが、どうだろうか。


「防具は……まだまだ修行が必要だな」


「ふっ……」


「おい! 鼻で笑うんじゃねぇ!」


 あんまりにも予想そのままだったので思わず吹き出してしまい、更にそこからのタツマの反応もお決まりのものだったので、笑いを堪えるのに少しばかり苦労してしまった。


 何だかんだで討伐依頼を大成功させ、銅等級の昇級試験も見えてきて、ツケも返せた。今日はよく頑張ったと自分を褒めながら休むとするか。

 いつもの広場で……。



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