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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第七章【奪われた異世界生活】
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第二百五十九話:指名依頼

 夜空から月が消えてから暫くは混迷とした空気が漂っていたクロッスだが、一週、二週と時間が経つにつれて平時の賑わいを取り戻しつつあった。けれど決して、月が消失したことへの不安が取り除かれた訳ではない。不安で脅えていたとしても、腹は減るし街は動かさなければならないのだから。研究所から土のマナの消滅が発表されたとしても同様だ。月やマナといった自然物が消失したと言われようと、市民にはどうしようもできない。できることと言えば、自然の変化を受け入れ、適応して生きていくことだけだ。

 では、冒険者はどうだろうか。夜闇の中にあって煌々と輝く月を失ったことで行動は制限され、土のマナが消失したとなれば、土属性の魔法使いにとっては死活問題だ。だが、市民のようにありのままを受け入れるほど素直ではない。何と言っても冒険者なのだから、世界の不思議が生まれたのなら「望むところだ」と返してこそ、である。


 冒険者ギルド内、入口側の奥にある長卓、俺はパーティが揃うのを待ちながら冒険者たちの様相を眺めていた。

 朝から血気盛んである者が大部分で、今日の冒険はあれを狙うだとか、どこそこに行くだとか話し合っている。見知った顔もいくつかあるが、お互いに特別な用がなければ、混雑した中わざわざ声を掛けるようなことはしない。

 前まで魔法使いマジシャンだった人が別の役割に変わっていたり、別のパーティを組んでいたり、もう見なくなってしまったり、最近の冒険者には変化が多いように思える。だが、きっと元から変化の激しい場所であったが、今まで俺が周りに目を向けていなかっただけとも思える。……どちらにせよ、ここ数日の変化は時世が影響していることは確実だ。


 幸いにして、現状俺たちのパーティへの影響は少ない。アクトの適正属性は土だったが、魔法は使っていなかったし、寧ろ本人は使えなくなったことで清々としていた。プリムラは扱える属性が三つに減ったものの、魔法自体が強力なのと、土属性が有効な敵が少ないことからそこまで不便していない。

 しかし、今後他の属性も消えてしまう可能性を考えると楽観はできない。……魔法が使えなくなればプリムラを冒険に連れて行かなくて済むが、そういう邪な考えはやめておこう。

 月とマナの消失。いったい何が起きているのか……気にはなるが調査の手掛かりは無いし、そんな大事の調査はユニオンが請け負っている。今日も、これまではあまり見なかった風格のある冒険者が何人か、冒険者ギルドの奥の部屋に集まっていた。

 核心を探るのは上位に任せ、けれど無関心にはならず、在野は在野の役目を果たしていれば世の中の大体の事はどうにかなるものだ。


「…………む」


 考え込んでいると、右頬を突かれる。プリムラの仕業だ。


「どうした?」


 頬を突く指を敢えて気にせず右を向いて尋ねる。


「朝から難しい顔」


 プリムラの声を聞いて、ソラクロが「悩み事ですか?」と続いたことで、話を中断したコデマリとシオンもこちらに興味を示した。

 悩みか……あるとしたら男一人に女四人というこの状況か。アクトとエイレスはいつまで飯を食っているんだ?

 朝から胃袋が元気な二人の顔を思い浮かべるのと、冒険者ギルドの扉が開くのと、受付嬢が声を張るのは一緒だった。


「お待たせしました! 今から依頼の張り出しと受付を開始しまーす!」


 朝早くに出勤して事前の事務作業を終え、本格的に仕事が始まるというのに、受付嬢の声音に倦怠感は一切ない。だからこそ冒険者たちは気持ちよく掲示板や受付に殺到できるのだ。

 いつもの事だがよくもまぁ、と感心せずにはいられない。元気と笑顔を振り撒いて手際よく事務作業など、俺には天地がひっくり返ってもできやしないだろう。


「お待たせしたッス! エイレス・クォールビット、ただいま到着しやした! さぁ今日の獲物はどいつッスか? どいつが相手でもばりばり倒すッスよ、頼もしい皆さんが!」


「遅いわよ」と言いかけたコデマリの口が一度閉じ、違う形で開き直した。


「そこはあんたが倒すって言い切りなさいよ」


「いや、オレ守備者ディフェンダーなんで、身の程はわきまえようかと思った次第ッス」


「変なところで律儀になるのね……」


 律儀と言えば…………喋るか。


「律儀と言えば全員そうだろ」


 六人の視線が一斉に向けられ、言葉の続きを待っている。やっぱり口に出すんじゃなかったと後悔するが、もう遅い。


「普段よりも遅い集合でいいと言ったのに、いつもの時間に集まったことだ」


 昨日、依頼報告の折、エリンさんから「お願いしたい依頼があるから、朝の受付がひと段落してから来て」と言われたからである。


「いやぁ、なんだか落ち着かなくって……」


「えへへ……わたしもです」


 シオンが頬を掻きながら答え、照れ笑いを浮かべるソラクロも同意の声を上げた。

 普段より遅くと言っても三十分かそこらだ。何かをするには短く、ただ待つには長い時間といったところか。朝に三十分貰えるというのがどれだけ貴重かっていうのは、こっちの世界では通用しない常識か。


「どーせあんたはいつも通りの時間に来てると思ったしね」


 コデマリの言葉にはプリムラが同意の頷きを合わせた。

 いつもなら黙るところだが、まだ受付は空かない。もう少し話すか。


「どうしてそう思うんだ?」


「……なんとなく?」


 聞き返されてもな……。


「今日の依頼が何かって、まだ聞いてないの?」


 会話が滞ったところだったので、アクトの発言は正直助かった。


「まだだ。……受付が空いてからだな」


「ん」


 頷いたアクトが席に座ったことで会話は途切れた。べつに沈黙は苦じゃないし、各々で好きなことを話せばいいと思うのだが、口に出して確認すべきことは多くある筈だ。


「皆、調子は問題ないか? 特に魔法を使う……四人」


 これまで魔法を使ったことのないソラクロを含めるか迷ったが、調子を尋ねるのに含めるも省くもない。


「オレは絶好調ッス!」


 魔法と最も縁遠い男がいの一番に答えたものだから、卓内で小さな笑いが起きる。答えた当人はやってやったと言わんばかりに満足げだ。それから残る五人も問題ないと答える。


「レイホは?」


 確認が終了したと思って受付へ視線を向けていると、プリムラが聞き返して来た。


「いつも通りだ」


 もうそろそろ空きそうだな。


「本当?」


 何で疑われなきゃいけないんだ。


「本当だ」


「こっち見て」


 ……面倒だな。ただ、無視するわけにはいかない。

 首の動きは最小限にし、横目でプリムラを視界に入れる。するとプリムラは首を傾げながら身を乗り出し、無理やり視界の中心に入って来た。


「怒ってる?」


「……いや」


 素っ気なくして悪かったから、あんまり近くに寄らないでくれ。精神力が不安定になる。


「……空いたみたいよ」


 コデマリのひどく無機質な声が心地良く鼓膜を揺らした。


「ああ、じゃあ行くか」


 プリムラから逃げるように席を立つと、一緒に話を聞こうと立ち上がる音に混じって「目あんまり合わせてくれない」という落ち込んだ声が背中に突き刺さった。


「そう? 気のせいじゃない?」


 プリムラと共に席に残ったアクトが話し相手になってくれそうだったので、他の四人と共に受付へと向かうことにした。


「お待たせ。早速だけど、ペンタイリスへの依頼はこれよ!」


 整えられた笑顔のエリンさんから差し出された依頼書には『東の廃村の調査及びスケルトンの討伐』と見出しがあり、以下に詳細が列挙されている。

 一通り読んでみるが、多数のスケルトンが廃村に集まっていること以外に変わった点はなく、なぜ指名されたのか疑問が残る。疑問があろうと受けるつもりだが。

 俺が詳細を読み終わったタイミングを計ってエリンさんが短く息を吸った。


「その依頼、実は先週からあって何組かの冒険者が受けてくれたのだけど……まだ誰も帰ってきていないのよ」


 依頼書から視線を上げると、エリンさんの表情は笑顔から真剣なものに切り替わっていた。その鋭い眼差しは、ただの受付嬢が持ち得るものではなく、冒険者時代に身に着けたものだ。なればこそ、俺もパーティの代表として向き合える。


「依頼を受けた冒険者の等級は?」


「銅星一から四。四、五人のパーティよ」


「指名したのは?」


「あなた達が初めてよ」


 なるほど。等級はともかく、六人以上のパーティとなると数は限られ、ユニオンに頼もうにも今は別件の調査で忙しいときている。俺たちに白羽の矢が立ったことに納得できる。

 しかし、いくらスケルトンの数が多いからと言って、複数のパーティが全滅することなんてあるのだろうか……いや、疑問はそこじゃない。現に全滅している。東の廃村とクロッスは長く見積もっても二時間くらいの距離だから、負傷して帰って来れないという可能性も消せる。


「噂程度でも、スケルトン以外の魔物の目撃情報は?」


「ないわ」


 だろうな。スケルトンの目撃情報自体、通り掛かった商人以外に無いと依頼書に書いてある。


「こっちから提供できる情報は、昔の、まだ人が住んでいた頃の見取図くらいよ。上の資料室に、気の利いた冒険者が残しておいてくれたわ」


 エリンさんから渡された皮紙は、元の色がどうだったか分からないほど至る所の色が変わっており、見取図自体も一部分のインクが掠れてしまっている。かなり古い物であるが、地下墓地の見取図まで記載されているなら上等だ。


「ありがとうございます。一先ずは現地に向かってみます」


 資料の山から一枚の地図を探し出すのも一苦労だっただろう。指名するからには、といった受付嬢としての心遣いか、それとも冒険者の先輩としてのお節介か、どちらであろうと感謝に値するのは変わらない。


「お願いね。出来る事ならアタシが偵察に行きたいくらいだけど」


 肩を竦めて見せるエリンさんの表情には整った笑顔が戻っている。


「いや、街の外は冒険者の領分です。任されました」


 依頼書に署名してエリンさんへ返すと、珍しくどこか呆けた様子を見せた。


「……何か?」


「いやぁ、人って変わるものねぇ。あ、良い意味でね」


「そうですか」


 色々とあったからな。


「それじゃあ、いってらっしゃい。必ず帰って来るのよ」


「……はい」


 必ずなんて約束はできないが、相手の期待に応えようという思いがあるのならば「そのつもりです」なんて曖昧な言葉より、わかりやすい言葉を選ぶべきだ。


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