第二百六十話:廃村
クロッス東部は強力な魔物がほとんど出ず、駆け出しの冒険者から銅等級下位が経験を積む場所、というのが一般的な認識だ。そこで勘違いしてはいけないのが、冒険に慣れた者ならば余裕や油断が許される場所ではないという事だ。ただでさえ今月は等級問わず、冒険者の死亡・行方不明数が多いのだから、目的地である廃村までの道程も気を引き締めて然るべきだ。
いつも通りソラクロの耳を頼りにして森の中を進んで行くと、不思議なくらい何も無かったので、危うく様子見もせずに廃村へ入ってしまうところだったが、寸での所で踏み止まって茂みに隠れる。
「こんなに森と同化していたか?」
不甲斐なさへの言い訳をしながら記憶を掘り起こすが、暫くこっちの方には足を運んでいなかったこともあり、脳内には靄が掛かっている。
「アタシ、上から見てみるわ」
森に入ってから妖精体に戻っていたコデマリは、言うが早いか、木の枝を縫うように飛翔した。
家屋は既に雑草に呑まれているが、高木は少ない。上空からならば村の様子がよく見えるだろう。
「ソラクロ、魔物の気配はまだ無いか?」
「んー……無いですねぇ」
犬耳を小刻みに動かすソラクロは不満そうに言った。
冒険者パーティが複数全滅させられたのだから、相当な数のスケルトンがいる筈なのだが……妙だな。
そこで俺は先日、冒険者ギルドで聞いた噂話を思い出す。土塊の月になってから、魔物の動きに統率性が見られるという話だ。魔窟で遭遇した魔物からは特に変化を感じなかったから、何かの偶然ぐらいに思っていたけれど……。
不信感によって呼び覚まされた記憶が起点となり、連鎖的に記憶が脳裏で浮かび上がる。
ランドユーズで行方不明の冒険者を探しに森へ入った時も、ゴブリンたちは統率された動きを取っていて、ゴブリンのリーダーは人間——恐らくは異世界人——と共にワイバーンに乗って逃げた。
……魔物を操って何かを企んでいる? 当然だ。企みも無しに魔物を操ろうとは思わないだろう。
手段を手に入れたのが先か、企みを思いついたのが先かは知らんし知ろうとする気もない。
「お待たせ。上から見ても、魔物の姿なんて無かったわ。荒れている場所があったから、戦いがあったことは間違いなさそうだけど」
「夜にならないと出て来ないとかないッスかね?」
絶対に無いとは言えないが、冒険というのは言い切れない事柄の方が多く、全ての可能性を持ち歩けるほど楽な仕事でもない。
「状況的に考え難いな」
月明りが消えて夜間行動の危険性が増したこと、依頼は朝に張り出されたこと、廃村までの距離、複数の冒険者パーティが受注したことなどをひっくるめて短く答えつつ、シオンへ村の見取図を渡す。
「コデマリが見た地形とどれだけ差異があるか確認してくれ」
「うん!」
さて、地上に敵の姿が見えないとなると……
「地下の様子は?」
計ったわけではないだろうが、思考の続きはプリムラによって言葉として出された。
水を向けられたソラクロは犬耳を動かして気配を探るが、やがて首を垂れた
「う~ん……わからないです。ごめんなさい」
謝るソラクロの頭を、プリムラは撫でながら視線だけを俺に向けて来た。次はどうするのかと、聞いて来ている。
シオンとコデマリの確認が済んだか聞こうとしたところで、ソラクロが思い出したように声を上げる。
「前みたいに、気配消しの魔法が掛けられているかもしれません」
スケルトンを率いているのが、ゴブリンを率いていた人物と同じならば十分に考えられる。思考の前提とするまではいかなくても、可能性は高く見積もった方がいい。
「レイホ、確認終わったよ」とシオンの声。次いでコデマリが口を開く。
「家屋の位置は概ね一致しているけど、見ての通り草木に覆われているか倒壊しているわ。道とか広場はもう区別が付かないわね」
人を訪ねてやって来た訳ではない。どこに何が在るかを把握するためなら、地図はある程度信用して見て大丈夫そうか。そう結論付けたところでコデマリは人差し指を立てた。
「ただ、地下墓地の入口は埋まっていたわ。人工か自然かはわからないけど」
コデマリの言葉に合わせてシオンが地図を広げて見せる。地図上——インクが掠れているので憶測にはなる——では村の奥にある洞窟が地下墓地への入口になっている。
「……埋まっていても怪しいことには変わりない。探索しながら地下墓地に向かおう」
外側からの確認は十分だ。地下墓地の入口が偽装かどうかは【サーチ】を使えば分かるだろう。
「地図はシオンが持っておいてくれ」
「わかった!」
頷き、丸めた地図を腰のベルトに挟む。コデマリと確認した時、全体図は頭の中に入れたのだろう。もっとも、廃村となっているが見晴らしは悪くなく、地図が無くて迷うということはない。
前衛をエイレス、ソラクロ、シオン。後衛をプリムラ、アクト、俺。妖精体のコデマリは前衛と後衛の頭上を自由に浮遊するといった陣形で村の中へと足を踏み入れる。
「……静かなもんッスね」
村に入り、廃屋を一軒通り過ぎた辺りでエイレスが言葉を漏らした。目庇を下ろしたことで視界が狭まった為、頻りに首を動かしている。
「とっとと出て来てくれた方が助かるんだけどな……」
ぼやくアクトは太刀を片手に、空いたもう片方の手で乾燥果物を口に入れた。頭上のコデマリが何か言いたげだったが、そちらに意識を向けるより先に袖を引かれた。
「あそこ、踏まれた跡がある」
プリムラの指を追うと、確かに不自然に倒れた草が続いている。
「足跡ならそこら中にあるけど」
プリムラとは別方向を見ていたアクトが言葉を漏らすと、プリムラは首を横に振った。
「人より大きい」
地面に足型が残っているならともかく、無造作に倒された草を見ただけで分かるものなのだろうか?
「……」
自覚は無いが、疑問が表に出ていたようだ。力の入った瞳を向けられる。
目撃情報はスケルトンしか無いけれど、そもそも目撃者は最初の商人以外にいない。何が現れても文句は言えない。しかし、大型の魔物がいたとしたら周辺を通った冒険者の目に留まりそうなものだが、どこに隠れていると言うのか。足跡は村の奥、地下墓地の方へ続いているようだが……。
「警戒しよう」
その言葉に納得したのか、プリムラは俺の袖から手を離した。
「……変ね」
不審感が頭上から降って来る。俺たちの頭上で円を描く様に飛んでいたコデマリは言葉を続ける。
「戦いの形跡はあるけど、死体も装備も見当たらないわね」
雑草が地表を覆っているとは言え、か。
「前の時みたいに、巣に運んでいるってことッスか?」
兜を被って前を歩くエイレスの表情は見て取れないが、声音は明らかに落ち込んでいる。
俺だって、冒険者の死体の山を漁って等級証の回収なんて、好んでやりたいとは思わない。
「直ぐに結論を求めるのは、悪い癖になるわよ」
「はい、先生! すんませんッス!」
「あんまり声を張らない。どこに敵がいるか分からないんだから」
「はい、先生!」
元気が良いのも考え物だが、ここの処遇はコデマリに任せよう。
「魔物を操っている奴が、何か入れ知恵しているのは間違いないわね」
エイレスを叱るよりも自分の話を進めることを優先したようだ。
「武器は使えるとしても、死体を持って行く必要? ……思い付かないけど、あんまり考えたくないなぁ」
首を傾げたシオンの横顔は苦笑を浮かべていた。
スケルトンが死体を運ぶなんて、当然聞いたことはない。以前のゴブリンも、冒険者の死体を運んでいた理由は結局わからずじまいだった。
それからも姿の見えぬ魔物を警戒しながら、答えの出ぬ疑問に言葉を交わしながら地下墓地に向けて進んで行く。
崩れた木材。割れ、砕けて地面と一体となった家具。備え付けられていたのか、崩落して開いたのか分からない窓からは過去が覗ける。
この時期にしては湿った空気に肌を撫でられ、雑草に脛をくすぐられ、木の根の悪戯で盛り上がった地面を越える。
「この下が地下墓地だけど……」
「埋まってますね」
地図を広げて場所を確認したシオンに続き、窪地を覗き込んだソラクロが言った。
「降りてみる」
言うや否や、マントを翻して窪地に飛び降りたのはプリムラだ。
「おい、危ないぞ!」
思わず声を上げ、後を追って飛び降りると、他の皆も一緒に付いて来る。
「どうしたんですか?」
「……ここの土、不自然に固められてる。それに、切られた根も混じってる」
地下墓地の入口を塞ぐ土砂の一部を掘り起こし、綺麗な手の平を土で汚しながら俺たちに見せた。人工的に埋められたと言いたいのだろうが、確認の仕方が不用心すぎる。
「どこかから流れてきた……って感じじゃないよね」
シオンに釣られて周囲を見渡す。窪地に崩れた形跡は無く、近くに山も見当たらない。どこかから運んで来た土砂であるのは間違いないだろう。
「この先に魔物がいるんなら、早く行こうよ。シオン、吹き飛ばして」
「あ、うん……」
シオンの赤い瞳が許可を求めて来る。
確かに、手っ取り早く土砂を取り除くなら【ブラスト】だが、崩れはしないだろうか。死体が見つかっていない以上、冒険者が囚われている可能性もなくはない。
「待ちなさいよ。ここが塞がれたんだとしたら、スケルトンたちは別のところから出入りしているってことでしょ? もう少し周りを確認した方がいいわ」
コデマリの待ったにアクトが露骨に舌を打った。しかし、口論へ発展する前にエイレスが鎧を鳴らして二人の間に割って入った。
「別の入口があるにしても、地下墓地は調べた方が良いッスから、一旦ここの土砂は吹っ飛ばした方が良いと思うッス! その拍子にスケルトンが別のとこから出て来るかもしれないッス!」
「むっ……確かにそうね」
勢い任せに言葉を放ったかと思われたが、エイレスの言い分は尤もだ。コデマリは恨めしそうにアクトを睨んだが、アクトはとっくにコデマリから興味を無くしていた。
「……突入する時は俺が言うからな。シオン、頼む」
仲を取り持ったり、パーティ間の空気を良くするなんて、俺には荷が勝ちすぎる。なので各々の言い分は無視し、シオンへ指示を出しながら、爆発に巻き込まれぬよう窪地を登った。




