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喰い潰された白紙の世界  作者: 一丸一
第六章【ひと月の異世界生活】
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第二百五十七話:見てくれている人

 風巻の月の下旬のとある日、俺は冒険を終えてから一人、墓地へと向かった。大通りのある市街から離れ、周辺には民家が疎らに建つだけの静かな野原。背の低い草は穏やかな風によって撫でられ、緑の絨毯の上には等間隔で墓石が並んでいる。


 うろ覚えの記憶と、墓石に刻まれた名前を頼りにして彼女を尋ねる。

葬儀の時に上げたきりだった花束は見当たらない。誰かが片付けたのか、風に飛ばされたのかはさておき、舞い散って付着した花弁を取り、墓地の入口で汲んで来た井戸水で墓石を洗い、布で拭く。それから、墓地に来る途中で買って来た花束を供えた。花束を包む紙の底には、花屋が気を利かせて重石を入れてくれており、余程の強風が吹かない限りは束ごと飛ばされる事はないだろう。


「タバサさん」


 墓石の前でしゃがむと、口から自然と彼女の名前が出て来る。思わず口を噤んだが、墓所には俺含めて数人しかおらず、もし聞かれても故人を懐かしんでいる程度にしか思われない。

 本来ならプリムラを首都から連れ帰って直ぐに報告をするべきだったのだろうが、色々と忙しくて……というのは聞き苦しい言い訳だな。ただ、先月のランドユーズでの件を考えると、今ぐらいに報告で良かったのかもしれない。


 冒険者として好きに生きて、適当に死ぬぐらいの考えしか持っていなかった俺に、マナ結晶回収の目的と金策を与えてくれた。そのことについて恩を忘れることはない。それだけでなく、プリムラから求められた助けに対し、出来ない理由ばかりを考えていた俺を導いてくれた。タバサさんの導きのお陰でプリムラを見つけることが出来て、運とか周りの協力のお陰でソラクロも死なずに済んだ。俺は一回死んだけど、二人とペルセポネの儀式のお陰で今も生きている。


 プリムラを助けることには成功したけど、プリムラ本人の精神はかなり消耗していて、研究所で植え付けられた妖精によって自我が保たれている状態だった。傍に置いて、時間を掛けて立ち直って貰おうとしたところで、シュウの陰謀に巻き込まれ、負担を掛けてしまった。ワタルやリアの助けがなければどうなっていたかわからない。


 首都からクロッスに戻って来て少しの間は平穏が戻ったけど、まさかプリムラの故郷が近隣の村と合併して独立市街ランドユーズになっていることには驚いた。……今思えば、あの時プリムラは悲しみや失望感を抱いてた筈なのに、あまり気にしてやれなかったな。ソラクロが気を遣ってくれていたとはいえ、これからパーティをまとめる者として身を振るつもりなら反省すべき点だ。


 ランドユーズは何から何まで衝撃的な場所だったな。街並みが現代の日本に寄っていて、機械文明まで発展させていた。ダークエルフを含め、種族への差別は無いように見られたが、統治方法が随分と特殊で、平等を逸した言動はいつでも住民によって裁定が行われ、有罪となれば即座に銃殺刑となる。

 変わり果てた故郷でプリムラは両親と再会し、俺は家族と暮らすことが幸せになると考えてプリムラを実家に残した。だが、それによってプリムラは疎外感に苛まれ、更に両親の凄惨な死を目の当たりにすることとなった。

 中途半端に面倒事へ首を突っ込み、挙げ句間違いだらけの俺だが、それでもプリムラは俺や皆と一緒にいたいと言ってくれた。だったらもう俺は、プリムラがまともに暮らせるようになるまで、きちんと向き合って行くしかない。プリムラは多くを失って来た。これ以上中途半端な選択をしたり、間違ったりしたら、次は命を失うことになってしまう。それだけは……命だけは、絶対に奪わせない。せめてそれくらいは守ってやらないと、助けを求められた者として、恰好がつかな過ぎる。


 ここまでプリムラ中心の考えだったが、何も彼女の為だけに全力を賭すつもりは無い。俺の周りには他にも、家を捨てた奴、差別を受けている奴、夢を遮られている奴、仲間を失った奴、そして……俺の所為で立場を追われた奴がいる。連中の為に俺が何を出来るかはさっぱり見当も付かないが、出来るだけのことはやるつもりだ。


 毎月のように色々とあって、タバサさんの言う幸福な未来ってやつはまだ見えて来ないけど、パーティ全員にそれぞれ目的はあって、互いに助け合ってどうにか生きている。だからきっと、今のところは順調なんだと思う。


「俺が幸福を掴むのがいつになるのかは分かりませんが……明日、明後日と時間はやって来ます。いつか必ず、あなたの願いを叶えられる日は来るでしょうから、気長に待っていてください」


 締めの挨拶を済ませ、桶を持って立ち上がる。

 陽はすっかり落ちているが、空に昇った黄緑色の月が世界を優しく照らされている。そのお陰で、外灯の少ない墓地であっても、どこか気分が落ち着く。

 草木のざわめきを聞き、夜空を見上げながら歩いていると、墓地の入口にある外灯の下に見覚えのある姿を捉える。黒い犬耳はともかく、黒い三本の尻尾を持つ獣人の少女なんて、この世界でもそう居るものではない。


「ソラクロ、こんなところでどうした?」


 声を掛けると、こちらに背を向ける形で柵に凭れ掛かっていた背筋が伸び、尻尾が跳ねた。


「えへへ……」


振り返ったのは曖昧な笑顔だった。


「何か話か?」


「そんなところです。一緒に歩いてもいいですか?」


「ああ」


 頷きを返すと、ソラクロは肩の力を抜いた……ように見えた。なんだかよそよそしい気がするけど、話があるならソラクロから言うだろうし、少し様子を見るか。


「どなたのお墓参りだったんです?」


「タバサさんだ。覚えてるか? 薬屋の」


「はい。優しくて、綺麗な方でした。亡くなったのが残念です……」


 一緒に墓参りをしても良かったのだが、皆と解散した時はソラクロが付いて来ると思っていなかったから、誰のとは言っていなかった。


「ソラクロもお参りしてくるか? 待ってるぞ」


 尋ねると、ソラクロは「う~ん」と悩みながら俺と墓地を交互に見た。


「手ぶらですし、また今度にします」


「そうか」


 手ぶらでもあの人は怒らないと思うが、強要することではないし、ソラクロの気持ちを尊重しよう。

 それから少し、互いに言葉を発せず歩いていると、立地の問題だろうか、突風に襲われる。


「ひゃあ!」


 肩下まで伸びた黒髪が乱れて顔を覆ったので、ソラクロは首を振って視界を確保する。


「……その恰好、寒くないか?」


 武具だけでなく衣類を極力身に着けたがらないので、相変わらず肩から先、へそ、足首から膝上まで露出しており、着ている服も薄い。炎火の月なら夜でもその恰好で問題ないが、今月は朝夜に風が吹くと涼しい。


「え……」


 服を着せられるとでも思ったのか、ソラクロは三本ある内の二本の尻尾を胴体に巻き付けて防寒する。


「あったかいです」


 尻尾の腹巻を摩りながら満足気に笑む様を見て、微笑ましいと思うのは墓参りをしたことで心が穏やかになっているからだろう。


「ソラクロの服嫌いは知ってるから無理に服を着せようとは言わないけど、体調には気を付けるんだぞ」


 氷結の月……の前に溟海めいかいの月では我慢して厚着してもらわないとだが、素直に聞き入れてくれるだろうか? 機能性の話だけでなく、容姿を褒めてみる手も考えておこう。


「大丈夫です! 体は強いですから!」


 薄い胸を張って誇るが、それは僅かな時間のみで、直ぐに「わたしよりも」と言葉を続けた。


「レイホさんの方こそ、体を大事にしてくださいね」


 細いから病弱そうに見えるかもしれないが、体調はあまり崩さない。それでも絶対ではないし、折角の気遣いなのだから無下にはできない。


「ああ」


 返事をすると、ソラクロは言い難そうに視線を逸らし、尻尾の腹巻を外して「随分と、わたしたちに気を遣ってくれているみたいですし」と小声で告げた。


「……なんのことだ?」


 とぼけるつもりは無い。ただ、ソラクロの言う「気を遣っている」がどれを指しているのか確かめたかった。


「ランドユーズから帰って来てから、以前よりも優しくなったと言いますか……使わなかった言葉を使うようになったような気がします」


 憂いの混じった面持ちから、ソラクロが話したかった内容はこのことなのだと察する。


「……俺だってずっと同じままでいる訳にはいかないからな」


 大事を成そうとしている訳ではないので大っぴらにする気はないが、悪事を働いている訳でもないので秘密にすることでもない。


「初めは心を開いてくれたのかと思って嬉しかったんですが……時間が経つと、なんだか無理をしているように見えてしまって……辛くないですか?」


 機嫌を伺ってくる上目遣いを一瞥し「問題ない」と答える。だが、それだけではソラクロが食い下がって来る気がしたので、直ぐに言葉を付け足す。


「慣れていない事をしているのは事実だから、無理をしているように見えているんだろう」


「じゃあ、疲れてるってことですよね?」


「……多少はな」


 視界の端に映る顔が輝いたかと思うと、ソラクロは「ちょっと失礼しますね」と言って体ごとこちらを向いた。


「どーん!」


 何をするかと思いきや、掛け声と共に両手で俺を突き飛ばした。が、反射的にバランスを取ろうとして伸ばした手を掴み、体勢を整えて道端に設置された長椅子に座らせた。


「突然なんだ?」


 速度を増した鼓動を落ち着けながら問うと、温かく、独特の柔らかい感触のものに顔を覆われた。


「疲れた時は、こうして休ませてあげます。だから、疲れたら遠慮なくわたしに言ってくださいね」


 後頭部を撫でられる感覚で、俺の頭がソラクロに抱き締められていると判断する。


「……いや、周りが気になって逆に緊張するんだが」


「疲れている時に周りを気にしちゃだめです! 自分が休むことだけを考えてください!」


 腕だけでなく尻尾まで頭に回され、視界を奪われる。

 率直に言って、誰か助けてほしい。いや、気持ちはありがたいんだが。


「……わかった。取り敢えず今は大丈夫だから、放してくれ」


「本当ですか?」


「ああ」


 ………………おかしいな。返事をした筈なのに身動きが取れん。


「本当に、独りで抱え込まないでくださいね。無理して死んじゃったら嫌です。……もう二度と、あんな気持ちは嫌です」


 人の心配ばかりで気を遣ってるのはソラクロの方だろうに……。


「わかった。俺はパーティ全体を見てるから、ソラクロは俺の事を見て、おかしいところがあったら教えてくれ」


「……はい!」


 正解を当てたようで、俺の頭から尻尾と両腕、そして腹部が放される。見上げると、今が夜であることを忘れてしまうほど明確に満面の笑みが浮かんでいた。


「……何も押し倒さなくても、言ってくれれば座ったぞ」


「あれ、そうですか?」


 そんなに常に疑心を抱いて生きているつもりはないのだが……。そんな愚痴より、気分の良い言葉を言うべきか。


「……ありがとうな。心配してくれて」


 長椅子から立ち上がって感謝を告げると、ソラクロは目を丸くして尻尾を振り上げた。


「やっぱりどこか違和感があります……」


 半眼になり、眉間を寄せて俺の顔を観察し始めた。ころころと表情の変わる奴だ。…………そう言えば、こんな風にソラクロと二人で話すのも久しぶりか。


「……慣れてくれとしか言えないな」


「ワゥゥ……」


 唸るソラクロの頭に手を置いて落ち着けさせる。


「帰るぞ」


「はい! あ、レイホさん」


 歩き出そうとした足を止め、半身になって振り返る。ソラクロは人懐っこい笑みを浮かべていた。


「これからもよろしくお願いしますね!」


「ああ。よろしく」


「えへへ……!」


 何がそんなに嬉しいのか、憂いの消えた笑い声を漏らし、一度尻尾を大きく振ると俺と並んで歩き出した。

 それからは「褒めたり感謝する時は頭を撫でてくれていいんですよ」だとか「明日のお休みは何するんですか?」など、懐いて来るソラクロに曖昧な返事をしつつ帰路をゆっくりと歩いた。


 これにて六章【ひと月の異世界生活】完結です。


 ここまで読んでくださった皆様に最上の感謝を。



 主要キャラの境遇とか、目的をおさらいする感じの章でした。

 作中の次月である土塊の月からはレイホにとって異世界生活二年目となり、物語の流れもこれまでと大きく変わる予定です。

 少し具体的に言いますと、異世界人が何かやらかしてバタバタするのではなく、冒険者が冒険して魔物や魔獣と戦う感じです。

 なので、少しばかり過激な表現が増えるかもしれませんのでご注意を。



 これからも皆様のお時間が許す限り、お付き合いいただければ幸いです。


 長くなりましたが、これにて後書きを以上といたします。

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