第二百六十五話:邪魔をするな
スケルトンの大群が押し寄せて来る。目的は別にあったが、今いる玄室にも奥にも退路となる道がないことは自分で確認済みだ。
となれば、ここで迎え撃ち、切り抜ける。
幸いにしてスケルトンの足音は一方向からのみで、入口となる穴は一人分。持ち手を失い、床に転がっている大盾に目を付ける。
「エイレス、気合の見せ所だ」
拾い上げた大盾を半ば投げるようにしてエイレスへ渡す。
「ウッス! このエイレス・クォールビット、いつでもどこでも気合の充填は抜かりないッス! で、この大盾で具体的には何をするッス?」
左手に装備していた鋼鉄の盾を背負い、兜の目庇を下げ、大盾を両手で構えた。
「壁だ。入口を塞いでくれ」
「了解ッス! 毎日クロッスの外周を走り込んで鍛えた足腰、ご照覧あれッス!」
魔獣化していてもスケルトンの突進力は大した脅威ではない。エイレスの能力値でも受け切れない程の数が押し寄せて来るだろうが、こちらも反撃する。
「プリムラ、スケルトンが入口に詰まったらレーザーでまとめて倒してくれ」
コクリ。頷いて直ぐ【エレメンタル・セイバー】の名を呼び、三属性の剣を出現させる。
「おれたちは?」
二度目の戦闘でも役目を与えられなかった不満からか、アクトが真っ直ぐな瞳で尋ねて来た。
「待機だ」
一言で待機と言っても、奇襲への警戒、エイレスが突破されそうになった時の救援、下へ続く通路の捜索、やる事は多い。どれもこれも、アクトが望む事ではないが。
「敵、来たッス!」
大盾から顔を出していたエイレスが叫び、全身を大盾の内側に入れてスケルトンの突撃を受け止めた。
程なくして骨がぶつかる音が賑わい出した頃、細く澄んだ、けれど戦闘の最中でも確かに聞こえる声音が鼓膜を震わせた。
「レーザー」
頭上に構えられた火剣から放たれた赤い光線は、エイレスと彼の構える大盾を通り過ぎ、スケルトンの頭部を焼き貫いた。
頭部が核ではないスケルトンは時間が経てば復活するが、次々と押し寄せるスケルトンの波の中、悠長に復活などできるものか。
襲撃は抑えられるとして、この大量のスケルトンはどこから湧いて出て来たのか。村の中の廃屋にでも隠れていた? いや……全てではないが、身を隠せそうな建物は目を通した。気配どころか姿も隠していなければ見落とすことはない。だとしたら森の中か? 村の奥の方に拠点があって、そこから出て来たとか?
答えを問い質そうにも、鳴き声すら上げぬスケルトン相手ではどうしようもない。そもそも、意思疎通ができる魔物など存在しない。
「……エイレス、気をつけて! 違う音が近づいて来てる!」
黒く尖った耳を震わせ、シオンの緊張が放たれた。直後、スケルトンが粉砕する音と共に、何者かの声が飛び込んで来た。
「邪魔だ邪魔だ邪魔だ、邪魔だぁぁっ!」
「うわぁっ!」
何者かは、粉砕した骨を纏いながら大盾を蹴り上げ、エイレスを吹き飛ばして玄室に姿を現す。
黒毛の犬耳に尻尾、手足を大きく露出させ、両手に打撃用の手甲を着けた姿はソラクロを彷彿させ、心なしか顔立ちも似ている。しかし、荒々しい口調と敵意を剥き出しにした表情、そして赤い瞳がソラクロとの違いを如実に物語っていた。
そいつは室内を見渡すと、直線上にいたプリムラに狙いを定めたようだったが、更に早く動く者がいた。
今まで大人しくしていた鬱憤を晴らすかの如き勢いで、太刀が突き出された。
「何だよ、お前!」
太刀は躱され、峰を掴まれてしまうが、アクトに焦りは無い。寧ろ太刀を握る手は力を増し、目線のほとんど変わらぬ相手に凄んだ。
「それはこっちのセリフ。どうせ敵なんだろ? だったら、倒す」
アクトの瞳は、獣人の少年の後ろでスケルトンが待機しているのを確かに捉えていた。
太刀を掴んだまま蹴りを放つが、これも見切られてしまい、軸足を払われる。
「お前なんかにっ!」
足払いから流れるような動作で、宙に浮いたアクトの胴に蹴りを叩き込む。しかし、足裏から伝わったのは肉の感触ではなく、反発する衝撃だった。
「うっ!?」
【インパルス】によって体勢を崩した獣人の少年は壁に手をついて転倒を防ぐ。その瞬間、ガコン、と何かが動作した音が聞こえた。
足元から気流が生じたと思い、視線を下げると、床の奥に潜んでいた暗闇が口を開けていた。
「うわぁ!」と叫んだのは誰だったか。俺たち五人は全員、暗闇へと落ちる。
「待て!」
床の上で吠えた獣人の少年が飛び降りた。
「こ、これ、どこまで落ちるんすか!?」
角灯の明かりが届かぬ不安で、エイレスが声を震わせる。その傍らで、相変わらず澄ました声の主が俺たちを救うべく動いた。
「ショット……バースト」
風剣を下へ飛ばし、爆発させる。生じた風圧は俺たちを包みこむ……ようなことはなく、体が空中で軽く跳ね返り、再び落下。
「あいたっ!」
鈍い衝突音と共にエイレスが声を上げる。アクトも着地に失敗したようだったが、直ぐに起き上がって既に上を見上げている。
偶然だが、仕掛けが動いて地下に下りられた。しかし、この場所は何だ? いや、今はソラクロの捜索と周囲の状況確認が先で、追跡してくる獣人の少年もどうにかしないと。
懸命に思考を働かせ、状況について行こうとしたところで「レイホ!」と名を呼ばれ、顔を向ける。シオンの表情には明らかな焦燥と動揺が浮かんでいた。
「さっき、魔法の爆発と重なってたけど、ソラクロの悲鳴が聞こえたよ!」
心臓が強く鳴った……いや、締め付けられたのだろうか……どちらでもいい。胸の苦しさなんてどうだっていい。
「方向は?」
「うん、と……」差すべき方向を思い出しながら、指は上を向いたままふらふらと動く。
「あっち!」
指先は暗闇を示していたが、疑いの気持ちは微塵も浮かばない。反射的に駆け出そうとする体を、背後の着地音が引き留めた。
「待てよ! お前らを姉ちゃんに会わせてたまるか!」
姉ちゃん? 誰……ソラクロのことか……。
脳が閃きを得た瞬間、全身の毛が総立ち、幻獣、ケルベロス、弟、と単語が続き、それらが線で繋がった時、獣人の少年の名前が浮かび上がる。
「邪魔すんなよ。おれたちは仲間を探すんだ」
広間に来たことで解放された太刀が縦横に振るわれる。
「姉ちゃんはお前らの仲間なんかじゃない!」
言葉は感情的だが、動作は速く、力強い。アクトの太刀捌きを完璧に捉え、刀身を横に叩いた。
太刀の軌道と共に体重が逸れ、足を踏み外してよろめくアクトの脇腹に回し蹴りが叩き込まれた。
「んぅっっっ!」
衝撃に顔を顰め、こみ上げる悲鳴と息を噛み殺し、斬り返すべく両手に力を籠める……だが喰らった蹴りの威力に体は耐え切れずに倒れる。反射的に床へ左手を伸ばす。転倒する体を守るために、否、見開かれた赤茶色の瞳は寸分の揺らぎなく敵を映し続けている。
床に着いた手を軸に体を回転。周囲を太刀で薙ぎ払いつつ、遠心力を利用して体を起こすと同時に斬り下ろし——筋力に物を言わせただけの荒々しい攻撃は、薄い刃の武器であっても叩き付けと表した方が適切だ。
「当たるかよ!」
薙ぎ払いの時点で上空に跳び上がっていた獣人の少年は、アクトの攻撃後の隙を両足で狙った。頭部を、頭蓋を踏み砕こうというのだ。無論、その光景はアクトも捉えていた。が、彼にとって回避は“攻撃をどう当てるか”の通過点でしかない。
「ショット」
攻めの感情に支配された二人の間を、水剣が横切った。狙いは獣人の少年に向けられたものだったが、彼は水剣を視界に捉えると【二段跳躍】によって空中で宙返りして回避。水を差されたことで、二人の攻め合いは仕切り直しとなった。
「レイホとシオンは先に行って」
美麗な碧の瞳は儚さを伴いつつも、何ものにも脅かされない確固たる意志を秘めていた。
普段なら一秒も経たずに逸らしてしまう瞳を、俺は無意識の内に見つめ返した。
「いや、シオンも残す。ソラクロの所には俺ひとりで向かう」
「……」
反論は無いが、同意も無い。
悠長に理由を話している時間も、自分の判断を正と信じられる確証も無い。それでも、決断し、動かねばならない。
「あの獣人は幻獣オルトロス。どんな特殊能力を持っているか分からない。シオンはアクトと共に前線を、エイレスはプリムラの護衛についてくれ」
「はいッス! 姫様は必ず護り通してみせるッス!」
掲げられた鋼鉄の盾に視線を向けたのは俺だけだ。プリムラは相変わらず俺を見つめたままで、シオンはアクトに呼ばれて直ぐに前線へ駆けて行った。
「邪魔すんなよ!」
オルトロスは俺たちが何か企んでいると悟ったのだろう。アクトを振り切って攻撃を仕掛けに来たが、その途中でシオンに阻まれてしまう。
「そっちこそ、大人しくしてほしい……なっ!」
手甲同士が激しくぶつかり合うが、シオンはアクトと違って、相手の攻撃を受けてでも攻撃を当てに行く強引さは持ち合わせていない。杭打拳——手甲に仕込まれた杭を振るってオルトロスに回避を強要すると、もう一方の杭打拳に雷のマナを充填させる。
「そんな隙だらけで!」
一撃必殺の【パイルバンカー】を使うには、作った隙が小さ過ぎる。雷のマナが溜まり切る前にオルトロスの拳が届いてしまう。
「そう来るよね!」
オルトロスの攻撃態勢を確認した瞬間、雷のマナを解放——集めて見せた雷のマナは初めから【パイルバンカー】を発動する為のものではなく、攻撃を誘う為のものであった。
肉体も思考も攻撃に偏っていたオルトロスは、素早いシオンに背後を取られる。
「レイホの方には行かせない!」
オルトロスの片足を掴み上げ、振り回し、部屋の奥へ放り投げる。筋力や敏捷などの能力値が高くとも、自身の体重を急に増やすようなことはできない。少年の姿のオルトロスは、遠心力を加えればシオンでも投げ飛ばす事が可能だった。
「くそっ、くそっ! お前らっ!」
激しく吠え、空中で身動きの取れないオルトロスであったが、追撃に来たアクトの太刀には手甲を合わせて回避する。
「……頼んだぞ」
見たところ、オルトロスはケルベロスのような固有能力をまだ使っていないようだが、いつまでも状況を観察しているわけにもいかない。足元に纏わり付く迷いを振り払ってソラクロのもとへと急ぐ。
「お願い。二人と一緒に、ちゃんと帰って来て」
不安を滲ませながら送り出す声に「ああ」と答えてから、どこか物足りなさを感じて言葉を探す。
「……叶えよう」
 




