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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第七章【奪われた異世界生活】
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第二百六十二話:更に下を目指して

 …………遅い。

 少し様子を見に、にしては時間が経ち過ぎている……気がする。ただ待っているから、時間の流れが遅く感じる……のかもしれない。

 皆に聞いてみるか? いや、ついさっきアクトが「遅い」と愚痴ったのを宥めたばかりだ。ここで「やっぱり遅いな」と言っては、あまりにも我慢弱い。

 コデマリが明かりを点けてくれていると言っても、慣れない地下墓地なのだから、偵察に時間が掛かっても仕方ない。二人を信用して待とう。


 脳内で何度目かの、突入するしない論争に決着を付けたところで袖を引かれる。こんな注意の引き方をするのはプリムラだ。


「行かないの?」


 どこに? なんて馬鹿げたことは聞かない。プリムラも、偵察組の帰りが遅いことを不審に感じたのだ。


「行こうよ。中で合流したって問題ないでしょ」


 時機を得たと言わんばかりにアクトが立ち上がる。エイレスとシオンは俺の返答を待っているようだが、求めている言葉は顔に書いてあった。


「……悪い、待ち過ぎた。俺たちも行こう」


 脳内での論争が完全に閉廷したことで思考が晴れる。ルールを設けて地下墓地攻略の時間を測っているわけでもなし。律儀に偵察が終わるまで待っている必要はない。偵察が完了せずとも、ある程度まで調べは進んでいるに違いないのだから。


 地下墓地へ潜る隊列は、前から俺、エイレス、アクト、プリムラ、シオンの一列。灯りは俺とプリムラが角灯ランタンで確保する。

 先頭が心許ないけれど、幸いにも地下墓地の通路は横に広いので、戦闘になったら直ぐに入れ替わりが可能だ。

 名ばかりの偵察者スカウトを辞め、高めの器用を活かして遊撃者レンジャー辺りにでもなろうと思ったのだが、実際の役目は補助者サポーターだ。……べつに不満は無い。前衛が足りていて、後衛火力も足りている。そして俺の覚えている魔法が補助、妨害、回復となれば、もはや必然的な役目だ。


 罠と敵襲に警戒しつつ通路を進んで行くと、壁に長方形の穴が開いているのが見えた。脳内の地図と照らし合わせて、最初の玄室で間違いない。

 脇道が見当たらなかった以上、このまま先に進むしかない。だが、ソラクロとコデマリはどこまで奥に言ったのだろうか。ソラクロの【気配察知】は俺たちに対しても有効なので、近くに来たら何か反応があっても良い筈なのだが……。


「アニキ、どうかしたッスか?」


 耳の直ぐ後ろからエイレスが尋ねて来る。


「少し、待ってくれ」


 暗がりで一人分の出入口。こちらとしては警戒しない理由が無いし、敵からしたら待ち伏せに利用しない手は無い。


「マナよ、我が下に集いて近傍を教えよ。サーチ」


 探索魔法を唱え、体内から魔力が引き抜かれ、代わりに周囲の地形や生体反応が脳内に流れ込んで来る。

 ……二人の反応は無し。敵の気配も無し。出入口の直ぐ左側の壁が出っ張っていることと、室内の中央の床に歪みがあること以外、特に何も無さそうだ。


「……地下墓地って、こんなに何も無いものなのか?」


「何もッスか?」


「遺骨とか、棺とか、この先の部屋にはそういう物が一切無さそうなんだ」


 エイレスと小声で会話をしていると「それは変」という声がアクトを飛び越えて届いた。


「遺骨も無く、石碑や死者への手向も無いのは変」


 小さくとも澄んだ声音は、漂う静寂に呑まれることなく俺たちの耳に届く。

 プリムラの故郷も墓地は地下にあったのか、なんて一々聞きはしない。彼女がつまらぬ冗談を言う筈もなし、俺がやるべきことは、得られた情報を基に行動を決めることだ。


 部屋の中が怪しいなら、魔力で作った氷を投げて様子を見るか……いや。


「シオン、先に行ってくれるか? 俺も直ぐ後ろに付く」


 目が利くならば活躍してもらうべきだろう。


「わかった。任せて」


「入口を潜って直ぐ左、壁状になっているのが怪しい。構造上の物なら良し、敵なら叩く」


 快く頷きを返してくれるシオンに先頭を譲り、角灯と顔を後方に向ける。


「三人は一旦ここで待機。手を借りる時は呼ぶ」


 赤みがかった灯りに照らされながら、三つの頭が上下に動いた。


「じゃ、行くよ」


 杭打拳パイルナックルを強く握り込みながら言うシオン。今度は俺が頷きを返す番だ。


「ああ」


 角灯を腰のベルトに結び、両刃片手剣ブロードソードを握り直した。


 灯りを反射する白銀の肩鎧に続いて玄室に突入すると、足元の感触がより硬いものに変化した。


「スケルトン二体、盾持ち!」


 シオンからの報告。一々戦闘開始の指示を出す必要は無い。室内の情報に意識を向ける。

 床は石畳。経年劣化による段差に注意する必要がある。壁は変わらず土だが、補強に石材が使われていて、入口含めて四方に出入口の穴が設けられている。そして他の敵は……無し。


「二体だけだ。直ぐに終わらせるぞ!」


「うん! もう……終わり!」


 シオンの声に続いて破砕音が鳴り、スケルトンが崩れ去る。もう一体の方はいつの間にか地面に散らばっていた。

 ……意気込んだのが恥ずかしくなるな。


 金属で補強された堅木の大盾が地面に落ち、太い衝突音を鳴らしていたのを足で止める。


「入って来て大丈夫だぞ」


 穴の向こうに見える灯りに向かって呼び掛け、骨の残骸から魔石を拾い上げる。


「レイホ、こいつら魔獣化してた」


「なに?」


 反射的に散らばる骨を注視したが、復活する気配は無い。それはそうだ。魔石は回収したのだし、シオンも魔獣化と見分けがついていたのならば核となる骨を砕いた筈だ。復活はしない。


「魔獣化ってどういうことッスか?」


 室内に入って来たエイレスがシオンに疑問をぶつけるが、シオンは答えを持っていない。困り顔で首を横に振るだけだ。

 オーバーフローが発生していないのに魔獣が出現しているとなると、偶然迷い込んだか……


「異世界人、か」


 個人か、あるいは複数で関与しているのは間違いない。だが、犯人よりも先に探すべき人がいることを忘れてはいない。

 しゃがみ込んだまま手近な骨を拾い上げ、思考をまとめる。

 ここにスケルトンが居ることをソラクロが見逃す筈がなく、ソラクロが通り過ぎた後、俺たちが来るまでの短い間に出現したとも考えにくい。となれば…………。

 立ち上がり、この玄室と周辺を重点的に調べることを口にしようとした時、部屋の中央で這うようにしながら、床に耳を当てているプリムラと目が合った。


「……どうしたんだ?」


 本当にどうしたんだ。


「風の音が聞こえる」


「風?」


 興味を持ったシオンがプリムラと対になる形で地面に伏せ、尖った耳を近づけた。


「……本当だ。あと…………戦闘音も聞こえる!」


 人よりも優れた聴覚が捉えた情報は、俺たちにとって有力なものだった。


「この下に、戦闘できるだけの空間があるってことッスよね? でもどこから……」


 室内を見渡すエイレスの視線を追うが、階段や梯子といった類いの物は見当たらない。あるのは、四方に開けられた出入口の穴だけだ。

 どこかに更なる地下へと続く道があるのだろうが、全員で一つ一つ探し回る時間は惜しい。かと言って分散させるのは危険だ。


「シオン、見取図で下層に続く道を見た覚えはあるか?」


「いや……ないと思う」


 だろうな。俺もない。


「魔法で、穴開ける?」


 大人しい顔して過激なことを言うんじゃない。


「一旦、俺が他の部屋をサーチで見て回るから、皆はこの部屋を調べていてくれ」


 【サーチ】はこの部屋に入る前に一回、あと三回も使えばほとんど魔力を使い果たすが、魔力薬を持って来ているから出し惜しみする必要はない。




 それから、三方向に伸びた通路を一つずつ進み、次の玄室の入口前で【サーチ】を発動したが、目ぼしい情報は得られなかった。強いて言うなら、どの部屋も空間はあるのに何も置かれていないことが不審であった。

 成果は得られなかったが、単独で踏み込む能力は無いので、皆と合流すべく初めの玄室に戻る。そこでシオンが赤い眼と口を大きく開いた。


「足音、外から! 大量に来る!」


 空気が一瞬にして張り詰める。ほどなくして俺たちの耳にも、大量の骨が流れ込んで来る音が聞こえた。


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